63.侵攻二日目12
ベネッタとダブラマの刺客トゴが地下で出くわしたのと時を同じくして、エルミラと話していたリニスが動きを見せる。
「もう一人は魔法の核のほうに行っているのか」
「何? やる気?」
リニスはもう一人がシャーフの怪奇通路に潜った事を察して懐から杖を抜く。
以前、エルミラとの魔法儀式で使った時と同じものだ。
エルミラもリニスが杖を構えると西の方角からリニスへと体を向ける。
「元よりやる気だよ。私は邪魔する君達を倒す為にここにいる」
「邪魔するならあんたもあそこ入ればいいじゃん」
そう言ってエルミラは顎でシャーフの怪奇通路の入り口を指す。
当然、入ってもベネッタを見つけ出せない事をわかっての言葉だ。
入って無事に出れるのならとっくにリニスは入り口へと向かっている。
「魔法の核を見つけ出せるような魔法は持っていなくてね、私が入っても無意味だ」
「ふーん」
「ある程度、ベラルタ魔法学院に来た生徒の魔法の傾向は調べたはずだが……確かに数人調べられなかった生徒がいる。入っていった君の知人はシャーフの怪奇通路でも問題なく動けるような魔法を有していたのだろうね」
「じゃなきゃ行かせないわよ」
「それで……何故君はここにいるのだろうね?」
エルミラの眉がぴくっと動く。
リニスがその反応に気付いた様子は無い。
だが、エルミラにとって気付かれては嫌な事にリニスがすでに気付いているのは明白だった。
「一緒に行けば魔法の核を守る者を排除しやすいだろうに……君はここにいる」
「……」
「察するに、入っていった子の魔法は迷宮を踏破できるのではなく、魔法使いや魔力を辿るんじゃないのかな? だから出口に近い場所に目印が無いと脱出できない」
「それで?」
「君をここで倒せば……中の子は出てこれないんじゃないのかい?」
「だからそれで? 何だっての?」
エルミラの語気が強くなる。
リニスがベネッタの魔法の効果に気付いたのを誤魔化す気はない。
これは自信だ。
図星を突かれた。それがどうした、という挑発。
リニスと遭遇した時点でこれから始まるそれは避けられない事だともエルミラは理解していた。
「何、難しい事はない。私はダブラマの内通者……ならば少しくらいは仕事しなければと思っただけの話だ」
その意味は敵対。
ここでエルミラを倒せば少なくともベラルタ魔法学院の生徒が二人死ぬ。
ベラルタの生徒の情報を流したとはいえ、それだけでは信頼されないのが裏切り者。
貴族の首二つは寝返った先に自分を信頼させるには十分な材料だ。
リニスは自身の利の為杖を向ける。
「帰ってしっぽ振ってなよ裏切り者……ここで燃やされたくなければさ……!」
エルミラはリニスへの怒りを露にする。
眉間に皺をよせ、その怒りを隠そうともしない。
沸き立つ怒りは殺意へと。
エルミラの内で炎のように荒れ狂う。
何せ目の前には、一方通行かもしれないシャーフの怪奇通路に潜ってくれた友人、ベネッタの決意を足蹴にしようとする者がいる。
「『炎熱魂』!」
それだけでエルミラが殺意を持つには十分だった。
エルミラが火属性の能力を向上させる補助魔法を唱える。
「『夢雲』」
対してリニスも魔法を唱える。
リニスの周りに漂う三つの雲。
二人が唱えた魔法は魔法儀式の際に使った魔法だった。
二人だけの屋根の上でその火蓋は突如切られる。
「『火矢』!」
魔法を唱えると五本の火の矢が現れる。
エルミラが手を向けるとともにその矢はリニスに向かって飛んでいく。
リニスは屋根を跳んでエルミラの放つ魔法をかわす。
相変わらずリニスの周囲に漂う雲が何かをするような様子は無い。
「相変わらず謎な雲ね!」
「ミステリアスだろう?」
「不気味っていうのよ!」
前回戦った時は雲で防ぐような動きを見せていたが、結局雲には一度も当たらなかった。
今回は防ぐ気すらないようで、ただ体捌きだけでかわしている。
強化されたとはいえ下位の魔法な上に動きも直線しかない単純な魔法だ。
しかし前回戦った時より動きがいい。
やはり前回は情報収集の為に手加減をしていたという事か。
「いらつく……!」
それが怒りとは別にエルミラに火をつける。
確かに前回は不完全燃焼で終わった。
だが、手加減されていたとは思わなかった。
ただただどんな魔法を使うかを調べる為に戦ったのかと思うと腹が立つ。
「恥もいいとこだわ!」
何より、少し恥ずかしい思いをしてまでアルムを誘ったというのにそんなものを見せていたというその事実がエルミラの癇に障った。
リニスに対してだけではない。リニスの思惑通りにただ魔法を披露していた自分の不甲斐なさにもだ。
「『蛇火鞭』!」
前回も使った火の鞭が左手に現れる。
エルミラの補助魔法は持続力が下がる。本来、武器を作り上げるような魔法は不向きだ。
だが、下位の攻撃魔法でも魔法使いに有効なほど威力が上がる。
この魔法は下位の魔法だが、さっきの矢とは違って動きはエルミラがコントロールするものだ。
補助魔法によって動きの読みにくい強力な攻撃と化す。
「ふむ……」
次々放たれる魔法に対してもリニスの表情が変わることはない。
だが前回戦った時にも見たはずの魔法を前に、リニスの口からは何故か怪訝そうな声。
その視線は魔法にではなくエルミラに注がれていた。
「その様子だと知らないらしいな」
「はぁ!?」
何か含みのあるような言葉にエルミラは苛立ちの声を上げる。
いや、エルミラは今リニスが何を言ってもよくは思わないだろうが。
「『炎竜の息』!」
自分が何を知らないというのか、そんな疑問を乗せて魔法を唱える。
リニスと魔法儀式をした際に使った中位の攻撃魔法。
今リニスは前回戦った時のようにこれを回避できる魔法を使っていない。
補助魔法で威力を上げた火属性魔法は生半可な魔法では防ぐ事は難しい。
かわしたのならば、そのかわした先に左手の鞭でリニスを拘束。
それがエルミラのプランだった。
魔法を唱え、エルミラは握った拳を振りぬく。
その拳から横に走る火柱が放たれ、リニスへと突き進む。
「『消失の腕』」
だが、リニスはかわさない。
その場に立ち。ただ一つの魔法で迎え撃つ。
魔法を唱えたとともにリニスの片腕を黒く、何かが染め上げた。
「それなら……!」
かわさないならそれもいい。
左手を動かし、エルミラは火の鞭を自在に操る。
リニスが唱えた魔法が今放った『炎竜の息』を防いでもこの鞭を防ぐ手段は周囲に漂う雲だけ。
だが、その雲の動きをかわしてリニスに当てる自信がエルミラにはあった。
しかし――
「集まれ」
リニスの声とともに雲が集まる。
「え――?」
雲は集まり、リニスの前面へ。
つまり、エルミラの放った魔法の正面。
強化された中位魔法をあんな頼りない魔法で防ごうというのか。
「馬鹿ね!」
火柱はリニスの正面の雲を、そして鞭はリニス本体に。
リニスの周囲を漂うあの雲の魔法がどんな魔法かはわからない。
しかし、中位の攻撃魔法を防ぎきるほどの現実への影響力があるとはとても思えなかった。
本命を鞭とみて判断を誤ったか。
だが、エルミラの魔法がリニスのその雲に当たった瞬間――
「え……?」
消えた。
空気を裂きながらリニスへと突き進んでいた火柱は何も無かったかのように。
見てみればリニスの周囲を漂っていた雲もない。
エルミラはあの雲の効果かと疑うが、自身の左手に目をやるとその考えも違うのだと理解する。
「な……に……?」
火柱だけではない。
いつの間にか左手に握っていた鞭も無い。
そしてリニスが直前に使っていた魔法の効果もいつの間にか無くなっている。
リニスの腕はいつの間にか元に戻っていた。
(防がれた?)
いや、防がれた感覚とは違う。
威力の相殺、持続力の限界、そういったものでは決してない。
魔法が、音も無くただ消えた。
「何を……したのよ……?」
エルミラの驚く姿に、リニスもまた意外そうに。
「やはり本当に教えていなかったのか……律義なやつだ」
そう言って少し申し訳なさそうな表情に変わる。
一体それは誰に対しての表情か。
「あんた……闇じゃないわね?」
「その通りだ。あの時、魔法儀式の場にいた者は闇と勘違いしていたようだがな……気付いていたのはアルムだけだったよ」
「アルムが……?」
ならリニスが今言った律義な奴、という言葉はアルムの事を指しているのか。
あの時点でリニスの属性を看破していたアルムは自分の属性を偽るリニスを不審に思っていたに違いない。
「本当に馬鹿ねあいつ……」
しかし友人の隠し事だとして決して外に漏らさなかった。
そのせいで今自分が驚いている事に少し腹が立ちもしたが、アルムらしいとも思って責められない。
あの日、頑なに何も言わなかったのはやはりこういった事情があったようだ。
「アルムに免じて、君の疑問に答えよう。
私の魔法は"夜属性"……光の特性を持った属性を呑み込む時の形」
「は……?」
聞いた事の無い属性とその特徴ににエルミラはそれ以上言葉が出ない。
エルミラも当然、自身の属性の特性は理解している。
光の特性を持った属性を呑み込む?
それはつまり――
「助言しよう、エルミラ・ロードピス」
突きつけるように、リニスが続ける。
「諦めたまえ。君の属性は光の特性を持つ火属性……私は君の天敵だ」
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