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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第八部:翡翠色のエフティヒア -救国の聖女-

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614.もう大丈夫

「不思議な事に体は何ともありませんが……やはり両目だけはどうにもなりませんな。完全に無くなっているので手の施しようがありません」

「やっぱりそうですか……」


 生還したベネッタは王城に招待された後、用意された客室にて治癒魔導士による検査が行われた。

 血塗れの服に反して体は何ともなかったのだが、両目だけは無くなっていた。

 ベネッタもその事実はとっくに受け入れていたようで、両目がどうにもならないと聞いても動揺を見せることは無い。

 ただベッドで休みながら、治癒魔導士が診た検査結果を静かに聞いている。


「俺は魔法式と繋がってる体全体で負荷を受け止めてるから負荷が分散するが……ベネッタの血統魔法はどうしても眼に魔法式が集中してしまうからな、負荷に耐えられなかったんだろう」

「あんたもあんたで分散してあれなわけ?」


 唯一"星の魔力運用"について説明できるアルムだが、そんなアルムにエルミラは呆れ顔を見せる。

 負荷が分散すると言う割に、アルムは毎回ボロボロなのだから当然だろう。


「扱ってる魔力量が多いからな。でも普段は大丈夫なくらい耐えられてるだろ?」

「耐えられてるだろ? ってあんたね……」

「あはは」


 アルムのあっけらかんとした態度に呆れを通り越してエルミラは黙るしかない。

 そんな二人のやり取りを聞いて、ベネッタは小さく笑う。


「ベネッタ……大丈夫ですか?」

「うん。いいの、自分で選んだ事だから」


 ミスティの心配そうな声にベネッタは明るい表情で頷く。

 両目を失った現実をすでに受け止めているのか、強がっているようにも見えない。

 ミスティはそんなベネッタの姿に今までとは違う頼もしさを感じた。

 後ろから支えるような頼もしさではなく、一本の大木のような。


「それにしてもあの怪我が何ともないって……呪法で石化した割にはずいぶん優しいというか……」

「そうね……実際映像で見たベネッタとかボロボロだったもの」

「そんなにひどかったのか?」

「あ、そっか。アルムのほうには映像がいかなかったんだっけ?」


 エルミラが聞くとアルムは頷く。


「ああ、ずっと魔法生命の呪詛だけは送られ続けてたけどな」

「アルムもアルムで血統魔法無しでよく耐えられましたね……?」

「そういえばそうなんだよな……ルクスの時はもっとひどかったらしいから他に力を割いてたんじゃないか? 国中に黒い魔力が漂ってたんだろ?」

「その可能性はあるかもね。トヨヒメの時はルクス一人殺す為の魔法だったっぽいし」


 アルム達の話をよそに、診察を終えた治癒魔導士が立ち上がる。

 見立てが正確ならばベネッタには医者を呼ぶ必要も無さそうだった。


「それでは私はこれで……マリツィア様達にも同様の報告をしなければなりませんので」

「あ、はい。ありがとうございました」

「念のために明日もう一度診させて頂きますのでまたお伺いします」

「よろしくお願いしますー」


 治癒魔導士が部屋を出て行くと、ベネッタは少し俯いて何かを決心したようにもう一度顔を上げた。


「ごめんみんな」

「ん? どしたの?」

「ちょっと、アルムくんと二人でお話したいんだけど……いいかなー?」


 ベネッタからの申し出にミスティ達の視線がアルムに集まる。

 アルムのほうには心当たりが無いので、ミスティ達に見つめられても何か言うこともできない。


「何か魔法生命についての話? 私達が聞いちゃいけないの?」

「魔法生命とかは関係無くて……その、個人的な話というかー……えっと……」

「何かあの戦いで気付いた事があるんなら僕達にも聞かせてほしいけど」

「ううん、そういうんじゃなくてね……聞かれたくないわけじゃないんだけど……」

「出ましょうルクスさん、エルミラ」

「え」


 エルミラとルクスが中々引き下がろうとしない中、真っ先にミスティがベネッタに助け舟を出す。

 立ち上がったかと思うとベッドに座るエルミラの腕を掴んで立ち上がらせ、ルクスの背中を押し始める。


「ほらほら、行きましょうお二人共」

「ちょ、ちょっと……!」

「ルクスさんも早く歩いて。扉を開けてください」

「み、ミスティ殿?」

「早くしてくださいまし。ベネッタが話を始められません」

「わ、わかった……」


 ミスティはルクスとエルミラを部屋の外に押しやるとベネッタのほうを向いて。


「ではごゆっくりどうぞ」

「ありがとう、ミスティ……」


 ぱたん、と急ぎながらも静かに扉を閉じた。

 扉を閉じた後も聞き耳立てようとしないように、と話が気になっているエルミラを追いやる声が聞こえてくる。

 声が遠くなったのを確認すると、アルムは椅子を持ってきてベッドの傍に座った。


「それで、俺に話ってのはなんだ? 正直心当たりが無いんだが……」

「えっと……」

「アポピス絡みか? 俺もあいつと会話したが参考になるような話は無かったから」

「そ、そうじゃないん……んだよねー」

「……? そうか……じゃあどうしたんだ?」


 ベネッタは毛布をぎゅっと掴む。

 話しにくい事なのか、何か心の覚悟をしているかのようにその表情は険しい。

 アルムはただベネッタが話し出すのを待つことしかできない。

 徐々に険しい表情はどこか痛むのかと心配になるほど苦しそうだった。


「ご……ごめんなさい」


 意を決したようにベネッタはそう口を開いて、アルムに頭を下げる。

 ベネッタからの突然の謝罪にアルムは固まっていた。

 当然だろう。何しろ二人でする話以上に心当たりが無い。

 思い出そうにも何を思い出せばいいのかわからないほどだった。


「アルムくんに会った時、アルムくん怪我してたでしょ?」

「会った時……? ああ、ダブラマの密偵と戦った……ああ、してたな。ベネッタに治癒魔法をかけて貰った時のやつ」


 もう懐かしいな、とその時の記憶を思い出す。

 アルムは懐かしんでほっこりしているが、反面ベネッタの表情は苦しそうなままだった。

 まるで何かに怯えているかのような。魔法生命と対峙した時よりも強く。

 毛布を掴んでいないと飛ばされてしまいそうなほどその両肩は弱弱しく縮こまっていた。


「ボ、ボク……ね」


 脳が口を動かすなと命令しているようだった。

 何も言わなければいい。

 何も言わなければ何も変わらない。

 強くしたはずの決心は簡単に揺れ動く。


「ボクね、あの時……」


 卑怯で、薄汚くて、自分勝手な自分とはあの地下遺跡でもうさよならしたはずだ。

 だから、言える。

 みんなの隣を歩けるような、一人で怪物に立ち向かえる強さを自分自身に証明できた。

 だから、言えるはずだ。

 なのに、恐い。

 あの時の事を謝るそれだけが何より恐い。

 わざわざ言う必要があるのか? と甘い誘惑が思考となって浮き上がる。

 自分からあの時の自分は最低だったと告白する必要があるのかと。


「…………」


 ……ある。

 少なくとも、ベネッタ・ニードロスという人間はそれが苦しかった。

 苦しかったから、今恐いのだ。

 そんな恐さを自覚して、ベネッタの口はようやく滑らかに動き出した。


「ボクね、アルムくんが怪我してた時に、喜んじゃったんだ」

「喜んだ……?」

「ボクは友達がいなくてー……ベラルタ魔法学院に入っても空気がピリピリしてて、色々避けてたんだけど……アルムくん達は他と違って楽しそうで……ずっと羨ましくて、そんな時にアルムくんが怪我して来た時に、ボク……ボクは、喜んだの。話しかけるきっかけができたって」


 それは出会う前の罪の告白。

 ベネッタ自身がずっと背負っていた一つの過ち。

 アルムは静かにそれを聞いていた。


「治癒魔導士を目指してるボクがね、アルムくんの怪我を心配するより先に……喜んだの。あの時のボクは、人としても治癒魔導士を目指してる人間としても最低だった……。

アルムくん達と友達になりたくて……自分勝手に、そんな風に思っちゃったの……。

ずっと言いたかった。けど、ボクは嫌われてもいいって言えるほど強い人間じゃなかった。ボクはみんなと違って何も持ってなかったから。みんなに嫌われるのが恐くて、今日までずっと言えなかった。自分はもう大丈夫だって思えるくらい自分自身を信じられるようになった今……ようやく言えるようになったの。

だから、あの時はごめんなさい。ひどい子でごめんなさい。アルムくんにだけは、ずっと……ずっと謝らなきゃいけなかった。ごめんなさい」


 激流のように、ベネッタは今までアルムに言えなかった謝罪を吐き出した。

 言い終わって、心臓の鼓動が耳元にあるのではと思うほどに強くなる。

 両目が無い今、アルムがどんな顔をしているのか見ることすらもできない。

 アルムが口を開くまでの時間が長く感じる。実際には一分も経っていないのに。

 どんな声色で何を言うかがベネッタは恐かった。

 魔法使いを夢見た正義感に溢れるアルムが、人の怪我を喜んだ自分に対してどのような事を言うのか。


「お、おう……? 別に……いいが……」

「…………」

「…………」

「…………アルムくん」

「な、なんだ……?」

「ピンと来てないでしょ?」

「なんでわかった? 見えてるのか?」

「わかるよ! 声がもう戸惑ってるもん! そりゃ昔の事かもしれないけどさー! ボクにとってはずっと引っかかってたのー!」


 ベネッタには見えていなかったがベネッタが謝罪を口にし終えた時、アルムはどう返せばいいか困ったような微妙な表情を浮かべていた。

 その困惑が声色にも表れていたようで、ベネッタは意を決した謝罪の投げ場所が無くなったような妙な喪失感に襲われた。


「いや、正直そんな事で謝られてもっていう……別にいいんじゃないか? としか……」

「よくないのー! ボクはよくなかったのー!」

「いや、まぁ、確かに人の怪我を喜ぶのはいけない事ではあるんだが……」

「でしょ!? でもボクは喜んじゃったの! だから謝りたかったのー!」

「だけど……」


 ベネッタの謝罪に未だにピンと来てないアルムは首を傾げながら言った。


「ベネッタは怪我した俺の不幸を喜んだわけじゃなくて、俺の怪我で友達のきっかけができる事に喜んだだけだろ? なら、別にいいんじゃないか? そりゃ友達ができるかもって思ったら喜ぶだろ」


 そう言うと、騒いでいたベネッタは次第に大人しくなっていく。

 アルムは困ったように頬を掻いて、大人しくなったベネッタの様子を恐る恐る窺うがその表情はどこか晴れやかになっていた。


「アルムくんは……凄いね」

「ベネッタ……?」

「凄いや……体が、凄く軽くなった……」


 うるさいくらいに聞こえてきた心臓の音が遠ざかっていく。

 両肩を震わせるほどの恐怖はどこにいってしまったのか。

 卑怯な自分がいたのではなく、卑怯な自分など最初からいなかった。

 アルムの言葉はベネッタにそう言っているかのようだった。


「ボクはずっと許して貰いたかったけど……アルムくんはそうやって、助けてくれるんだね……」


 背負っていた咎が消えていく。

 仲睦まじい関係を築く中で、心にチクチクと刺さっていた記憶が塗り潰される。

 その言葉一つで自分を縛っていたものが無くなっていく。


「やっぱりかなわないなぁ……」

「あれ……そういえば、いつも巻いてる十字架が無いな」

「え? あ……」


 アルムに言われてベネッタが右腕を触ると、いつも巻いていた十字架が無いことに気付く。

 地下遺跡が崩れた時の衝撃でチェーンが切れてしまったのだろう。あの崩れ方では原型を保っているとも思えない。

 しかし不思議な事に……いつも身に着けていたものだったはずが、今まで無いことに気付かないほどには違和感は無かった。


「残念だが、諦めるしかないな……」

「うん、そうだね」

「ずいぶんあっさりしてるな……無理してないかベネッタ?」

「無理なんてしてないよ。……うん。ボクはもう大丈夫なんだって思ったんだー」

いつも読んでくださってありがとうございます。

第八部終了後は番外をいくつか書いてから第九部の予告を兼ねたプロローグを公開となります。

第九部は久しぶりに学院物らしい章になるかと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どこか一歩引いていたようなベネッタですが、これで本当に皆と肩を並べられることでしょう。 自分の心の傷と向き合って、ちゃんと謝ることがどれ程難しいことか…… 素敵な一幕でした。 アルムの返…
[気になる点] 目が…… 血統魔法が使えなくなったのか、まだ使えるのか あるいは星の魔力運用で新たな血統魔法を産み出してニードロス家と決別するのか [一言] その回答が一瞬で出てくるのはアルムさんイケ…
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