635.欠けているもの
「つまりだね……うーん……」
「ミスティの調子が悪かったのは流石に気付いたんだ。だから途中で俺を連れ出したんじゃないか?」
「いや、そうとも……言えるのかなぁ?」
教室から出て行ったアルムとルクスはミスティの顔が文字通り冷めるまで見慣れた学院内をてきとうに散策する。
その間のアルムからぶつけられた疑問にルクスは少し困っていた。
自分が何かをミスしたのか。ミスティの調子が悪いのか。
最後までと言われたはずが途中でルクスと一緒に抜け出してしまった事が気になっているようだった。
周囲はアルムとルクスが一緒に歩く姿を遠目で見る生徒達もいるが、今はその視線に応えて手を振れるほど気にしてはいられない。
「えっと、まずアルムは悪くない。台詞も言えていたし、台本通りの進行だった」
「そうなのか?」
「ああ、アルムの言う通りミスティくんの調子が少し悪かったのかもしれないね。エルミラとベネッタが慌ててたから。でもあの二人が診ているんだからすぐに良くなるさ」
「ああ……」
「それと、最後までやれなかったのは気にしなくていいんだ。あくまで練習なんだからね」
「それならいいんだが……」
ルクスに説得されるも微妙に納得いっていない様子のアルム。
いつもの無表情ではあるが、ルクスくらい一緒にいると微妙に陰っているのがわかる。
(アルムは基本が真面目だからな……ミスティ殿の気持ちを僕の口から言うわけにはいかないから誤魔化すしかない……)
本当の事が言えず少しもやもやするルクス。
とはいえ、優先度で言えば勿論ミスティの気持ちのほうが大切だ。
正直、傍から見ているルクス達からすれば、もう早く伝えてしまえばいいのに、と思わなくもないが。
しかしそれはあくまで周りの意見。当人たちのペースがあるのは重々承知だ。
思い立って即行動が功を奏する関係もあれば、歩くような速さで進む関係だってあっていい。
「そんな顔をしなくていいんだ。練習がうまくいかないなんて当たり前の事だろう? 素晴らしい本番を演じるまでのちょっとしたスパイスだよ」
「確かに、練習がうまくいかないのは当たり前だな」
「だろう? 本番で上手くいった後は今日の事も笑い話さ。初日から完璧なんて有り得ない」
「だな。ミスティは心配だが……気にしない事にしよう」
ようやく切り替えられたようでアルムの表情が少し晴れたようだった。
「おうアルム、ルクス」
「ヴァン先生」
教室で言った通り中庭を散策しようと廊下を向かう先からヴァンが歩いてきた。
三年生達の様子を見に来たかと思ったが、どうやら違うようで少し表情が険しかった。
「お前らには先に言っておこうと思ってな。恐らくなんだが……ベラルタに何人か侵入されてる」
「え?」
「そんなさらっと……」
少し小声で衝撃の事実を伝えてくるヴァン。
だが妙に自信が無さそうな言い方が少し気になる。
「恐らくとは……? 学院長とファニアさんが感知魔法を展開してるはずでは?」
「そうだ。だから侵入された事もわかってるわけなんだが……どうも妙な感覚らしくてな。侵入後に感知する数が増えているらしい。そして、感知した場所に急行しても見つからない。昨夜そんな感じだったおかげで俺は寝不足だ」
「引っかかるけど見つからない……?」
ヴァンが小さく欠伸をしながらルクスは考え込む。
元宮廷魔法使いであるオウグスも現宮廷魔法使いであるファニアも感知魔法に長けている事は間違いない。
その二人をして感知はできるが見つからないなんて事があるだろうかと。
「敵の血統魔法による攪乱の可能性も考慮して学院や寮に反応が近付かない限りは警備の巡回を増やすだけで対応する事にしている。学院長やファニアの疲弊を狙っている可能性があるから魔法使いの実働は現状俺だけだ。お前らも何か変化があったり、見かけない顔ぶれをみたら些細な事でいいから連絡してくれ。二人の感知魔法を混乱させるくらいだからあちらも感知魔法に長けた魔法使いだろう。十分注意してほしい」
「わかりました」
「勿論です」
二人の返事にヴァンは満足そうに頷く。
一先ずこの二人が警戒してどうこうされる事はないと確信を持っているかのようだった。
「ところで、話は変わるんだが……アルム、最近授業後の時間に一年生を見てやってるらしいな」
「はい」
「どうだ? いいのはいたか? 今年は不作だなんていう馬鹿もいてな……四大貴族が入学しなかっただけでてきとうな事言うやつがいやがる」
ヴァンの怒りの声を聞き、アルムはまた顔をしかめる。
「不作……? そんな風には感じませんでしたが……?」
「ああ、すまんすまん。この話は忘れてくれ。一先ずお前の目から見てどうだ? お前は魔法儀式の回数も多いし、魔法使いに会う回数も多いからな。少なくとも何も知らないで声だけ大きい馬鹿の意見より遥かに参考になる」
苛立ちを誤魔化すためか頭をがしがしとかきながらヴァンが問う。
アルムは少しの間、思い出すように目を伏せた。
「……自分が見ているのは十二人だけですし、自分が評価するのは少し烏滸がましい気がしますが、土台が出来上がればいい使い手になりそうなのが何人か」
「ほう」
ヴァンは腕組みをしてアルムの意見を待つ。
アルムの言葉に、外から聞こえる不作だなんだという非建設的な意見への苛立ちは吹っ飛んでいた。
「光属性のセムーラ、雷属性のカルロス、地属性のフィンの三人は現時点でかなり面白いです。経験さえ積ませれば間違いなくいい使い手になるかと」
「マキセナ家のセムーラにディオラコス家のカルロス、ランジェロスタ家のフィンか……マキセナ家は上級貴族だから当然ではあるが……」
「あの子は最初から来てくれている子で、俺の出自とかに構わずわからない事をどんどん聞いてくるので間違いなく伸びます。魔力操作に若干不安がありますが、真面目そうな子なので半年もかからず克服するかと」
「あー、あいつは才能あるのに次女ってだけで当主になれないのを不満に思ってるからな。家の事情もあって技術の向上に貪欲なんだろう」
「カルロスも訓練を積めば防御魔法だけなら三年後ルクスくらいになる可能性がありますし、フィンは俺が気に入らないみたいですが気に入らないながらも訓練に対してはしっかりとした姿勢を見せていますし、プライドは高いですがプライドが高いなりに技術は高いので……来年留学メンバーに選ばれるのはこの辺じゃないでしょうか」
現時点での一年生達のアルムの考察をヴァンは頭に入れる。
今回のラーニャ来訪の一件で教師陣はひたすら忙しく、一年生を担当している教師も一年生全体の実力を把握しきれずにいる。
そんな中、全体の二割の実力を把握しているアルムの意見は貴重だ。
「貴族の中には家名やら下級貴族かどうかだけで判断する奴もいるからな。お前みたいに目に見た実力を判断できる奴の意見は助かる」
「助けになったならよかったです」
「それと、侵入者の一件もあるから一年生の実力向上は自衛にも繋がる……演劇のほうに支障が出ないように付き合ってやってくれ」
「ええ、また行くと約束もしてますし……自分も楽しいから大丈夫ですよ。みんなも手伝ってくれますし」
アルムはそう言ってルクスのほうを見る。
君のお人好しが移ったかな、とルクスは冗談っぽく言った。
「じゃあ自分達は戻ります。アルム、そろそろ戻らないとグレースくんが怒るかもしれないからね」
「それはまずい」
「おう、今度飯奢らせろ」
アルムとルクスはヴァンに会釈して教室へと戻る。
アルムの背中を見送りながら、ヴァンはボサボサの髪をかいた。
「……烏滸がましい、か」
アルムが発した言葉をヴァンは静かにつぶやく。
どれだけ輝かしい功績をあげ、どれだけの研鑽を積んでもなお、アルムがまだ未熟な子供である事を認識する。
「そろそろ気付けよ。お前に足りないのは本当にちっぽけで、誰もが持つことのできる単純なものなんだからな」
聞こえない声でそう言い残して、ヴァンは自分の仕事に戻っていく。
今日も徹夜かふざけやがって、とベラルタに侵入した侵入者への恨み言を言い残して。
いつも読んでくださってありがとうございます。
誤字報告に感想といつも助かっております。ありがとうございます。




