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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第八部:翡翠色のエフティヒア -救国の聖女-

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605.翡翠色のエフティヒア3

(この女……! 意外にできる……!)


 自身が得意とする地属性の重力魔法をもってしても捉えられないベネッタの動きを見て、アブデラは眉に皺を寄せる。

 強化でのスピードは並。だが女性特有の動きのしなやかさに加えて、かわす時に生じる別人のような動きのキレとの緩急が実感している以上のスピードを感じさせ、攻撃魔法を唱えるタイミングがずれてしまう。

 数手の間に、片手間で排除しようとするには面倒な相手だと認めていた。

 

「だが……所詮はそれだけだ。『空遠き地(マントゥニール)』」

「!!」


 アブデラを中心に広間の骸骨が徐々に押しつぶされ、砕け散っていく。

 逃げ場の無い広範囲攻撃。広間を満たす重力の波が押し寄せる。

 重力魔法と見るや動き回る対策の速さは見事。

 だが動き回るのなら、動き回っても無駄な空間で埋めればいいとアブデラは魔法を唱えた。

 重力魔法の弱点は使い手だからこそよく知っている。その対策をとれる魔法を習得していないわけがない。


「『守護の加護(シールド)!』」

「守護の魔法か。だがいかに信仰であっても、我が魔法を防げると思っているのか?」

「防ぐ!!」


 散らばった骸骨を砕く音を響かせながら、重力の波が広がっていく。

 ベネッタの防御魔法がこの骨が砕かれる音と同じように割れる――そうアブデラは思っていた。


「何!?」

「ふん……ぬうううう!!」


 ガガガガガ、と防御魔法に叩きつけられる重力の波。

 だが割れない。ひび割れはしても、防御魔法の破壊にまでは至らない。

 防御魔法の中で自分の攻撃魔法を耐えるベネッタの姿はアブデラの想像には無い姿。


「あああああああ!!」


 重力の波が広間に広がり切り、押し寄せていた攻撃魔法の波が収まる。

 耐えきったベネッタは防御魔法を解除しながら吠えた。


「馬鹿な……!」

「ミスティの魔法に比べればこんなものー!!」


 ベネッタは確かにアルム達に比べれば劣るが、今まで戦ってきた相手は超常の力を持つ相手ばかり。

 ベネッタの防御魔法は水属性創始者のネレイアの攻撃魔法すら数秒耐え切って見せた治癒魔法と並ぶ得意魔法。

 彼女を甘く見た生半可な広範囲攻撃では、この壁は破れない。


「調子に……! 『星々の騒乱(ステラ・トリュボス)』!!」


 輝く茶の魔力光が集まる。

 アブデラも広範囲の攻撃では信仰属性を突破できないと踏んだのか、視認できるほどに圧縮された魔力の塊を五つ展開し、そのままベネッタに向けて飛ばす。

 球体をよく見れば、魔力が絶えず動いている。その球体の中では重力が滅茶苦茶な方向に渦巻いているのだろう。


「『導者の加護(パストル)』!」


 向かってくる魔法を見てベネッタは強化をもう一つ唱えた。

 当然のように行われる二重の強化。タイムリミットは十分。体の負担などどうでもいい。

 飛んできた魔力の球体をかわす。かわす。かわす――!


(大丈夫……できる!!)


 球体が衝突する破壊音を置き去りにして、ベネッタは広間を駆ける。

 走り、跳ねて、それでいて力強く踊るように。

 イメージする動きはエルミラ。しなやかに力強い友人の戦う姿を自分に重ねる。


「『聖撃(ホーリー)』!」

「そんな距離で! 『星の枷(グラウィダス)』!!」


 ベネッタの右手から放たれる銀色の閃光をアブデラはいとも簡単に撃ち落とす。

 速度の無い直線の攻撃魔法が届くはずもない。

 霧散する信仰属性の魔力光。銀色の光が散って――


「っ!?」


 二つの魔法の魔力光で狭まった視界を利用して、ベネッタは接近する。

 今ベネッタにかけられているのは二重の強化。未熟だった頃の自分の速度をわざと敵に見せて……緩急によって幾度と魔法儀式(リチュア)で戦ったルクスの速度を疑似的に再現する。

 重ねた強化で先程とは当然速度も変わっており……ベネッタを未だに侮っているアブデラはその速度を見誤り接近を許した。

 ベネッタはアブデラに右手を向けて……右腕に巻かれたベネッタの十字架がちゃり、と小さく音を立てながら揺れた。


「『鉄槌の十字架(スクワッシュクロス)』」

「っ……!」


 アブデラの頭上に落とされる巨大な銀色の十字架。

 先程牽制として放った時とは"現実への影響力"も桁違い。ミスティに教わったように組み上げたイメージがそうさせる。

 右手を一瞬意識させられたアブデラは先程は対応できた攻撃魔法の対応に一瞬遅れる。

 寸での所で半身ををそらし、直撃だけは避けた。銀色の十字架は広間の床を砕き、不安定を作り上げてアブデラの体勢を崩す。

 しかし、体勢を崩した先にはベネッタの拳がある――!


「この――!」

「『聖撃(ホーリー)』!!」


 アブデラの腹部に容赦無く打ち込まれるベネッタの拳。ただの拳なら体重や筋力差もあり当然効くはずもない。

 だが二重の強化と攻撃魔法がベネッタの拳に重さと威力を持たせる。


「が……ぐ、おおおおぉ!?」


 初めて見せるアブデラの苦悶の表情。さらには叫びながら血を吐いた。

 鳩尾にめり込むベネッタの拳と、そのめり込んだ拳からゼロ距離で放たれる攻撃魔法。

 だが、それにしてもダメージが大きすぎる。アブデラでさえ苦悶の中に動揺が混じっているようだった。

 それもそのはず……アブデラは長年アポピスに憑かれている事でその体そのものが鬼胎属性の特性を有している。ゆえに信仰属性の"現実への影響力"を普通の人間よりも大きく受ける体と変わっていた。

 アポピスに憑かれ、王位に就き、長年戦いの場から離れていた為に知る事の無かった現実がアブデラの息苦しさを加速させる。


『効いたぁ!!』


 そしてその映像はダブラマ中に映し出されている。

 映像を見ていたエルミラ達はアブデラに一撃入れたベネッタの勇姿に拳を強く握りしめていた。

 エルミラ達だけではない。映像を通じてアブデラとベネッタの戦いを見ていた人々は黒い魔力に脅かされながらも、微かに希望を持ち始める。

 黒く染まる太陽の下、恐怖に追われるこの時間が終わるかもしれない。

 小さい体で奮闘するベネッタの姿が、人々の心を和らげ……恐怖によって底上げされ続ける鬼胎属性の魔力を僅かにとどめていく。

 今影で見えなくなっている太陽、数分後にはまたいつものように顔を覗かせる。そんな未来を思い描き始めていた。


(時間が無い……! 畳み掛けないと!!)


 魔力には余裕がある。

 鬼胎属性の魔力が充満しているこの空間でもなおベネッタの精神状態は平静を保てていた。

 魔法戦によりって生み出したアブデラの隙をベネッタは逃さない。

 勝利の糸を手繰り寄せるべく畳み掛ける。

 

「ああ……申し訳ございません……」


 ベネッタが跳躍し、アブデラの顔面に蹴りを入れようとした寸前――アブデラの口から声が漏れた。

 誰に向けての声か。そんなものは決まっている。

 頬に突き刺さるベネッタの鋭い蹴り。ぐらっと揺れるアブデラの体。

 先程のベネッタの魔法で足元が不安定になっているのもあいまって、アブデラの足元がふらついた。

 その様子に、ダブラマ中が湧き立つ。

 頑張れ。

 やっちまえ。

 倒してくれ。

 助けてくれ。

 魔石越しに聞こえてくる思い思いの声援に希望を託して、ベネッタの背中を押す。


「『聖翼の(グロリア・――』!」

「【異界伝承】」


 だが……知っているか?

 希望とはそのほとんどが無知から湧く幻想に過ぎない。

 大いなる力一つで残酷に、凄惨に、無慈悲に、無惨に、砕け散っていくものなのだと。



太陽を飲み干す者(アポピス)




 小さな声で在りながら、その声は万人が聞き取った。

 意味が理解できない言葉の羅列は確かに人間の耳に届けられる。


『え――?』


 一瞬、映像が乱れる。

 いや、映像は闇に閉ざされた。

 しかし次の瞬間には元通り……地下遺跡の広間の映像へと変わる。


『ベネッ……タ……』


 映し出されたのは一瞬前にあった光景とは別のもの。

 ベネッタの体が広間の壁に叩きつけられ、鮮血がアートのように壁に飛び散った光景だった。

 そして……アブデラの姿はもう、普通の人間には直視できない。


「我の不甲斐無さに謝辞を。アルムへの呪詛は弱まってしまうが……ただ面倒な石ころ相手に時間を使っているわけにもいかぬのでな」


 纏うは闇。

 光無き概念。

 体中に浮き出るは白と対極に位置する黒の鱗。

 黒い髪も瞳も、元よりこうなる為の色だったのかと思うほど闇と溶け合う。

 瞳の中には可視化された邪悪。

 悪神は契約者を介して、その力の一端をこの世界に現出(げんしゅつ)させる。

 ここに、希望は淘汰(とうた)された。


「崇めよ人間。崇めよ全ての生命よ。ここにあるは生命の理を(もてあそ)ぶ者。空想の中より現れし者その体現。原初の海より生まれた真の神の御力なり。

命を軽んじよ。渇きを癒す生き血を啜れ。生を尊ぶ必要など無く、死に悲哀すら感じる必要も無い。常識は今この存在を以て塗り替えられる。この星の(ことわり)はアポピス様の力によって生まれ変わる。

もはや今を生きる生命は古き時代の残滓。生命達よ……伏して迎え、そのまま息絶える事をせめて誉れにするがいい」


 言葉一つ一つが映像越しに、霊脈を伝わって人々に届く。

 本能が生命の危機を感じ取り、各地で人々は意識を失っていく。

 今まで追い回していた黒い魔力など子供の遊び。

 死ぬのなら安らかなままがいいと、生命は精神の負担を回避するために生存を諦めていく。


 神の真体はいまだここには無い。

 現れたのは魔力残滓によって生み出されたただの力の余波。

 アポピス本体はこの世界に現れる事はまだできない。

 それでも……アブデラを依り代として現れた力の一端だけで、ダブラマは再び絶望に染まる。

 ずるずると赤い血で染めながら壁から落ちるベネッタの姿は、まるで落日のようだった。

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