582.セルダールに落ちる4 -ヴァルフト-
俺様の家……ランドレイト家は金持ちだった。何をやっていたのかは正直言いたくもないが、そもそもガキの頃は理解すらもできてなかった。
だが、ガキの頃から親に散々言い聞かされたのはよく覚えてる。
「ヴァルフト、私達は選ばれた人間なんだ」
「凡人達の尊敬を集める立派な人間なのよ」
「外に見えるあの連中とは違う特別な人間なのさ」
今の時代には珍しく、平民と貴族の階級格差に対する考え方が根強い両親だった。
ガキの頃の俺様はそれが時代に合ってないなんて事がわかるわけもなく……そんな風に言われて誇らしくなっていた。
だってそうだろ? 町に大勢いる人間とは違って、子供の頃から特別だって言われ続けていたガキの性格なんざ目に見えてる。
それに……父親と母親が笑顔で言い聞かせてくる言葉を信じないガキなんて、それこそ人生二週目みたいなできたやつしかいねえ。
そんな両親は俺様が十二歳の頃に揃って自殺した。
父親は首を吊っていた。
母親も首を吊っていた。
使用人の悲鳴で俺様は朝に跳び起きて、腰を抜かしてた使用人の横でそれを見た。
無駄に高いベッドの天蓋から死体が垂れさがってた。
自殺した理由はわかってた。その翌日に王都の宮廷魔法使いが両親を捕まえに来たからだ。
ランドレイト家は確かに金持ちだったが……金持ちなのには黒い理由があったってわけだ。
とっくの昔に禁止されてる平民の人身売買、違法薬物、税を誤魔化すなんて序の口だった。
出るわ出るわ不正の数々。手掛けてた事業の稼ぎなんて裏で稼いでた金に比べたら普通も普通だった。
色々手を回して誤魔化してたらしいが、他の場所で調査されてた金の流れからランドレイト家の関与がばれて……それが公になる前に二人一緒におさらばしたってわけだ。
十二歳にもなれば、ガキでも勘付く。
自分の親が悪人で、俺様を育ててる顔とは違う顔を持っていたってことくらい。
そんな両親の死体を改めて見て、俺はこう思った。
ああ……だっせえなこいつら。
他の奴等は捕まりそうになったから自殺したなんて言ってるが、最悪な事に両親の血を引いてた俺様にはわかっちまった。
こいつらは捕まるのが嫌だったからとか拷問されるのが怖くて死んだんじゃなくて、"自分が立派な人間だと思われなくなる"のが嫌で死んだんだって。
ほんとに笑えるよ。糞みてえな事やって作った糞みてえなプライドだ。
こんな情けない人間の血を引いてるかと思うと吐き気がした。生き方も逃げ方もだせえ。
俺様の両親はちっとも特別な人間なんかじゃなかった。
普通より更に下。日々をちゃんと生きてる平民よりも遥かに弱い。真っ当な生き方すらせず、悪事の罪を償おうともせずに死んで逃げた……情けない敗者そのものだった。
……俺様もいつかこんな雑魚になるのか。
だから、魔法使いを目指した。
親みたいな人間になりたくなかった。
特別だと言い聞かされたのなら、本当に特別な人間になってやろうと思った。
幸い、何も知らなかった俺に周囲は同情的だったのとランドレイト家の血統魔法に飛行の特性を組み込んだおかげで俺は祖父の下で魔法を学んで、ベラルタ魔法学院に入学した。
そこしか選べなかった。本当の実力主義。家の力も外聞も関係ないこの学院に入るのが特別を証明できる方法だったから。
正直それでも覚悟はしていた。なんてったって悪名高いランドレイト家だ。いくら実力主義って言っても外聞を気にする貴族の集まり。色々言われるのは目に見えてたが……驚いた事に俺様に向けられた陰口のほとんどは一人の男に向けられた。
アルム。そいつは学院唯一の平民だった。
そりゃただの悪人の家の子なんて話題性より遥かに上だ。外聞を気にするからこそ、平凡な貴族達がそんな圧倒的異物を放っておけるわけがねえ。おまけに……その平民は四大貴族と仲良しだってんだから嫉妬もされる。
そんな状況に俺様はラッキーとしか思わなかった。魔法使いになる為の騒音はそりゃ無いほうが楽だ。正直そんな平民には興味無かった。
打ちのめされたのは、ガザスの留学の時だった。
ガザスの首都に攻め込んできた怪物。後から魔法生命と教えられた異界の存在。
大嶽丸。
俺様の血統魔法を冷ややかな目で受け止めたあの化け物の、最悪な記憶を俺様は一生忘れない。
渾身の一撃だった。確かに殺す気で俺は放った。
けれどあの怪物は無傷で俺様の血統魔法を斬って、その時点で俺様の心は負けていた。
恐怖で動けなくなった。俺が手を出したのは生きた災害だった。情けない事に、俺様はその時点で勝つのを諦めていた。
一番情けなかったのは、俺様自身を見抜かれたことだった。
『貴様は鬼より空っぽだ。鬼は飢え渇くゆえに欲望を燃やし何かを求めるが……何も求めていない空虚は久しく見ぬ。あるのは形の外側にある虚飾だけか? それともその言動の裏に隠した臆病な性根か? 伽藍の中身で一端の英傑を気取るな劣等者』
思い返せば俺様は、親みたいになりたくなかっただけだった。
それは確かに原動力にはなったかもしれないが、俺様は別に誰かを助けたいとか強くありたいとか何も考えずに魔法使いを目指していた。
空っぽで、目標だけを飾って、舐められたくない小心者で、中身なんて無い。
本当に俺様そのものをただ一撃受けただけで見抜かれて、恐くなった。
本当の自分を見抜かれた事に恐くなった自分に気付いて、結局俺様は親と同じだって気付いちまった。
俺様は、両親みたいな情けない人間だと思われたくないから魔法使いを目指した。それは、立派な人間ではないと思われたくなくて死んだ親と同じことで……俺様の人生は結局、逃避なんだと。
だが、俺様を本当の意味で打ちのめしたのはその化け物なんかじゃなかった。
もっとたちの悪い、平凡な人間だった。
俺様が一発で心が折れた相手に立ち向かう平民。そう平民だった。
あいつが……アルムが大嶽丸と互角に斬り結ぶ背中を俺様は見ていることしかできなかった。
興味が無いなんて上から目線。何様だこの雑魚。俺様じゃあいつと同じ視線に立つ事すらできなかっただけだ。
俺様には無い重い芯。俺様には無い明確な理想。平民が魔法使いになるなんて困難に立ち向かい続けた人生。
同じ夢を掲げていても、正反対の人生を送っていた。かたや逃避で、かたや勇往邁進。笑えるよなおい。
だが、そんなアルムでもあいつに敵わなかった。
空に運んだあいつが大嶽丸の武器でぶっ刺されたその瞬間……俺様は最悪なことに一瞬安心したんだ。
ああ、俺が負けたのはおかしなことじゃないんだ。負けて当然の相手だったんだって。
けど、あいつは違った。
殺されかけても、負けてはいなかった。意識を失うその瞬間まで立ち向かっていた。
自分に刺さった武器を破壊して、次の戦いに繋げた。
――あれが、本物なんだ。
自然と敗北を認めていた。
体を血で真っ赤に染めながら、その信念だけは真っ白に澄んだまま。
そんで気が付いて周りを見たら……そんな奴らがゴロゴロいた。あの化け物を止める為に動いていたのはあいつだけじゃなかった。
生きてるのが不思議な状態のエルミラ。血塗れのサンベリーナにフラフィネ、俺様より弱い癖に吐きながら戦ってたらしいベネッタ。
そんな知らない弱者のために戦った奴等が運ばれるのを見て ……俺様は一生そっち側に行けないんだと思った。
『貴様らと遊んでいる余裕は無い。この身の名はグリフォン! 王家の敵を屠りし者! この地に我が故郷――古代王国の名を刻むため! 我が故郷を! この身の魂が還る場所を作るため! 貴様らの魂をこの空に焼き殺す!!』
鬼胎属性によって形作られる黒雲。
グリフォンの頭上に渦巻くそれを見て俺様は恐怖した。
こんな災害規模の力を何の文言も唱えずに発言させている時点で異常事態だ。
あいつにとって俺様は同じ空を飛ぶ目障りなハエみたいなもんだろう。
魔力の影響か、今すぐ逃げ出したくなる衝動に駆られる。
あの目が恐い。ヴァルフト・ランドレイトを否定する……大嶽丸と同じ目が。
「きた!」
「あん!?」
「ここしかない! 頼むヴァルフト! 僕をやつのいる場所に!!」
けど、俺の後ろにいる本物は、ルクスはこの状況をチャンスと思ってるらしい。
肩を掴んでるその手に俺様の震えなんてとっくに伝わってるだろうに……こいつは何故か信じてる。
俺様が……俺が、逃げ出さないと信じてる。そして自分自身を信じている。
あれに、勝てると信じてる。
「はっはー! 任せろや! 宣言通りエスコートしてやるぜえ!!」
「一撃で決める! 君の魔法ならその一撃を届かせられる!!」
俺は確かに情けねえ人間だ。
あいつらに比べたらなんもねえしちっぽけで。
こんな口調とガタイで震えてて、魔法生命って存在とアルム達に負けを認めた……ただの敗者だ。
――けどな、敗者にだってやれることはあるんだよ。




