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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第八部:翡翠色のエフティヒア -救国の聖女-

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587.流れ星のように4

 私は故郷を守る守護者だったが……人喰いの怪物でもあった……。

 正直に言えば故郷以外はどうでもよく、故郷が国という形を成す前から存在していたのもあって……他の神々の命を聞いていた。

 理由はともかく、ピキオンという山の山頂に座し……門番のようなものを任されていた。

 通行人に謎を出し、謎を解けぬ者は資格無しとして喰らう。

 守護者として崇められているものが、別の場所では災いとして扱われるなどよくあるお話でしょう。

 人間にはどちらも必要なのだと神々は判断しており、私はその地では災いという役目を果たしていたのです。


「朝は四本の足を、昼は二本の足を、夜は三本の足を持つ。この正体は一体何か?」


 神より与えられたこの謎に人々は頭を悩ませた。

 旅人が答えた。それは未知の怪物だ。

 近くの村の者が答えた。それは神だ。

 間違えた者は全て殺した。そして喰らった。その光景を見て、答えぬ者は悲鳴をあげながら引き返した。

 その時の私は全盛期……。魔法生命の時のような半人半獣ではなく真の神獣としての姿だった。高さは五メートル、全長は七十メートル以上。そんな怪物はたとえあの時代の人間であっても討伐できるはずもない。

 人間は知恵を絞るしかなかった。だが間違えれば喰われてしまうという恐怖が人々に足を動かさせなかった……。その気になれば迂回路があったのも理由だろう。死とただの近道を天秤にかければ、当然なのかもしれません。

 時は経ち、自然と私は近隣の人間達から怪物と呼ばれるようになっていた。

 ピキオンの山頂に座す怪物。それが守護者ではない私のもう一つの姿となった。


 この謎を解いた者に町と美女が与えられるという神託が降りてくるも……やはり命は惜しいのか、立ち寄る者も少なった。

 私はただ役目を果たすために山頂に居続けた。

 不満があったわけではない。山の自然を眺めながら、神々の戯れに付き合った。

 ――そんな時、彼は現れた。


「ようこそ旅の者……。ここを通りたくば、謎掛けに答えるがいい」

「でかいなぁ……」


 久しく現れたその男が纏う空気は只者では無かった。

 呪いを受けているようだったが、本人はそれに気付いていないかのように壮健で、私の姿を見上げても動じない胆力があった。

 人間には時に、常軌を逸した英傑の器を持つ者が現れる。訪れたその男はその装いこそボロボロで粗末なものだったが、間違いなくその器たる人間だと確信していた。


「上半身が女性で下半身が獅子とは……翼まである。なにより巨大過ぎて山の上に丘があるかのようだな! がははは!」


 男は私を見上げながら、顎に手を当てて観察してきた。

 まるで私が巨大であることを珍しがっているようだった。


「人間からすれば巨大で物珍しいかもしれませんが……私にも性別があり、女です……。あまりじろじろと見るものではありませんよ……」

「ふむ。女であれば、男の視線を向けられるのは名誉ではないのか?」

「蛮族の思想ですね……。我が故郷エジプトでは女は家に縛られる存在として扱いません……」

「そういった感情の機微もあんたは持ち合わせているという事だな。これは失礼した。ギリシャとは違う文化圏というわけだな。かのスパルタでは女を軽んじる者は絞め殺されるという噂もある。あんたと話す際には俺も善処しよう」


 粗野な男かと思えば、私の忠告を素直に聞き入れ……案外、柔軟な人間だと感心したのを覚えている。

 ……とはいえ、ただの番人を任されている私には関係ない。

 私を討伐しに来たのかとも思ったが、そんな様子でもなかった。


「朝は四本の足を、昼は二本の足を、夜は三本の足を持つ。この正体は一体何か?」


 私は与えられた役割通り、謎掛けをした。

 この男が答えを間違えるにしろ正解するにしろ……それが私の役目だからだ。


「噂には聞いていたが……本当に謎掛けをしてくるのか……」

「噂……という事は、答えも考えてきているのですか?」

「いいや! そんな事は全くない! 今から考える!!」


 ……何故こんな堂々と言えるのだろう。

 男はそう告げて腕組みをすると、ううむ、と唸り始めた。

 噂に聞いているという事じゃ間違った時の結末もわかっているはずだ。

 だというのに、この男からは恐怖を感じなかった。

 変わった人間ですね、と思いながらも私は答えを待った。


「なああんた……こちらから質問はしてもいいのか?」

「ええ……。勿論、ヒントなどは出しませんが……それくらいでしたらどうぞ」

「お、何だ。恐ろしい怪物だと聞いていたのに、意外に話せる奴じゃないかあんた」

「…………それで? なんでしょう……?」

「いや、時間制限はあるのかと思ってな! あるのなら焦らなければいけない」


 初めて聞かれた質問だった。

 今まで訪れた人間達は何とかヒントを引き出そうと、謎掛けについての質問をしてきたりするのだが、この男は変な部分を気にしていた。

 時間については神々に何も言われていない。何より噂で謎掛けの内容を聞き、近隣の村で知恵を絞る者もいる。時間制限があるのならば、こことは違う場所でこの謎掛けについて考えている者達にも罰を下さねばならないはずだ。


「ありません……。ですが、回答は一度です」

「ほう! では、引き返すことは!?」

「なりません……。私の謎掛けを受けたのなら、答えを返して去らなければ……。去る場所がこの先の道か私の腹の中かは答え次第ですが……」

「そうか! あいわかった!」


 豪快な返事だった。

 引き返せないとわかると、大抵の旅人は顔面蒼白になって絶望するのだが……この男はそんな様子を一欠片も見せない。

 英傑の器だけある、と私が感心していると。


「では答えが思い浮かぶまでここにいさせてもらうぞ!」

「……………………はい?」


 聞き間違いをしたのかと頭を悩ませる。

 自分の性能(スペック)に疑いを持ったのは初めての事だった。


「俺の名前はオイディプス! さっぱり答えが思い浮かばないんでな! しばらくここで世話になるぞ!」

「え? え? え……? ま、待ってください……そんな事が許されるわけが……」

「おや? 先程時間制限はないと言っていたはずだが? 俺は念のためにちゃんと聞いたというのに、今更時間制限を設けるのか? 随分と公平さに欠ける番人だなあ」

「そ、それは……」


 まるで私の信条を知っているかのように、その男は畳みかけてきた。

 神官であれ只人(ただびと)であれ人間を公平に扱う。助ける時も裁く時も。それこそが王権の代理でもある私の信条だった。


「俺は殺されるわけにはいかない! 死ぬわけにはいかないのだ! ならばここで一か八かを答えるよりも熟考すべきだと考えた! なあに! 俺がこれだと思う答えを絞り出せれば出て行くとも!」


 答えがわからないというのに、その男はあまりに堂々としていた。

 山頂から響き渡る声は近隣の村にまで届きそうなほど雄々しく……私は困惑するしかなかった。

 私の役割はこの山頂に番人として座し、謎掛けを間違えた者に罰を与えること。

 ここに居座る者を殺す権利はない。


「いいのですか……? 私は怪物……寝込みを食らっても問題ないのですよ……?」

「かもしれないな。だが、お前はやらん」

「私の……何がわかると……?」

「目が腐っていない。責任と使命に誇りを持つ者の目だ。ただ邪魔だからと、人間を悪戯に殺す奴の目じゃない」

「…………」


 私自身を見透かされているようだった。

 何の根拠もないはずなのに、私を見上げる緑色の瞳は確信を持っていた。

 悔しいことにその通りで……私はこの男を殺すことはできなかった。

 私が何百年以来かのため息をつくと、その男は勝ち誇ったような笑顔を見せてきた。


「俺の名はオイディプス! 互いに旅人だの怪物だの呼ぶのはちと寂しい! あんたの名前もお教え貰いたい!」

「ここに来た者に名前を聞かれたのは初めてですね……」

「光栄だな! あんたのような美しい怪物の名を聞く名誉に一番乗りとは!」

「軽口を……」


 私は諦めるしかなくなった。

 この男――オイディプスの提案を拒める理由がどこにもなく、事前に確認もとっているので覆すこともできなかった。


「私の名はスフィンクス……。神より賜った永遠の名を持つ神獣です……」

「スピンクスか! ほほう、俺の名前と違って神々しさすら感じるな!」

「あ、いえ……発音が……。スフィンクスです……」

「ああわかってるとも! スピンクスだろう!?」

「いえ、だから……。ああ、もう……これだからギリシャ訛りがある方は……」

「同じようにピキオンの山頂で暮らすのであれば顔を合わす事も多くなるだろう! よろしく頼むぞ! スピンクス!!」

「で、ですから……スフィンクスですってばぁ……」


 こうして、後の世に伝承に刻まれるこの男と私の奇妙な生活が始まった。

 ピキオンの山頂に座するのは謎掛けの怪物と、謎が解けない旅人の一人と一体になったのである。

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