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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第八部:翡翠色のエフティヒア -救国の聖女-

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589.流れ星のように6

「人間だああ!」


 オイディプスが来てから一月半が経とうという頃、獣の叫びにも似た叫びが朝から聞こえてきた。

 人間だと言うから珍しく旅人が来たのかと思えば、オイディプスは一人で私のほうに走ってきました。


「朝からどうされました……? 旅人でも見えましたか……?」

「違う! ようやくわかったぞ! 赤ん坊の時は四本足で、成長すると二本足! そして老いると杖をついて三本足になる! どうだスピンクス! 人間だ! 答えは人間だ! がははは! 何てことだ! こんな近くに答えがあったとは!」

「あ……」


 そこでようやく、オイディプスが謎掛けの答えを持ってきたのだと気付きました。

 私は少し呆けて、そして胸の奥がちくりとしました。

 今日もまた同じ日が訪れるのだと疑いは無く、同じ日々の中にオイディプスを無意識に含ませていたことを。

 そうでした。謎掛けが解ければオイディプスは行ってしまうのです。

 ……そして今日がその日だったというだけのこと。これもまた摂理だと思いました。


「見事です……。よくぞ謎を解かれました旅人よ……あなたの道行きに幸運――」

「いやちょっと待て! 荷物を纏めてくる!」

「…………」


 そう言ってオイディプスは荷物をとりにいってしまいました。

 最後だというのにしまりません。

 しばらくすると、私と出会った時と同じような格好でオイディプスは再び現れました。

 寝泊まりする身軽な姿しか見ていなかったのもあって新鮮で……そして、旅人の姿に戻ったのが少し残念です。

 …………残念?

 何故そう思ったのかはよくわからなかった。


「いやすまん! これだという答えが思い浮かんだままに走ってきたものでな!」

「構いません……。では改めて見事です。よくぞ謎を解かれました旅人よ……あなたの道行きに幸運があらんことを」


 そう告げて、私は塞いでいた道からわかりやすく退いた。

 実際は私の巨体だけでなく、謎を解いた者しか通れない魔術結界も張っているのだが……謎を解いた者にその結界はもう機能しない。

 かくして、番人は一人の旅人によって倒されたのである。


「……どうされました?」


 しかし、オイディプスは足を動かそうとはしなかった。

 私が不思議そうにしていると、オイディプスはやがてその口を開いた。


「故郷を出てから孤独だった。(ねた)まれ、(そし)られ、そこに謂れのない神託を受け……俺は旅に出た。ただ神託を避けるために」

「……はい」

「故郷を捨て、馬車を破壊され、馬を殺され、大切な記憶だけを寄り辺に歩くこの二本の足がどれほど頼りなく感じたか……あんたにわかるか?」


 オイディプスは心の底にある何かを吐き出しているようだった。

 複雑な心情が表情に浮かび上がり、彼は初めて見る顔をしていた。

 泣いていたのか。笑っているのか。


「身をもって味わっていたんだ。人間は孤独に耐えられない。俺のような成人した男であってもだ。あんたとの出会いは……俺を孤独から解放した」

「私はただ……この山頂で番人をしていただけです……」

「それでも、あんたの存在が俺を救ってくれた。誰かと共に語らう日々を俺にくれた。朝に、昼に、夜に、孤独を感じなかったここでの日々は紛れもない宝であり、俺にとって大切な記憶だ」


 私はエジプトの守護者。そしてここでは謎掛けの怪物。神の命により……謎の答えを違えた旅人を食らう者。

 そんな私に救われたとオイディプスは言う。

 相変わらず訳の分からない事を言う男だと私は思った。

 けれど、その言葉一つ一つから伝わってくる熱が私の中に何かをこみ上げさせる。

 魔術でも呪術でもない。未知の熱が胸の奥で跳ねている。

 

「ありがとうスピンクス。故郷を去る悲しき旅路に立ち塞がってくれた、かけがえのない我が友よ。いつかまた君に会いに来る。その時まで……君の友である事に恥じない人間で在り続けると誓おう」

「友……」

「世話になった」


 オイディプスは私の前足に抱擁をして、こちらに手を大きく振りながら去っていった。

 旅人が往く。歩くべき道を往く。

 ただそれだけの事なのに、私はいつまでもその背中を見送っていた。

 こうしてピキオンの山頂に座するのは、謎掛けの怪物一体へと戻ったのである。


 そこから、私には異常(バグ)が起きた。

 神獣としてあるまじき事態だった。


「ああ……そうでした、この山は本当は静かな場所でしたね……」


 また番人として座する日々。

 心地よい朝靄。さやさやと風で歌う木々の音色。それに呼応して鳴く小鳥の囀り。なだらかな山の肌を器用に駆ける兎や鹿。

 ……異物無し。


「彼は今どのくらいでしょうか……。ここにいたら、下品ないびきをしながら昼寝をする頃でしょうね……」


 見えぬ人影を追ってしまっていた。

 痕跡を辿ってしまっていた。

 自分に課せられた役割とは別の事が思考を占めるようになった。


「そういえばまた会いに来ると言っていました……。仕方ありません……気長に待ってあげましょう……。人間のまたの日など、私にとっては短い一時に過ぎませんからね……」


 いつの間にか、番人をする理由が増えていた。

 敬われる事はあった、崇められることはあった、命じられる事はあった。

 しかし、友と呼ばれたのは初めてだった。

 名前を間違えて、謎が解けないからと図々しく居座るあの粗野な男を……私はいつの間にか待つようになっていた。


「全く、不敬ですね……」


 そう言いつつも、悪くないと思っている自分がいた。


「来年には来るでしょうか……」


 春が来て山に彩りが増えた日も待った。

 山は静かだった。


「来年には来るかもしれません……彼の好きな兎も増えてきましたし……」


 夏が来て新緑が芽生える日も待った。

 秋が来て、冬が来て、雨が降って、雪が降って、雷が落ちて。


「来年には来るかもしれません。人間はやる事が多いですから仕方ありませんね」


 春が過ぎて。夏が過ぎて。秋が過ぎて。冬が過ぎて。


「来年には顔を出すかも……」


 一年が過ぎて。五年が過ぎて。十年が過ぎて。

 幾度も星空が通り過ぎて。

 それでも苦ではなかった。

 昔よりも時が過ぎるのが遅く感じていたけれど、それでも漠然と過ぎる日々ではない。

 ただここで番人をしている日々とは違って……いつの間にか、彼にまた会える明日を待ち続けている日々に変わっていたから。

 この山頂で出会った、友人を待つ日々に。



「来年はきっと来ますよね……」



 そうして、何十年か経って……私は一人の旅人と出会った。



「死ん……だ……?」

「え、ええ……十年ほど前に……。有名な話です。詩人も歌っているくらいですから……」


 旅人はかつてオイディプスが旅立っていった方向から歩いてきた。

 どうやら私の事は知らなかったらしい。

 私は久しぶりに人間に出会ったからか、オイディプスという男を知っているかという質問をしてしまっていた。

 幸運だったのか不運だったのか……彼はその名前を知っていた。

 彼は人間の世界では有名になっていた。

 私と別れた後にその才覚をもってテーバイという都市国家の王になり、家族も作ったが……疫病と不作の原因である穢れを作った張本人であったと判明した際に追放されたと。人間の世の中の事はよくわかりませんが、責は彼にあると人は判決を下した。

 娶った妻は自殺し、本人も目玉を(えぐ)られて娘と共に追放……つまりは実質死刑のようなものでしょう。野犬に食われたか野盗に殺されたかはわかりません。


「うそ……」

「いえ……嘘では……」

「だって……また……会いに来るって……」


 私は信じられず、放心していた。

 否定しようとしても、何十年も会いに来ない現実が真実だと語りかけてくる。

 人間の寿命は私達のように長くない。

 だから会いに来れるのなら、もっと早く来るとわかるものだろうに――。


「あの……ここは通っていいのでしょうか……?」


 旅人が問うてきた。

 そうだ、謎掛けを出さねばいけない。

 それが私の役割だから。


「……どうぞ、通っていいですよ…………」

「そうでしたか……それでは失礼致します」


 だが、私はその旅人を通した。

 旅人は一礼して、私の横をすんなりと通っていった。


「何故……」


 私は何も知らなかった。


「何故……」


 私は知ろうとしなかった。


「何故……」


 私はただ待つだけだった。


「何故……!」


 何の冗談でしょう。

 旅人に答えを求める謎掛けの怪物が、何も知らずにいただなんて。

 

「ああ、私はこんなにも……脆い生命だったのですね……」


 気付けば私は、裏手にある崖の上から飛び降りていた。

 受け身も防御もしない。ただ岩に叩きつけられて死ぬ。そうするのが当たり前だと思っていた。

 神が見れば嘲笑うだろう。よもや神獣がただの投身自殺で死ぬなどと。

 

 彼は人間が孤独に耐えられないと言った。

 ……けれど、孤独に耐えられないのは人間だけではなかったのです。

 何故教えてくれなかったのですか。友の死が身を裂かれるほどに辛い事を。























「あら、成功した」


 そして私は魔法生命として常世ノ国(とこよ)で目覚めた。

 目を覚ました先にいたのは私という実験結果を見るだけの水属性創始者ネレイア・スティクラツと、申し訳なさそうな表情を浮かべる常世ノ国(とこよ)の巫女カヤ・クダラノの二人だった。


「ここは……一体……?」


 私が声を発するとネレイアは少し唸った。


「んん……? と思ったら、宿主の意識じゃないわねぇ……なるほど? 魔法生命の核を入れても瀕死の宿主が蘇生できるわけじゃないと……いい実験結果になったわ。ああ、あなた……めんどくさいから後はカヤちゃんに事情を教えて貰いなさいな。カヤちゃんもそいつに説明したら次の実験に移るわよ」

「ね、ネレイア様……」

「今度は死体に核を突っ込んでみましょ。死体の鮮度とか関係あるのか気になるわ」


 カヤ・クダラノの話によると私の宿主は瀕死の状態だったらしく、魔法生命の力で蘇生できるかどうかの実験のために私の核を植え付けたようです。

 結果は宿主は蘇生しないが、魔法生命の核の意識が宿る。

 私の宿主は私の核を植え付けられた負担に耐え切れず絶命してしまったようでした。


「――――っ!?」


 そして私は"答え"を初めて見たのです。

 頭に流れ込んでくる情報は魔法生命になってから得た力でした。

 これから起こるこの世界にとっての未曾有の災害。

 そして私は、それをいとも簡単に引き起こせる怪物の巣にいることを知りました。


 私が目覚めたその研究施設にいたのは、元の世界においてただの虚構にすることで存在を葬られた伝承の怪物達。魔法生命と呼ばれる存在でした。

 私などただ古く、魔術という叡智を持っているだけの存在だと思い知らされました。

 神を餌にする大百足。神を足蹴にする悪鬼。神を侵す毒龍。神を壊す騎士。

 その四体に見た"答え"の中には、必ず人間が滅ぶ姿があった。

 魔法生命だけではなく私を目覚めさせたネレイアという創始者にでさえ人間を滅ぼす"答え"が見える異常な顔ぶれが揃っていた。

 神に従うだけだった神獣(わたし)では及ばない圧倒的な力が集う地。

 しかも、この世界には神がいない。伝承において人間を力を授け、導く存在がいない絶望。

 この怪物達を倒せるのは本当に、人の世に時折現れる英傑の器を持つ者だけだった。


「第二の……生……」


 私が生きていた世界とは別の世界という現実を受け入れ、案内された殺風景な部屋の中で……私はどう生きるかについてを考え始めました。

 神に従う必要も無い。与えられた役割も無い。

 そんな生は初めてでした。生まれた時からずっと、淡々と役割をこなしていただけでしたから。

 生前にあった欲望を満たす。

 そもそも最初の生では、それすら無かったのですから。


「生前の……未練……」


 未練というのは、やりたかった事があった者が持つ者だろう。

 私にはそんなものはありませんでした……。作られた目的も性能も、全ては神から与えられたもの。

 謎掛けの怪物という姿でさえ、神と旅人に与えられた仮初め。

 

「私には……それすらも無いのですね……」


 彼の言っていたような、流れ星にはなれない。


「あ……」


 無意識に思い出していた記憶。

 不思議な事に思い浮かぶのは故郷にある景色や誉れ高き王の姿ではなく……あの山頂で共に過ごした一人の人間のことでした。

 何も知らない事を後悔した。

 何も知ろうとしなかった事を後悔した。

 何もせず、ただ待つ事しかしなかった事を後悔した。

 共に過ごし、語らい、星を見上げたあの日々こそが私という個の望む時間だったのです。


「私の名は……スピンクス」


 彼の間違えた発音で呼ぶ名前が、私が私である証。

 与えられた役割など関係無い、共に過ごした日々の名残。

 あなたが私にくれたのは、神様もくれなかった私自身。


「私は……」


 あなたの友という私。

 だから、私はそう生きると決めよう。


「あなたと再び出会うまで……!」


 ――――助けよう。


 人間に対する公平を守りながら、人を助けましょう。

 時に人の敵となり、時の人の味方となり、滅びの"答え"を退けましょう。

 最悪だけは回避する。それは"答え"を知る私にしか出来ぬこと。

 もう待つだけなどという愚行は犯さない。


 何が殺戮。

 何が滅び。

 ……させない。人の世が無ければ、あのような出会いも生まれなかった。

 私はあの日々の奇跡のために、私自身を捧げましょう。

 

 あなたは私に言った。君の友である事に恥じない人間で在り続けると。


 ならば私も。あなたに恥じない友で在り続ける事をここに誓いましょう。


 たとえあなたが私を見ていなくても……私だけはこの誓いを守り続る。


 友人としたあの約束に、私の唯一の不公平を捧げよう――!!


 私は世界を救えない、それでも、救える人間を守ることはできるのだから!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] スフィンクスというか、スピンクスの気持ちがわかる いい話でした。
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