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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第八部:翡翠色のエフティヒア -救国の聖女-

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596.有り得ぬ再会5

(くら)い! (くら)い! (くら)い! (くら)い!』


 泣きそうな叫び。

 シャーリーの血統魔法は二人を逃がさぬ檻と化す。

 マリツィアとルトゥーラを取り囲むように埋め尽くされ、徐々にその範囲は縮まっていく。

 縮まっていく闇に触れた瓦礫は切断され、ただの小石へ、そして砂のように。

 ゆっくりと縮まっていく闇の様子に反して響く、突風のような音は空気すら切り刻む音。

 世界改変にも似た空間の掌握。玉座の間を照らしている魔石の光すらも閉ざしていく。


『二人も、一緒に、死んで! 私と同じ、苦しみを、味わって!! 私の所に!!』


 シャーリーの姿が見えなくなり、声だけが届く。

 だが聞こえてきたその声が逆に、二人にとっての安堵となる。


「はっ! また声が途切れ途切れになりやがった! わかりやすいなぁ! おい!!」

「声は闇ではかき消せませんからね……(わたくし)達の精神をこれ以上無いほどに揺さぶりたいのでしょうが……。どうやら記録の再生は不得手のご様子。途切れる声では(わたくし)達にこれ以上の動揺は生まれません」


 先程、シャーリーの本当の叫びを聞いたからか……今聞こえてくる声が繋ぎ合わさられた声だと最初以上に理解できてしまう。

 シャーリーがそんな事を言うはずがないともう心が気付いている。

 寂しいというのは本音だっただろう。

 死にたくないというのは本音だっただろう。

 けれど、それを誰かに味わってほしいだなんて思っていない。

 シャーリーは自分ではない誰かの為に命を懸けられる魔法使いだった。

 悲しみも苦しみも、誰かと共有したいなどと思うはずがない。


「冷静に聞けば、随分お粗末な"精神汚染"ですね」


 その玲瓏(れいろう)な声で、マリツィアはアブデラ王を愚弄する。

 お前の用意した障害は、ただ自分達の再会を手伝ったに過ぎないと。


「ルトゥーラさん!」

「ああ! 耐えてやる!!」


 迫りくる闇がルトゥーラの血統魔法に到達する。

 がりがりがりがり! と削られだす防壁。

 包み込むように迫る闇は少しずつルトゥーラの血統魔法の"現実への影響力"を凌駕し始める。


「ぐ……! っおおおお……!」


 血統魔法を通じて使い手に伝わる反動。

 防壁を維持するための精神力と魔力に直接攻撃されているような感覚にルトゥーラは踏ん張り続ける。

 ちょっと待ってろ、とマリツィアの切り札を使う時間の為に。


「【禁忌の精読(フィネスカーラ)】」


 闇に包まれかける中、マリツィアは自身の歴史を唱えた。

 静かに響くその声は闇の中によく馴染む、

 死体を支配下におく血統魔法。常時放出型の枠を超え、現実に語り掛けることので"現実への影響力"を底上げする。

 桃色の瞳に宿り、褐色の手を包む黒い魔力光。

 死者の記録を読み取る魔の瞳と死体を操作する両手。

 眠る切り札を起こすべく、マリツィアは背中から下ろした棺を開けて――


「さあ、終わらせましょう」


 自身の首を短剣で斬りつけた。

 確実な勝利のために。














 シャーリー・ヤムシードは玉座の間に来た敵を倒すために配置された。

 アブデラ王に宿る魔法生命の魔力残滓アポピスの力によって動く死体。

 魂から読み取られた記録によって本人の戦闘能力が再生される防衛機構。

 決して蘇ったわけではない……都合のいい戦闘人形としての一時の復活だった。


 包まれた闇の外で、シャーリーはマリツィアが残した骸骨が音を立てて崩れ落ちるのを確認する。

 自分の操る闇からルトゥーラの防壁の手応えも消え、マリツィアが棺から出した二体の骸骨はどちらも破壊された。

 二人を包んだ闇の中は空間ごと引き裂かれ、二人は死んだのだろう。


『これで、一緒、だね。一緒に、いけるね』


 シャーリーは最後まで、敵の精神を揺さぶる言葉を口にしていた。

 無論これはシャーリー本人の意思ではなく……記録から選ばれているだけのただの声。

 相手がマリツィアとルトゥーラというシャーリーと縁のある相手だったからこそ、予想以上に機能していただけの話だ。

 極端な話、声に乗った鬼胎属性の魔力が敵に届けばそれだけで戦意を削げる。

 シャーリー・ヤムシードはアブデラ王がそういう設定をしてここに配置しただけに過ぎない。


『これで、一人、じゃない』


 シャーリーの声が寂しく響く。

 マリツィアの命の身代わりとなっていた骸骨は完全に崩れ、ルトゥーラの張っていた防壁の手応えも消えたことでシャーリーは役目を終える。

 シャーリーの役目は玉座の間に来た敵を殺すことただそれだけだった。


『え……?』


 血統魔法を解除しようとしていたシャーリーの体が揺れ、ずん、という衝撃があった。

 シャーリーはゆっくりと、衝撃が伝わってきた自分の胸元に視線を下ろす。


『あ、れ……?』


 そこには自分の胸から突き出る短剣の刃。

 パキン、とシャーリーの中で何かが破壊される音する。

 体の力が抜けていく。

 血統魔法は維持できず、背中から生えていた闇の翼は消えて……シャーリーはゆっくりと地面へと降り立った。


『なん……で……?』


 降り立って前を見ると、そこには惨劇が無かった。

 血統魔法で包み、そのまま切断して殺したはずの二人の姿は無く……ただ斬りつけらてただの瓦礫と化した床があるだけ。

 シャーリーはゆっくりと、後ろを振り返る。


『あ……』


 そこには自分の背中に短剣を突き立てるマリツィアとその体を支えるルトゥーラ。

 そして――


 

『パ……パ……?』



 マリツィアが背負う最後の棺の中に眠っていたシャーリー・ヤムシードの父親……ハリル・ヤムシードの姿があった。

 そう、二人をシャーリーの血統魔法から逃れさせたのはハリル・ヤムシードの"転移魔法"。

 マリツィアの血統魔法は操る死体に魔法を使わせることすら可能にする。

 マリツィアはアルム達を逃がすためにグリフォンに立ち向かい、戦死したハリルの死体を回収していた。

 アブデラ王との戦闘の際……その背後をとるための切り札として。


「あなたが相手では……温存というわけにはいきませんから」


 自分の首を斬ったのはわざと身代わりを使い切り、シャーリーに自分の生存を悟らせないため。

 この奇襲を成功させるために、マリツィアは自分の手札を使い切った。

 ……いや、ハリルの転移魔法という切り札を使ったのは単に奇襲を成功させるためだけではない。


『パパ……パパだぁ……』


 シャーリーの体が力無く崩れ落ちた。

 マリツィアはハリルの死体を操り、その体を支える。


「これで……寂しくありませんか……? シャーリー?」

『マリ、ツィア……ルトゥー……ラ……』

「悪いなシャーリー……俺達はまだやる事があるんでな」

「ごめんなさい。あなたと一緒には……まだ行けないんです」


 寂しいと叫ぶ死者に、生者は寄り添うことはできない。

 死者と共にいれるのは同じ死者のみ。

 これがマリツィアが送ることの出来る親友への手向け。

 国の為に戦ったシャーリー。娘の守りたいもののために戦ったハリル。

 共に戦死した二人……父と娘の有り得ぬ再会をもって、勝負は決した。


『そっか……まだ……かぁ……』


 ハリルの胸にシャーリーは顔を寄せる。

 共にもう生者としての鼓動は無い。

 それでも……支配が解け、止まりかけたシャーリーの最後の時間は父親の胸の中におさまった。


「……行くぞマリツィア」

「……はい」


 シャーリーとハリルの死体を置いて、マリツィアとルトゥーラは玉座の間を出るべく扉のほうへと走る。

 感傷に浸っている場合ではない。外ではまだ戦いが起きている。

 諸悪の根源……アブデラ王を見つけ、倒すまでは止まれない。



『ありがとう……二人共』



 走り去る二人の背中に聞こえてくる。

 それは生者と死者の境界を越えて確かに届く一声。

 マリツィアは涙をこらえ、ルトゥーラは唇を噛みながら……振り返ることなく走っていく。



『ふふ……もう、寂しくないや』



 光のような笑顔を見せて、シャーリーはゆっくりと目を閉じる。父の子守歌を聞いて眠る幼子のように。

 玉座の間で仲睦まじく身を寄せる二人の死者。

 その有り得ぬ再会を邪魔する者はどこにもなく、死者の旅路をゆっくりと歩いていく。


 アポピスの瞳が開くまで三十分。

 玉座の間の戦い。勝者マリツィア・リオネッタ。ルトゥーラ・ペンドノート。

いつも読んでくださってありがとうございます。

シャーリー戦決着となります。マリツィアがいる以上死者についての話は外せませんね。


後数話で最終章という所まで来ました。読者の皆様にはこれからも応援して頂けると嬉しいです。

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