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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第九部:呪われた魔法使いとお姫様

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622.命令と書いて無茶振りと読む

「失礼します」

「……よく来てくれたね、アルム」


 ヴァンに連れられて学院長室に着くと……いつもの薄笑いとは違う険しい表情を浮かべるオウグスが座っていた。

 そしてもう一人、アルム以外にも呼び出された生徒がいる。


「グレースも呼ばれたのか?」

「……ええ、不本意だけれど」


 アルムより先に学院長室にいたのは大きな眼鏡をかけ、目の下に常に隈をつけているダウナーな雰囲気を持つアルムと同じ三年生であるグレース・エルトロイだった。

 アルムを見た瞬間、眼鏡の奥で一瞬げんなりとしていたがアルムがそんな事に気付くはずもない。

 グレースはアルムと同じく第二寮に住んでいる。顔を合わせれば挨拶もするし鉢合わせれば一緒に帰るくらいの関係ではあり、グレース自身もアルムを嫌っているわけではないが……アルムが絡むと面倒事に巻き込まれるという認識がある。

 そんなアルムと一緒に学院長室に呼び出されたとあらば、これから面倒事の話になる事は想像に難くない。


「急に呼び出してすまなかったね……しかし、これはとても重要な事でね。明日三年生が揃ったら改めて話すが……まずは君達二人に話しておかなければならない」

「そういえば、まだサンベリーナとフラフィネが帰ってきてないんですよね」

「ああ、東部では報告以上に過剰魔力で暴走した魔獣が多いらしくてね。現地の魔法使いと共同で調査していたのが長引いたらしい。んふふふ。まぁ、あの二人なら心配はいらないだろう」


 東部と聞いてカレッラは大丈夫かな、とアルムは故郷を思い出す。

 カレッラは元々魔獣が多い地域だが……魔獣ならシスターは大丈夫だろうという安心もあった。なにせアルムに魔獣の狩り方を教えたのはシスターである。


「さて、本題といこう。君達二人に来て貰ったのは三十日後に来訪が決まっているガザス女王ラーニャ・シャファク・リヴェルペラ様のベラルタ魔法学院視察の件だ」

「ラーニャ様がベラルタを視察?」

「ああ、彼女は今年あっちのタトリズ魔法学院を卒業したからねぇ。今年の留学メンバーを選ぶために直接視察するという名目でベラルタ魔法学院を視察にいらっしゃるのさ」

「あ、そうか……ラーニャ様は去年三年生でしたね」


 アルムはのんきにラーニャの事を思い出しているが、ラーニャの視察理由を聞いたグレースは怪訝そうな顔を見せる。


「嘘ですよね」

「んふふふ! 流石勤勉なグレースくんだ……ああ、十中八九嘘だとも」

「え? 嘘?」


 学院長もヴァンもグレースも何かわかっているようだが、アルムだけは何の事かわからなかった。

 きょとんとするアルムにグレースは冷たい視線を送る。


「あなた、去年の留学メンバーの選ばれ方覚えている?」

「ああ、こっちの成績優秀者十人とガザス側が指名する三人だったよな?」


 ガザスへの留学メンバーは全部で十三人。

 ベラルタ魔法学院側が総合的に評価し、次代の魔法使いとしての力を見せるに相応しいと選出する十人とガザス側がその力を見るべきと判断して指名する三人。

 アルムはかつてこの制度によって女王であるラーニャに留学メンバーとして指名され、ガザスを標的にしていた魔法生命大嶽丸(おおたけまる)についてを知ったのである。


「つまり、視察した所でガザス側は三人しか選べないのよ」

「その三人を厳選したいんじゃないのか……?」

「あなた本当にこういう方面はお馬鹿よね……。今年の二年生に誰かいるかあなたはよく知っているでしょう」


 そこまで言われてもわからないアルム。

 呆れたように小さくため息をついてグレースは続ける。


「今年の二年には四大貴族のパルセトマ兄妹がいるのよ? 視察なんかしなくても指名する生徒はもう二人確定しているのよ。去年、四大貴族のミスティ様とルクスさんが指名されたようにね」

「あ……」


 そう、今年の二年生には四大貴族パルセトマ家のライラックとロベリアの二人がいる。

 他にどんなに優秀な生徒がいる可能性があろうとも、マナリル西部の領地を守護する四大貴族パルセトマ家の二人を留学メンバーに指名しないなど有り得ないのである。


「残り一人の留学メンバーを慎重に選びたい、なんて理由で忙しい女王様が視察に来るわけないと思わない?」

「な、なるほど……凄いなグレース」

「ありがとう。あなたに言われると馬鹿にされているみたいだわ」


 グレースはわざとらしい笑顔をアルムに向ける。

 眼鏡の奥に見える目は笑っていない。


「お言葉ですが学院長、何故カルセシス陛下は断らなかったんでしょうか? 今はマナリルとダブラマの関係が微妙な時期……そんな時にガザスの女王まで来られては混乱を招くのでは?」

「そこなんだよねぇ……」

「本当にその通りなんだが……」


 グレースの問いに気落ちするようにオウグスとヴァンの声のトーンが落ちる。


「流石はガザスの女王という所かなぁ……ダブラマの魔法使いがベラルタ魔法学院を視察という名目で訪れてる事がばれていてねぇ……その情報を盾にされて断れなかったのさ。今は休戦しているとはいえ敵国であるダブラマの視察を許して友好国のガザスの視察、しかも女王直々の来訪を許さないなんて道理が通らないだろう?」

「あー……マリツィアの時だ……」

「いやぁ、久しぶりにやられたと思ったねぇ……。どっから嗅ぎ付けたのかもわからないし……」


 グレイシャの事件が落ち着いた頃、マリツィアがダブラマの持つ情報を提供する代わりにアルムを勧誘する権利を要求してきた時期がある。その際、マリツィアはベラルタの視察という名目で数日間ベラルタに滞在していたのである。

 結局、魔法生命ミノタウロスの事件によってそれどころでは無くなったのだが……まさかその時の視察という名目が今となって尾を引くとは思うまい。


「ともかく……私達が何を言おうがラーニャ様の来訪は決まってしまっている。目的が何にせよ、我々はマナリルの魔法使いとしてラーニャ様を快く迎える必要があるわけだ」

「つまりは接待って事ですね」

「んふふふ。グレースくんは理解が早くて助かるよ」

「なるほど、それでアルムを……」


 グレースは納得したようにアルムをちらっと見る。

 アルムはわけもわからず自分を指差した。


「ああ、アルムにはラーニャ様滞在時のエスコートをしてもらおうと思ってる。平民という出自ではあるものの……ガザス王家と最も友好関係を築いている個人だからね。ラーニャ様の相手としてこれ以上の人材はいないというわけさ!」

「多少の無礼も許して頂けるでしょうし、何より学院長が相手したくなさそうですしね」

「そ、そんな事はないさ! アルムに任せるのが最善の選択だと思ってるからこそだよぉ! んふふふふ!」


 オウグスは誤魔化すように笑い終わると、こほん、とわざとらしく咳払いをする。

 そんなオウグスにアルムは不思議そうに問う。


「あの……エスコートと言っても何をすれば……? 正直案内する所が学院くらいしか思い浮かばないんですが……」

「そう! そこが問題なのさ!」


 オウグスはよくぞ言ってくれたと言わんばかりにアルムにびしっと指を差す。


「ベラルタには圧倒的に娯楽が無い。そりゃ生徒達が落ちつける場所はあるにはあるが、他国の王族を招くにはあまりに素朴だし接待の場に向いているとは言えない……当然だよねぇ、この町は魔法使いの教育の為に作られた町だ。過度な娯楽があるはずもない」

「じゃあ何を……?」

「案内できる場所を作るのさ。ラーニャ様の滞在期間は二日。その二日間ベラルタで"学院祭"を開く」

「学院祭……?」

「べ、ベラルタで……?」


 聞いてもピンと来ないアルムは首を傾げ、グレースは目を剥く。


「学院祭っていうのは……?」

「んふふふ。アルムは知らないだろうが、ベラルタ魔法学院以外の教育機関はここほどストイックではなくてね。年に一度学校特有のお祭りみたいなのがあるのさ」

「お祭り……なるほど、娯楽が無いなら作ってしまおうという事ですね」

「そういう事さぁ! 我ながらナイスアイデアだろう!? 今回のラーニャ様来訪はこれからのマナリルとガザスの関係に関わるいわば重大ミッション! 学院全体で盛大にもてなそうってわけさ!

生徒達による演劇! ダンス! 演奏! アート! 町の人々と協力して各地方の料理を提供するのもいい! 多種多様な貴族が一丸となっている所を見せれば貴族同士の繋がりが強い事もアピールする事もできる!」


 オウグスは自分の経験した事のない知識を、机に並べられているヴァンが調べた学院祭の資料を見ながら声高々に、そして大袈裟な動きをしながらしゃべり続ける。

 アルムには名案に聞こえたが、グレースには必要以上に盛り立てているように見えた。要するにうさんくさい。本当は自分で相手するのが面倒だったからではと邪推してしまう。


「この事は明日には学院全体に発表するが……君達三年生には演劇をやってもらおう。私達の調べによると学院祭の華らしいからねぇ……君達三年生がやるのがいいだろう。去年の留学の際に顔を合わせているのもあって楽しんで貰えるだろう。

どうかマナリルの為にラーニャ様に楽しんでもらえるような劇にしてくれたまえ」

「わかりました」

「わかり……ん?」


 話が終わりかけて……ふとグレースは疑問に思う。


「あの、アルムは当日のラーニャ様のエスコート役なのでわかりますが……結局、私は何故呼ばれたんでしょう?」

「ああ、君はその劇の台本担当で呼んだのさ。よろしく頼むよグレース・エルトロイ」

「……は?」


 オウグスの笑顔に、グレースはそれはそれは不機嫌そうな表情を浮かべる。

 有無を言わせない命令に、その目の下の泣き黒子引きちぎってやろうか、と内心で毒を吐くしかなかった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

なおオウグスとヴァンの調査内容には偏りがあります。当然ではありますが学院祭、学園祭の出し物の華は学校によって違います。


『ちょっとした小ネタ』

学院祭の華が演劇と言っているのはオウグスとヴァンが六部に出てきた南部のローチェント魔法学院の学院祭を参考にしているからだったりします。

あそこはイプセ劇場(アルムとベネッタがクエンティと戦った所)という歴史ある劇場が近くにあるのもあって演劇が盛んなので、ローチェント魔法学院の学院祭は毎年演劇が目玉になっています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 3年生が全員判明しましたね まぁ11人の時点で既に… [気になる点] グレースは唯一魔法生命と対峙してない(というか戦闘描写すらない)中で進級したということは裏でとんでもない活躍や実績を積…
[良い点] 無茶振りされるグレース... アルムは一国の女王に対して緊張とかないんだろうなぁ... 戦友だったり、アルムに大恩あって、後ろ楯になってたりするくらいだから、多少のことならなんの問題もない…
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