幕間 -私の主人その3-
こんばんは。私はカエシウス家ミスティお嬢様付き使用人ラナ。
早いものでミスティ様も三年生になられました。
ミスティ様からすれば当然の事かもしれませんが、五歳の頃にお会いした私の身からすればもうそんなに立派になられてと我慢しなければ涙腺から喜びが零れ落ちてしまいそうな今日この頃でございます。
これも常日頃から自身を厳しく律し、才に溺れず鍛錬を続けた結果。
ミスティ様のそのような姿勢は仕える身としても鼻高々と言えるでしょう。
そう、自身に厳しい……はずなのですが……。
「うふふ……ふふっ……えへへ……」
私の目の前にはこれ以上無いほどだらしない表情で笑うミスティ様がいる。可愛い。
何故か手の甲を見つめてにやにやしておられる。
くっ……誰かこの顔を記録してほしい。
将来、魔石に頼らずに日々の光景を記録して保存できるそんな道具が生まれてほしい。いや、生まれるべきでしょう。
今まさに人類の宝たるミスティ様の希少な笑顔を残さずしてなんとする。
私はなんて無力なのでしょう。この幸福に満ち溢れた笑顔を誰かに伝えられる術がない。後世に残せる画力も道具も無い。
だらしなくも幸せそうなこの笑顔を誰かに……と思いましたが、私だけが独り占めしたほうがよさそうですね。
ふむ。この笑顔を民衆に見せようものならミスティ様によからぬ気持ちを抱く者が増えるだけ。記録するなんてもってのほかですね。
私の記憶と網膜に焼け付けておきましょう。じーっ。
「ラナ……どうかされました?」
と思った矢先に、ミスティ様は心配そうに私に問いかけてくださった。
どうやら私が立ち止まってじっとミスティ様を見たのに気付かれていたようだ。
「はっ……! も、申し訳ありません! ぼーっとしていました!」
「そうですか? 私をじっと見つめられていたので、何か言いたい事があるのかと……」
正直に言えばあります。
何故そんなに嬉しそうにしているのかを聞きたい。
すごく聞きたい。
今日はとても嬉しそうですね、とミスティ様の日々の喜びを共有したい。
ですが。
その。
今までミスティお嬢様に話してもらう出来事は全て笑顔でお応えできる自信があったのですが……最近は一つ笑顔が引きつりそうになる人物の話題がある。
……しかし、ミスティ様が私に何か言いたい事があるのかと聞いてくださっているのだからお答えすべきだろう。
私はミスティお嬢様付き使用人ラナ。
主人の希望に出来る限り答えるのは当然だ。
それにミスティ様とお話する時間は私にとっても至福なのです。
「こほん。大した事ではありません。帰ってからずっと嬉しそうにしていらっしゃるので……何かあったのかと思いまして」
私はわざとらしく咳払いをしてミスティ様に問う。
すると――。
「あ、えっと……そうですか……嬉しそうにしていましたか……」
ミスティ様は耳まで真っ赤にして忙しなく視線を動かし始めました。
「か……わ……」
出かかった心からの叫びを何とか喉元で押しとどめる。少し声が漏れましたが。
何という破壊力……これがカエシウス家の力とでもいうのでしょうか。
などと言っている場合ではありません。
ミスティ様がこうなる時はかなりの確率であの男が関わっている――!
「今日はその、演劇の練習で……アルムと同じシーンだったもので……少しはしゃいでしまいました」
「そ、そうだったのですね」
やっぱりか……!
くそ……あの男め。今度は何をやった。
アルム。入学時からのミスティ様のお友達だ。
ベラルタ魔法学院唯一の平民であり、カエシウス家の恩人。つまりは私にとっても恩人だ。
そしてさらにはミスティ様の想い人である。
普通なら何ですかこの男と反対できるのだが……厄介な事にこの男に関しては何も言えない。
本人の性格が悪いわけでもなく、貴族の財産目的ではなく、そしてカエシウス家の権力目的でもない。そして何よりミスティ様に言い寄ろうともしない。
……最後だけ解せませんね。ミスティ様に言い寄らないとはなんて男でしょうか。
何はともあれ私のアルムの印象は無欲な好青年。そこにカエシウス家の恩人というあまりに強すぎる経歴が重なる。
出自以外に反対する理由が特にないのです。
そして私は出自を反対する理由にする気にはなりません。
強いて言えばですが、私が何かむかつくからくらいなものでしょうか。
「粗の一つくらいあればいいものを……」
「ラナ……?」
「い、いえ、なんでもありません!」
危ない危ない。
私は何年もミスティ様に仕える身。良き理解者としてあらなければ。
このような私怨のこもった呟きを聞かれてはいけません。
「それで、どのようなシーンだったのですか? そこまで嬉しそうにするシーンというのはこのラナも気になるところですが……」
「どんな……シーン……」
私がミスティ様にそう聞くと、ミスティ様のお顔が再び赤くなっていく。
話を少し広げるための普通の話題だったはずなのですが。
ミスティ様は手をぎゅっと大切そうに握り、少し顔を俯かせたかと思うと……私に向けて上目遣いをしながら口を開いた。
「い、言えません……もうラナってば……えっちなんですから……」
「え!? わ、私!? 私がですか!?」
「そ、そうですよ……もう!」
そしてミスティ様はぷいっと私から顔を逸らす。
その仕草は可愛いが、あまりに理不尽にしか思えない。
まさか演劇のシーンを聞いて破廉恥扱いされるとは。
ちょっと待ってほしい。仮にも学院という場で行われる演劇のシーンでえっちとは一体どういう事なのか。
「み、ミスティ様……一体どんな演劇をするおつもりで……!?」
「とても素敵なお話ですけど……私とアルムが出るシーンは言えません。恥ずかしいので本番まで内緒です。ラナも是非見に来てくださいね? そ、その時までには私も何とか耐えられるように練習頑張りますから……!」
い、一体何を耐えるというのだろう。
聞きたい。だが言えないと言われ、そして破廉恥扱いされている今問えばまたえっちだと言われてしまいそうで聞けませんでした。
ミスティ様一筋で生きてきてまさか破廉恥扱いされるとは。ですが、ミスティ様にえっちと言われるのは中々悪くは……いやいや、そうではない。
一体どんなシーンなのか気になりすぎて思考が纏まりません。
「あ……そろそろ私は自室に戻りますね。ラナ、今日もありがとう」
「は、はい……お疲れ様でした……」
引き止めたいが引き止められない。
ミスティ様はいつものように律儀に私に感謝を伝えると自室に戻っていく。
「あ、アルム様……いやアルム! あの男……! 演劇にかこつけてミスティ様に何をしようというのですか!!」
えっちと言われてからミスティ様の妄想が止まらない。
一体どんなシーンなのか。一体どんな内容なのか。
私の問いに答えてくれる者はいるはずもなく……私は自分のする妄想で少しばかり睡眠時間が短くなって明日を迎える事になるのだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
一区切り恒例の幕間となります。




