623.そういえば
「まぁ……そんなお話をされていたのですね」
「演劇……見る事はあってもまさかやる側になるなんて想像もしてなかったわね」
「ボクとかできるのかなー? あんまり細かい動きは見えないし、裏方で色々やるのは面白そうー」
「魔法で色々演出したりするのかな……詳細がまだよくわからないね」
学院長からの話も終わり、アルムはミスティ宅でいつものメンバーで集まっていた。
ミスティのお付きの使用人であるラナの淹れた紅茶とアップルパイを五人で囲む。
サクサクのパイ生地に程よい甘さのりんごのコンポートが舌に優しい。疲れた体に染み渡るような甘味に五人は舌鼓を打っていた。
「そういえばそっちのほうはどうだったんだ?」
「ルクスさんがお相手の一年生をコテンパンにして後は技術アドバイスの時間になりましたわ」
「み、ミスティ殿……そんな人聞きの悪い……。普通に戦っただけだよ」
ルクスが言い訳すると、くすくすとベネッタは笑う。
エルミラもにやにやとからかうような表情でそんなルクスを見ていた。
「ルクスくんてばねー、気合い入ってたのかボク達と魔法儀式する勢いで戦っちゃって相手の一年生が自信満々に使ってきた中位の攻撃魔法、ばーん、て殴り飛ばしたと思ったらその勢いで一年生の事蹴り飛ばしちゃったんだよー!」
「いやぁ、流石四大貴族のオルリック家。手加減の欠片も無い蹴りだったわよね」
「ち、違う! だって強化かけてないと思わなくて……! そりゃ『雷鳴一夜』使ったけど、かなり"現実への影響力"は弱めたから大丈夫だと思ったんだよ!」
ルクスは言い訳しながらも反省しているのか縮こまる。
よほどの実力差が無いのであれば魔法使いの戦闘は補助魔法から始まるのはほぼ常識。最低でも各属性の強化は勿論、属性の特性を軽減できる無属性魔法の中で唯一優秀とされる『抵抗』は必須だ。
そのどちらもを怠った一年生は強化されたルクスの蹴りを受け、その威力と雷属性の麻痺によって一発ダウンしたというわけである。
「あんたら四大貴族が一年生だった時の基準で考えちゃ駄目でしょ。あーあ、あの子可哀想に……ミスティは一応ちゃんと手加減してたわよ? ちゃんとカウンター気味に戦って相手にやりたい事はさせてたもの。ねえ?」
「ああ、あれはうまかったな。一階凍らせたのはびっくりしたけどあれで相手も緊張解けてたし」
「うふふ、頑張りました」
アルムとエルミラに褒められてミスティは気分よくアップルパイを口に運ぶ。
対して、勢い余って相手を戦闘不能に追い込んでしまったルクスの背中は小さい。
「ドンマイ!」
「うん……ありがとう……」
ベネッタの一言の慰めと共に背中を叩かれ、ルクスは苦笑いを浮かべた。
自分もまだまだだなぁ、と思いながら。
「今年の一年生の皆様は全体的に基礎を疎かにしている方が多かったですね……その代わり魔法のバリエーションは凄かったです」
「流行りなのかしらね? 魔法式の構築訓練はサボってもいい事無いってのに」
「エルミラって雑そうだけど魔法の構築はすんごい丁寧だもんねー」
ベネッタがそう言うとエルミラはにこっと笑う。
思わずベネッタもにこっと笑い返した。
「誰が雑よ!」
そして次の瞬間、ベネッタの皿に残っていた一口サイズ程になっていたアップルパイにフォークを突き立て、自分の口に運んだ。
「あー! ボクのアップルパイぃー! 最後の一口がー!」
「さりげなく私を馬鹿にした仕返しよ」
「うわぁああん! 久しぶりのラナさんのおやつ楽しみにしてたのにー!」
「ま、まだありますから……」
そんな騒がしいおやつタイムを終えて少し落ち着くと……五人の話題はアルムが聞かされた話へと戻ってくる。
「学院祭というのがそもそも新鮮だね」
「ルクスはやったことあるのか?」
「いや、知識として知ってるだけさ。ローチェント魔法学院の事についても調べた事あるし……オルリック領にある平民の学校でもパーティーなんかはあるらしい」
「そうなのか……学校ってのは学ぶ所だと思っていたが、そういうのもやるんだな」
「学ぶ所だからこそ、勉学以外の才能が開く場も用意するんじゃない? 例えばパーティーの設営とかは魔法の技術とは別種の能力でしょ」
エルミラに言われ、なるほどと納得するアルム。
学ぶとは何も魔法の勉強をするだけではない。こういった楽し気なイベントを通じた設営や手配などを経験するのもまた学ぶという事だ。
「てことはグレースが台本書けって言われたのもそういう事か?」
「いや、それはエルトロイ家だからじゃないかな?」
「……?」
ルクスに言われてもピンと来ず、アルムは首を傾げる。
「エルトロイ家は劇団とか劇作家とかの支援を中心にしている貴族だからね。一番そういうのに向いてるって判断されたんじゃないかな。外部から呼ばないのはまだラーニャ様が視察するって情報を外部に漏らしたくないからだと思うよ」
「へぇ、グレースの家ってそうなのか。よく図書館にいるとは思っていたけど……よく知ってるなルクス?」
「エルトロイ家は僕と同じ東部の貴族だからね。ある程度は知ってるんだ」
たまに顔を合わせるがグレースとそういう話をした事は無いな、とアルムは思い出す。
する会話といえば魔法の事と近況くらいなものだ。
友人というには遠いが、他人という感じでもない距離感だった。
「それにしても演劇か……」
エルミラは何か言いたげにアルムをじっと見る。
「何だ?」
「あんたが演技する姿が全く思い浮かばないわ」
「奇遇だな……俺も思い浮かばん。そもそも演劇というのがイプセ劇場で見たのが初めてだったからな……」
困ったように頭を掻くアルム。
自分が演技する姿というのが全く想像がつかない。
本の中の物語に憧れ続けてはいるが、その登場人物になりきれというのはどうも無い感覚だった。
子供の頃にごっこ遊びをしていた時のほうがうまくやれるのではとすら思ってくる。
「あんたも問題だけど、もっと問題なのは私よね……どうする? 私の演技が話題になってスカウトされたりでもしたら大変よ。美人魔法使い兼舞台女優って肩書き過多じゃない?」
「エルミラ凄い自信だー」
「そこは有り得ないってツッコみなさいよ」
「やだ! もうアップルパイとられたくない!」
「いや、もうしないってば……」
ベネッタは急いで皿をエルミラから引き離す。
そして幸せそうに一口。すでに二切れ目なのだが、果たして夕食は入るのだろうか。
「うーん、不安だ……」
「私達も見慣れてこそいますが、自分達でやる機会は全くありませんから同じようなものですよ」
「けど、ミスティ達の事だからある程度はすぐできてしまうだろうからな……美人だから舞台上でも映えるだろうし……」
「びっ……! あ、アルムったら……もう……」
「心配しなくても見るのと実際にやるのとじゃ全く違うからスタートラインはほとんど一緒だと思うよ。役を演じるってのはコツがいるらしいし……とはいえラーニャ様にお見せする前提だからかなり練習はしないといけないだろうけど」
「ああ、頑張るは頑張ってみる。だが誰かを演じるってのは……ん? 待てよ……?」
アルムはどうすればいいか悩んでいると、ある事を思い出す。
「なあ演劇ってのは物語に出てくる役を演じるって事だよな……?」
「当たり前でしょ……そんなのわかんないくらいボケた?」
「いや、そうじゃなくて……」
アルムはミスティをじっと見つめる。
ミスティは何故見つめられているかわからずじっと見つめ返していたものの、耐えられなくなり、頬を赤らめながら目を逸らした。
次にルクスを見て、エルミラを見て、ベネッタを順に見ていく。
「なによ? どうしたの?」
「いや、その……大丈夫なのかと思って」
「なにがだい?」
「俺は平民だからいいが……俺以外のみんなは貴族だろう?」
「それがどうしたのー?」
唐突で今更な確認。
しかし言われてみて、アルムの確認が真っ当なものだったと認識する。
「貴族は名前を偽ると血統魔法が使えなくなるから偽名を使えないんじゃなかったか? 演劇みたいに役を演じるのはセーフなのか?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「あれ? みんな? ま、間違えていたか?」
アルムは一瞬教えて貰った知識を間違えて覚えていたかもと四人の顔色を窺う。
だがアルムの指摘が真っ当であったからこそ四人は固まってしまっていた。
学院祭という馴染みのないイベントと演劇を自分達でやるというテンションに、普段ならすぐ気付いたであろう基本に気付いていなかったのである。
勿論セーフではない。役柄だろうと何だろうと……血統魔法を持つ者は自分と違う名前を名乗ればたちまち血統魔法から愛されなくなり、その力を削がれ、やがて使えなくなっていく。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ベネッタだけまだ食べてる。




