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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第九部:呪われた魔法使いとお姫様

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617.噂の三年生

「み、ミスティ様だ……初めて見た……!」

「何てお美しい……早く来て正解でしたわ」

「三年生がお帰りになったというお話は本当でしたのね」


 研鑽街ベラルタの中心地であるベラルタ魔法学院の校門前。

 朝は学院に登校する生徒が大勢いて当然なのだが……それを差し引いても校門付近はいつもより生徒で賑わっていた。

 理由の一つは一人の少女……今年ベラルタ魔法学院の三年生へと進級した生徒であり、マナリル四大貴族の一つカエシウス家の次期当主ミスティ・トランス・カエシウスが校門前に立っているからだった。

 三年生の初めは特に学院外での活動が特に多くなるため、入学したばかりの一年生は特に接点が少ない。

 そんな一年生達が入学前から色々と()になっている三年生を一目見るべく、遠巻きから校門前に立っているミスティを一目見ようと続々と駆け付けているのだ。

 特に三年生でなくとも有名なカエシウス家のミスティとあらば見物人も多くなるのは必然だろう。


「お、おい……話しかけるか?」

「馬鹿……機嫌損ねたらどうすんだよ……! 俺の代で自分の家終わりにしたくねえよ……!」


 そよ風でミスティの髪が揺れるだけで目を奪われ、誰かが生唾を呑み込んだ。

 朝の清涼な空気にこれほど似合う人物がいるのかと思わせる美しい佇まいは周囲に完璧を想起させ、あまりに近寄りがたい。

 遠巻きにミスティを見に来ている一年生達には気に入られて顔を覚えてもらいたいという欲望が当然ある。しかしその美貌はあまりに透き通っていて、そんな欲望を抱いて近寄ればそのまま消されてしまいそうな恐怖があった。

 加えて、ここでもし悪い方向に顔を覚えられればこれからの学院生活が苦しくなるのは想像に難くない。

 考えてもみてほしい。貴族の中でも魔法の才能に秀でたエリートが通うこの学院で……カエシウス家に嫌われた人間と仲良くしようとする生徒が果たしているだろうか?

 そんな大きすぎるリスクも相まってミスティに声をかける人物を皆無にし、噂の三年生でもあるミスティを遠巻きから見るだけの一年生達という事態を作っている。


「近寄りがたいオーラがありますね……。自分達より二つ歳が上なだけですのに……」

「何でも去年ネレイア海からの大津波を食い止めたとか」

「先日あったダブラマの新女王との会合の際、国王から立会人にも指名されたとか。グレイシャ・トランス・カエシウスの一件での汚名をものともせずに……流石はカエシウス家の次期当主……」


 校門前に立つミスティに近寄れないままミスティについてを語り合う一年生達。入学して日が浅く、互いを牽制し合っている彼らにとっては家名の自慢話以外での丁度いいコミュニケーションのきっかけとなるだろうか。

 そんな一年生達に話題を増やすかのように、ミスティの下に三人の生徒が歩いてきた。


「おはようミスティ、何か人多くない?」

「おはようミスティ殿」

「おはようー、ミスティー」

「あら三人共おはようございます」


 現れた三人にミスティを遠巻きに見ていた一年生達がざわつく。

 噂の三年生が新たに三人も現れ、見つめる視線は憧憬と嫉妬が入り混じる。


「赤みを帯びた茶髪に赤い瞳……! ろ、ロードピスだ……! 没落貴族からその魔法の腕で這い上がり、すでに領地が下賜される事が約束されてるっていう……」

「しょ、所詮は没落貴族だろ……? 大したこと……」

「いや、それが南部以外に冷酷なあのダンロード家の後ろ盾があるらしいぞ……ローチェント魔法学院の生徒達もあのエルミラって人に支援する方針を固めてるとか」

「隣にいるのはオルリック家のルクス様……!」

「グレイシャ・トランス・カエシウスのクーデターの解決にも一役買った言わずと知れた四大貴族の次期当主……」

「ロードピスと恋人同士って話は本当なのかしら……?」


 仲睦まじく登校してきたルクスとエルミラ、そして校門前に立っていたミスティとのフレンドリーな様子。

 噂通りの光景に一年生達は二人の事を口々に話題に上げる。

 そして、噂を見たいがために集まった一年生達の視線は当然、その後ろにいる杖をついた少女にも向けられた。


「じゃ、じゃあその後ろにいるのが……」


 視線はルクスとエルミラと共に登校してきた鮮やかな翡翠色の髪を持つ少女へと。

 銀色の装飾が先端にあしらわれた杖をつき、目を閉じたままミスティ達と談笑しているその姿に一瞬沈黙のようなものが流れた。


「あ、あれが……"聖女"ベネッタ・ニードロス……!」

「ダブラマの平民を救うために国家転覆を企む巨悪と戦い、ダブラマとの関係改善のきっかけを作ったという……」

「目を閉じたまま杖をついてる……その時の戦いで両目を失ったって話は本当だったのか……」

「ダブラマじゃ、そこらの貴族よりベネッタ・ニードロスの名が通っているらしいぞ」

「四人で何か話してるぞ……」

「話題の四人が揃ってるんだ。大方ダブラマとの関係改善による国勢の変化とかを話してるんだろうさ」

「いいえ、聖女と呼ばれるような方を交えての会話ですもの……きっと最近の魔獣被害の増加についてを議論していらっしゃるんだわ……!」


 校門前に立っていたミスティ達と現れたルクス、エルミラ、ベネッタの三人について好き勝手に噂する一年生達。

 そんな噂好きな一年生達の声はひそひそと小声でありミスティ達には届くこともなく、当然遠巻きに見ているだけの一年生にもミスティ達の会話は聞こえていない。どうやら遠くから見る事はできても、会話を盗み聞きしようとする勇気は出ないらしい。

 そんな今の状況が噂によって一年生達の頭の中で大きくなった想像を更に膨らませていく。

 国勢について? 魔法について? 最近の魔獣被害について? はたまた領地運営について? 

 四人が話す姿が続けば続くほど、見ている一年生達にとってはその仕草すら貴族の手本に見えてくる。


「レモンティーのレモンってたまにはむはむって食べたくなったりしないー?」

「いや、なんないわよ」

「うーん……僕は無いなぁ」

「私もなりませんね……」

「そっかー……ボクだけかー。なんか紅茶の香りに釣られてこのレモンもおいしいのかなって騙されるんだよねー」

「ベネッタ……レモンティーに騙される方はマナリル広しといえどあなただけでは……」

「騙されてるってか……食い意地張りすぎなだけじゃない?」

「な、なんだとー! 確かに食い意地は張ってるけどー!」

「認めちゃうんだねベネッタ」


 実際はこんな会話だとも知らずに。


「あ、ミスティ。そろそろ来るよー」

「え」


 何かに気付いたベネッタが大通りのほうを見ながらミスティに伝える。

 ミスティはその言葉にどきっとしながら大通りのほうをちらりと見るが、そろそろ来る誰かはまだ見えない。

 しかしミスティの頬はほんのりと染まり、青い瞳は心なしか輝きを増している。


「あら、じゃあ私達は先に行ってるから。短い間だけど二人きりにさせてあげないとね」

「え、エルミラ……! な、なにを……」

「健気だなぁ、ミスティ殿は」

「る、ルクスさん……! からかわないでください!」

「ミスティはほんとこういうとこ可愛いよねー」

「べ、ベネッタ! も、もう! もう!」

「あはは、後でねー」


 校門前に残るミスティをからかいながらルクス達三人は学院の中へと歩いていく。

 三人を邪魔せぬよう付近に集まっていた一年生達が道を開けていった。


「あんたそんな事に()使って大丈夫なわけ?」

「むしろ慣れる為に使っていかないとー」

「そういうもん? まぁ、いいけど……妙な感じしたら言いなさいよ? 私が手ひいてあげるから」

「うん! でも今は大丈夫だよ、ちゃんと見えてるから」

「ふーん……どう? 今日のエルミラ様は?」

「エルミラはいつも美人さんだよー? ねぇ、ルクスくん?」

「うん、いつも可愛いよ」

「ば、馬鹿じゃないの……! あー……はっず……」

「エルミラの顔真っ赤だー」

「ぐぬ……! よく見えてるようで何よりだわほんと……!」


 そんな野次馬のような周囲を気にする事なく、ルクス達は慣れ親しんだ学院へと。

 仲睦まじい空気の三人に一年生達が割り込めるわけもなく、一年生達はただその背中を見送った。


「全く……隙あらばああやって私を動揺させるのですから……」


 ミスティは自分をからかう三人の背中に手を振ると、落ち着かない様子で大通りのほうにちらちらと視線を送る。

 そして何かを気にするようにしながら両手に持つバッグから手の平サイズの鏡を取り出した。

 すでに整っているように見える前髪をいじり、目元を確認し、自然に笑う練習でもしているかのように口角を指で上げてみたりしている。

 先程までの落ち着いた様子が嘘のようにそわそわしており、薄っすらと色付く頬の相まってそよ風を受けて喜ぶ春の花のよう。

 最後に柔らかな笑顔を鏡に見せて、ミスティは鏡をしまう。

 ミスティを見ていた一年生達は不意に見せたその笑顔に心臓が跳ねた。


「ミスティ?」

「ぴゃ……!」


 自分を呼び掛ける声にミスティの体が不自然に固まり、ミスティに視線を奪われていた一年生達もその声の主の存在に気付いた。

 遠巻きの生徒に紛れ、大通りから歩いてくる一人の少年。

 黒い髪と黒い瞳以外にほとんど特徴の無い平凡なはずの男の声は、確かにこの場に存在感を持っていた。

 校門前に立っていたミスティはアルムの姿を見ると嬉しそうに顔を綻ばせ、そのままアルムに駆け寄る。アルムのほうも少し歩く速度を早めた。


「あ、アルム……! おはようございます!」

「ああ、おはよう」

「いい朝ですね、昨日は眠れましたか?」

「ああ、ベラルタに帰ってきたばかりだから流石にすぐ寝たよ」

「うふふ、それならよかったです」


 二人は向かい合うと何てことのない朝の挨拶を交わす。

 向かい合った二人は互いに笑顔を見せると、ミスティは自然とアルムの隣につき、アルムもまたミスティの歩く速度に歩幅を合わせて二人は並んだ。

 そしてそのまま何事も無かったように学院の中へと歩いていく。


「で、でた……! 黒髪……!」

「学院唯一の平民……! あれがアルム……!」


 一年生達が集まったのはベラルタに帰ってきた噂の三年生達を一目見る為だ。

 四大貴族であるミスティやルクス、閉鎖的なはずの南部の貴族から支持される謎の没落貴族エルミラ、そしてダブラマの聖女ベネッタ。

 この四人も当然、一年生達が一目見る目的ではあったが……やはりメインは違う。

 二年前から貴族界隈に一つの噂が流れた。あのベラルタ魔法学院に平民が入学したと。

 そんな有り得ない噂は話題性も高く広まっていき、囁かれる嘲笑の声を追い越して……有り得ない噂話だと飽きられてきた頃、北部で起きたグレイシャのクーデターの一件によって再燃、そしてガザス王家から友として認められた事によってアルムの名前はついにマナリルに広まる事となる。

 一年生達が集まったのは他でもなく……アルムを見る為と言っても過言ではない。


「カエシウス家と懇意にしてるってのは本当だったんだ……!」

「何度も王城に呼ばれていて国王からの信頼も厚いらしい」

「カエシウス家だけじゃなく、ガザス王家からも友好の証が贈られてるって」

「数百年ぶりに平民の世界から現れた魔法使い候補……」

「けど無属性魔法しか使えないらしいぞ……やっぱ平民って事だろ」

「おいおい、それじゃどうやって今日まで生き延びたんだ……? あんなん中途半端な魔法もどきだぞ……? どうやって三年生になれたんだよ……?」


 アルムに向けられる奇異の視線。

 しかし、当の本人は自分が見られている事を気にしている様子も無く……隣を歩くミスティもまたそんな視線は慣れているのか気にならないらしい。

 

「何か久しぶりに学院に来るな」

「三年生は学院外への活動が増えますからね、最近はばたばたとしていて落ち着ける時間も少なかったですし」

「こうして学院に行けるだけで何か安心する」

「うふふ、確かに帰ってきたという感覚がいたします」

「ミスティもそう思うか?」

「はい、アルム」

 

 まるで二人の時間を楽しむようにミスティはゆっくりと歩き、アルムもその事に何か言うこともない。

 校門前から本棟までの短い時間、友人以上の関係を想起させる二人の距離に一年生達は戸惑っていた。

 アルム達にとってはただ登校しただけの日常の一幕だが、一年生達にとっては違う。

 まさかと思っていた噂と目の前の現実が合致する。

 成り上がる平民と由緒正しい大貴族。

 まだ平民から魔法使いが生まれていた時代に作られた童話のような構図の二人に……一年生達はその想像を更に膨らませていった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

これでも半分くらい経歴を隠されてるアルムくん(【原初の巨神】と大百足は公にされてない)。

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― 新着の感想 ―
[一言] ぴゃ!
[一言] ぴゃ
[一言] 強キャラの登場時に行われるギャラリーたちが騒ぐシーン。 今回はそんな感じの話でさらっと流されるようなものなんだけど、今までアルムたちが積み重ねてきたものを見てきたからか胸の奥から込み上げてく…
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