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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第八部:翡翠色のエフティヒア -救国の聖女-

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601.砂塵解放戦線ダブラマ10

 王城セルダール・通信室。

 ダブラマが保有している通信用魔石と記録用魔石を統括する通信室では室内とは思えない突風が吹き荒れる。

 室内の壁に叩きつけられる部屋を守る魔法使い達。ばさばさと血潮の代わりに舞う書類。

 この部屋はすでに一人の魔法使いの血統魔法によって完全に掌握された。


「悪いな。俺は対人なら結構な腕前なんでね」


 戦闘要員ではないこの部屋の職員達はごくりと生唾を飲み込む。

 そりゃそうだろう、と心の中で呟きながら……扉の前に立つ魔法使いから目を離せなかった。

 なにせ通信室を掌握したのはダブラマにもその名を轟かせるマナリルの魔法使いヴァン・アルベール。

 本当なら王家直属(オーバーファイブ)の面々が対応すべき実力の相手だ。

 軍縮と貴族の処刑を繰り返した今のダブラマでは対抗できる相手はより限られる。


「通信室に配置されている戦力がこの程度……よほど反乱に気を遣っていたらしいな。まともな戦力はずっと任務や領地に閉じ込めてたってわけだ」


 ヴァンは二十年前にマナリル・ダブラマ間で起きた戦争の経験者でもある。

 当時よりも手応えの無い魔法使いの実力から見えるアブデラの思惑につい舌打ちした。


「ったく……学院長が聞いたら怒り狂うぞ」


 ヴァンはボリボリ、と乱れた髪をかきながら中央の台座に配置されている魔石に近付く。

 台座にはサイズの違う二つの巨大な魔石が配置されていた。

 二つの魔石を眺めるヴァンを見て、職員の一人が声を震わせながら問う。


「な、なにをする気だ……」

「安心しろ。俺達はこの国を助けるために来た。悪いことにはしない」

「なにが……助けるだ……! 私達を……」

「ああ、わかってる。だから一人も殺してないだろうが」


 ヴァンに言われて、その職員は倒れたり壁にめり込んでいる魔法使いのほうを見る。

 見れば、全滅させられたと思っていた魔法使い達の胸は確かに小さく動いていた。

 実力差があるからこその不殺。ヴァンは"現実への影響力"が低くなりがちな風属性の魔法使いだが……戦争の経験もあってその気になれば血統魔法で人間の喉笛を切り裂き、一瞬で終わらせることが出来るほどの練度に至っている。

 そうしないのはアブデラ王に騙されているとも知らず、真面目に仕事をしている人々もいると考えたからに他ならない。


「直にあんたらの知ってる奴等が……きたな」

「ヴァン様!!」

「おお……うちの魔法使いが壁にめり込んでやがる……」


 ヴァンが言いかけて、扉を勢いよく開く音と共にマリツィアとルトゥーラが入ってくる。

 マリツィアは黒のドレスの胸元が破けているものの、無傷。ルトゥーラも疲弊しているようだが大きな外傷は無い。

 一目見て大きな戦闘があったと推測できる様子だが、ここに来たという事は勝利したのだろうと容易に想像できる。


「遅かったな。安心しろ。誰も殺しちゃいない」

「後二十分ほどしかありません! 通信用魔石は!!」

「わからん。お前らがいじったほうが――」


 ヴァンはマリツィアに道を空けようとしたその瞬間、台座の上に置かれた二つの魔石が輝き出し……そして通信室に映像が浮かび上がった。



『ごきげんよう。我がダブラマの諸君』

「アブデラ王――!!」



 映し出されたのは暗い背景を背にして喋るアブデラ王だった。

 浮かび上がるアブデラに嫌悪を露わにするマリツィアとルトゥーラ。真実を知っている上に、先程二人がされた仕打ちを考えれば当然だろう。

 通信室にいる職員達は何も知らずに、おお、などと感嘆の声を上げている。


『今日は我の即位記念日……我が国の作法に則るなら、粛々と過ごさねばならぬのだが、少々騒がしい事態になっているのは皆の衆も気付いているだろう。各地では争いが起き続けている』

「この映像はどこから……!? それに記録用魔石が勝手に起動している……!?」

「おいそこで震えてる奴等! 手伝え!! 各地と連絡をとってこの映像の出処やらどこに出てるかを確認しろ!!」


 突然、(くう)に映し出されたアブデラ王の映像と乗り込んできたルトゥーラの指示に困惑し……職員達は顔を見合わせる。


「早くしろ!! 今この場でマリツィアのコレクションになりてえのか!!」

「す、すぐに!!」


 ルトゥーラの脅し文句にマリツィアは不満そうな視線を一瞬送る。

 しかし、今はそんな場合ではない。

 マリツィアは自分の通信用魔石を取り出した。


「エルミラ様! エルミラ様! マリツィアです! 応答を願います!!」
















「聞こえてるわよ……どうやら、うまくいったみたいね」


 ダブラマ北部ダルドア領。

 妨害用魔石が保管された倉庫のような施設にて、怪我人の介抱をしているダルドア領の衛兵たちに混じって、エルミラもまた包帯でぐるぐる巻きにされて休んでいた。

 ピアスにしている通信用魔石の連絡をキャッチし、マリツィアに声を返す。


『ご無事でしたか……流石ですね。ジュヌーン様は?』

「安心しなさい。妨害用魔石もジュヌーンもぶっ飛ばしたわ……けど……」


 そしてマリツィアのいる通信室と同じように……目の前に映し出され始めたアブデラ王の映像に目をやる。

 倉庫の壁に浮かび上がった映像に、同じく倉庫の中にいるダルドア領の衛兵達も困惑して作業が止まっているようだった。

 突然自分の国の王が映し出されたとあれば、立場など関係なく嫌でも視線が釘付けになってしまう。

 ましてや今日は即位記念という名目なのだ。平民からすれば王のありがたい言葉でも聞けるのではないかと思ってしまってもおかしくない。


『このアブデラが此度を迎えられたのは他でもない。ダブラマという国が平和で在り続けたからである。貴族は強く在り、平民は弱くも勤勉に。その使命を愚直に守る国民性こそが……我が今ここにいられる最大の理由と言えるだろう。この国は我の理想に向かって在り続けてくれた。我を名君たらしめるのは君達というダブラマの民がいるからこそである』


 しかも、聞こえてくるのは耳に心地のいい国民を讃える演説。

 倉庫の中にいる怪我人や衛兵達は映像の釘付けになり、耳を傾けている。

 自分の住む国王から聞こえてくるその声の真意に気付ける者はいない。


「エルミラさん……」

「ええ、あんたの予測が当たったわねサンベリーナ」

「ふーん……これがアブデラ王だし? 何か後ろ真っ暗だし」

「予測は当たりましたが……自分を見せて何をしようと……?」


 サンベリーナとフラフィネが疑問に思う中、一人エルミラだけがアブデラの意図に気付く。


「……まずいわ」

「なにがだし?」

「なにがですの?」

「ねえサンベリーナ。どうにかして……この映像を見せられないようにできないかしら?」

「そ、それは無理ですわ、魔石自体を壊さないといけませんが……魔石は頑丈ですし、そもそも……砕けた魔石から勝手に流れている映像ですからどれを破壊しても……」

「うちに至ってはそんな魔法使えないし」


 わかってはいた事だが、改めて二人に言われてエルミラは顔を歪める。

 ただならぬエルミラの様子にサンベリーナとフラフィネは互いに顔を見合った。


「今……ここに三百人くらいいるわよね…………?」

「え? ええ……もっと増えると思いますわ。衛兵の方々が怪我人を集めていますし……倉庫ですから、そのくらいは入るでしょう」

「やばい……!」

『さあ聞こえるだろう? 活気あふれる民の声が! どうぞ見てみよう! この国の美しさを!』


 聞こえてくるアブデラ王の演説がエルミラの焦りを煽る。

 見てはいけないのだ。恐らくこの映像はアブデラ王にとって都合のいい楔となる。









「マリツィア殿! 映像を止めさせるんだ!!」

『ルクス様! ご無事で!』

「早く止めてくれ!」


 王都セルダール中央区大広場。

 避難してきた王都の民が集まるこの広場でもアブデラ王の映像が流れていた。

 中央区の大広場だけではない。

 王都のあちこちにはアブデラ王が映る映像と演説が流れている。

 気絶しているヴァルフトを背負って走るルクスもまた、エルミラと同じようにこの状況が危険だという事に気付いている。


「このままだとまずいことになる!」

『そ、それが……記録用魔石の制御を完全に奪われていて止めることが……。各地に配置されている記録用魔石を破壊するしか……!』

「っそ……!」


 グリフォンとの戦いに全霊を注いだ今、ルクスですら魔石を破壊できるかどうか怪しい。

 ましてや大広場に集まった住民達に怪我をさせる事なく魔石を探しながらさらに破壊するなどどれほどの時間がかかるか。

 そんな事をしている内にタイムリミットが訪れる。


『ここは砂塵要塞ダブラマ! この国は守られている! 民に! 貴族に! 砂漠に! そして魔法使いに! 我は最高の国に生まれた! 安心したまえ民達よ! ここは誇り高き貴族がいる!』

「つまり……王様もこの騒ぎに気付いて動いてくれてるって言いたいのか……?」

「流石はアブデラ王だ。俺達を安心させるために動いてるってことだろうよ」


 演説に感心し、民からの賞賛の声。

 元からアブデラ王の好感度が高いのもあいまって、騒ぎの最中だと言うのに不満の声はかなり少ない。

 むしろ、即位記念の今日起きたこの騒ぎを解決してくれると信じているようだった。

 だが――その願望は次の瞬間、地に堕ちる。



『だから、安心して死んでくれたまえ』



 時が止まったかのようだった。

 誰もが耳を疑った。言い間違いかと首を傾げた。敵に向けた言葉だと誰かが言った。

 けれど、一部の者だけは……アブデラ王の真意に気付いている者だけは気付いた。

 もう、明君の皮を被る必要が無くなったのだと。


「きゃああああああああ!!」

「な、なんだこれ!? ひっ……!?」

「あ、あ、ああ!? 何だこの黒いの!? 何だよこれえ!?」


 大広場に敷かれた見事な石畳。

 その下から這い出るように、黒い魔力が集まった住民達に纏わりつく。

 演説を静聴する場に、一気に悲鳴がこだまする。

 ある者は纏わりつく黒い魔力を振り払おうと走り、ある者は大切な人を庇い、ある者は恐怖でうずくまる。

 黒い魔力は煙のように人々に纏わりつき、何故か触れるだけで忌避感に襲われ始める。

 演説による静けさを自ら壊して引き起こす新たな混乱。

 王に対する懐疑心が恐怖へと変わっていく。

 絶えず映し出される映像には、混乱と悲鳴を感じて満足そうに笑うアブデラ王の姿があった。


『さあようこそダブラマへ! ここは誰も真実を知らぬ呪われた地! 百年の時をかけて狂わされた我だけの国!』


 演説が続く。

 混乱と恐怖に陥った民達に向けて、真実を開帳する。

 現した本性を信じようが信じまいが、この場の恐怖は全てアブデラ王のもの。

 黒い魔力はカタチを変えて、人型に変わる。

 "亡霊"へと姿を変えて、人の恐怖をさらに助長する。


「い、いや……! なによ! なによこれ!」

「ひい! よるな! なんだよこれぇ!!」

「ま、まずい……! やっぱり僕の時と同じだ……!」


 トヨヒメによって行われた霊脈を伝って鬼胎属性の魔力を流し込まれる呪法。

 かつてルクスが呪い殺されそうになったあの呪いを今、アブデラ王はこの国に住む平民に向けてやっているのだろう。

 ルクスがやられたようにすぐに呪い殺すのではなく、時が来るまでダブラマ中の民を恐怖で煽るだけ煽るのだろう。

 この混乱は自身に憑依する魔法生命の力を高めるための前フリだ。

 十数分後に起こる、本当の災厄の前兆に過ぎない。












『さあ、我が敵達よ。ようこそダブラマへ。ここは何も知らない民の暮らす誰かにとっての楽園! 続く平穏は弱きが暮らす偽りの理想! 吹く砂塵は甘い幻想を魅せる蠱惑の霧! さあ始めよう! 土台に過ぎなかったこの国を真の国にするために!! アッハッハハハハアア!!』


 王城セルダール通信室。

 映像から聞こえてくる哄笑は勝ちを確信していた。

 聞こえてくる住民の悲鳴を耳にして、マリツィアはアブデラ王の映像を睨みながら歯噛みする。


「映像は霊脈のある土地全てに映し出されているようです!」

「魔石の魔力カットできません! 何らかの干渉を受けている模様!」

「各地から報告が届いています! 王都だけではなく北部のダルドア領、東部のリオネッタ領、南部や西部も……各地から民に纏わりつく黒い魔力が出現しているとの報告が!!」


 ルトゥーラの指示で動き始めた職員から次々と報告が上がってくる。

 映像が霊脈のある土地に映し出されているという事は現れた黒い魔力も霊脈のある土地に出現しているということだろう。


『マリツィア! これは霊脈を通じた呪法よ! トヨヒメの時と同じだわ! アブデラ本体を倒すしかない!』

『それしかない! 僕の時もそれで止まった! 本体を倒せれば鬼胎属性の制御も出来なくなる!! 不幸中の幸いと言っていいかわからないが、僕の時のようにすぐ殺しにかかってきているわけじゃない! 時間までに倒せればまだ助けられる!!』

「はい……! わかっています!!」


 通信用魔石から聞こえてくるエルミラとルクスの声にマリツィアはやるべき事を改めて実感する。

 そう、作戦の内容は変わらない。

 どれだけ現状が悪くともアブデラを倒せば全てが終わる事に変わりはない。


『マリツィアさん! ミスティです!!』

「ミスティ様……!」


 ラティファの相手をしていたミスティからの通信にマリツィアの表情が明るくなる。

 わかりきったことだが、こうして通信が繋がっているということは妨害用魔石も破壊できているという事。

 恐らくは最も厳しかったであろう時間稼ぎを完遂し、さらには命まであるというのは流石ミスティと言った所だろうか。


「ご無事で何よりです! ラティファ様は……」

『重傷ですがご無事です! それよりもラティファ様からの情報です! アブデラ王の場所がわかりました!!』

「本当ですか!? すぐに(わたくし)達全員で急行します! ミスティ様! どこでしょうか!?」


 マリツィアは明るい表情でルトゥーラとヴァンのほうに視線をやった。

 戦力は十分。信仰属性のルトゥーラに対人に特化したヴァンもいる。

 ヴァンの血統魔法を使えば王都中のどこにでも急行できるだろう。

 後は場所さえわかればという時に訪れたチャンス。

 どうやってラティファの呪法が解かれたのかはマリツィアにはわからないが、そんな事よりもダブラマを救える一番の情報を聞くのが先決だ。


『アブデラ王がいるのは……地下遺跡です!! 以前アルム達が落とされた場所にいるとラティファ様が仰っています!!』

「……………………え?」


 明るかったマリツィアの表情が青褪めていく。

 それはまるで天から地へ転げ落ちるような。

 伝えられたのは希望ではなく絶望。

 マリツィアはゆっくりと床を見る。

 アブデラがいるのは王都ではなくその地下。


 アポピスの瞳が開くまで後十数分。

 間に合うはずが無い。アルム達が落とされた時とはわけが違う。

 ラティファの手によって開かれていた地下への穴など、もう王都のどこにもないのだから。

いつも読んでくださってありがとうございます。

次の更新で一区切りとなります。

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