591.砂塵解放戦線ダブラマ9
ダブラマ北部ダルドア領。
エルミラは敵だったはずのジュヌーンの側近クーリアに肩を貸してもらいながら、サンベリーナ達が先に到着していた妨害用魔石の保管場所へと到着した。
「あら……? どういう状況ですの?」
「どういう状況だし?」
敵だったはずの魔法使いに支えられているエルミラを見てサンベリーナとフラフィネは訝しんだように問う。
人質にされているのか、それとも助けられているのかが判断つかない状況だ。
しかし、エルミラの表情が助けを求めているようには見えなかったので答えが返ってくる前に一先ず二人は安心する。
「いや、私にも理由はよくわからないんだけど……このクーリアってやつが裏切ってくれたおかげで命拾いしたというか……?」
「前から思う所があったので今回の件で見限ったのです」
「ってことらしいわ……?」
ふーん? と同じようなリアクションをしながらサンベリーナとフラフィネは互いに顔を見合わせる。
「こんな事言ってますけど、どうせエルミラさんがきっかけ作ったんですわよ」
「うんうん。敵まで味方につけるなんてやっぱエルミラっちって人たらしだし」
「はぁ!? 私もわけわからないんだってば! てか、人たらしって何よ! 初めて……づっ!」
叫んでさらに傷が痛んだのかエルミラの顔が歪む。
土蜘蛛に噛まれた部分が特にひどく、ずきずきと体中に痛みを走らせていた。
「いけません! 早く医者を!」
「うちが呼んでくるし!」
住民の治療に当たっている町の医師をフラフィネが呼びに走る。
エルミラをこれ以上動かさないために、クーリアは壁を背にしてエルミラを座らせた。
「頑張ってくださいなエルミラさん。死んだら私がルクスとかいう男に殺されそうですわ。そういう形であの男と一戦交えるのは不本意です」
「大丈夫よ……。毒は全部燃やしたし止血もしたから……それより、妨害用魔石は? というか、あんたらも何で普通にいれるわけ? 衛兵とかさっきまで襲ってきてたのに……」
エルミラが周りを見渡すと、妨害用魔石のあるこの建物には町の衛兵や住民がサンベリーナ達を特に気にする様子もなく休んでいるように見えた。
傷ついている人や戦闘の跡こそあるものの、脅迫されていたり魔法で拘束されているような様子も特にない。
「あなたにも見せてあげたかったですわ。イクラムさんの渾身の啖呵を」
「イクラム……? あいつが説得してくれたの……?」
「ええ、それはそれはもう熱いあつーい説得でしたわ」
「へぇ……」
エルミラはきょろきょろと見回し、操られて怪我をした住民の包帯を巻いているイクラムを見つける。
流石は貴族という所か。衛兵と一緒に巻き込まれた住民の為にと忙しなく動いており、こちらに気付いてはいないようだった。
「私ほどではありませんが、あなたも罪な女ですわね……」
「どういう事よ……」
「あなたみたいな方をルクスとかいう男が独占できると思うと少しいらっとしますわ」
「うっさい! それで魔石は!?」
からかってくる(とエルミラは思っている)サンベリーナを黙らせて本題に入る。
重要なのは妨害用魔石を破壊できたかどうかだ。
がるる、と唸るエルミラを落ち着かせるようにサンベリーナは視線を建物の隅にやる。
そこには巨大な魔石が置かれていた。だが破壊された跡は無い。どういう事か聞く意味でエルミラはサンベリーナに視線を戻す。
「ご安心くださいませ。しっかり妨害機能は破壊済みです、破壊済みなのですが……」
「何?」
「少し、仕組みが気になりますわね」
「仕組み? 私は魔石に詳しくないけど……何かあんの?」
「一つ目を破壊した時は自分達の存在を隠すために詳細を確認できなかったのですが、どうやら妨害用魔石の正体は、通信用魔石と記録用魔石が合わさったものに妨害のための魔法式を上書きした代物だったようですの。魔石を破壊するのは難しいですが、魔法式を破壊するだけならば簡単でした」
「……それが何か問題なの?」
エルミラは魔石に詳しくない。没落貴族だったエルミラには触れる機会の少ないものだ。
その点サンベリーナは魔石事業を手掛ける専門家。いくら妨害用魔石の破壊が完了しているとしてもサンベリーナが引っかかるというのなら何かあるのだろうとエルミラは耳を傾ける。
「問題なのは何故……記録用魔石まで使っているのかということです。マナリルには無い記録用魔石を私達は扱えません。扱えたとしても……妨害するなら通信用魔石のほうだけでよかったはずです」
「確かにそうよね……映像で通信しようが音声だけで通信しようがどっちでもいいわけだし……」
「これは私の推測に過ぎませんが……敵は何かを見せたがっているのでは?」
「破壊された時の事を想定してってこと?」
「それか破壊される事すら予定通りなのか……。私の考え過ぎであればいいのですが……少し不安です。まだ私達はアブデラ王の手の平の上にいるのではないか、と」
「うま! うま! うま!」
王都セルダール東地区・東門付近。
避難する住民達とは逆方向に向けて、屋根の上を走っている一人の少女がいた。
「急げ! 急げボク! もっと急げー!」
王都の捜索を任されていたベネッタ・ニードロスは一目散に走っていく。
翡翠の瞳には何故か迷いはない。
走りながら周囲をきょろきょろと見渡しているのは目的のものがあるからだった。
「馬! 馬どこー!」
探しているのは馬車の待合所。
ベネッタが探しているのはその近くで管理されているであろう馬だった。
避難の遅れている住民達がわざわざ馬を連れていくわけがない。人が多い場所で馬はむしろ邪魔になる。
ならば置いていかれているはずだとベネッタはふんでいた。
「やっぱり! 馬見っけたー! ごめんなさい! お借りしまーす!!」
東門近くに構えられている馬車の待合所で、馬車に繋がれていた三頭の馬を見つける。
恐らくは騒ぎで置いて行かれたのだろう。騒ぎがあっても待っているのはこの馬車の持ち主の調教の成果か。
ベネッタは屋根から降り、三頭の中からこの状況で一番落ち着いていた白い馬を選ぶ。ベネッタは馬車と馬を繋いでいるハーネスを外すとその馬を優しく撫でた。
「初めましてでごめんね……でもお願い力を貸して……! 急がないと間に合わなくなる!」
その声に応えるように白い馬は、ぶるん! と鼻を鳴らした。
ベネッタはその馬に乗ると、手綱を握り駆け出す。
どこへ? もちろん決まっている。
自分の望む結末へ向けて。この地で戦う他の仲間と同じように。
アポピスの瞳が開くまで後一時間十五分。
太陽は陰り始め、日食の時が近付いている。




