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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第九部:呪われた魔法使いとお姫様

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620.聖女の瞳

 数か月前、ダブラマでの国民全体を巻き込む事件はマナリルにも伝わっている。

 元々パルミュラ家とタンティラ家の二王制であったダブラマが君主制になって王が一人になった際に入った亀裂が現代まで続き、タンティラ家の末裔アブデラがパルミュラ家の末裔であり現国王であるラティファを呪詛魔法で洗脳したのが発端となって……アブデラ王が暴走した結果、数か月前に話題となったダブラマの国家転覆事件に繋がった、というのがマナリルに伝わっている顛末である。

 その事件を食い止めたとして……ベネッタ・ニードロスは聖女と呼ばれるようになった。

 ダブラマが情報を全て公開していない為、一般に真実は伏せられているものの、悪政を行おうとしていたアブデラ王を打倒し、不当に奪われていた玉座をパルミュラ家、そしてダブラマの他の貴族と共に取り戻したという点は変わらずマナリルにも伝わっている。


 "他国からの客人にも関わらず我々の故郷を命懸けで救ってくれた真の友に敬意を、そしてアブデラによって作られたダブラマ・マナリルの二国間の亀裂に友好の橋をかけるきっかけになる事を願う"


 ダブラマの新女王となったラティファからもこのように声明が贈られており、事件の解決は長年争っていたマナリルとダブラマが歩み寄るきっかけにもなったのだが……長年争っていた国同士がすぐに手を取り合えるわけがない。

 マナリル国王であるカルセシスも慎重に事を運んでいるようで、数か月経った今も話し合いが続いている。

 それでもダブラマは大恩と感謝を二つ名に込めて……ベネッタを聖女と讃える。

 ただの下級貴族の少女だったベネッタが立てた功績は様々な噂を囁かせていた。





「お名前は?」


 観客席から下りて一階の中央に着くと、ベネッタは相手となる女子生徒に笑い掛ける。

 しかし相手の女子生徒はというと、青い前髪の間から覗かせる切れ長の目はベネッタを睨むようにしていて、笑顔のベネッタとは対照的にどこか表情も硬く、まるでベネッタを敵視しているようだった。


「……必要ですか?」

「ううん、別に大丈夫だけどー……じゃあボクだけ。ベネッタ・ニードロスです。よろしくお願いしますー」


 ベネッタはぺこっと頭を下げるが、女子生徒はそのままだった。


「……フユキです。フユキ・ダズヒール」

「フユキさんだねー……あれ? 常世ノ国(とこよ)の人ー?」

「生まれも育ちもマナリルですけど」

「そっか、名前がどことなくお友達の雰囲気と似てて勘違いしちゃったよー」


 えへへ、と笑うベネッタに対してフユキの目付きはさらに鋭くなる。


「……目、本当に見えていないんですか?」

「え? う、うーん……何て言ったらいいかなー……? ちょっと複雑な事情があるというか……えっと……? 見えてるような見えていないような……?」


 ベネッタが説明しあぐねると、フユキはようやく笑みを浮かべた。

 しかしベネッタのような明るさはない。人を馬鹿にしたようなものだった。


「ああ、やっぱり……そういう事にしておいたほうが美談になりやすいからですか?」

「美談になりやすい……? 何がー……?」

「見栄を張らずに目開けたほうがいいんじゃないですか? 聖女様?」


 フユキ・ダズヒールはベネッタの噂について懐疑的だった。

 下級貴族からの成り上がりが夢物語とまでは言わない。

 だが、国を救えるほどの偉業を都合よく成し遂げられるとも思えなかった。

 そんな事が出来るのならもっと早くに頭角を現しているはずだというのが噂を聞いた時の率直な意見だ。

 人というのは刺激的なニュースに飛びつきたくなるもの……真実でなくても話題にできればいいのだ。

 四大貴族であるミスティやルクスが国を救うよりも、名も知れていない下級貴族が国を救うほうがドラマチックだ。国交の回復のために話題性を大きくしたかった者がそういった作り話を広めたに違いないとフユキは考えていた。

 閉じている目も、大方設定を守るためか……もしくは戦いに巻き込まれて本当に失ったから担ぎ上げられたか。

 そんな噂に私が騙されるもんですか、とフユキはベネッタを笑い飛ばす。


「それは、本気を出してもらいたいってことー?」

「ああ、そうですね。本気じゃなかったって言い訳されたくないですから」

「い、言い訳なんかしないよー!」

「そうですか? それならいいんですけど」


 フユキは今年入学した一年生の中でも成績は上位。

 流石に三年生に勝てると思うほど思い上がっているわけではないが、聞けばベネッタは信仰属性。治癒や防御に長けているが決定力に欠けた属性だ。いい勝負を演出するには申し分ない。

 三年生についての噂を信じている者は一年生には多い……ここでベネッタ相手に自身の力を見せつけ、均衡した戦闘を見せつけられれば一年生の中でも一目置かれる存在になれるだろう。ダズヒール家の名前を広めるチャンスだ。

 精々、自分の順風満帆な学院生活の踏み台になってくれと、フユキはベネッタの質問をてきとうに流した。


「でも……そっか、フユキさんがそうしてほしいならボクも本気で戦うつもりでいくよ! 目も使うねー?」


 やる気を表すようにベネッタは腕をぐっと小さく掲げる。


「ええ、お好きにどうぞ。ちなみに……今回の魔法儀式(リチュア)の結果も反映させていいんですよね?」

「うん、どっちでも大丈夫だよー」

「安心しました」

「じゃあ始めよっか。ルクスくーん! おねがーい!」

「ああ、任せて」


 観客席にベネッタは手を振って開始の合図を頼む。

 その姿すらフユキは滑稽ねと見下した。

 本当に目が見えないのなら、観客席に誰がいるのかを正確にわかるはずがない。


「では二試合目ベネッタ・ニードロスの魔法儀式(リチュア)となります……はじめ!」


 ルクスの声と共にフユキは距離をとるように背後に跳び、不可視の源泉から魔力を引き出す。

 距離を取ったのはベネッタの持つ杖のリーチを警戒しての事。魔法を使わぬ不意打ちで昏倒などという間抜けな結末になっては水の泡だ。

 定石通りの補助魔法を唱えるべく魔力を"充填"し、"変換"する。

 魔法を構築するためのエネルギーは"変換"を通じて魔法式へと変わり、魔法のカタチを頭の中に描き出す。


(信仰属性相手に『抵抗(レジスト)』はいらない! セオリー通り強化を唱えて先手をとる! 本当に目が見えないなら接近戦は避けたいはず! 目が見えていても化けの皮を剥がせるならそれはそれ! 防御魔法に徹するようなら距離を取って攻撃魔法に切り替える!)


 恵まれた潤沢な魔力量(リソース)、基礎鍛錬によって磨いた"充填"の速度。

 魔法のイメージと一緒に戦闘の展開まで思考できるセンス。

 フユキは間違いなく優秀な魔法使い候補であり、今年の一年生の中でも将来を期待させる技術を確かに持っている。


(……?)


 だがフユキの目の前に立つ相手はそんな単純な才能を一蹴する。

 ベネッタは魔法を唱えようとするわけでもなく、杖を振るわけでもなく……最初の一手にあまりにもありふれた行動を選択した。


(目……やっぱり見えて――)


 ベネッタの瞼が上がる。

 ただそれだけで背筋に寒気が走った。

 見える。

 目が合ってしまう。 

 美しくて。

 どこか恐い。

 自分という存在の先を見つめるような……開かれた銀色の瞳が――!


「あ……!? え……!?」


 観客席のざわめきとフユキの理解できない声が混じる。

 一体どっちの魔法によるものなのかすら理解できない。

 驚くのも無理はない。

 ベネッタが目を開いたかと思えば、観客席が次に目にしたのは突如背後に跳んだ姿勢のまま空中で停止するフユキの姿。

 どちらも魔法を唱えていないのに、魔法のような現象が目の前で起きていた。

 フユキは驚きのあまり言葉を失って、頭の中で思い描いていた魔法のイメージがそれどころではなくなって消えていく。


「大丈夫ー? 本気がいいって言ってたからー」

「いや、その……! なに……? いや……! なん、ですか……!? その目……!?」


 空中で停止したフユキだけは、感覚で原因がわかっていた。

 先程まで閉じていたベネッタの目が開いている。

 しかし瞼を開けた先にあったのは人間の身体の一部としての目ではなく、銀色の魔力光を宿した目の形をした何かだった。

 観客席の一年生達もその銀色の目に気付き……質問を代弁してくれたフユキに少し感謝しながら息を呑んだ。


「複雑な事情があるって言ったでしょー? ボク、ダブラマで起きた戦いで死にかけちゃって、命は助かったけど、無理し過ぎた反動で自分の目が潰れちゃったんだよねー」


 噂は本当だったのかと驚く。

 いや、だがおかしい。それでは矛盾する。

 目が潰れたと言っているのに、今確かに目はある。


「じゃ、じゃあ……その……目は……!?」

「うん、やっぱり何も見えないのは不便だったから、血統魔法で目を作った(・・・・・・・・・・)んだー」

「は……!?」

「目が潰れたのも目を使う血統魔法で無理し過ぎちゃったからだし、それなら作る事もできるんじゃないかなってー……成功したのはいいんだけど、血統魔法で作った目だから色々"現実への影響力"を持っちゃってて……普段から目開けてると負担が凄いから目を閉じてるんだー。

だからどっちにしろ普段はちょっと不便だったりするんだよねー、えへへ」

「……ぁ」


 フユキの頭の中がぐちゃぐちゃにかき乱される。

 年上なだけの平凡な人間だったはずの目の前の女が、今は未知の化け物にしか見えない。

 百年以上も前に禁止された人体実験のような話を、この女は何で笑いながら出来るんだとフユキは恐怖した。

 この話だけで、生きてる世界が違うのだと実感する。

 机の上だけで学んだ魔法。模擬戦だけで積み上げた経験値。

 そんな自分の(つちか)ったものが、本物の修羅場を潜り抜けた血塗れの靴で踏み潰される感覚があった。

 才能が豊か?

 センスがある?

 それは誇れるものではあるかもしれないが……実戦を積み、生き残った本物相手に対抗できる武器ではないのだと思い知った。

 それは観客席にいた他の一年生も同じだった。

 戦いで目が潰れ、不便だから目を作ろうと思い……そして成功した。

 そんな簡潔に語られていいはずのないぶっ飛んだ話を聞かされて声がでなくなる。

 一つ確かなのは、今この場にベネッタがダブラマを救ったという話を信じない者はいなくなった。


「ごめんなさい……! 生意気言ってごめんなさい……!」

「え? え? ど、どうしたのー? い、痛くないでしょ!? これ止めるだけだよ!?」

「ギブアップです……。許して……許してください……!」

「わ、わかった! 終わり! 終わりね!」


 自分とベネッタの間にある格の違いを実感し、そんな相手に体を拘束されている事実がフユキの心とプライドを完全に折った。

 青い前髪から覗かせる切れ長の目からはボロボロと涙が溢れ、許しを乞う声は震えている。

 そんなフユキを見てあわあわと狼狽(うろた)えながら、ベネッタは目を閉じる。

 空中から解放されたフユキの体は床に落ち、フユキはようやく安堵した。


「あ、あの……申し訳ありませんでした……。ダブラマを救ったというあの噂……本当なのだとこの身をもって実感致しました……。馬鹿にしてごめんなさい」

「あー、ボクこんなんだからねー。信じられないのも仕方ないよー」


 ベネッタは制服の懐から白いハンカチを取り出し、フユキに渡す。


「恐がらせちゃってごめんね?」

「は、はい……ありがとうございます……」


 こうして魔法を一つも唱える事無くベネッタの魔法儀式(リチュア)は終わる。

 しかしフユキを責める者は誰もおらず……ただただ仕方ないという空気が流れた。

 観戦していたアルム達も観客席に戻っていくフユキに温かい視線を送っていた。


「あの女子生徒さん大丈夫でしょうか……?」

「実戦をほとんどやっていないだろうからな。精神面の未熟さは仕方ない。魔法名すら唱えずに体を拘束されてしまって戦意が喪失したんだろう。戦意が無くなればただの女の子だからな」


 この学院に来ているのは未来の魔法使いではあるが……だからといって全員が実戦経験があるとは限らない。技術だけでなく精神面もまだこれからだ。


「ま、正直気持ちわかるわ。ベネッタのあれってちょっと前にアルムが『幻獣刻印(エピゾクティノス)』で無理矢理破ったくらいだもんね……"現実への影響力"で無理矢理破る以外に攻略法何かあるのかしら」

「世界改変で空間を上書きするか、フロリアくんの血統魔法とかくらいじゃないかな」


 ルクスが言うと、エルミラは納得する。


「ああ、そっか。フロリアのは相性いいわね」

「え、私の!? 何で!?」


 後ろでフロリアが驚く中、隣では流石フロリアだと言わんばかりにネロエラがうんうんと頷いている。

 恐らく理屈はわかっていないが何故か得意気だ。


「あんたの血統魔法、他人が見ている自分の姿を別の誰かに見せるでしょ? ベネッタのあの目って直接見ないと拘束できないっぽいのよね」

「へぇ……見るだけで拘束しちゃうなんて強すぎるって思っていたけど……相性ってわからないものね……」

いつも読んでくださってありがとうございます。

何故戦意を失ったかというと、百年以上前に禁止になるまで何百年も行われていた魔法による人体実験の産物を、いくら血統魔法とはいえ不便だから作ったで作れちゃってるからです。そんな相手とこれから拘束された状態で戦わなきゃいけないって気付いたフユキの心境やいかに。普通に恐い。漏らさなかっただけ頑張りました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] よかったよかった! ベネッタがちゃんと見えているのはこういうことだったんですね! 魔法を発動した兆候もないのに見つめられただけで空中に固定されるなんて、鍛えられた兵士でもパニックになりそ…
[良い点] 大皿にあった最後の一個をゲットするには強力な眼ですね。とてもベネッタらしいけど。血統ではなく個性な気がします
[良い点] 視界に捉えられたら動けないってベネッタはメデューサになったのか...笑 感知系使えるならそのまま宮廷魔法使いにでもなれそうですね
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