646.練習のために
侵入者チヅルの一年生襲撃事件から一週間。
あの夜以来、ベラルタでは大きな動きも無く……ベラルタ魔法学院では引き続きラーニャ来訪を迎え入れる為の準備が進められていた。
三年生は日夜教室で演劇の練習に取り組んでいる。
「おーほっほっほ! おーほっほっほ!」
「……」
普段とは違うサンベリーナの笑い声。
それを聞かされているグレースはどんな気持ちで聞いていればいいのかという顔をしている。
「ふぅ……どうです?」
「何が?」
心の底からの疑問だった。
何がどうです? なのかグレースには皆目見当がつかない。
対して、サンベリーナはやり切った表情をしている。
「やはり悪い王様となるとこういう笑い方をするほうが雰囲気が出るかなと思いまして……昨夜練習していたんですのよ」
「あなたの中でおーっほっほっほ、は悪い奴の笑い方なの?」
「それで、どうです? グレースさん的にはありですの?」
目をキラキラさせながら聞いてくるサンベリーナ。
イメージはともかく、少しでも役の雰囲気をはっきりさせようと練習してきたのは間違いないようで……そして何といってもこの幼子のように期待する顔を無下にはできなかった。
「……役と合うかどうかはともかく、あなたには合っているから採用しましょうか」
「練習した甲斐がありましたわ! うふふ! やりました! あ、おーっほっほっほ!」
「それは演技じゃなくても言わなきゃ駄目なの?」
「せっかく練習したので活かしていこうと思いまして」
サンベリーナは満足そうに自分の席に戻っていく。
練習熱心なのはいい事よね、とグレースはどこか感心した様子で台本を大切そうに抱えるサンベリーナを見つめる。
サンベリーナの役は主人公を追放する悪い王様。
決していい役ではないのだが、サンベリーナ的には満足のようだ。
というより、サンベリーナ王という響きがいいらしい。
そして今度はサンベリーナと入れ替わりでフラフィネが相談に来た。
「グレっちー、一人称って何か考えてるのあるし?」
「特にないけれど……」
「うちって言うのはやめたほうがいい?」
「え、ええ……そこはお願いしたいわ。あなたの役は悪い魔法使いだから」
「了解だしー」
今はこのように、グレースの頭の中にあるイメージと演じる者の役のイメージをすりあわせていたり、各々で考えながら練習を重ねていた。
それは当然、アルム達も同じである。
「ボクに威厳ってあるー?」
ベネッタはアルム達四人に問う。
アルム達は口を揃えて答えた。
「ない」
「ないですね……」
「ないなぁ」
「ないでしょ」
「わかってたけどそんなに口を揃えて言わなくても!」
当然の如く迷い無しの四人の回答。
これでもベネッタなりに自身が演じる城にいた盲目の魔法使い役を考えた結果の質問である。
「一瞬、何と言い間違えているのかを考えた」
「ベネッタを思い浮かべて全くイメージとして出てこないでしょ。ベネッタの対義語が威厳みたいなもんだし」
「正反対ってこと!? ボクだって将来は威厳出るかもでしょー!」
アルムとエルミラの辛辣な意見にベネッタは腰に手を当てて胸を張る。
威厳を出しているつもりらしい。
「あー……ほら、僕達はベネッタと友人なわけで……友人に威厳は感じないんだよ、うん。ねえ、ミスティ殿?」
「そ、そうですわねルクスさん。ベネッタも五十……七十……えっと、いつかは出せるようになると思います!」
「二人のフォローが一番痛い! というか七十年経ってもボクは威厳無理なのー!?」
ルクスとミスティのフォローに止めを刺され、ベネッタは台本を抱えながら机に突っ伏した。
「うう……威厳くん一体どこにいるの……」
「あんたが探しても多分見つからないんじゃない?」
「エルミラは見つけられるのー?」
「私は後五年もしたら自然と出るようになるから」
「ボクは七十年経っても無理なのに!?」
当たり前でしょと言わんばかりのエルミラの態度にベネッタは起き上がる。
珍しく誰もベネッタの味方をしていない所を見ると、本当にベネッタと威厳が結びつかないのだろう。
アルムは改めて台本をぺらぺらとめくり、ベネッタの役を確認する。
「というよりも、ベネッタは威厳出す必要無いんじゃないか。主人公の追放に反対してた魔法使いなんだろ……? 威厳ある人物が主人公が追放されるのに反対するのは違和感ないか?」
「あ、そっかー……何かお話の中に出てくる魔法使いって威厳あるイメージだったけど……これは別にいいんだ」
元ネタである"ラフマーヌと放浪の英雄"にはベネッタの役は老魔法使いとして登場する。
北部で有名な伝承であり、ベネッタも北部出身で慣れ親しんでいたためか固定概念があったようだ。
演じる役がどんな風に動き、どんな風に振舞い、どんな風に他の役と関わるのか。
アルム達五人は通しの練習の前にまずはその点をより明確に想像し続けていた。
「何でボクの役はアルムくん……じゃなかった。主人公のリベルタの追放を反対したんだろうねー」
「非道な行いだからじゃないかな? 呪われてるのこいつのせいだ、って嘘で追放するのはちょっとね……」
ルクスの意見にベネッタは少し納得いかない様子で唸る。
「そうだけどさー、劇には出てこないけど他の魔法使いはそれがいいって結論になったわけじゃない? ボクの役だけ反対してるの不思議じゃない?」
「あぁ、なるほどね。確かに。他は国の為ならって納得してるんだもんね」
「そうそうー」
言われて、ルクスもベネッタの疑問に納得した。
一人だけ追放を反対する魔法使い。それがベネッタの役だ。
ならば、それは何故かと自分自身と演じる役に問いかける。
ベネッタが演じるのは盲目の魔法使い。わざわざグレースが自分と似通った設定に変えているのだから、ちゃんと自分の考えは持たなければ。台本をなぞるだけが演劇でない事くらいは流石にわかる。
「お姫様は正義感だからだろうけど……主人公が呪いの原因だなんて嘘で主人公を追放する国の魔法使いがそんなまともな考えあるのかなー?」
「あんた意外と辛口ね」
「そりゃ元ネタが"ラフマーヌと放浪の英雄"だもん。北部だと子供の頃から読むお話だし……子供の頃から主人公を追放する国さいてーくらいは思ってたよー」
ベネッタは台本を開いて、自分の役についての設定を確認する。
ベネッタが演じるのは盲目の魔法使い。主人公やお姫様と同年代くらいで、それゆえにお姫様の話し相手兼護衛としてお姫様に付いている魔法使いという設定だ。
元ネタのほうは老魔法使いだったが、グレースの書いた台本では同年代に変更されている。
主人公の少年リベルタとお姫様と同年代で魔法使いになっている天才のような設定が自分に合っていないような気がするが、そこはどうこう言っていられない。
「うーん……何で、この魔法使いは主人公を追放したくなかったのかなー……?」
果たしてこの疑問は関係があるのかないのか。
本番でただ文字をなぞるだけにしないためにも、考えなければいけない気がした。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ベネッタも威厳出るよ多分……。




