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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第八部:翡翠色のエフティヒア -救国の聖女-

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585.流れ星のように2

『"燃え尽きよ(アム)"』


 アルムの耳に不思議な感覚で伝わってくる声。スピンクスにとってはただ生前の言葉を紡ぐ行為だった。

 詠唱(チャント)を唱えて、スピンクスが息をふーっと吹くと、黒い火炎が噴き出す。


「相変わらず、簡単に属性を無視するな……!」

『火の一つも吐けなくては神獣の名が廃りましょう……?』

 アルムは向かってくる黒い火炎を横に跳んでかわし、強化の身体能力に任せて渓谷の岩肌を蹴って走る。


「『幻獣刻印(エピゾクティノス)』」


 岩肌を蹴って走る姿が人から獣へと変わる。

 体の中心から伸びる魔力の光が頭と手足に伸びて手足には鋭い爪を、頭には牙を模した武器が宿る。

 魔力の爪は岩肌を削りながらスピンクスの横へと回る。

 アルムの得意魔法の一つ。モチーフは暴走した魔獣。魔法の三工程を同時に行い、その魔法は"現実への影響力"を上げていく。


『あなたの得意魔法ですが……無駄ですよ』


 アルムが飛び掛かろうとしたその瞬間、スピンクスは妖艶に笑う。

 すんでのところでその様子に気付いたアルムは爪を岩肌に深く突き立て、飛び掛かろうとする自分の力をわざと殺した。


『"知の権能(ネスウト)"』

「!?」


 牙が、爪が、アルムの体に宿る魔法に異変が起きる。

 割れるような音を立て、床に落とした花瓶のようにそのカタチが崩壊した。

 獣化の気配はアルムの体から完全に消え、魔法が消えたことによって魔法の三工程も自動的に止まる。


「なんだこれは……? 魔法が……!?」

『私は魔と呪が渦巻く地、古代王国(エジプト)の神獣……。そして魔術と儀式という叡智であり、脅威でもあった神秘から王家を守っていた知の守護者……。

脆弱な魔法であればこのように……私が一言発すれば、その魔法は意味を失うのです……』

「っ――!」

『勝算無く、あなたに挑むはずがないでしょう……? あなたの魔力と"星の魔力運用"は確かに脅威ですが……無属性魔法ゆえに魔法の成立に時間がかかる弱点がある……。

ご理解頂けましたか? 私があなたと一対一できる意味が」


 スフィンクス。

 彼女は古代エジプトより存在する何千年もの間王家を守り続ける神獣。

 その名はグリフォンと同じく時にはメソポタミア、時にはギリシャでも語られ……英雄オイディプスの英雄譚に登場し、謎掛けの怪物として名を馳せたいわば知の象徴。

 魔術や神託が叡智とされた時代において知の象徴とされた者。ゆえに……彼女の声に魔法に干渉する力が宿るのは必然だった。


(要は時間のかかる魔法は消されるということか……! 『幻獣刻印(エピゾクティノス)』が破壊されるということは『永久魔鏡(ティアアピロ)』も……! "現実への影響力"が不安定な最初を狙われる……!)


 ただでさえ少ない手札が無くなったことを実感するアルム。

 自身の得意とする三つの魔法の中で、最初から一定の"現実への影響力"を持っているのは『光芒魔砲(パイルシャフト)』のみ。

 だが、その『光芒魔砲(パイルシャフト)』もただ撃つだけで倒せるとは思えない。

 得意とする三つを発展させた魔法なら何とかなるかもしれないが、【天星魔砲(カエルムフロス)】は魔力不足で唱えることすらできない。

 となれば選択肢は二つ。どちらを使うかを見定める。


『どうしますか? ただの強化で……私と殴り合ってみますか?』


 スピンクスの正面に立たぬよう、アルムは絶えず動く。

 『幻獣刻印(エピゾクティノス)』を消された今、『強化』(ブースト)だけで接近戦はできない。

 相手は魔法生命。たとえ人型であってものその力は怪物の域。

 怪物と人間という存在の差がある以上そこには大きな差がある。

 静かに佇むスピンクスと、絶えず動くアルム。

 時間が経つのは歓迎だとスピンクスは余裕を見せる。

 

(待てよ……?)


 アルムはどう戦うか思考を繰り返し、ふと思う。

 単純な事だ。そのまま唱えても"現実への影響力"がスピンクスの声を凌駕できないのなら――。


「……『準備(スタンバイ)』」

『あら……?』


 スピンクスはアルムの魔法に反応を見せる。

 気付いた?

 表情こそ変わらないが、その顔には警戒の色が浮かぶ。


「『永久魔鏡(ティアアピロ)』」

『……流石ですね』


 アルムの周囲に展開される人間大の五枚の鏡。先程と違ってスピンクスはそれを消そうとはしない。

 否。できない。

 次に唱える魔法の"現実への影響力"を底上げする『準備(スタンバイ)』によって、スピンクスが干渉する前に"現実への影響力"を最初から安定させる。

 ただでさえ多い魔力量の消費がさらに増えるが消されるよりはずっといい。


「『魔弾(バレット)』」

『!!』


 一枚の鏡がアルムとスピンクスの間に落ち、姿を隠した。その裏からアルムの声だけがスピンクスに届く。

 アルムの右腕から放たれたであろう魔力の弾丸は五枚の鏡の間で反射を繰り返し、"現実への影響力"を上げていく。

 『永久魔鏡(ティアアピロ)』は防御魔法と補助魔法の両方の性質を持つ。その効力によって"現実への影響力"が上がればスピンクスの声でも干渉はできない。


『"空の狩人(ベイク)"』


 ならば鏡からとスピンクスは言葉を紡ぐ。

 スピンクスが指差した先の鏡は矢が刺さったかのようにひび割れて、アルムと自分の間に置かれた鏡を破壊した。

 

『いない――!?』


 しかし、そこにいるはずのアルムはいない。

 嫌でも目を引く『魔弾(バレット)』の反射と空中を動き回る鏡がアルムの移動を悟らせなかった。


『!!』

「ちっ――!」


 いつの間に頭上に跳躍していたのか、アルムの蹴りがスピンクスの脳天目掛けて放たれる。

 スピンクスは横に飛びのき、アルムの脚は空を切った。

 先程、接近戦を拒む気配を見せてからの接近戦。流石のスピンクスも虚を突かれたのか、体勢を崩す。

 その瞬間を狙ってか、四枚の鏡に反射された『魔弾(バレット)』が反射を終えてスピンクス向けて放たれた。


(戦い慣れしている……私が想像していたよりもずっと……)


 スピンクスは背中から生えた翼で自分の体を包み、向かってくる『魔弾(バレット)』を防ぐ。

 無論、盾代わりにしたその翼は飾りではない。五つの魔力の弾丸が直撃したことで痛みが走る。

 だがその翼は折れることも血を流すこともない。魔法生命の外皮はただの無属性魔法では貫けない。


『悲しいですね……火力不足ですよ……』

「……強化してもやはり普通の魔法では難しいか」

『私はこのまま時間切れでもいいんですよ……?』


 言いながら、スピンクスはちらっと空を見た。

 渓谷の岩肌で狭くなった空に見える輝く太陽。日食はすでに始まっている。


『それとも……こういう決着のほうが好み……ですかね?』


 仕切り直しとアルムが後方に跳ぶ。

 その瞬間を狙ってか、スピンクスの瞳に宿る黒い光が輝きを増した。

 周囲に漂っていた鬼胎属性の魔力がスピンクスによって……呪いに変わる。


「あ、ぎっ……!?」


 距離をとったにも関わらずアルムは何故か苦しみだす。

 目を剥きながら頭を押さえ、視界が揺れる。体はふらつき、周囲に浮いていた四枚の鏡も地に落ちた。

 攻撃されてもいなければ、傷が開いたわけでもない。

 静かな渓谷に、アルムの苦悶の声が反響する。


「あ、だまに、入り込んで……!」


 そんな自分の声すら今のアルムには聞こえていない。

 聞こえてくるのは理解できない言語の数々。

 先程からスピンクスが唱えている文言のような言葉が次々とアルムの頭の中に入ってくる。


『私はスピンクス……知を司る者……。私に浮かぶ"答え"は相手の頭の中にも植え付けられるのです……。ですが、果たして耐えられますか? 送り込まれる情報の波に?』


 流し込まれるのはスピンクスが得られる"答え"。それはすなわち情報だ。

 こことは違う異界の神秘の正体。遠い未来。生態系の変化。繁栄の分岐点。

 文明の発展に遺物の構成物質。法の在り方から知るはずのない名前、誰かの思想に至るまで。

 全てが違う言語で脳内に浮かび上がり、アルムの脳がそれらの情報を理解する前に消え、そしてまた理解できない言語で新たな情報が流れ込む。

 人間の脳では選別できず、耐えられない情報の嵐がアルムを襲い続けていた。

 その目から戦意は消えていないが、歯を食いしばり苦痛に歪むその顔がスピンクスの呪法の厄介さを物語る。


『血統魔法に愛されていれば……私の呪法など恐れる必要はありませんが……あなたは平民ゆえに血統魔法が無い……。あなたと私の相性は最悪なんですよアルム……』

「ぐ……そ……!」


 アルムの様子に勝ち誇るスピンクス。

 大百足とも大嶽丸(おおたけまる)とも違う呪法の方向性。

 アルムは血統魔法が無いゆえに精神干渉に対する耐性が無い。鬼胎属性の恐怖に揺れないのは意志の強さとその精神性によるもの。感情や意思が影響しないただの情報攻撃はどうしようもない。

 ただの魔法使いであれば苦では無かったであろう攻撃が、アルムの精神をひたすら揺らす。

 魔法に不可欠な精神の安定が完全に消え去ろうとしたその時。


『さあ……そのまま膝を折って気絶しなさい……これで……!?』

「な、なんだ……?」


 先に異変を感じたのはスピンクスだった。

 呪法の使い手だからか。

 アルムとスピンクスの間に繋がっていた呪法が突如切れた感覚が走ったのだ。

 一拍置いて、アルムも頭の中からハンマーで殴られていたような苦痛が和らいだのに気付く。

 しかし、アルムは何の魔法も唱えていない。


『何故……? 送り込める"答え"が私の意思無しで変化して……!?』


 今まで一切崩れなかったスピンクスの表情が驚愕に染まる。

 しかし、その答えはすぐに頭の中に浮かび上がった。


『呪法継続不可。自立した魔法と化した信仰属性創始者マルタ・ハエルシスの血統魔法【天幕の一声(アモルトゥリス)】が敷いた"言語の統一"の(ことわり)によって、異界言語による情報攻撃は継続できません』


 望まずとも浮かび上がったその"答え"にスピンクスは奥歯を噛む。

 させませんよ、という死者の声が聞こえた気がした。


『創始者……! どこまでも邪魔を――!』


 スピンクスは悲しそうに天を睨む。

 だが――そんな余裕があるのか?


「"放出領域固定"」

『っ――!』


 今度はこちらの番だ、と無色の光が渓谷を照らした。


「【一振りの鏡(スティラクラス)】」


 不意に訪れた好機をアルムが無駄にするはずもない。

 自分という世界を今ここに。自分自身を魔法に変えて再び対峙する。

 アルムという世界を映す鏡の剣が、天から降ってきた。

いつも読んでくださってありがとうございます。

スピンクスの能力はシラツユの【言の葉の巫女】に近いですね。汎用性だとシラツユのが上ですが、魔法への干渉だとスピンクスのが上です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やはり、アルムの戦い方はいいですね。 夢中で読んでしまいます。
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