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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第八部:翡翠色のエフティヒア -救国の聖女-

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613.女神の呪い

「見つかった!?」


 マリツィアの通信用魔石に届いたその報告にその場にいたアルム達は耳を傾けた。

 報告を受け取ったマリツィアも動揺を見せており、勢いよく立ち上がったせいか座っていた椅子が倒れている。

 アルム達が今すぐ問いただしたくなる気持ちが痛いほどわかるが、通信の内容を正確に聞き取るためにアルム達に向かって静かにするようにジェスチャーする。


「よく発見してくれました。その場にいる他の作業員にも(わたくし)から直々に労いの言葉を送らせてください。それで……どのような状態で?」

『そ、それが……その……』

「報告ははっきりしなさい! ベネッタ様は見つかったのですね!?」

『は、はい! 恐らく……』


 マリツィアに叱責されても通信用魔石の先にいる部下の声は煮え切らない。


「恐らくではなく……どのような状態だったのかと聞いているんです。改めてどのような状態で発見されたのは報告なさい」

『は、はい! そ、その……発見した人物は二人です。一人は瓦礫に潰されたのか遺体はぐちゃぐちゃになっており正直原型はほとんどありません。もう一人が捜索対象のベネッタ様かと思われます』

「……思われますとは? (わたくし)は先程も報告ははっきりしろと言ったはずですが?」

『も、申し訳ございません! で、ですが、不可解な状態で発見されているので本当に本人かどうかもよくわからないのです。姿形は間違いなく映像にも映っていたベネッタ様だと思われるのですが……』

「もういいです。どのような状態だったのかだけを説明なさい。判断はこちらでしますから」


 マリツィアに報告をしている作業員は何かに動揺しているのかどれだけマリツィアが言ってもあいまいな報告を繰り返す。

 埒が明かないとマリツィアはただ見たものだけを報告するように命令した。


『それが……ベネッタ様はベネッタ様でも、石像なんです。ベネッタ様の姿をした石像が見つかったんです!』

「せ、石像……?」


 マリツィアが呟いて、アルムとルクスが目を剥いて互いを見合わせた。

 














 人間を喰らった。

 一人喰らった。十人喰らった。百人喰らった。

 どうでもいい食糧。復活の為の餌。世界は違っても矮小で多いだけの生命体。

 何人死のうが正直どうでもいい。むしろ私の為に死ぬのは命として光栄な事だろう。

 見所のある人間もいるにはいるが、種の愚かさを補填できるほどではない。

 だから魔法生命となっても、遠慮なく喰らい続けた。

 最初の四柱など関係無い。私だけが頂点に立つ。

 この世界の頂点に立ち、不死となり、いつか元の世界と繋げて、御姉様達に会いに行くためにいつまでも喰らい続けるつもりだった。


 あの砂女に敗れた後も考えは変わらない。

 目玉をくりぬかれても、手をもぎとられても、尾を串刺しにされていたって生きていればいつか……いつか。

 いつか、私の目的を叶えられるチャンスが来ると。

 そう思いながら、アブデラとかいう糞野郎に地下遺跡に閉じ込められても機会を待ち続けていた。


 そのチャンスは最初、間抜けな顔をして私と出会った。

 三人組で現れた人間は魔法生命を倒してきたらしかったが、アブデラが敵という共通の認識があった。

 こいつらにアブデラを倒させれば私は解放されるかもしれない。

 そんな魂胆で敵意を無くして近寄った。

 三人組は人間にしては珍しく善良で、魔法生命である私の話を普通に聞く奴等だった。

 特にその中の一人は……閉じ込められている間、私の話をしっかり聞いてるやつだった。

 だからといって気に入ったわけではない。

 この私のありがたい話を聞くなんて当たり前の事。

 利用しやすそうだったから出口を教える代わりに呪法での契約も結んだ。

 まぁ、一番とろくさそうだったから期待はしていなかったけど……私の存在証明が上がるだけでも儲けものだと思った。



 そのとろくさそうな奴が、まさか帰ってくるとは思わなかった。



 あの三人の中で一番可能性の薄そうだった小娘はアブデラの糞野郎と対峙した。

 アポピスの力を使われてからは一方的だった。

 血塗れで、もうすぐ死ぬなってくらい傷ついて、全部全部無駄にされて。

 それでも諦めなかった。あの小娘は最後まで諦めなかった。

 伝わってくる魔力で体内が焦げる激痛と破裂する血管の激痛。

 呪法から伝わってくる苦痛は人間の許容を超えていたけれど、それでも小娘は止めなかった。

 ついにはアポピスを破壊して、私も呪法から解放された。

 嘘のような結末。

 次に起きたのは勝者にとってあまりに残酷な崩壊。

 私は生き残れるだろうが、この小娘は生き残れないだろうと思った。

 それどころか、地下遺跡が崩れ落ちる前に死にそうで……ま、これが人間の限界よねって感じ。


 次の瞬間、小娘の願う幸福を私は見た。

 あまりにも小さな、小さな幸福。

 鮮明に映る四人の背中。その隣に向かって走っていく小娘。

 本当に、ただそれだけ。たったそれだけの景色。

 私は問いたくなった。

 あんた、こんなものの為に全てを懸けたの? って。

 答えを聞くまでも無かった。

 呪法から伝わってくる感情があまりにも温かくて、何よりも大切に想う気持ちで満ち溢れていたから。

 瓦礫が小娘に落ちる直前、死に際の走馬灯、小娘は本当に心の底からの幸福を感じて……私と結んだ呪法が発動していた。


 そこでようやく私の中にあった疑いは晴れた。

 小娘と結んだ呪法は一番の幸福を感じた時に発動する契約。

 自身が感じる感情と衝動は誤魔化せない。確実に逃げられない契約を私ははっきりと結んだ。

 だからこそ、呪法の発動を感じ取って……私は身震いした。

 ああ、この小娘は本当にその為だけに全てを懸けたんだ。

 そう思ったら勝手に体が動いていた。

 気付いたら、落ちてくる瓦礫と小娘の間に飛び込んでいた。

 生と死を司るのはなにもアポピスだけではない。

 私の血は生命を殺す力と生かす力どちらも持つ。私の血を使って死者蘇生の薬を生み出した医者が後に医神となったくらいだ。石化で時間が止まっている小娘を生き永らえさせる事くらいは簡単よ。

 気付いたら、私の体は潰れていて……私の血は石化した小娘を赤く染めた。

 今にも死にそうだけど、それくらいは話し相手になってくれた礼に耐えてやってもいいだろうと思った。

 石化が解けるかどうかまでは責任持てないけど、もし解けた時はその命が助かるように私の血で治してあげる。


 後悔は一つだけ。私は御姉様達のように完璧な存在にはなれなかった。

 ……ごめんなさい御姉様方。

 人間なんかを助けて死ぬなんてってお怒りになるかもしれないけれど。

 でも、私と同じ願いを持ったこの人間だけは見捨てられませんでした。

 私が御姉様達に追い付きたかったように、友人に追い付こうと走るこの小娘を見捨てるのはまるで私自身を見捨てるようで我慢できなかったのです。


 あんたの勝ちよ小娘……いや、契約者ベネッタ・ニードロス。

 まさか死に際に見たあんな何でもない光景が、あんたの幸せだと思わなかったわ。

 けど……うん。

 幸福って突き詰めると、そういうものなのかもしれないわね。





















 闇の中に聞こえてくる心地よいヒールの音。

 少女は確かにその音を聞いていた。

 深い闇の底にあった意識が思い出したように浮き上がる。

 意識は底を蹴って、足でゆっくりと闇を掻く。

 聞こえてきた温かいその音を目指して。


「…………」


 聞こえてくる声。

 闇の奥底にまで届く四つの光。

 呼んでいる。

 ――みんなが、■■を呼んでいる。

 少女はその一心で闇をかき分けて浮き上がっていく。

 その目に光は届かなくても、この温かさだけは覚えていた。


「ベネッタ!!」


 闇の中に、意識がはっきりと浮かび上がる。

 聞こえてくる声は間違いなく、かけがえのない友人のもので――


「エル……ミラ……?」

「……っ!」


 砂漠の真ん中に、聞こえてくるはずの無かった声が漏れ出る。

 石化を解いた魔法の灰が使い手の悲しみと共に消え去っていく。


「ミスティ……? ルクスくん……?」


 支えてくる手も、覗き込んでくる視線も見えない。

 けれど、覚えのある温かさ。


「アルム、くん?」


 そして自分の憧れも。

 石化が解けた少女は、ベネッタ・ニードロスは心配そうに自分を見つめる四人の名前を恐る恐る呼んで。


「みんなどうしたの……? 泣いてる……の?」

「ベネッタぁ!!」

「わぷっ! ちょ、え、エルミラー! 痛い! 痛いよー!」

「うっさい! 心配かけてこの! このぉぉ!」

「ベネッタ……! ベネッタ!!」

「わ! わ! ミスティまでー!?」

「今日は離してあげませんからね!」

「ええー!?」


 エルミラがベネッタに抱き着いた瞬間、それに続いてミスティも飛び込んで……周りから歓声が上がる。

 アルムとルクスは流石に飛び込まないが、その表情はただただ嬉しそうだった。


「あー……僕も行こうかと思ったけど流石にベネッタが潰れそうだからやめておくよ」

「う、嬉しいけどそうしてほしいかもー!」

「俺はどうする? 行ったほうがいいか?」

「だ、駄目だよー! アルムくんもちょっと待ってー!」


 五人の様子を見て静かに涙を流すマリツィア、日夜発掘を続けたルトゥーラ。

 ヴァンにサンベリーナ、フラフィネにヴァルフトも、周りを気にすることなく少女の生還にただ声を上げた。


「よっしゃあああああああああああ!!」

「ベネッタさん! よくぞ……よくぞ!!」

「サンベリっち泣いてるし」

「てめえも泣いてんじゃねえか」

「うっさいし!」


 奇跡は人間には起こせない。

 奇跡とは星と神の特権。

 ゆえにこれはこの地に降り立った異界の怪物であり、異界の女神でもあった彼女と結んだ契約によって起きた、偶然の入り混じったちょっとした奇跡である。



「えへへ……ただいまみんな」



 少女の生還をもって、今度こそ砂塵解放戦線作戦終了。

 歓喜の声は少女を迎える凱旋の歌。

 砂の上に落ちる涙に一切の悲哀無し。

 地下遺跡の戦い完全決着。

 勝者――ベネッタ・ニードロス。

いつも読んでくださってありがとうございます。

これにて完全決着です。


『ちょっとした小ネタ』

ベネッタの石化を解いたのはエルミラの血統魔法です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マジで読み返してずっと泣いてる
[一言] 石化の伏線がここでね。 ホント泣かせますなぁ( ;∀;)
[一言] ベネッタぁあああ!!
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