633.本物への轍
「あの平民やべーよ……」
「どうしたのフィンくん?」
授業終わりの実技棟。
観客席では悔しそうに紺色の髪をした少年……ベラルタ魔法学院の一年生フィン・ランジェロスタが一階のアリーナを睨んでいる。
隣では同じく一年生である肩くらいまでの長さの茶髪の少女、リコミットが休憩している。
二人はとある実地依頼の際、魔獣に殺されかけ……アルム達に助けられた二人だった。
フィンが睨む先ではアルムが集まった一年生達のアドバイスをし続けていた。
「珍しいね、ベラルタに来てから高慢の塊みたいな感じになってたのに」
「喧嘩売ってんのかリコミット」
「幼馴染として感心してるんだよぅ……この前まで平民如きにどうこうはプライドが無いのかみたいなこと言ってたでしょ? ちゃんと認めなきゃいけない事は認められるようになったんだなあって」
「うぐ……!」
リコミットに痛いところを突かれてフィンはばつが悪そうな表情に変わる。
認めよう、とフィンはわざとらしい咳払いと共にリコミットの指摘を受け入れた。
ベラルタ魔法学院に合格し、大いに肥大化したプライドはエルミラとの模擬戦で粉々に砕かれた。
そのおかげでこうして見学できるようになるまでになったのだから、自分の愚かな過去は受け入れるべきだ。
模擬戦の決着後にエルミラに言われた、ここでは才能なんか最低限かそれ以下、という言葉がフィンの価値観を更新させる。
ベラルタ魔法学院では実力が全て。自分の家がどれほど立派かを誇り、自身の才能がどれほど凄いかを語った所で……その中に実力を示す言葉はない。
「それで何がやばいの?」
「いや、あれ見てればわかるだろ?」
そう言って、フィンは一階を指差した。
最初は五人だけだった一年生達も今や十人に増え、フィンとリコミットを合わせると十二人の一年生が授業が終わるとアルムの下に訪れている。
「セムーラは"充填"に淀みがある。退屈かもしれないが、魔力操作の訓練を重点的にやるといい」
「魔力操作って……そんな初歩的な事……」
「気持ちはわかる。けど、才能があるからこそ初歩的な事をしっかりするだけで変わる。得意の拘束魔法にあったラグもかなり縮まるはずだ。一年……いや、半年もあれば魔獣相手だけじゃなく魔法使い相手にも有効な一手にできる。光属性の"放出"の速さに構築速度を身につければ間違いなく君だけの強みになる」
「そ、そこまで言うならやってみますけど……」
アルムのアドバイスをセムーラという女子生徒は半信半疑ながらも真剣な目に頷いた。
得意な魔法を見抜かれ、君だけの強みになると言われては悪い気はしない。
「デラミュアは強化が弱い。魔力消費の少ない『強化』でひたすら感覚を掴んで体を動かせ。『強化』を使いながら朝ランニングをして自分の体と一緒に鍛えるのを勧める」
「ランニング……走る……ってこと……?」
「そうだ。ミスティも毎朝やってるトレーニングだ。ミスティも君と同じで少し小柄で強化のかかりが弱いのを気にしていたからな」
「か、カエシウス家が……デラミュア頑張ります……!」
「その意気だ。強化の出来は戦闘の勝敗に直結する。魔法儀式の度に成果を実感できるはずだ」
デラミュアと呼ばれた小柄な女子生徒は鼻息を荒くして何度も頷く。
カエシウス家のミスティがやっているという事でやる気が湧いたらしい。
「カルロスは"変換"のイメージをもっと明確に。魔法の形状が曖昧なのを何とかしたほうがいい。あれだと中位の強化をかけただけで対処できてしまう。見抜かれたらただ突進するだけで破られるぞ」
「ま、まさか……そんな馬鹿げた事する奴います?」
「少なくともエルミラはする。あいつレベルになると魔法に少し綻びを見つけただけで形勢をひっくり返せるからな。それだけ魔法の見た目は大事だ。反面、防御魔法はかなりしっかりしてる。このまま伸ばせばそこらの信仰属性に迫れるくらいになってもおかしくない」
「え、俺雷ですけど……」
「何か特別な記憶があるのか無意識に防御魔法のイメージが出来上がってるんだろう。意識的にイメージ出来れば間違いなく武器になる」
「お、俺の武器……!」
アルムに言われて、カルロスという男子生徒は顔を綻ばせながら拳を作った。
周りを見渡せば才能の原石ばかりの所に、自分だけの武器があるかもと言われては高揚もするというものだ。
「リディアーヌは……あ、昨日平民なんだからリディアーヌ様って呼ぶようにって言ってたな、すまない。リディアーヌ様は――」
「あ、いえ……その節は大変失礼しました……。どうぞ気軽にリディアーヌとお呼びください」
「いいのか? ならリディアーヌは下位の魔法に比べて中位の魔法のコントロールが甘い。そのせいで決定打を叩き込もうとする瞬間が逆に隙になってしまってる。今は同級生にそんな隙を突ける奴はいないだろうが、そのままにしておくと将来周りにそこを突かれるようになる」
「コントロールが甘いというのはどういう意味でして?」
「攻撃魔法を放つ方向、防御魔法の指向性、拘束魔法に必要な空間把握などが
どれも大雑把だ。例えば攻撃魔法を右斜めの俺に撃つとしたら、前のほうに撃とう、みたいな感じになってしまってる。魔法は構築し終わって終わりってもんじゃない。その魔法を活かす事を意識してほしい」
「構築後の意識……わかりましたわ」
「使い手みたいにせっかく魔法の構築が綺麗なんだ。活かせないと勿体ない」
「き……! ほ、褒め言葉として受け取らせて頂きます」
リディアーヌはそっぽを向きながらもアドバイスを刻むようにぶつぶつと呟いている。
満更でもなさそうに、魔法の構築を褒められるの初めてですわ、とも言いながら。
「ほら、やべーだろあれ」
フィンはそんな一年生達が順番にアドバイスされていく光景を指差す。
リコミッタはそんな光景を見てにこっと笑った。
「アルムさん凄いねぇ」
「異常だろ……授業後のこういう集まりが始まってからまだ一週間も経ってないんだぞ? それなのにあの平民、俺含めて参加してる一年生十二人の得意な魔法や技術の傾向、苦手な部分まで全部把握してアドバイスしてやがる……」
フィンは悔しそうに歯噛みする。
自分だってまだこの場に集まる同級生の使う魔法なんて覚えきれていない。はっきり覚えているのは属性くらいなものだ。
だというのに、全体を見ているはずのアルムはすでに十二人全員の魔法の傾向をほとんど把握してしまっている。
無属性魔法しか使えないはずの男がだ。何だあれはとも言いたくなる。
「関係あるかわからないけど、アルムさんって魔法儀式の回数三年生の中でぶっちぎりに多いらしいからねぇ」
「そうなのか?」
「うん、二百回はやってるんだって」
「に、二百……!?」
「だから相手した人の魔法とか覚えるのが当たり前になってるんだろうねぇ」
日々の授業もある。実地で学院にいない時もある。帰郷期間で一月の間生徒がいない期間だってある……だというのになんだその回数はと言いたくなる。
「いや……」
考えてみれば当たり前かとフィンは思い直した。
今でこそカエシウスやガザスを救った男だと言われているが……最初は学院唯一の平民というただの珍しいだけの存在。無属性魔法しか使えないとなれば、そんな男はいわばカモだ。
当時の同級生たちはそんなカモ相手に魔法儀式の戦績を稼ごうと申し込み続けていたのだろう。
その結果、三年生で残ったのは十一人。
アルムという平民に魔法儀式を仕掛けた大半が進級できず、この平民は進級した。
カモだと思われていた男はその実、魔法の世界に踏み込んできた誰も見たことのない爆弾だったというオチだ。何という笑い話だろうか。進級できなかった人間からすると笑えない。
「アルムー」
フィンが戦慄していると、実技棟の扉が開いてアルムを呼ぶ声が響く。
実技棟に入ってきたのはエルミラだった。
先程名前を出されたのもあってか、何人かが生唾を飲み込む。
自分達に細かく丁寧に教えてくれるアルムをして、あのレベルと言わしめる魔法使いの卵の登場なのだから当然と言えよう。
先程アドバイスされたカルロスは、この人がその気になったら魔法にそのまま突っ込むやべえ人か、と若干失礼な感想を抱いている。
「すまん、時間か?」
「ええ。そろそろ来ないとグレースがキレるわよ」
「それはまずいな……グレースは怒ると恐い。すまないみんな。今日はここまでにしてくれ」
そこらから、そんなぁ、と残念がる声が聞こえてきた。
最初は馬鹿にしていた一年生達も自分達に足りないものを教え、長所も自覚させてくれる指導によほど手応えを感じていたのだろう。
「まだ一時間しか教えて貰ってません……!」
「すまない、こっちも大事な用事なんだ。また時間があれば付き合うから今日の所は終わりにさせてくれ」
「わ、わかりました……」
申し訳なさそうなアルムに何も言えなくなってしまう一年生達。
考えてみればそもそもアルムが一年生達の指導をする必要などないのである。
この集まりは一から十までアルムの善意によるものだ。引き止めるのは虫がいいと納得する。
「ほら行くわよ」
「じゃあさっき言った事を試してみてくれ。あ、それだけやればいいってわけじゃないからな。さっきしたアドバイスはあくまで欠点を補うためのもので……」
「アルム!?」
「はい! じゃあまたな!」
エルミラに急かされ、アルムは一年生達に挨拶すると大急ぎで扉のほうに駆けていく。
アルムがエルミラの所に着くと、エルミラはぽこっとアルムの頭を軽く叩いた。
「このお人好し」
「はは……まぁ、俺も勉強になるから……」
「てか増えてない?」
「ああ、最初は五人だったんだが……平民っていう物珍しいもの見たさだろうな」
「いや、そうじゃないでしょ……はぁ、明日は私もこっち手伝うわ」
「いいのか? みんなも喜ぶよ」
そんな会話を残して、アルムとエルミラは実技棟から出て行った。
学院祭でやる演劇の練習……の前にグレースからお怒りの言葉が待っているだろうが。
「私達……ラッキーな世代だぁ……」
誰かが呟くと、実技棟に残った一年生達は一斉に動き出す。
「ちょ、ちょちょ! 誰か付き合って! 俺防御魔法が得意らしいぞ!? 誰か実感させてくれ!」
「無理……デラミュアは今から……走る……」
「魔力操作の訓練……これからはお風呂上りのルーティンにしましょう……」
アルムに言われた事を信じる者もいれば半信半疑の者もいたが……それぞれがそれぞれの課題や長所を確認し始める。
「俺達も休憩終わりだリコミット」
「あ、待ってよぅフィンくん!」
フィンとリコミットも休憩していた観客席から一階のアリーナに。
この光景こそがベラルタ魔法学院を象徴するもの。
才能を認められた原石達は互いに互いを磨き合って、本物への道を往く。
先を往く背中の大きさに気付きながら。
いつも読んでくださってありがとうございます。
魔法よりも名前と顔を覚えるほうが大変なアルムくん。




