618.殺到
ベラルタ魔法学院は家柄など重視しない実力主義の魔法学院である。
才能溢れた魔法使いの原石達を集め、教師が教壇に立たない座学とひたすらに基礎の反復を繰り返す実技によって基礎を固め、学院外での実地依頼と魔法儀式という生徒同士の模擬戦の場によって、本来ならわかりにくい成長を生徒自身に実感させる。
幾度ももたらされる勝利と敗北、成功と失敗を一年生の時から味わわせる事で原石である生徒達に自主的な研鑽を促しているのである。
その自主性を重んじる教育方針ゆえにさぼろうと思えばさぼる事もできるが……それこそがこの学院の方針の落とし穴であり、研鑽街と呼ばれる所以でもある。
周りにいるのは才能溢れた魔法使いの原石達。
自主性を重んじるその教育方針に沿って鍛錬を続ける者とさぼる者との差は明確に出始める。
与えられた才がどれだけ素晴らしくとも磨かなければただの原石……凡人のまま。与えられた才を磨き続けた者との差が明確になっていく。
ベラルタ魔法学院に入る条件は才能だが、残る条件は才能ではない。
貴族ゆえの悪しき傲慢、天才ともてはやされて増長した人格、この学院に入学しただけで自分が選ばれた者と思い込んでしまう間違った自信。
一流の魔法使いにはそのどれもが必要無い。才に溺れる三流など不要。
ベラルタ魔法学院が求めるのは魔法使いの本質を突き詰める事が出来る者。
脅かされる弱者のために魔法を駆使して戦い、守り、救う超越者。
魔法使いになるべく日々研鑽し、魔法使いになるためにと歩んできた者だけが認められ、この学院を卒業する事が出来る。
そしてこの学院の三年生になるという事は、その才能と在り方が認められる証でもあった。
「今年は三年生が十一人も残ったらしいぞ……」
「二桁も残ったのは数十年ぶりらしい」
ベラルタ魔法学院は毎年四十人から六十人前後の生徒が入学する。
しかし、卒業できる人間は僅か。ゆえに在籍したというだけでも経歴になる学院だ。
その理由が三年生になる際の進級試験である。
二年生に進級する時のような筆記テストとはわけが違う。今までの成績、実地依頼の評価、魔法儀式の戦績、入学してから認められた功績、最終試験である教師陣との模擬戦。
実力と人格を加味しながら総合的に評価し、ようやく三年への進級が決まる。
ベラルタ魔法学院は表向きには三年制だが、事実上は二年制といっていい。
二年生までに現場の魔法使いと遜色ない功績と経験、そして実力を認められた者だけが二年から三年に進級することができ、次代を担う魔法使い候補として注目を浴びるのである。
「三年になってからずっと学院の外で実地依頼ばっかだったっていうのに……何で急に集められたのかしらね?」
久しぶりの食堂でストローを咥えながらエルミラは首を傾げる。
ダブラマでの砂塵解放戦線の作戦が終了し、マナリルに帰国したアルム達は事後処理に追われに追われ……一段落つく頃には進級試験の時期になっていた。
最も厳しいとされる進級試験も彼等がこの二年積み上げてきた経歴を前には特に問題も無く……様々な事件を解決してきたその実力によって教師陣との模擬戦の内容も評価され、アルム達は五人とも無事に三年生に進級していた。
「なんでだろうねー……? 過剰魔力の魔獣が増えてる原因の調査で色々行かされたのに、急に帰ってこいだなんてー……ボクは嬉しいけどさー」
「他の任務にあたっていた魔法使いを調査に回せるようになったんじゃないかな?」
「なるほど、流石ルクス……それなら納得いくな」
「ですが、三年生全員というのは何か妙ではありませんか?」
「確かに変よね。ベラルタの三年って去年の留学みたいなイベント何かあったっけ?」
ミスティとルクスが思い出そうとするが、やはり覚えが無い。
この二人が覚えていないならやはり何もないのだろうとエルミラは一層腑に落ちない表情を浮かべた。
日常となる食堂での集まり。がやがやと賑やかな食堂で見かけるその光景は当初こそその組み合わせの珍しさから視線を集めていたが……今は違う。
五人が揃うこの状況はいつの間にか、近年貴族界隈で話題に上がる錚々たる面々が揃っている絵面へと変わっていた。
ただ集まって雑談に興じている五人は周囲から見れば近寄りがたい場所であり、三年生がいるというベラルタ魔法学院では珍しい状態なのもあいまってちらちらと周囲の視線を集めている。五人を見るのに集中してスプーンを口に運ぶ直前で止めてしまっている生徒もいるくらいだ。
「ベラルタで何か起きたのかしら?」
「それならすぐにでも学院長に呼び出されるでしょうがそれもありませんし……切迫した雰囲気ではなさそうですね」
「そうだね、学院内も……」
ルクスはふと食堂を見渡した。
五人のほうを見ていた生徒達が慌てて視線を戻す。そんな光景にルクスはくすっと笑った。そんなルクスの様子を見てアルムは不思議そうにする。
「どうした?」
「いや、僕達はいつも見られてるなって思ってね」
「ああ、俺の事を色々何か言ってるんだろう。一年の時からそうだったからな」
「……」
「まぁ、聞かないようにしているからいいがな。見られるのはもう慣れたし……仕方ない事だ」
アルムがそう言って、ルクスは少し驚いた。
言ってしまえばアルムは鈍い。だから囁かれる悪口も自分とは関係ないと聞いていないのだと思っていた。
だが実際は聞こえていたらしい。一年生の頃からずっと言われ続けた悪口を。
同期生の口と目が語る憤懣を、蔑みを、嫉妬を、厭悪を。
全て聞いた上で、気にしないように振舞っていたのかと。
そして……なんて悲しい事だろう。
二年もの間そういった視線と声に晒された結果、今向けられる羨望の視線に気付けないだなんて。
「違うよアルム」
「ん?」
「みんな君が羨ましいのさ」
そんなアルムを不憫に思ってルクスが真実を告げる。
だがアルムは目を丸くしたかと思うと、困ったように小さく笑った。
「気を遣わなくていい。言っただろう、もう慣れたって。それに……俺を羨む理由はみんながいるからだろうしな。どちらにせよ俺にはあまり関係ない」
「いや気を遣ってなんか……」
「いくら俺が無知だからって貴族が平民を羨むなんておかしな話な事くらいわかるよ、ここに入学した奴らならなおさらだ。けどありがとうな」
「……」
アルムの言葉に、ルクスは何も言えなくなった。
話を聞いていたミスティ達もその会話に思う所がある。
しかし、この流れで口を出しても恐らく何も変わらない。
「あ! アルムせんぱーい!」
「ロベリア」
そんな空気を切ってくれたかのように、食堂の入り口から声がした。
薄紫の髪を揺らして、ベラルタ魔法学院の二年生となったロベリアが嬉しそうに手を振りながら駆けてくる。
後ろにはロベリアと双子の兄であるライラックもおり、アルム達を見かけると小さくお辞儀した。
四大貴族の一角、パルセトマ家の兄妹の登場に食堂がざわめく。
二人がこの学院に在籍している事は一年生達も当然知っているのだが、あまりにイメージと違う現れ方に動揺したようだった。
「皆さんもお久しぶりです! ダブラマでの活躍お聞きしましたよ!」
「ん? 誰から?」
「パルセトマ家はダブラマと隣接してますからそういう情報は入ってくるんです。ベネッタ先輩は目のほうは……その、大丈夫っすか?」
「大丈夫ですよー、とりあえず困ってないのでー」
駆けてきたロベリアより少し遅れてライラックが困ったような表情を浮かべながら歩いてくる。テンションが上がっているロベリアとは違い、ライラックは四大貴族らしい落ち着きがある。
「騒がしくして申し訳ありません、アルムさんが帰ってくると聞いて妹が魔法儀式してもらいたいとはしゃいでしまいまして……」
「うふふ、ロベリアさんは勉強熱心ですね」
「そう言って貰えると救われます。アルムさんとの魔法儀式は無属性魔法という基礎が際立つ魔法で行われるせいか勉強になるもので……私も糧にさせて頂いていますよ」
ライラックがロベリアのほうを見ると、ロベリアは満面の笑みをアルムに向けていた。
エルミラは後に何かぶんぶん振った尻尾が見えた気がしたわ、と語る。
「あ、アルム先輩! 時間あったら魔法儀式してください!」
「ああ、特にやる事ないし、こちらこそ歓迎だ」
「ありがとうございます! よ、よろしければミスティ様とかも……お願いできたり……」
ちらちらとミスティに視線を送るロベリア。
ミスティはまさかこちらに飛んでくるとは思ってたのか少し驚いたような顔をして自分を指差した。
「私ですか……? ロベリアさんとでしたら光栄ではありますが…」
「はい! ど、どうか勉強させてください!」
「そこまで大袈裟に仰らなくても大丈夫ですよ。こちらこそよろしくお願いします。うふふ、ロベリアさんに初めて申し込まれたので少し驚いてしまいました」
ミスティがそう言うと、ロベリアは言いにくそうに目を逸らした。
「そ、その……初対面がちょっと、うちも考え方違ってて印象よくなかったんで……ちょっと、こわくて……」
「あー、わかるわかる。ミスティって恐いわよね」
「エルミラ?」
「ほら、今恐いもん」
隣に座るミスティからの無言の視線。
その圧にエルミラは椅子を少しベネッタのほうにずらした。
「あ、あの……」
「ん?」
声にアルムが振り返ると、見知らぬ女子生徒が手をもじもじさせていた。
思い出そうとするが名前は出てこない。
制服からして一年生だという事だけがわかった。
「お話し中失礼して申し訳ございません。今の会話を耳にしてしまい……もしよろしければ私にもお時間いただけないでしょうか……? 初対面でありながら不躾なお願いとは百も承知なのですが、ベラルタに来たからにはトップの方々の御力を知り、日々の目標にしたく……」
「え?」
「あ、あの! ぼ、僕もお願いしたいのですが……!」
「え……?」
「ど、どうか自分も! 家とか関係なく!!」
「えっと……」
五人の様子を見るだけだった生徒達が私も、自分も、と半数ほど立ち上がる。
「え、エルミラ・ロードピス様ですよね! ご歓談中失礼します! 自分も火属性なのでどうかアドバイスを……!」
「は? わ、私?」
「ルクス様! ご挨拶が遅れました。自分はメイール家のクイティと申します! どうか一戦! 手合わせを!」
「え、ちょ、ちょ……!」
「ベネッタ様! サインください!」
「さ、サイン!? そ、そんなのないよー!?」
彼等を動かしたのはロベリアの言葉だった。
パルセトマ家……いわずとしれた四大貴族の一つであり、ダブラマとの国境を守り続ける名家。ロベリアは当然、今年の二年生の中でも間違いなくトップの実力の持ち主だ。
その血筋であるロベリアが、勉強させてください、とお願いしている姿に一年生達は動かされた。
あのパルセトマ家ですら勉強のためにと魔法儀式をお願いしているというのに、自分達は遠くから一体何をやっているのかと。
断られたら断られたで構わない。何もしないよりはきっといい。
自分達はこれからこの学院で学び続ける。ならば、この学院で生き残った三年生達と今の自分達との距離を知るのはきっと糧になると。
「ちっ……」
そんなアルム達に殺到する一年生達の様子を見てどこからか舌打ちが聞こえてくる。
貴族である以上プライドが許さない者もやはりいるようだ。
しかし、アルム達の周囲は騒がしくてそんな舌打ちは聞こえない。
「ど、どうしましょう……? アルム……?」
「どうするか……? そうだ、それなら――」
アルムは少し考えて、思いついたように押しかけてきた一年生達にある提案をした。
「ちょ、ちょっと! うちが先に! うちが先にアルム先輩と約束したのにい!!」
「不憫なあなたも可愛いですよロベリア」
「うっさい! 兄貴きもい!」
一方この事態のきっかけを無意識に作ったロベリア本人は嘆いていた。
せっかくアルム先輩達に遊んでもらえると思ったのに、と。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ロベリアちゃんはこういうとこある。




