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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第九部:呪われた魔法使いとお姫様

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640.二人の敵

「せ、先輩……! 先輩……! よあった……!」


 アルムが現れた安堵にカルロスの目から我慢していた涙がボロボロと零れ出す。

 あの女と自分達の間に人一人が立つだけでどれだけの安心か。

 それが自分達よりも戦い慣れした人物だと知っているならなおさらだ。


「おれだちを……助けに来てくれたんですね……!」

「ああ」


 カルロスは涙を拭いながら降ってきたアルムの背中に感極まった声をかける。

 アルムが肩越しに三人のほうを見て、カルロスは流石先輩、という感想を抱いた。


「と言えたら多少はかっこつけられたんだがな。ルクスと一緒に帰ってたら子供の声が聞こえてきて、屋根の上から探してたら偶然来れただけだ。お前ら三人がいるとは思ってなかった。悪いな偶然で」

「あ、そうすか……」


 が、どうやら颯爽と現れたのは偶然だったようで現実的なアルムの回答に少し落ち着く。

 言ってしまえば、セムーラ達三人と同じ理由……つまりは罠にかかりにここに来たらしい。


「セムーラの傷とフィンの様子は?」

「お、俺は大丈夫だ! いっちょ前に心配される覚えはねえ!」

「セムーラの血が……」

「わ、私も大丈――」

「っ! 『防護壁(プロテクション)』!」


 セムーラが言い終わる前にチヅルがアルムに飛び掛かる。

 短刀はアルムの胴を狙ったようだが、アルムの周囲に展開された防御魔法に阻まれて鈍い音が鳴った。

 無論、信仰属性の防御とは比較にもならない。重さもない短刀に斬りかかれただけでアルムの防御魔法は軋んでいる。いや、それともチヅルが自身にかけている強化の影響だろうか。


「余裕だね。私ってそんなに弱く見えた?」


 防御魔法越しに、チヅルは覗き込むようにアルムの顔を見た。


「いいや。だから警戒して防げたんだ」

「上手だね。守るのが上手いんだね。三人共守り切れるかな?」

「守るのが魔法使いだ」

「戦うのも魔法使いだね」


 アルムとチヅルの視線が交差する。


「『魔剣(セイバー)』!」

「……『魔剣(セイバー)』」


 唱えるは同じ無属性魔法。互いの手に握られるのは魔力の剣。

 覚えるのは無駄。この時代では魔法の基礎を学ぶためだけのものとされる魔法がぶつかり合う。

 アルムは魔力の剣一本で、チヅルは魔力の剣と短刀をちらつかせながら剣閃をぶつけ合う。

 首を狙われ、剣で防ぐ。腿を狙い、足さばきでかわされる。

 全ての攻撃は急所を狙う一撃かその一撃を通すためのフェイント。

 火花を散らすような鋭い攻撃の応酬にアルムの後ろの三人は全く目が追い付かない。


「ふ、ふざけやがって……!」


 フィンは悔しそうにアルムとチヅルの戦いを睨みつける。

 魔力の剣と短刀を織り交ぜたチヅルの攻撃を最小の動きでアルムがさばききっているのを見てわなわなと感情がこみ上げてきた。


「俺達と訓練してる時より……よっぽど早えじゃねえかよ……!」


 自分達にしていた訓練が片手間であった事を思い知る。

 アルムに教えを乞う際、アルムは実力を見るために数人と模擬戦をする。

 その際にアルムは自分に魔法を当てられるかどうかや得意分野を確認するのだが……その時の動きとは比べ物にならない速度と鋭さで今戦っている。

 フィンは現実から目を逸らしたくなった。上から目線で凄いなんて言葉で評価して、この平民の底でも見たつもりだったのかと。



「っ――!」


 アルムの背後にいる三人の心中など、アルムもチヅルも知る由は無い。

 今は互いの目の前の相手で精一杯。

 チヅルは崩れる様子の無いアルムに向けて短刀を投擲する。

 セムーラ達三人の目には見えなかった最小の動きによって短刀はアルムの胸部目掛けて投げられる。


「『魔剣(セイバー)』」


 チヅルが投擲した短剣をアルムは即座に二本目の魔力の剣で弾いた。

 アルムの出した魔力の剣はただの短剣を弾いただけだというのに割れてしまう。

 あまりにあっけないその在り方は無属性魔法の脆弱さを思い出させる。

 しかし相対しているチヅルには軽んじる様子も無ければ油断も無い。


(防いだ……。私の投擲より速い"放出"。まばたきもしない。戦い慣れしてる。手練れだね。無属性魔法で私の相手する余裕があるんだね。二年、いや三年かな。間違いなくトップクラスの一人。でも四大貴族の特徴とは一致しない。高名な血筋でもないのにこれか。流石は魔法大国と言われるだけあるね。厄介だね)


 チヅルはマナリルという国の層の厚さに思わず驚嘆する。

 ベラルタに潜入した時点で四大貴族を相手する覚悟はできていたが、四大貴族でもない生徒に自分の攻撃が完全にさばかれるとは思っていなかった。

 目の前の男が何者かはわからないが、間違いないのは強いという事だけ。 


「ほんと、私って運が無いね。可哀想だね」


 呟いて、表情が更に引き締まる。チヅルの中でアルムへの警戒度が引き上がった。

 一年生三人の未熟さには正直がっかりした(・・・・・・)ものだが、血統魔法を見せていいものかと心中で迷いが生じるほどには認め始める。

 対して、アルムも同じような思考が駆け巡っていた。


(強い……動きだけならマリツィアに匹敵する。ただ一年生を狙うにしてはいくらなんでも強すぎる。目的は殺害じゃなくて別にあるな。ファニアさんの感知魔法が捉えたのはこいつか?)


 チヅルの投擲と魔力の剣による一閃を防ぎながら、ヴァンから話して貰った感知魔法に映りながらも捕まえる事のできない謎の侵入者の話を思い出す。

 動きでこれなら魔法の腕も相当なはず。感知魔法に映りながら逃れられるのも頷ける。


「何のためにここに来た?」


 魔力の剣がぶつかり合い互いに破壊された瞬間、駄目元でアルムは問う。

 チヅルはいつの間にか次の短刀を抜いていた。どこから短刀を取り出しているのか。それがわからないのもまた不気味だった。

 チヅルはアルムの予想に反して攻撃の手を止める。構わず攻撃を仕掛けてくるタイプとは違うらしい。


「自分の理想のため」


 くるくると短刀を手先で操りながらチヅルは短く答える。

 その返答には力がこもっていてふざけている様子も無い。


「何故こいつらを襲う?」

「情報収集は基本だよね。学院にはあのオウグス・ラヴァーギュがいるからリスクが高いからね。だから子供の声で釣った善良な子から聞くの」

「なるほど、理に適ってる」

「だよね。あなたもそう思うよね」


 チヅルは短刀の切っ先をアルムに向ける。


「あなたみたいな強い人と会うのは想定外だったけどね。戦いたくないよね。でもこっちも譲れないんだよね。私は私の理想の為に動くから戦うしかないね」

「理想ってのは?」

「話すほどあなたと仲良くないよね」

「……もっともだ」

「でも、私が私の理想の為に戦うのは本当だよ。嘘じゃないから安心してね。あなた達にはわからない、相容れないかもしれないけどね」


 チヅルはにこっと笑うと、真顔に変わる。

 その表情からは最初に感じた幼い印象などどこかへ吹っ飛んでいた。


「自分の理想すら掲げられない臆病者が、本物の魔法使いになれるわけないもんね」


 チヅルの濁った橙色の瞳に力強い意志が宿る。

 その宣言はまるで覚悟のようだった。

 その佇まいと大きく感じた存在感の理由が言葉から垣間見える。

 アルムは一瞬見入ったように、目を剥いた。そして口元でつい笑みを浮かべる。


「俺もそう思う」

「残念だね。とても残念だね。せっかく気が合いそうなのに……敵だなんて残念だね」

「全くだな。武器を持つよりテーブルを挟んで向かい合いたかったよ」

「じゃあ手加減してくれたりする?」

「逆だ。経験上、そういう理想論を語る奴が一番手強いタイプだって知ってるもんでね」

「そっか。そうだよね。本当に。残念だね」

「!!」


 アルムは自身の目を一瞬疑う。

 正面に立つチヅルの手が二本から四本に。

 いや、そうではない。


「「こんないい子を殺さないといけないなんてね。悲しいね」」


 同じ声が重なる。

 チヅルの背後からもう一人のチヅル(・・・・・・・・)が現れる。


「……厄介な」

「「あなた相手だと手加減できなさそうだからね。ごめんね」」


 魔法を唱えた声は聞こえていない。ならば最初からすでに唱えられていたと考えるべきか。

 どちらかが偽物でどちらかが本物か。そもそも実体はあるのか。姿形は全く一緒でどちらがどちらかなどわかるはずもない。

 初めて見る現象に流石のアルムも思考が追い付かないかった。

 一つわかるのは、これから始まる攻撃が今までの比ではないということ――!


「二人の私とお相手してね」

「あなたならできるよね」

「くっ……!」


 アルムは背後のセムーラ達三人を肩越しに一瞥して。


「『永久魔鏡(ティアアピロ)』!!」


 五枚の魔鏡を展開し、向かってくる二人のチヅルを迎え撃つ。

 先程よりも通じあい、通じ合ったからこそ苛烈に。

 互いに互いの危険度を跳ね上げたからこそ、先程よりも少し本気で互いの手の内を晒し始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] てっきりカンパトーレあたりからの刺客かと思ってたけど、アルムを知らないと考えると、そうでもない?名前的には常世あたりっぽいけど、でもあそこは国家としては実質滅亡してるはずだしのう…
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