幕間 -天敵の排斥-
「あ……か……! ぐ、ぁ……!」
馬を走らせ、王都に向かっていたであろうアルムが馬から落ちた。
アルムを乗せている馬にもう一人いるが……そちらはどうでもいい。
我らの狙いはこの男のみ。
アルムにはこの国の民とは比べ物にならない魔力を回している。
体中を纏わりつく我が魔力に埋もれながら、これ以上動くことはできまい。
「何か……流し、込まれで……!」
このアポピスの呪詛を流し込まれてもなお立ち上がろうとするその精神は流石というべきか。
だが、それで限界だろう。
いくら魔法生命の天敵と言えども、生身で我が呪詛を受け止められるほど人間は頑丈な生命体ではない。
「この声……! 魔法……生命か……!」
ほう……驚いた。
魔力残滓となった我を認識できるとはな。
では名乗ろう天敵よ。我が名はアポピス。我が契約者アブデラの理想を叶える者。そして……この星の神の座につく偉大な存在。
かつて、異界の神の一柱として創始者と戦った魔法生命である。
「あ、だまに……! ガンガン……この……!」
この呪詛を流し込まれてまだ死なぬか。
なるほど、"存在証明"というやつか。魔法生命の天敵を……この程度では殺せないという星の回答か。
では容赦無く呪詛を強めよう。
貴様だけはここで殺さなければならぬ。
貴様だけは生かしておけぬ。
貴様だけはこの星から排斥せねばならぬ。
我が記録を受け取るがいい……神殺しよ。
古代王国にて我が敗北した死の記録を流して……。
「あ……ぐぉあああああ!!」
ちっ……これ以上の呪詛が届かぬ。
忘却の悪魔が何か遺しているのか? いやこれは……忌々しい。あの毒虫か。
我とあの女は相性が悪い。まったく執着心の強い女よ。
どうやら今の我では呪殺まではできぬらしい。
……なるほど、厄介な男だ。
英傑らしい中々の女たらしではないか。
その内に二人も女を飼っているとはな。
「う、ぐ……! ぐそ……! 体が……!」
本人は気付いておらぬか。
……まあ、よい。
とどめこそ刺せないがこの様子ならここから動くことはできまい。
この男さえいなければもう勝負は決まったようなもの。
我が復活した暁にはこやつも我の生贄となる。そして我以外の魔力残滓などこの星から消し去ってくれよう。
神は二柱もいらぬ。
この星に座するのはこの我――アポピスだ。
「ずいぶん……余裕だな……! 神様とやら、は……!」
今、貴様の体には激痛が走っているだろうに。
まだ喋る余裕があるか。
大人しく苦しんでいろ、すぐに楽になる。
「お前が……負けてか……?」
減らず口を。
言ったはずだ。貴様が間に合わない時点で勝負は決まっている。
我とアブデラの理想は覆せるのは貴様くらいなものだ。
カエシウスですら、我々の天敵にはなり得ない。
「天敵……天敵か……! ずいぶん俺に、こだわる……! ごぶっ……」
吐血しながらも、まだ希望を捨てぬかアルム。
決まっている。貴様だけが我々の天敵となり得るのだから。
だが、それも今日で終わる。
貴様の命運はここで尽きた。
もう分岐点に立てる者はいない。
この国は転生する。アブデラは我との契約を果たし、この世界に我を復活させる未来は変わらない。
「はは……! ずいぶん、楽観的、だな……! 俺だけで……満足、してるなんてな……!」
笑うか。
何故笑う?
「忠告、だ……糞野郎……! 俺の仲間は誰一人……舐めないほうがいい」
負け惜しみかそれもいい。
予期せず生まれた九人目。遠き過去で戦った我が敵の同類よ。
貴様以外に誰がいる?
我が契約者アブデラの理想を止められる者が、貴様以外にいるというのか?
否。そんな者はいない。
奇跡はもう二度と起きない。
「奇跡……そんなもの、祈ったことねえよ……! そんなものに祈ってたら……俺はとっくに死んでる……! 【原初の巨神】にでも踏み潰されてな」
本当に……貴様以外に、成し得る者がいると思っているのか?
「はっ……! いっぱいいるさ……精々逃げ切れ、神様とやら……その口が利けなくなるまでな」
思えば、こんな事で今更貴様が折れるわけもなかったな。
よかろうアルム。時が来るまでしばしの時間がある。
我は待とう。呪詛に焼かれる貴様が死に至るのを。
我が待ち続けた時間に比べれば、瞬きに等しい刹那に過ぎぬ。
楽しみにしているぞ――本当の死を前にした時、貴様の意思が本当に折れないのかをな。
さらばだアルム。遥か過去には現れなかった九人目。アブデラが最も恐れた我らの天敵よ。
どちらに転ぶにせよ……貴様と我が二度と会うことは無いのだから。
いつも読んでくださってありがとうございます。
一区切り恒例の閑話です。一方のアルムの状況でした。
本編更新は火曜日からとなります。月曜日はお時間があるようでしたら読み返したりしながら本編の更新を待って頂けると嬉しいです。頑張って書きますので!




