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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第九部:呪われた魔法使いとお姫様
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628.彼の事3

「あなた、演技指導なんて出来るの?」


 ヴァンからの通達も終わり、ミスティとエルミラ、そしてベネッタの三人はベラルタ魔法学院が初めてのファニアの案内役を名乗り出た。

 元々ファニアと知り合いなのもあって、すれ違う一年生達のように騒ぐこともない。

 男装の麗人のような服装も相まって廊下や中庭から黄色い声が上がっているが、ファニア自身は気にしていないようだった。


「任せてくれ、とは流石に言えないが……少なくともここにいる誰よりも目が肥えている自信はある。明確な指導は難しいかもしれないが、劇中の違和感や演技の解釈についてを捉えるのには自信がある。

それに技術的に本業を超えるのはまず無理だ。ならば観客側からの視点で水準に達しているかどうかの物差しは必要だろう?」

「まぁ、それは一理ある……のかしら……?」


 実際エルミラも演技指導などよくわかっていない。

 当然のように教養として知識があるであろうミスティやルクス、サンベリーナなどの上級貴族や台本を書くくらいには知識があるグレースも大まかな良し悪しはわかるのだろうが、今回はやる側であり、演じるのも台本も身内のものだ。評価をするには少し難しい。

 ならば確かに……観客視点のものさしは必要なのかもしれない。


「オウグス殿もヴァン殿も芸術方面には疎いからな。陛下より私が命令を賜ったのだ」

「あの二人はそりゃあ興味無いでしょ」

「演劇観るようなタイプじゃないよねー」

「エルミラもベネッタも失礼ですわよ……」


 二人を(たしな)めるも、内心否定できないミスティ。

 オウグスもヴァンも地位ある貴族のはずなのだが、驚くほど芸術を愛でるイメージがわかなかった。


「それにしても王城からファニアさんを寄越すなんてカルセシス様も心配してくるんだねー」

「それもあるかもしれませんが……ファニアさんがいらしたのは私達の演劇の出来を危惧してというよりも、ベラルタの警備の強化の意味合いのほうが強いのでは?」


 当然のように言うミスティにファニアは口元で笑う。


「流石はカエシウスといったところか。その通りだミスティ殿。ラーニャ様来訪までに不貞な輩が忍び込み、よからぬ事を計画されては敵わんからな。宮廷魔法使いである私が先行して感知魔法を張り、警戒を強めるために来たのだ」

「ベラルタに感知魔法を張れるのはオウグス学院長しかいらっしゃらないですからね。『シャーフの怪奇通路』も今はありませんから誰かが下水に潜んでラーニャ様来訪時に何かを実行する可能性もありますから」

「オウグス殿は元宮廷魔法使いなのもあって感知魔法の精度は高いが、基本的に学院周りで精一杯だ。そしてヴァン殿は感知魔法が不得手、他の教師もオウグス殿以上の感知魔法を使うのは難しいからな。

演技指導のほうは方便でありついでというわけだ。無論、私自身は君達の舞台を楽しみにしているがな」


 言いながら、投げかけられる黄色い声にファニアは手を振る。

 凛々しく微笑むその姿は格好も相まって華を虜にする色男(カサノヴァ)

 今ファニアが歩いている状況のほうがまるで舞台の上のワンシーンのようだ。


「私以外にも王城からベラルタに派遣された者もいる。よほどの使い手でなければベラルタに侵入するのは難しくなるはずだが……妙な異変があれば私に伝えてくれ」

「やっぱり他国の女王様が来るとなると厳重になるわね……ラーニャ様の腕なら不審者の一人や二人問題無さそうだけど、そもそも襲われる事自体トラブルだから仕方ないか」

「……」


 ファニアの顔が少し強張る。

 それは気付けるかどうかも微妙な些細な変化。

 笑顔の中に一瞬だけ違和感を感じ取ったミスティが覗き込む。


「……ファニアさん?」

「いや、うむ。突然のイベントに陛下も慎重になっているようだな」

「よねー」


 ミスティ達に悟らせないようにファニアはすぐに何でもないように装う。

 こんな事は口にしたら私は一発で首が飛ぶだろうなと内心で笑う。

 陛下が守りたいのはガザスの女王ではないなどと。


「どうしたのファニアさんー?」

「いや、すまない。君達が舞台で別人を演じている姿を想像したら少しおかしくてな」

「馬鹿にしてるわけ?」

「ち、違う! アルキュロス家の名誉にかけてそれは断じてない! ただ楽しみなだけなのだ!」

「ほんとぉー?」

「うふふ、これは頑張らなければいけませんね」

「み、ミスティ殿まで……」


 あらぬ誤解を受けながらも、ファニアは自分の役割を遂行すべく心を引き締める。

 役割の片隅で、生徒の演劇を見るのを楽しみにしているのも本音だった。


「ところでミスティ殿……アルムと何か進展はあったのか?」

「……」

「ファニアがミスティいじめてる……」

「これは大問題だねー……」

「な、なに!? 駄目な話題だったか!?」




















「じゃあアルム、僕はここで」

「ああ、付き合ってくれて助かった。やはりルクスは教え方がいいな」

「雷属性の子が多かったからだよ。全員を見ている君ほどじゃないさ。意外と向いてるんじゃないのか?」

「そう言ってくれると助かる。それじゃあまた明日」

「ああ、また」


 授業終わりの放課後、一年生達への指導を終えてアルムとルクスは学院を出た。

 昨日はミスティとだったが、今日はルクスが付き合って実技棟にて指導を行った帰りである。

 今日は昨日アルムとミスティに指導してもらった五人が友人達に話したのか二人増えて七人になっていた。

 今は空いているアルムの時間も台本が出来れば演劇の練習に費やされてしまうだろう。


(あの七人はラッキーだな)


 傾いた日差しがベラルタの白い建物を照らし、火照った体に丁度いい涼し気な風が吹く。

 帰り道を歩くのは生徒だけでなく町の人々も。名残惜しい帰宅道を夜に向けて歩いていく。

 ルクスは今日指導した七人の幸運を祝福した。

 まだ入学したばかりで魔法の問題点を指摘して貰えるというのは大きい。しかもアルムを相手した実戦形式だ。本来、魔法儀式(リチュア)の戦績に数えるべきような内容でもアルムはあくまで教えているだけだと記録することをしなかった。

 この時期から実力が上の三年生を相手に指導して貰えるのは教師から口頭で教えて貰う以上の価値がある。

 今年の一年生はしばらくあの七人に突き放される形になるだろう。少なくとも魔法技術が最初に伸びるのは昨日今日アルムに指導して貰った生徒達だ。


(もっとも、一番恵まれているのは僕だったけどね)


 何の対抗心か、内心で誇らしげにするルクス。

 アルムと戦ってからも無属性魔法についての認識は変わっていない。しかし、魔法の構築についての認識はアルムとした最初の決闘で明らかに変わった。

 魔法の三工程についての可能性。砕け散った自分の血統魔法の中に見た単純にして難しい積み重ねの重要さ。

 なにより、多少あったプライドを粉々に砕かれた経験は代えがたい。


「問題は本人がなぁ……」


 どうしたものかとため息をつく。

 何とか本人に知ってもらいたいが、直接伝えても冗談だと受け流されるのは間違いない。

 なにより、余計なお節介な気もしてどうすべきなのか答えは出なかった。

 腕組みして考え込むも、やはり今日も気付くまで待つしかないという結論になった。


「ルクス様」

「っと!? ぐ、グレースくん!?」


 その思案を妨げるように不意に声がかけられる。

 ルクスの前方にはいつの間にかグレースが立っており、あわや衝突という距離にまで近付いていた。

 慌てるルクスとは対照的にグレースの大きな眼鏡の奥は平静で夕暮れ色に燃えている。


「奇遇だね、どうしたんだい? こっちは第一寮だけど……」

「奇遇ではありません。待ち伏せしていました」

「待ち伏せ……? つまり僕に用があったって事かい?」

「はい」


 自分を見つめる真剣な表情。

 グレースとは関わった事はあまりないが、それでも大切な用件だというのを理解するのは簡単だった。


「どうかご協力くださいルクス様。あなたのご友人には内密に」

「内密に……なるほど、それは少しわくわくする響きだね」

いつも読んでくださってありがとうございます。

ファニアは男装しているというより似合うから着ているだけです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おっと、今度はルクスを抱き込む……。 この先、わくわくしますねぇw
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