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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第八部:翡翠色のエフティヒア -救国の聖女-

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581.セルダールに落ちる3 -怒りと恐怖-

 魔法生命。

 それはこの世界より遠い異界から現れた二度目の生を生きる来訪者。

 生前の欲望や未練に従い、生を謳歌する高次の生命体だ。

 自立した魔法とは違う生命としての側面を持ち、魔獣よりも強靭な肉体は勿論、人間を食糧にもするいわば怪物。

 人間が相手するのがそも無茶な話であり、一握りの傑物でなければ立ち向かうことなどできない。彼らがいた異界においてもただの虚構として語り継ぎ、何百年もの時間をかける事でその存在を現実から幻想へと変えていった。

 この世界においても人間を遥かに上回り、一体を放置すれば国一つと交換になる可能性を有する怪物であろう。


 しかし、ある一点。

 異界で生きていた頃には無かったこの世界における(ルール)が彼等を良くも悪くも縛っている。


 王都セルダールの上空にて戦うグリフォンはそれを感じ取っていた。

 戦闘開始から二十分ほど経った頃。

 自分と同じ空を飛ぶヴァルフトの血統魔法【千夜翔ける猛禽(イルシオン・ロックバード)】、そしてその背中に乗るルクスとヴァルフトを睨んで、その違和感に気付き始める。


(何だこの体たらくは……!?)


 一度目に戦った時には速度にも力にも圧倒的な差があり、()(すべ)がなかったはずの敵が……これだけの時間をかけても致命的な一撃を与えることのできない現実。

 数度の衝突で崩壊寸前まで追い詰めることができたはずの白い巨鳥(ロックバード)は今なお原型を保ちながら飛行を続けている。

 無論、その背中に乗るルクスとヴァルフトは健在だ。


(一月も経たぬ間に差が詰まったとでもいうのか!? たかが千夜の伝承(アラビアンナイト)に住む幻獣が……古代王国(エジプト)の神獣たるこの身に!?)


 有り得ない。

 有り得ない有り得ない。

 有り得ない有り得ない有り得ない。


『有り得てなるものか――!』


 一つの言葉が怒りと共に頭の中を支配した。

 唾棄する相手が自分と同じ空におり、それを未だ撃ち落とせない自身の不甲斐無さに黒い血液が沸騰する。


「はっはー! 大したことねえなおい! こっちには四大貴族のお坊ちゃまがまだ残ってんだぜぇ!?」

『安い挑発だ……! 空を穢すな敗者風情が!』

「誰のことだよ空の化け物!? 俺様を倒せねえてめえ自身か!?」

『この身を愚弄するか!!』


 一体何度目の衝突か。

 白い巨鳥(ロックバード)の翼を狙った鉤爪は空を裂き、(くちばし)から放った熱線は再び旋回してかわされる。

 いくら空を裂き、空を焼いても、白い巨鳥(ロックバード)を撃ち落とせない。

 速度では勝っている。膂力も当然こちらが上。

 だというのに、攻めきれない。衝突の際に軽くダメージが与えられても、後一歩の所で止めを逃す。

 ルクスが控えているとヴァルフトはいうものの、ルクスには飛行能力が無い。つまりはグリフォンはヴァルフトさえ殺してしまえば事実上の勝利となる。ヴァルフトを殺した後はルクスの魔法が届かない距離から蹂躙すればいいだけの話。

 …………そのはずが、攻めきれない。

 ヴァルフト達が一度目の経験で学習したにしても、差が詰まりすぎている。

 一体何故――?


『まさか……』


 頭に血が昇っていようともグリフォンは常勝の神獣。

 戦闘慣れした思考はちらちらと視界に入るヴァルフトとその魔法に苛立ちながらも、何故このような状況に陥っているのかの答えを嫌でも出す。

 グリフォンはゆっくりと自分の左腕に目をやった。


(この身が弱体化しているとでもいうのか――!?)


 アルム達を匿っていたハリム・ヤムシードと戦った際に失った左の鉤爪がその答えに至らせかける。

 だがその直前に有り得ない、とグリフォンは自身に浮かんだ思考を否定した。

 鉤爪を失ったのは確かに痛手。だがそれだけでは攻撃力は下がっても速度まで落ちるわけがない。

 一回目の戦いでヴァルフトはその速度の差によって敗北している。鉤爪という武器を失った程度で差が縮まるはずががないのだと。


 その常識的な思考が、グリフォンの計算を狂わせる。


 確かに、ただの生き物であればその理屈は正しい。

 鉤爪を失ってバランスが崩れることはあっても、飛行速度に支障は無いのかもしれない。いや、むしろ軽くなった分に速度が上がることすらあるのかもしれない。バランスが崩れた程度でグリフォンが飛行速度を落とすことなど有り得ない。

 しかし、今のグリフォンはただの生き物ではなく――魔法生命。

 生きた魔法とも言える彼女の存在を支えるのは"現実への影響力"に他ならない。

 魔法の"現実への影響力"はその魔法をより現実に近付け、現象として固定させることによってその力を増すもの。彼女の中にそれは知識としてあっても、自身を形作る(ルール)としての実感が無い。

 魔法生命として顕現しているグリフォンは今、神獣としての存在を鉤爪分だけ失っている状態であり、"現実への影響力"が低下している。

 つまり、あの時から人間も喰わず、霊脈との接続を行っていない彼女は今……一度目の戦いより弱体化している――!


「『鳴神ノ爪(なるかみのつめ)』!」

『!!』


 巨大な翼で空を切り白い巨鳥(ロックバード)と再び接近する直前、風に乗ってルクスの声がグリフォンに届く。

 マナリルやダブラマと違い……神の存在が否定されないまま発展した常世ノ国(とこよ)だからこそ在り続けた"対神"の特性を持つ攻撃魔法。

 グリフォンは神獣。この魔法だけは受けてはいけない。

 突如横に旋回し、雷の爪が見える方向とは反対方向へと回り込む。

 見下しながらもむやみやたらに突っ込んでくるわけではないグリフォンに向けてヴァルフトは舌打ちをする。


「ちっ――! こっちの事馬鹿にしてくるわりには慎重だ! リーチがたんねえ! その爪伸ばせねえのかよ!?」

「そんな"現実への影響力"の使い方したら当たっても傷つけられない! 僕が使える魔法で魔法生命に通りそうなのは血統魔法と母上のこの魔法だけだ! 何とか隙を作って当てないと!」

「だったらどうすんだ! このままじゃこっちが先に魔力切れすんぞ! こっちは飛び続けるにも限界がある! 悔しいが、俺の血統魔法じゃ軽く傷つけるので精一杯だ! 核まで届かねえ!!」


 吹き荒れる風の中、グリフォンから一旦遠ざかりながらヴァルフトは叫ぶ。

 そう、いくらグリフォンが弱体化していても魔法生命は魔法生命。

 ここまでは何とか渡り合っているように見えるが、その負担はグリフォンとは比べ物にならない。

 グリフォンが平然と出す速度を、ヴァルフトは魔力を振り絞って出している。グリフォンが速過ぎて速度を緩めれば一瞬で決着が着いてしまう。

 こうして同じ空を互角で飛行しているように見えて現実は綱渡り。いずれ限界が来るのは目に見えていた。


「一つだけ倒せる方法があるんだ! 問題はそれまでヴァルフトがもつかどうか……!」

「あんな速さで空飛んでるやつに攻撃が当てられるのか!?」

「当てられる! そのチャンスさえ来れば! 僕の属性は雷だ!」

「よっしゃあ! もたせてやるぜ! 気合いでなあ!」

「その時になったら合図する! 頼むぞヴァルフト!!」

「任せな! しっかり掴まってろよお坊ちゃん!」


 ルクスは言われた通りヴァルフトの肩をぐっと掴む。

 その肩は震えていた。

 一瞬、寒さのせいかと思ったが違う。

 全身に確かに感じる突風の中、ヴァルフトの震えだけがひっそりと手から伝わってくる。

 射殺すようなグリフォンの視線は常にヴァルフトを狙っており、その威圧が魔力となってヴァルフトの精神に負担を強いていた。

 まずい、とルクスはヴァルフトに声を掛ける。


「ヴァル……!」

「振り落されたら……俺がてめえをぶっ殺すぜええ!!」


 鬼胎属性の魔力を受けて彼の頭に浮かぶのは何もできなかった恐怖の記憶。

 大嶽丸(おおたけまる)との戦いにおいて全く歯が立たなかった現実と自分の矮小さ。

 そんな恐怖を突き付けられ続けながらも、ルクスの声を遮るようにヴァルフトは叫ぶ。

 精神を侵食する恐怖を文字通り気合いで押し殺して、恐怖に打ち勝ちながら彼は血統魔法を維持し続ける。


「勝つんだろ! 勝てるんだろ! お前ならぁ!!」

「――っ! ああ!」


 自身の気遣いはヴァルフトへの侮辱だと気付いてルクスは気遣いの言葉を飲み込んだ。

 無力を感じてないはずがない。自分では倒せないという屈辱を受け止め、耐えて、ヴァルフトはグリフォンに向かって血統魔法を飛ばし続ける。

 敗北を認めてなお、ヴァルフト・ランドレイトという人間は折れることは無かった。


『勝てる!? 勝てると言ったか!? この身に!?』


 風に乗って届いたヴァルフトの叫びをグリフォンは嘲笑する。

 冷静さを取り戻して気付いたのはヴァルフトの血統魔法の攻撃力。

 あの白い巨鳥(ロックバード)にいくら激突されても致命にはなり得ない。

 やはり注意すべきはルクス・オルリックだと確信して。


『調子にの……!?』


 その確信の瞬間――言葉にできない感覚がグリフォンに走る。

 北のほうで起きた喪失。大きな力が一つ消えた事が空を通じてグリフォンへと伝わった。


『馬鹿な……! 土蜘蛛!? 敗北したのか!?』

 

 あまりの動揺にグリフォンの速度が落ちる。

 悪辣を形にしたような毒の能力と生命を支配できる糸の呪法。

 そして宿主の魔法使いとしての力量と理不尽な血統魔法。

 あの組み合わせをもって敗北する可能性があるのかと。


『誰だ……!? 誰が奴を……!?』


 アルムではない。スピンクスが足止めしている。ルクスは交戦中で有り得ない。ヴァン、マリツィアとルトゥーラも王都にいた。ミスティは砂漠にてラティファと交戦中。魔法生命を倒せる可能性がある者は後一人しかいない。


『エルミラ・ロードピス……!? 馬鹿な……! 魔法使いとしてはジュヌーンのほうが上のはず……! だというのに敗北しただと!? 何が起きた……!?』


 グリフォンは知らない。エルミラの血統魔法の力を。

 エルミラの魔法生命との戦闘経験によって(つちか)われた彼女の実力が、魔法使いとしての力量差を上回ったその事実を。

 消えていった鬼胎属性の魔力を感じて、グリフォンは焦りを覚える。

 そう。相手は今まで数多の魔法生命を消し去ってきた敵。天敵はアルムだけだと思っていたが、ルクスやエルミラもまたその可能性を持つ者。悠長に相手していいはずが無かったのだと。


地獄(ツアト)に落ちろ。王家の……否。この身の敵よ――!』


 鬼胎属性の魔力を練り上げ、グリフォンはその力をもって再び空を支配する。

 白い雲だけが浮かぶ青空でグリフォンはその巨翼を大きく広げ……その頭上にはまるで王冠を戴くように黒雲が渦巻き始めた。

いつも読んでくださってありがとうございます。

鬼胎属性はトラウマになりやすい……。今回クエンティが不参加なのもそれが理由だったりします。

感想、誤字報告共にありがとうございます!感謝です!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 同じ様な説明を何度も何度も延々長文でくどくど続けるのは何故でしょう? 読みにくく邪魔でストーリーが入ってこない。 映像化された状態で考えた時に毎回毎回こんなのに時間さかれたら地獄でしか…
[良い点] ヴァルフトの自分だけでは勝てないけれど、自分が折れるとそもそも戦いが成り立たないことを理解して奮闘している姿に感動しました……! [一言] どうやってグリフォンに勝つのか楽しみです!
[気になる点] > |……古代王国(エジプト) ルビが三点リーダーにもかかっちゃってますね。
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