追憶 -大切なもの-
「その十字架って何なんだ?」
「ほへ?」
それは突然の質問だった。
アルムくんと二人でミスティ達を待っていた昼下がりのカフェでのこと。
みんなで遊ぶのが楽しみ過ぎて早く着いてしまったボクと、集まる時間を間違えて早く来たアルムくんは一足先にカフェの席をとっていた。
入った店はミスティのお気に入りの店でもあり、ボク達にも馴染みのある落ち着いた内装のお店だ。
そんなカフェの一席でオレンジジュースを飲んでいると、アルムくんはボクの手首に巻かれた十字架がふと気になったのか、じっと見てきた。
もう長い付き合いになったからわかるけど、アルムくんは気になったものをじっと見つめる癖がある。
人であれ物であれだ。たまにミスティに人をじっと見る事に関しては怒られてたけど、最近はそれも無くなってたりする。
ミスティ自身が見られるのが嬉しいと思っちゃうようになっちゃったのと、注意の甲斐あってかアルムくんも人の事をじっと見ることが減ったから。
「何なんだってー……補助具だよ? アルムくんも知ってるでしょー?」
「いや、そうだな……聞き方が悪かったか。何で十字架を補助具にしてるのかなと思って……十字架ってあまり見かけないから」
「あー、昔の道具だからねー」
十字架は昔、神様が信じられていた頃に使っていた道具で神様を信じる道具だったらしい。
他にも意味はあるらしいけど何の道具かはよくわかってなくて、たまに廃れた教会とかにあったりするとか。
アクセサリーのモチーフにされたりすることもあるけど、あまりメジャーでもないしアルムくんが珍しがるのもわかる気がする。
けど、見過ぎというか何というか。
好奇心一杯の眼で見られてるとちょっと緊張するというか。
……今日の服本当に変じゃないよね?
そんな、らしくない不安を少し抱いてしまう。
「あ、アルムくん……見過ぎ……」
「ああ、すまん……。しまった、またミスティに怒られるな」
「ふふふ、ボクは優しいから黙っててあげよー。感謝するがよいー」
「ははは、それは助かるな」
危ない危ない。
恥ずかしくて少し熱くなった気がする。
いや、きっと見られたからじゃなくて夏のせいだ。うん、そう思うことにしよう。
「それでー……えっと何で十字架なんだって話だっけー?」
「ああ、少し気になって……ほら、ガザスのマルティナとかは懐中時計だったり、サンベリーナは扇だったり……俺は補助具使ってないから気になって」
補助具は魔法使いが集中のためにと身に着けているものだ。
一種のルーティンのようなもので、補助具自体に魔法の三工程を補佐する能力があるわけじゃない。お気に入りの私物だったり、思い出の品だったりを取り出す行為をスイッチにするのである。
だから補助具を使っていない人も大勢いたりして、ミスティやルクスくんも使ってないしエルミラも使ってない。
「これはお母様から貰ったものなんだー。治癒魔導士になるって決めた時にね、お父様に隠れてこっそりくれたの」
「へぇ、じゃあ大切なものだ」
「……」
「ベネッタ?」
「う、うん! 大切なものなの!」
少し、びっくりした。
何というか嬉しくて。
自分の大切なものを大切なものだって共感して貰えることがこんなに嬉しいとは思わなかった。
それとも、アルムくんに共感されたからだろうか。
憧れている人に自分の大切なものを認められるというは何だかむず痒い。
「ベネッタが父親嫌いなのは知ってるが、母親は大丈夫なのか」
「うん、お母様は大好きだよー。とっても優しいし、ボクの事応援してくれるし……後ねー、お名前がかっこいいの!」
「名前?」
「そう、レトラーシャってお名前なんだけど、子供の頃から憧れててねー」
「確かにかっこいいな」
「でしょー!? もー、ベネッタとは大違いだよー」
「ベネッタだっていいじゃないか。小動物みたいで」
「……それ褒めてる?」
「うーん……」
「そこは褒めてるって言ってよー!?」
「すまんすまん、でもベネッタがいいっていうのは本心だ」
「ほんとー?」
「本当だよ」
口元で小さく笑いながら、アルムくんは答えてくれた。
アルムくんは嘘つくとすぐに顔に出るからこれが本心だって事がわかってしまう。
……こういうとこはずるいなあ。
「父親のほうは?」
「え? あ、お父様ね。えっと、お父様はねー……えっとー…………なんだっけ?」
「ベネッタ……」
アルムくんがさっきとは打って変わって、物悲しい眼でボクを見てくる。
あれ、本当にお父様の名前何だっけ? 全然思い出せないや。
「だって興味無いから……」
「まぁ、家の事情は人それぞれだよな……」
「そうそう。そんな事よりどうしたの急に十字架の事なんて聞いてきて?」
「そんな事……まぁ、いいか……。いや、いつも身に着けてるから気になってな」
「ボクにとって大切だけど、そんな高価なものじゃないよ? ほらアルムくんになら触らせてあげるー」
そう言って、ボクは左腕をアルムくんに突き出すようにして十字架を見せた。
しゃら、と鎖の音をさせて十字架が揺れる。
その揺れを止めるみたいに、アルムくんは優しく十字架を手に乗せるようにして、もう片方の手で伸ばしたボクの腕を支えてくれた。
「……本当に、年代物だな」
「うん、お母様が持ってたものだし……そこから十年以上経ってるからねー」
「……すごいな」
何故かアルムくんは十字架を見つめながら遠い目をしていた。
きっと、アルムくんの目に映っているのはボクの十字架じゃないんだろうな。
「うん、お母様に貰った言葉と一緒でこれはボクの夢の象徴みたいなものだから」
「ベネッタはお母様に愛されてるんだな」
「アルムくんもでしょ? だからここにいるんだしー」
ボクがそう言うと、アルムはびっくりしたような表情でボクのほうを見て……そして優しく微笑んだ。
「……ああ、そうなんだ」
「へへへ、でしょー?」
「見せてくれてありがとう」
その直後、からんからん、とカフェの入店音が聞こえてきた。
ボクはカフェに入ってきたそのお客さんのほうにふと目をやって、アルムくんに向かって伸ばしていた手を急いで引っ込める。夏とは思えない寒気がボクの背筋に走っていた。
「あらあらお二人共……仲がよろしいようで何よりですわ」
「お、ミスティが来たな」
「み、ミスティ!? ち、違うの! これはねー!?」
いつもの笑顔で同じ席に着くミスティ。そんなミスティに冷や汗をだらだら流してしまって。
平然としているアルムくんの横でボクだけが勝手に焦って……ルクスとエルミラが到着するまで、する必要の無い言い訳をひたすらし続けていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
一区切り恒例の閑話になります。ベネッタのお母さんであるレトラーシャはクールなベネッタみたいな雰囲気です。




