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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第八部:翡翠色のエフティヒア -救国の聖女-

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579.セルダールに落ちる

 ダルドア領にてジュヌーンとエルミラとの戦闘が苛烈を極め、土蜘蛛が顕現した頃。

 王都セルダールでは突破された城壁の最上段にはいつの間にかグリフォンが降り立っており……その存在感に敵味方問わず注目を集めていた。

 野性的な鋭い目が城壁の惨状に苛立ちを覚えているようで、殺気が漏れ出ている。

 鬼胎属性の魔力も相まって、人間の殺意とは比べ物にならない。

 焼け焦げた城壁も、砕けた城門も、本当はこの女がやったのだと言われれば信じてしまいそうな存在感があった。


「今度こそ、地獄(ツアト)に落ちる用意はできたか? ルクス・オルリック?」

「生憎、死ぬにはまだ若すぎるんでね」


 魂を突き刺すような視線は目前まで迫った自身の願望を邪魔する敵への怒り。その怒りの全てが城壁突破の張本人であるルクスに向けられた。

 ルクスはその人外による怒気と殺意に真っ向から受けて立つ。


「マリツィア殿! ルトゥーラ殿!! 手筈通りここは僕達が!」

「お任せしました!」

「じゃあなてめえら! こっちは任せろ!」


 グリフォンが現れるなり、マリツィアとルトゥーラが城壁から王都の中へと。

 マリツィアとルトゥーラは王城のアブデラ王を目指す二人だが、王都の中に入ってもグリフォンは一瞥すらしない。


「ヴァン先生ー! ボク達も!!」

「よし! 行くぞ!!」


 ベネッタとヴァンは王都の探索。

 潜伏している可能性を潰すために王都に入るが、グリフォンはその二人にも視線をやることはない。

 ヴァンは同じ城壁の最上段にいたにも関わらず、まるで眼中にないかのようだった。


「いいのかい、ベネッタ達を行かせて?」

「……妙な事を言うのだな? ルクス・オルリック?」


 グリフォンが声を発する度に空気がひりつく。

 まだ魔法生命としての本体すら出していないというのに、宿主越しに感じるグリフォンの魔力が周囲に稲妻を走らせているかのよう。


「先のアルムを狙った地下遺跡に落下させる計略……あれは確かにアルムの魔力切れを狙ったものだが、ついでに……アルムと同行する貴様を消耗させる目的もあった。

アブデラ王の天敵は確かにアルム一人だが、可能性を宿す貴様もまたアブデラ王にとっては邪魔な者。我々魔法生命にとっても無視できぬ血筋」


 城壁が破壊された部分から、がらがらと崩れ落ちる。

 それは偶然か。それとも、ここにいる伝承の存在を前にして……脆くなった石材がただ在る事すら難しくなったのか。


「今この場においてアブデラ王の首に最も近い者……アオイ・ヤマシロの子である貴様から目を離すとでも思ったか?」

「全く……自分の知らない所でこうも母上が人気とはね……」


 魔法生命に関わらなければ知らなかったであろう母の一側面。

 常世ノ国(とこよ)というこの大陸とは魔法体系すら異なる島国から来たと言っていた心優しい母親は……かつて怪物と戦った魔法使いでもあった。

 自分がこうなるのもある意味惹かれ合ったからだったのだろうか。

 ……いや違う。

 選んだ。自分で選んだのだとルクスは胸を張る。

 決して運命などという曖昧さではない。母と同じ道を、自分で選んだのだ。


「だけどいいのかい……空を駆る魔法生命?」

「……? 何がだ?」


 質問の意図が掴めずグリフォンは聞き返す。


「僕の後ろにいる母上の幻影ばかり見ていてばかりだと……君が気付かぬ間にその心臓に雷を落とせてしまうぞ」

「ほう……。この身にその台詞。思ったよりも大きな口を叩けるじゃないか」


 グリフォンに獰猛な笑みが浮かぶ。

 この場に人間は大勢いるが、今は他の人間など眼中には無い。

 自身の願望のため、かつて敵だった悪神の魂に(かしず)かなければいけない不愉快さの中……最後に神獣として相応しい相手が立ち塞がる事にグリフォンは喜ぶ。


「おいおいおいおいおい! 俺を忘れてんじゃねえよ!」


 その喜びに水を差す声が届く。

 グリフォンは鬱陶しそうに、ルクスの横を見た。


「さっきからこのヴァルフト様が眼中に無いって目しやがって……なめやがって」

「……ああ、貴様か」


 ルクスの横にいる灰色の髪を眺めて、その次に顔を見てグリフォンはようやくそれが生物であり、出会った事のあるヴァルフト・ランドレイトだという事に気付く。

 気付かぬ様子は挑発ではない。

 本当に、思い出すのに時間がかかっているようだった。


「まさかとは思うが……貴様がこの身と再度戦うというのか?」

「だったらどうした? リベンジマッチだぜおい」


 ヴァルフトに中指を立てられて、グリフォンは不服そうな表情を浮かべて……名残惜しそうに王都のほうに視線をやった。


「……人選を間違えたなルクス・オルリック。そして残念だ。最後の戦いとなるのであれば、王都に飛んで行ったヴァン・アルベールと爪を交えたかった」

「あんだとごらあ!?」

「黙れ……。この身は言ったはずだ」

「ああ!?」

「数度撃ちあえた事を誇りに、次の人生を歩むがいいと」


 そう。グリフォンの中ではすでにヴァルフトはただの敗者。

 アルムを狙った際、同じ空を駆る者としての決着がもう着いている。


「その命が今あることを恥じるがいい敗北者。未だ鼓動する無駄な生命よ。ルクス・オルリックのついでに……貴様の四肢(しし)(はらわた)をこの砂漠に晒してやろう。空から落ちた貴様の肉などこの身が食う価値も無い」


 空を駆る者が、一度でも地に堕とされた。

 それが敗北でなくてなんだというのか。

 一度撃ち合った事には敬意を表しよう。数度撃ち合えた事を誇りにしてもいい。

 だが、一度地に落とされかけ……偶然命を拾っただけの敗者が対等であるかのように立っているのが許せない。

 天空を支配する者としての誇りが、憤怒を呼び起こす。

 ルクスに向けられた敵としての敬意など一欠片も無く、軽蔑や嫌悪だけが込められた視線がヴァルフトの精神に突き刺さる。


「……っ!」


 いつか覚えのある視線にヴァルフトの視界が一瞬揺らぐ。

 あの時(・・・)の恐怖が嫌でも脳内で再生される。


「頼むぞヴァルフト」


 震えかけるその横で、揺れぬルクスの声がする。

 その横顔には一切の不安も無い。

 応えるように、ヴァルフトは無理矢理その口角を上げた。


「は……はっはー! 任せろ! 四大貴族のおぼっちゃんを空にエスコートしてやるぜ!!」

「……見苦しい虚勢だな」


 そんなヴァルフトをグリフォンは血の詰まった肉袋くらいにしか見ていない。

 心底どうでもよさそうに吐き捨てて、


「【異界伝承】」


 伝承をここに開帳する。


「――【天空戴冠(アダマス)王権の鷲獅子(グリフォン)】」

「【千夜翔ける猛禽(イルシオン・ロックバード)】!!」


 唱えられた二つの翼が王都セルダールの上空へと飛び立つ。

 その羽ばたきを見上げた誰かが気付いた。太陽に何かの影がかかり始めた事に。

いつも読んでくださってありがとうございます。

ここからは対グリフォン編になります。

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