番外 -今日も平和です-
「ひーまーねー……」
ベラルタ魔法学院第三寮。
ロビーの共有スペースに並べられているテーブルで突っ伏す少女……ロベリア・パルセトマは時間が遅くなっているのかと思うほど間延びした声を上げていた。
流れるように落ちる薄紫の髪と恵まれた美貌に似合わないだらけきった状態はむしろ彼女の素顔に近い。暇を嫌って娯楽を求める年相応の少女らしさがある。
「ですから、こうしてお兄様とお話しているでしょう?」
ロベリアの正面には兄のライラックが座っていた。
だらけるロベリアとは反対にきちっと背筋を伸ばしており、どんな時も隙を見せないような用心深さを感じさせる。
「そのお話が退屈だから暇だっつってんの」
「ふむ、これでもそこらのご令嬢を楽しませる話術は持っていると自負してましたが」
「あんたをよく知らないご令嬢ならね。こちとら耳が腐るほどあんたと話してるそこらの令嬢じゃないロベリア様だっての」
「ふふふ、僕とロベリアはわかりあっていますからね」
「きっも……」
汚物を見るような心底からの軽蔑の視線を実の兄に向けるロベリア。
これもこの兄妹なりのコミュニケーションという事だろうか。ライラックはそんな妹からの視線すら楽しんでいるようだった。
「ではそんなあなたに楽しい話を一つ」
「なに? 今更あんたの話聞かされても……」
「アルムさん達がダブラマから帰ってくるそうですよ」
「!!」
ライラックの言葉を聞いた瞬間、だらけっきったロベリアの体がぐんと起き上がった。
「それほんと!? 何であんたが知ってんの!?」
「何故って……ロベリア、僕達はこれでも一応カルセシス様よりアルムさんを監視し、引き抜きなどの異変を事前に防ぐ指令を受けているんですよ……? だからガザス留学の際もガザスへの流出を危惧して彼を襲ったのではないですか。アルムさんがベラルタに帰ってくるのなら当然僕にも連絡が来ます」
「あ、そっか! そうだったわ! そうよね!」
思い出したように目を輝かせるロベリア。
先程までのだらけは消え、そわそわと落ち着かず活力に満ちている。
(まさかこの子本気で王命を忘れてたのでは……?)
その様子に不安になるライラック。
確かに最近は普通に学院の先輩後輩として交友関係を築いていたが……それでも国王からの指令である。普通は忘れない。
「わー……! アルム先輩が帰ってきたらどうしよ! とりあえずまた魔法儀式して貰おうかしら!」
「同学年で僕達の相手ができる方がいらっしゃいませんからねぇ……アルムさん魔法儀式の誘いは絶対断りませんし」
「そうそう! 絶対遊んでくれるのよあの人! 優しいんだから!」
「いや、あれは優しさというよりただ単に魔法見るのが好きなだけ……」
「思い切ってミスティ様とかにもお願いしてみよっかなぁ……。ボコボコにされそうだけど一回くらい経験しとくべきかなぁ……」
「……聞いてませんね」
まだアルム達が帰ってきておらず、約束を取り付けているわけでもないというのにロベリアは胸を躍らせている。
暇でだらけきって机に突っ伏していた人間と同一人物と思えないほどにはしゃいでおり、よほど楽しみのようだ。
「他の御三方には頼まないので?」
「うーん……やってみたいけど、エルミラ先輩とか容赦無さそうなのがちょっと……。ルクス様もミスティ様と一緒でちょっと恐いし……」
「それは何となくわかりますが……ふふ」
「あによ? 馬鹿にしてる?」
「いいえ、こちらの話です」
元々家名主義であり、下級貴族を見下していたロベリアの今の変わりようにライラックはつい笑みを零す。
ロベリアほど露骨ではなかったが、ライラック自身も昔はその傾向があったので自分の変わりようも改めて実感した。
「ベネッタさんは?」
「あー……あの人魔法儀式やらないじゃん? 最近はルクス様とかとやってたみたいだけど」
「そういえば他の方に比べて戦績が異様に少なかったですね……アルムさんの五分の一も無かった覚えがあります」
「アルム先輩とか二年になってから一年に滅茶苦茶申し込まれるって言ってたかんねぇ」
「まぁ、平民なんて上級生といえどカモにしか見えないですからね……」
アルムに魔法儀式を申し込んだ一年の末路が目に浮かぶ。
カモだと思って魔法儀式に誘ってみれば……実際は血統魔法を持ち出さないと勝てるかどうか怪しい相手と戦わなければいけない。
しかも戦闘中こちらの魔法を観察してくるのだから質が悪い。
次やる頃には魔力の充填量、変換の精度、放出速度を把握された状態で対面する事になる。
その為、アルムに勝ちやすいのは最初の一戦なのだが、その最初の一戦が平民だと一番油断している為にそのチャンスすら活かしにくいのである。
「そういえば、何故あの方は魔法儀式をしないのでしょうね……成績不良というわけでもなさそうですが」
「さあ? でもそのせいでミスティ様とかとは別の意味で誘いにくいというか……ミスティ様達とご一緒してるってことは一目置かれてるんだろうけど、実力もよくわからないし」
「ベネッタさんのニードロス家……前にカエシウス家の補佐貴族だったのと、あまり評判が良くないという事くらいしか……」
「そうなん?」
「何か薄暗い事をしているわけでもないのですが、現領主が異様に評判がよくないですね」
「単純に人望が無いってこと……?」
「そのようです」
領民を省みない増税による贅沢三昧。貴族による階級差別。領地の問題放置。他貴族との間で交わされる裏金。
領主が嫌われる要因は数あれど、それらの要因無しで評判がよくないというのはどれだけ領主の性格に問題があるのだろうか。
普段見かける人当たりのいいベネッタの姿からは想像もつかなかった。
「……実はベネッタさんも腹黒とか?」
「であれば、ミスティ様やルクス様が気付くでしょう。僕達もそうですが、四大貴族は貴族特有の下衆な悪意に敏感ですからね」
「じゃあ父親を反面教師にして育ったわけだ。健全なんだが不健全なんだか……」
ロベリアはライラックをしばし見つめて。
「まぁ、少なくともあんたよりは健全か」
「実の兄に対して何という……そんな所も愛していますよ」
「きも! きんも!! きんっも!!」
腕に立った鳥肌を擦りながらロベリアは逃げるように立ち上がる。
そんな時、第三寮の玄関から桃色の髪をしたロベリアの友人……フレンがパンパンの買い物袋を抱えて帰ってきた。
「あ、ロベリアちゃん! ただいまー!」
「フレンここから離れましょう! こいつに近寄っちゃ駄目!」
「えー? またお兄さんに何か言われたの?」
「こんにちはフレンさん。なに、ただの愛情表現ですよ」
「だって言ってるよ?」
「きもすぎて受け入れられないわよこのシスコン!!」
アルム達が帰ってくるベラルタは……今日も平和である。
いつも読んでくださってありがとうございます。
番外その2です。
ありがたい事にレビューを頂きました!伊佐大介さんレビューありがとうございます!嬉しいです!!




