592.有り得ぬ再会
「ほうらどけよ三流共。無駄なんだからよ」
セルダール城の正面玄関。
マリツィアとルトゥーラが王城に辿り着き、城というよりも宮殿のような華麗な入口をくぐると、待っていたのは王城に仕える魔法使い達の魔法の一斉掃射だった。
隊列を組んだ魔法使い部隊から放たれる下位から中位にかけての攻撃魔法。その全てがルトゥーラによって阻まれる。
堂々と入ってくる二人を守っているのはルトゥーラの血統魔法【禁足地は我が天球】。
ルトゥーラを中心に展開される半球状の防御に特化した血統魔法。そのサイズは使い手の技量によって小さくも大きくも出来る。
ルトゥーラは内側にいるマリツィアと自分の二人が余裕をもって歩けるサイズを維持しながら、魔法使いによる攻撃魔法の掃射を受け止め続けた。
火炎が舞い、氷が散り、雷撃は走る。
だが、そのどれもがルトゥーラの防御魔法に傷一つすら付けられない。
無論、悠々と歩くマリツィアとルトゥーラには欠片も届かず……ただ魔力の浪費だけが続いた。
「俺が切り開く! 【大地裂く雷尾針】!!」
一人の魔法使いが現状を打破すべく動く。
豪奢な玄関ホールに響き渡る歴史の声。
雷光のように黄色の魔力光が迸り、ホールのタイルが弾け飛ぶ。
顕現するは巨大な蠍。
雷属性の魔力光を宿し、ルトゥーラへ向けてその鋏と尾針を振り下ろす――!
「切り開く……ねえ?」
聞こえてきたのは壁に金属を叩きつけたような鈍い音だった。
次に起きるはつんざくような破壊音。
一撃をもって格付けされるのはレベルの違い。
音と共に破壊されたのは蠍の尾と鋏。ルトゥーラの血統魔法には傷一つ無く、攻撃したはずの蠍がその"現実への影響力"を破壊され、ただの魔力へと消えていく……。
「お、俺の……血統……」
「ああ? なめてんのかお前?」
軽蔑するような低い声に蠍の血統魔法を使った魔法使いの体がびくっと震えた。
部隊の隊列に混ざっているはずなのに、ルトゥーラの声が向けられた途端、周りの味方が頼りなく見え始める。
ルトゥーラとマリツィアに対応すべく配置されている部隊は二つ。魔法使いの数は合わせて十五。
魔法使い二人に対してと考えれば十分な戦力差……十分であるはずなのに。
「血統魔法を撃てば何でも解決できると思ってんのか? 誰にでも勝てると思ってんのか? お前はカエシウスみたいな化け物になったつもりかよ」
「ひっ――!」
「俺を誰だと思ってる」
一歩、ルトゥーラが前に進む。
血統魔法を使った魔法使いはその瞬間、隊列から外れて一歩下がった。
「あ……あぁ……!」
「おい! 聞くな!」
「相手はただの反逆者だ! 誰でもない!」
味方であるはずの同じ部隊の仲間の声がひどく小さい。
遠くにいるルトゥーラの声は耳を塞いでいても聞こえてきそうなのに。
当然だ。血統魔法は魔法使いの切り札。家名の誇る歴史の結晶。それをあっさり破壊された魔法使いの精神状態はいかなるものか。
そう、彼は思い出した。相手は多対一においてこの国で右に出る者はいない五人の怪物の一人。
「俺は第三位のルトゥーラ様だ。失せろよ名無しの三流。同じ三がついてても……意味が違うことくらいわかんだろ?」
「うああああああああああ!!」
自分にこれから訪れる未来を想起して、絶叫の後その男は魔法を乱発し始めた。
命令と逃げろという本能とで板挟みになり、もうまともな魔法は放てていない。
「……お優しい気遣いは無駄になったようですよ?」
「言うなマリツィア……。ったく、勝てる可能性の無い相手からは生き恥晒してでも逃げるほうが合理的だって何故わかんねえかな……」
「魔法使いは誇りと信念が大切ですから」
「本当に自分で決めた事ならそりゃ当然だが……他人の命令で作った誇りで無駄死には都合のいい駒にさせられてるって気付けねえもんかね……」
無血での突破は諦めて、ルトゥーラは魔力を"充填"する。
信仰属性での制圧は時間がかかるが、マリツィアの温存の為にと手を向けたその瞬間――
「【風声響く理想郷】」
重なる歴史の声と共に……ホールを渦巻く突風が扉の向こうから吹き荒れた。
「ぐあああああああああああ!」
「がぶ!」
「がはっ!!」
緑に輝く突風がルトゥーラの血統魔法の横を通り過ぎ、隊列を組んでいた敵の魔法使い全員が壁と床に叩きつけられる。
その"現実への影響力"は他の魔法使いに血統魔法を使わせることなく叩きつけられ、強化の上から魔法使い達を壁や床にめりこませた。
「これはヴァン様の……」
「はぁ……! はぁ……! 追い付いたぞ……」
マリツィアとルトゥーラが振り返ると、息を荒げて汗をだらだらと流すヴァンが入ってきていた。
ヴァンを見てルトゥーラはからかうようににやつく。
「何だよ……この程度で疲れるってあのヴァン・アルベールも大したことねえな」
「あんたらと違って若くねえんだよこっちは……とりあえず殺さなかったが、それでいいんだろ?」
「はい、助かりました。私達が勝った後に魔法使いがいないでは国として成り立ちませんから……」
ルトゥーラとは対照的にマリツィアは礼儀正しく頭を下げる。
頭を上げるとルトゥーラの脇腹に手刀を入れて悶絶させた。
「てんめ……マリツィア……! 強化した状態で……!」
「ヴァン様に失礼な事を言うからです。それでヴァン様……外の戦況は?」
「空飛んでる奴はどうやらルクス達が倒したみたいだぞ。これで大分楽になった。こっちに魔法生命が来ることが無くなったからな」
「流石ですね……私達も負けてはいられません」
現状の確認を終えると三人は駆け出す。
壁と床にめり込んだ気絶していない魔法使い達に攻撃魔法をついでに叩き込み、玉座の間へと向かった。
「玉座へは私達が! ヴァン様は通信室の掌握を!」
「任せろ!」
途中で二手に別れ、ヴァンは国内の通信用魔石と記録用魔石を繋げられる通信室へ。
ルトゥーラとマリツィアはそのまま玉座の間へと向かう。
階段を上り、廊下を走った。
途中で出会う警備の魔法使いは当然二人の相手にならない。本来なら精鋭に数えられてもいい実力の相手が数人いたものの時間稼ぎもいいとこだ。
平民の兵士も気絶させ、魔法使いを圧倒しながら二人は赤いカーペットの上を走り続けた。
「スピンクスはほんとにアルムのほうに向かってんだよな!?」
「そのはずです。相手もアルム様を放置というわけにはいかないでしょうし……なにより呪法を結んでいましたから」
「なら側近はどっちもいなくなったってわけだ! ジュヌーンは自分の領地にいるし、ラティファ様は砂漠でカエシウスと交戦中! アブデラ王に俺らクラスの戦力はもういねえ! 一気に叩くぞ!」
「ええ!」
ルトゥーラは勢いよく玉座の間の扉を蹴り開く。
合わせて先に飛び込んだマリツィアが大勢の兵士と魔法使いに囲まれるのを警戒するも、玉座の間はその名に相応しい装飾と厳かな雰囲気だけを残したまま……たった一人が静かに佇んでいるだけだった。
並ぶ窓は太陽を拒絶するかのようにカーテンで閉め切られており、贅沢な量の魔石の光が玉座の間とその人物を照らしている。
「どなたか知り……っ!?」
「一人か! アブデラ王じゃねえな……ら……」
二人の視線を浴びて、その人物はゆっくりと振り返った。
輝く小麦畑のような金色の髪。
そして太陽の日差しのような金色の瞳。
二人にとって誰よりも知っているその姿に、玉座の間に飛び込んだ二人の思考が停止する。
その人物が二人に向かって歩き出す。
そんな些細な事さえも、有り得ぬ再会の衝撃を加速させるだけだった。
『マリツィア……ルトゥーラ……会いたかったよ……』
「しゃ、シャーリー……!」
絶句するルトゥーラ。
思わず名前を呼ぶ事しかできないマリツィア。
驚愕に表情を支配された二人と対峙するは、一年前死んだはずの二人の親友シャーリー・ヤムシード。
ダブラマで育った三人の幼馴染が玉座の間に集い――この世にいるはずのないシャーリーだけが、不敵な笑みを浮かべていた。




