580.セルダールに落ちる2 -弱体-
「ヴァン先生! マリツィアさんとルトゥーラさんは王城に行きましたー!」
「怪しいポイントを感知魔法で探りながら俺も追う! ベネッタは王都の捜索に備えろ!」
「はい! とりあえず……え!?」
一直線に王城を目指すマリツィアとルトゥーラに続いてヴァンとベネッタも王都セルダールに入る。
敵の侵攻を一切許さずに発展したダブラマ一の都市。各地方の文化が混在するマナリルの王都アンブロシアと同等の栄華を誇り、住民の数も地方とは比べ物にならない。
当然、万が一の避難経路も設定されており、正門に敵が見えたとあらば住民達は魔法使いや衛兵の避難誘導の下、戦場に近い住民達から避難させられているだろう。
本来なら、そのはずなのだが。
「うあああああああああああ!」
「逃げろ! 逃げろ!」
「荷物は置いてけ! 殺されるぞおお!」
戦闘開始から一時間半は経つというのに、つい先程避難を始めたのかと思うほどに王都セルダールの住人達はまだ見える場所にいた。
正門から一番近い区域ですらまだ避難が終わっておらず、ベネッタとヴァンの姿を見たかと思うと荷物を捨てて逃げ出していく。
「う、うそ……! 住民を避難させてないー!?」
「ちっ……! 考えれば当然か。アブデラ王からすれば住民を逃がすメリットのほうが低い」
ベネッタが周りを見渡すが、住民の避難を誘導する魔法使いや衛兵が見当たらない。
発展して整備されている巨大な都市であるはずが、そこに住む貴族も衛兵達も住民達に安心も規律も与えることをせず放置している。
まるで、混沌を望んでいるかのように。
「住民達が混乱して騒ぎになれば俺達もアブデラ王を探しにくい上に、王城以外にいる可能性を捨てきれなくなる。しかも遅かれ早かれ自分達で生贄にするんだからな……生きてさえいてくれればいいってこった」
「で、でも、もしボク達が、こ、殺したりしたら困るんじゃ……!」
「……だから、そういうことだろ」
「え?」
ヴァンは不愉快そうに目を細め、王城を睨む。
「俺達が、そういう事をしないって読まれてんだ。こっちの心理や貴族の理念、人間的な倫理感さえも利用して盾にしてるんだ……。そりゃ戦争になったら敵の捕虜を利用したりはするが、自国の民を使ってってのは正真正銘の糞野郎だな」
「そ、そんな……!」
「平民全員を生贄にしようってやつだ……今更おかしくはないがな」
ヴァンは頭をかきながら不愉快さと一緒に唾を吐き捨てる。
最初から相容れない存在だというのはわかっている。ここでアブデラ王の事をあれこれ言っている場合ではない。
「そこらを探せば馬車の馬が見つかるだろうが、住民達が混乱してる王都だと逆に時間がかかりかねない! 最低限の強化を使って王都を探しながら王城を目指す!」
「はい!」
「エルミラとミスティが妨害用魔石を破壊してくれれば一気に効率も上がる! だがそれまではお前のお守りをしながらってわけにはいかねえ! 戦闘や撤退の判断は自分でするんだ! いいなベネッタ!」
「はい!」
「本当にわかってんな!? お前が死んだらアブデラ王を見つけられる確率も大幅に下がる! アブデラ王が見つかるまでにお前が捕縛されたり死んだりしたらかなり厳しくなるって自覚しろ! お前が生きてるだけでチャンスが生まれるんだ! 絶対に無理はするなよ!」
「任せてくださいー!!」
ベネッタはヴァンの言葉に答えながら、袖を少し緩めて手首に巻かれた十字架を出す。
時間は限られている。
見上げて見えるのは二つの翼。空を覆いながら火花を散らす戦いの嵐。
その空のさらに上に輝く太陽が陰り始めたのを見て、ベネッタは強化を唱えて王都を走り始めた。
『ほう……。先日よりはましになったか』
「ほざけ! 前回は手加減してやっただけだっつうの!!」
剣戟が如き重い金属音のような音が空に響き渡る。
青空に白い雲。陰り始めた太陽の下、二つの巨大な翼がぶつかり合う。
片や伝承に刻まれた神獣。
四メートルもの巨大さで空を高速で駆ける天空の支配者。
白日と同じ色をした白い翼、強靭な獅子の肉体が躍動し、鷲の瞳と鋭い鉤爪が空を切り裂き、鬼胎属性の魔力が空に軌跡を作る。
対して、二人の人間を乗せるのはランドレイト家の血統魔法。
サイズはグリフォンとほぼ互角。
雲のように白く、空の雄大さを感じさせる巨鳥だった。
白い羽と風属性を示す緑色の魔力光を空に落としながら、その巨鳥は趾に敵意を乗せて飛行する。
『だがこのグリフォンには届かん!』
数度目の激突になるかと思われたその瞬間、嘶きのような声と共にグリフォンの嘴が開く。そこには黒い魔力が渦巻いていて。
「やべえ!」
ヴァルフトは白い巨鳥を操り、激突を避けるべく進路を横へ変える。
翼を広げる白い巨鳥は横に旋回するようにグリフォンの正面から離脱した。
その瞬間、グリフォンの嘴の中から黒い光線が放たれる。
雷のような、炎のような光線は発光しながら空を焼く。
『躱す機動力くらいはあるか』
「くっそ! 鳥が光線を吐くのは当然みたいな顔しやがって!」
何の文言も無しに放たれた攻撃にヴァルフトは戦慄する。
魔法使いゆえに文句の一つも言いたくなる。分類があれば上位魔法に相当するような"現実への影響力"を持つ攻撃が、ただ嘴を開けるだけで飛んでくるというのだから。
魔法生命は魔法であり生命でもある存在。
詠唱や文言無しに放たれたという事はあれは生前の能力ですらない。人間が手を使って何かを掴む時に、わざわざ"掴む"と言わなくてもいいように……あの黒い光線はただグリフォンという生命の身体機能に過ぎない。
こんな怪物と戦わなくてはいけない現実に心の中で罵詈雑言を吐きながらも、ヴァルフトはグリフォンから目を離さない。
「気付いてるかヴァルフト」
「……ああ」
その背後で魔力を温存しながら戦闘を観察していたルクスが声をかける。
前回グリフォンの遭遇し、戦ったからこそ二人共が気付いた事があった。
「あいつの動きが前回より遅くなってる……。そりゃ【千夜翔ける猛禽】より速いのはむかつくが、捉えられないほどじゃねえし、こころなしかサイズも小さくなってるから撃ち合えてる」
「ああ、前回より"現実への影響力"が落ちてるんだ……あいつの左前足に気付いたかい」
「たりめえだろ……あんなの馬鹿でもおかしいってわかるわ」
ヴァルフトはグリフォンのとある一点を見つめる。
視線の先はグリフォンの左前足。その先端には前回あったはずの鉤爪が無かった。
ここまで渡り合えているのも、その武器が一つ消えたことが大きい。
意識するべき相手の武器が減ったことで、前回とは違ってヴァルフトも攻撃に対応する余裕ができていた。
「魔法生命ってのは人を喰わないとああなるのか?」
「いや、そんな事は無い。人を食べたことのない魔法生命を見てきたが……あんな風に欠損しかけているような個体は見かけなかった」
ミレルで見た白龍。アルムの師匠であるサルガタナス。
そのどちらも人を食べていない魔法生命だったが、"現実への影響力"は他より低くても体が崩れるような状態にはなっていなかった。
つまり、グリフォンの鉤爪が切断されているのは何らかの外的要因がある。
「誰かが戦ったんだ……。僕達の知らない所で誰かが……! 今の僕達に繋がってる……!」
「つまりは!?」
「勝たなきゃいけない理由が増えたってことだ!」
「はっはー! やる事は一緒で気合いは増すってわけだ! こっちが有利ってことだなおい!!」
予想だにしていなかった魔法生命の弱体化。これ以上の好機がどこにあるというのか。
グリフォンの"現実への影響力"を落とした誰かにルクスは感謝する。
ルクスもヴァルフトも、その誰かの顔を知っているものの答えと結び付くことはない。
切断されている左の鉤爪はアルム達を匿うために行動した転移魔法の使い手――ハリル・ヤムシードとその使用人達が命を懸けた一撃の跡。
一人の少女が願うダブラマのために動いた彼等の決死が今……この空まで届いている。
いつも読んでくださってありがとうございます。
グリフォン編は多少短めにできる……はずです。




