619.公開魔法儀式
食堂で一年生達に殺到されたアルム達の提案はシンプルなものだった。
相手はこれから魔法使いを目指そうとする後輩……全員と魔法儀式をしてあげたいのは山々だが、希望者が多過ぎるために不可能。アルム以外は内容によっては魔力を消耗し過ぎる可能性があるし、何よりそこまで時間は無い。
ならば、五人全員の魔法儀式を公開し、出来なかった一年生達にも見学だけしてもらおうとアルムは提案した。
無論強制ではない。一年生の時の魔法儀式は互いに手の内をほとんど晒していないため、初見だからこその勝利を拾える場合もあるだろう。魔法儀式を公開するという事は一年生達が少なからず手の内を曝け出す場になってしまう。
なので……それでも構わないという生徒だけが五人の相手をし、見学の生徒含めて授業後に実技棟へと集まる事となった。
「うああ……」
「すっげ……」
実技棟は一階が魔法儀式を行う広場であり、二階部分は一階を見下ろせる観客席となっている。
アルム達の公開魔法儀式を一目見るべく集まった生徒達は一階の光景に思わず声を上げていた。
「はっ……! はっ……! ごほっ! げほっ!」
「大丈夫ですか?」
目立つのは一階で首を押さえて苦しそうに呼吸している男子生徒。
その周囲は春に似つかわしくない氷の柱が突き立てられ、床と壁も凍っていた。
男子生徒と魔法儀式を行っているのはミスティであり、こちらは息も乱していなかった。
(こ、これがカエシウス……! 何も通用しない……! ここまで遠いのか……!)
勝てるとは思っていなかった。思っていなかったが……それでもここまでの差があるとは男子生徒も予想していなかった。
なにせ……ミスティは魔法儀式開始から一歩も動いていない。
男子生徒が放つ雷属性魔法を全て防ぎ、逸らし、ならばと仕掛けた強化による格闘戦ですら通じなかった。
男子生徒が苦しそうなのはミスティに鳩尾を殴られて吹っ飛んだからである。
「"変換"と"放出"が遅いので、せっかくの雷属性魔法の速度が活かせておりませんわ。魔法のバリエーションは見事でしたが、どうやら基礎訓練が足りないご様子。せっかく知識として得た豊富な魔法の数々もこのように速度で劣る水属性魔法に簡単に防がれてしまいます」
「っ……!」
「雷属性魔法は派手な魔法が多いですし、覚えるのが楽しくなってしまうお気持ちはとてもわかります。自身の属性が好きなのもとても伝わってきました。後はあなた自身の魔法の構築能力を高めれば、もっと自分の魔法を好きになれると思いますよ」
「あ、り……がとうござい、ました……!」
「はい、こちらこそお相手して頂きありがとうございました」
これ以上は危険とミスティは軽いアドバイスを男子生徒に送って一礼する。
男子生徒自身もこれ以上は何も起きないとわかっているのか素直に応じた。
がやがやと騒がしくなる二階をよそにミスティは自分で凍らせた床や氷の柱を溶かし始める。
そんな時実技棟の扉が開き、入口からミスティの見知った顔が現れる。
「うわっ……さっむい……!」
「……!」
「あら、フロリアさんにネロエラさん。お久しぶりです」
姿を現したのはアルム達と同じく三年生に無事進級したネロエラ・タンズークとフロリア・マーマシーだった。
肌も髪も白く、赤い瞳が目立つネロエラは相変わらず牙を隠す黒いフェイスベールをしている。
ダークブラウンの髪を持ったフロリアは相変わらずすらっとした体型をしており、どこかのモデルが現れたのかと数人の男子生徒が目を奪われる。
「ミスティ様! お久しぶりです!」
「……」
フロリアはミスティを見て嬉しそうに顔を綻ばせ、ネロエラは一礼して観客席をきょろきょろと見渡す。
「何かミスティ様達が面白い事をしてるって聞いて走ってきたんですよ! ……どうしたのネロエラ?」
「……?」
「うふふ。アルム達ならこの上ですよ。丁度私の番が終わった所なので一緒に二階に上がりましょう」
ミスティが二人の真上の観客席を指差すと、ネロエラはこくこくと嬉しそうに頷き、三人は観客席へと上がっていく。
ネロエラとフロリアの登場に魔法儀式の内容についてを話していた中にざわざわと二人の話題も上がる。
「来年新設が決まった国王直属魔獣部隊のネロエラ・タンズークとフロリア・マーマシーだ……!」
「在学中だというのに王都での勤務がすでに決まっている下級貴族の出世頭……羨ましい……」
ネロエラとフロリアの二人は卒業後、国王カルセシスの下で新設部隊を任される事が決定しており……下級貴族である二人が指名された事で貴族界隈は一時期騒然としていた。
二人の一件は家柄など関係無く需要に即した能力を持っていればこのような出世もあり得るという証明になり、これから魔法使いを目指す下級貴族全体の希望の星でもあった。
「ミスティお疲れ……っとネロエラとフロリアか。久しぶりだな」
「あらアルムくん久しぶり」
「……!」
ミスティ達が観客席に上がると、アルムを見つけたネロエラは即座にノートを取り出して筆を走らせる。
《久しぶりだなアルム》
「ああ、進級試験の時以来だから一月ぶりくらいか?」
筆談の文字だけ見るとそっけなく堅い印象を持つかもしれないが……ノートを見せているネロエラ本人の目は嬉しそうに笑っていた。
「もしもーし……私達もいるんですけど?」
「まぁ、いいじゃないか」
「二人共久しぶりー!」
アルムの向こう側に座っていたルクス達も二人に声をかける。
ネロエラは慌てて忘れていたわけじゃない、と言い訳を書いて見せ、フロリアに手を引かれてアルム達の後ろの席へと座った。
「久しぶりみんな。ああ、やっぱり同級生の顔見ると少し安心するわね」
フロリアは気の抜けた顔をしながら席に背中を預ける。
ネロエラも頷きながらフロリアの隣に座った。
ネロエラがふと隣のほうを見ると、いつからか座っていたヴァルフトと目が合い少し気まずい空気が流れる。
互いに顔は知っているが話した事はない。会釈だけして、ネロエラは目を逸らし……思わずフロリアの服の袖をぎゅっと掴んだ。
「そっかー……ずっと王都だと年上の魔法使いばかりだろうからねー」
「そうなのよ……しかも先週セクハラしてくるやつがいたから男相手には警戒しちゃって。そりゃフロリアちゃんは可愛くてスタイルよくてマナリルで二番目に綺麗な女だから魅力的なのはわかるけどさ」
「一番は誰よ?」
「何言ってるのよエルミラ。ミスティ様に決まっているでしょう?」
「ああ、そうだった……こういうやつだった……」
「うふふ、嬉しいですわフロリアさん」
ほっこりした会話をしていると、次の魔法儀式に臨む一年生が一階に下りてきた。
公開魔法儀式が終わったのはまだミスティだけ。一年生にとっての勉強会はまだ始まったばかりだ。
「あ、次ボクだから行くねー」
「ちゃんと手加減してやんなさいよ?」
「程々にね、ベネッタ」
「頑張って下さいベネッタ」
「負担かからない程度にしとくんだぞ」
《頑張れ》
「はーい、いってきまーす」
アルム達やネロエラに声をかけられながら一階に下りる階段にベネッタが向かうと、アルムの後ろからフロリアが顔を寄せて耳打ちしてくる。
「ねぇ、アルムくん……私今のベネッタの状態知らないんだけど、大丈夫なの?」
「大丈夫なのってのは?」
フロリアの質問の意味がわからずアルムが聞き返す。
「ほら、目の事は少し聞いて周りに誰がいるかわかるようになってるくらいは知っているけど……前みたいに戦えるの? 三年生のあなた達にあわよくば勝とうだなんて思ってる連中がいて本気で向かってこられたら……」
「ああ、それなら問題ない」
「え?」
一階に姿を現したベネッタ。
杖をつきながらの登場に観客席の一年生達の中には本当に戦えるのか、とフロリアと同じ心配をする者もいる。
だがアルムやミスティ、ルクスにエルミラと……普段ベネッタと行動を共にしている四人の表情には心配など一切無かった。
「安心しろフロリア。たとえ相手の一年生がベネッタを殺す気だったとしても……今のベネッタ相手にはまず無理だ」
相手の力量すらわかっていないというのに断言するアルム。
フロリアの目は中央に堂々と立つベネッタに釘付けとなっていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
昨日更新予定だったのですが、体調不良につき今日となりました……。




