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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第八部:翡翠色のエフティヒア -救国の聖女-

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幕間 -伝わる脈動-

(……?)


 魔法大国マナリル・王都アンブロシア地下牢獄。

 大罪を犯すも、マナリルに利益のある情報を持っているとされる罪人が投獄される地下にて、一人の女性が異変を感じ取った。

 無論、魔法によるものではない。

 その女性は最低限の生活用品がある牢獄の中であるにも関わらず、その待遇とは正反対の重苦しいデザインの手枷で動きを制限されており、魔法を唱えられないように口も塞がれている。


(ファフ様の魔力残滓と同じ感覚……? ですが、ファフ様のような心地よさは感じない……むしろトヨヒメの神経を逆撫でするような……)


 牢獄で拘束されている女性の名はトヨヒメ。

 その力で子供の時に対魔法組織を乗っ取り、クエンティを雇って南部でルクスを呪殺しようとしていた魔法生命の元宿主だった。

 ひやり。

 牢獄の空気とは違う冷たさがトヨヒメの頬を撫でる。

 夜空のような紺色の髪が肩に流して、トヨヒメはその感覚に身震いした。


(ファフ様のような愛が無い……。それでありながら誰かへの憎悪も無い……この奇妙な感覚は一体……?)


 気持ちが悪い。

 トヨヒメの顔から少し血の気が引く。

 何故感じ取れるのかも不気味だが、感じ取った所で何も理解できないのはもっと不気味だった。

 この悪寒が魔法生命に関する何かということしかわからない。


「お、トヨヒメさんどうしたんだい?」

「おい止まるなマキビ」


 そんなトヨヒメの牢獄の前を、同じく地下牢獄に投獄されている大百足に関わっていた常世ノ国(とこよ)の元魔法使いマキビ・カモノが通りかかった。

 後ろに宮廷魔法使いのファニアがいる所を見ると、情報を引き出されていたのだろう。

 マキビはトヨヒメと違い、マナリルに協力的である為に口枷は外されている。

 ここに来る前に面識があったわけではないが、エルミラとルクスに関わったという意味では共通点のある二人だった。


「このくらい許してくれよファニアちゃん……トヨヒメさんと俺は同郷だからついさ……」

「誰がファニアちゃんだ。最近調子に乗っているな……口枷を付けられたいか?」

「っと、それは勘弁……でも真面目な話、トヨヒメさんの顔色が悪いぜ」

「なに……?」


 ファニアは檻越しにトヨヒメの顔色を確認する。

 マキビの言う通り、トヨヒメの顔色は真っ白で血の気が無いように見えた。

 心の中で自嘲する。

 南部で自分の心を折りかけた相手の顔色を窺うことになろうとはと。


「体調が悪いようであれば頷け。違う理由であれば首を横に振れ」


 ファニアが言うと、トヨヒメは首を横に振る。


「この男を牢屋に送ったら治癒魔導士を呼んでやる。待っていろ」

「おい大丈夫か? 俺の牢屋に来るかい?」

「行けるはずがないだろう。馬鹿が」

「ジョークだよジョーク……辛くなったならファニアちゃんに言いなよトヨヒメさん」


 二人はそう言い残して、トヨヒメの牢屋の前から去っていった。

 再び一人になって、トヨヒメは床のほうに目を落とす。


(この奇妙な感覚は……霊脈を通じて……?)


 あの二人は何も感じていないようだった。

 この悪寒はもしや、魔法生命の力に直接関わった者にだけわかるのだろうか――?


(トヨヒメにはもう関係ありませんが……。何かが起きているのでしょうか……?)


 肌を撫でる悪寒をファフニールとの記憶を思い浮かべる事で上書きしながら……トヨヒメは無意識にダブラマの方角を向いていた。











「はっ……! はっ……!」

「どうしたのクエンティ! しっかりしなさい!」


 王城アンブロシア・カルセシス執務室。

 マキビから得た常世ノ国(とこよ)の情報を整理していた国王カルセシスとその側近ラモーナの前で、突如クエンティ・アコプリスが苦しみだした。

 その尋常ではない様子にラモーナが声をかけるが、クエンティの目の焦点が合っていない。


「来る……! いやだ……! いやだよぉ!」

「どうしたというのだ……?」

「わかりません! クエンティ落ち着いて……何もないわ。大丈夫よ」


 ラモーナがクエンティを抱きしめるが、クエンティの息は荒く上手く呼吸ができていないようだった。

 歯をかちかちと鳴らし、体を震わせるその姿は極寒の湖に置き去りにでもされたかのよう。

 クエンティは抱きしめてくれているラモーナに縋るように抱きしめ返した。


「カルセシス様! お手数ですが治癒魔導士を! いえ、医師のほうが必要かもしれません」

「わかっている」


 カルセシスは通信用魔石で治癒魔導士と医師を呼ぶように命じる。

 しかし、クエンティの事情を知っているからこそ、それで解決できるとは思えなかった。


「あの時と同じ……! 黒い穴が、見え……る……! 違う……あの時、より……何かが這い出て……!」

「クエンティ……」

「はぁっ……! はぁっ……! 助けて……助けてお母さん……お父さん……! 助けて、アルム様……! うぶっ……うおえ……!」


 クエンティは恐怖からかせり上がってきた胃の中身を吐き出す。

 ラモーナの美しい紫の髪と白いレースのドレスに吐瀉物がかかるが、ラモーナは気にしない様子でクエンティを落ち着かせようと抱きしめ続けた。


「も、も、申し訳……ごめ、んあさい……ラモーナ様……! よごして、しまっ……!」

「大丈夫……大丈夫よ。あなたが吐いたものくらいで私の高貴さは損なわれないのさ。私は馬のボロだって自分でしっかり世話できる女だもの」

「ボ、ロとは……?」

「馬のお尻から出るものよ」


 何気ない話をしながらラモーナがクエンティの髪を撫で続けると、少し落ち着きを取り戻したのか呼吸だけはましになる。

 だが凍えているかのような震えだけは止まることなく、クエンティはずっとラモーナにしがみ付いたままだった。

 まるで、離したら何かに連れていかれるのかと思うほど必死に。


「何が起きている……!」


 そんなクエンティの尋常ではない様子に、カルセシスは窓からダブラマの方向を睨む。

 ダブラマに向けた通信は依然として、途絶えたままだった。


「皆無事なのか……それとも……」


 闇の奥から聞こえる脈動。

 魔法生命に関わっていない者では感じ取ることさえできない不可視の異変。

 目の前で起きた出来事は国王という立場では何もできない歯痒さだけをカルセシスに置いていった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

一区切り恒例の幕間となります。

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