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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第八部:翡翠色のエフティヒア -救国の聖女-

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578.答えてくれ(後)

 自分の死が恐かった。この手で積み上げた死体の一部に自分もまたなってしまうのかと。

 だからこそ、永遠を約束してくださったアブデラ王に跪いた。たとえこの世の(ことわり)とは別の世界にある怪物の力だとしても、歓迎した。

 この恐怖を救ってくださる王……いや、神の誕生を信じて。

 老いが進む度にその誕生のために祈っていた。老いはゆっくりと自分が死んでいくような感覚があった。

 しわがれる肌、霞む視界、衰える体力、そして魔力。

 そうだ。魔法の技術だけが……唯一衰えを感じない拠り所だったのに。


(だというのに……私は最後の最後で……)


 ジュヌーンは地に伏しながら最後の選択を悔やむ。

 自分を信じて勝利への道筋を作り上げた少女と、命令のまま宿した怪物の力を頼った結果敗北した自分との間にある差を感じて、ぎりっ、と歯を鳴らした。

 エルミラは最初から自身の力を最大限に発揮できる状況を整えるように戦っていた。

 まるで魔法生命のことが事前にわかっていたかのように。

 そうだ。思えばそれはおかしな話だ。一体何故? ジュヌーンの頭に疑問が浮かぶ。


「い、や……」


 そしてすぐに、初めてエルミラと邂逅した日の事を思い出した。

 突如、処刑の舞台に現れた日。何の益も無い救出劇。

 そう。たった一人……土蜘蛛の能力を使って拘束したにも関わらず殺せていなかった者が一人だけいた。


「ま……さか……」


 生きる価値も無い人間。自分の才能を欠片も受け継がなかった失敗作。

 イクラム・トルテオーン。形式上は息子ではあるが、ジュヌーンにとっては処刑という舞台を飾るためだけの生贄でしかなかった。

 そのイクラムを確かに、ジュヌーンは呪法で拘束し、毒でその体を麻痺させて喋れなくした。

 その情報を元に、戦い方を定めていたのだとしたら。


 何の価値も無いと断じたあの救出劇が、そもそもの分岐点だったのか――?


 ジュヌーンの呼吸が荒くなる。

 自分が敗北した理由が魔法使いの理念そのものだと気付きかけて、否定の声を頭の中で探す。あの時のエルミラの行動が回り回って、今に繋がっていることが気に食わない。

 いや、否定するにはこの敗北を勝利に変えなければ。

 何とかして、あの女を殺さねば。

 ジュヌーンが再び抱く殺意と恨みは呪いめいて、エルミラへと向けられる。


「っそ……! 魔力……使いすぎた……!」


 対して、同じように倒れているエルミラもまた何とか起き上がろうともがいている。

 土蜘蛛を確実に倒すためにと魔力切れを起こした体は力が入らない。

 だが、まだジュヌーンを倒せていない。まだ終わりじゃないとエルミラは力を込める。

 何やりきった気になって倒れてんのよ、とエルミラは心の中で自分を叱責した。


(あの魔法生命は復活して日が浅かった……! 宿主の人格浸食も終わってないんだからジュヌーンはそのまま残るに決まってる……! ちゃんとそこまで考えなさいよエルミラ・ロードピス! とどめ用の魔力もちゃんと残しとけこの馬鹿――!)


 魔法生命を単独で倒した偉業を誇ることもなく、ただジュヌーンにその戦意を向け続ける。

 魔法生命に全霊を注ぐのは当然のことだというのに、それを誇ろうともしない。

 戦いが終わり、煙と砂塵と晴れてもなお……二人の戦意だけは消えなかった。

 ――そんな二人だけの場所に、黒いローブが風を受けながら現れる。


「!!」

「お、おお! イク! そうだ! お前が、お前がいた!!」


 瓦礫となったパヌーンの町の大広場。二人が倒れるその場所に現れたのは黒いローブと仮面を被った数字名の魔法使い。ジュヌーンの側近であるイクだった。

 イクは戦闘の間どこかに隠れていたのか無傷であり、その手には長剣が握られている。



(し、しまった……! こいつがいた……こいつだけはここに残ったことはちゃんと確認してたはずなのに、頭から抜け落ちてた……!)


 エルミラは失念していた敵が姿を現したことで、必死の形相で体を起こそうとする。

 今の状態で攻撃されたら為す術がない。せめて体を動かして逃げるなり戦うなりの選択肢を得なければ。

 このままでは無抵抗で殺されるしかない。


「ほ、ほっほっほ……! よく控えていた……! よく控えていたぞイク……! 土蜘蛛は殺されたが最後に笑うのは私のようだな小娘……!?」

「っ……そ……!」


 せめて『強化(ブースト)』だけでも使えれば。

 力の入らない体を動かそうとしながら魔力を"充填"しようとするが、枯渇した魔力の弱弱しい感覚しか伝わってこない。

 今エルミラに残っているのは生存の為の最低限の魔力だけであり、この魔力を使うのは本末転倒であると体が告げている。


(考えろ考えろ考えろ! まだ生きてるんだから勝手に諦めるな私――!!)


 エルミラは歩いてくるイクを睨みながら生き残るために思考を回転させる。

 イクの手には長剣。自分の体は動かない。魔力はゼロ。

 どれだけ考えても体のほうを狙ってくれと願うことしかできない。体を狙ってきてくれれば、もしかしたら体を捻って刺す場所をずらせれば即死を免れるかもしれない。首を斬りに来られるよりは生存の確率は上がる。

 そう願うことが、今のエルミラに出来る限界だった。


「流石は私の側近だ……万が一に備えて控えておくその判断……。腕を上げたなイク!」

「ありがとうございます。ジュヌーン様」


 イクはジュヌーンのいる所まで歩くと、倒れるジュヌーンの横で片膝をつく。


「今は私のことは構うでない! あの小娘を殺せ! そしてその首を私に捧げるのだ! その褒美にアブデラ王に直訴し、貴様の永遠も約束してもらおう!」

「…………」

「ほれ! いけイク! 私のことは案ずるな! 魔力切れを起こしているだけじゃ!」

「……そうですか。それはよかったです」

「何をしておる!? 早く――」


 そして、手の持つ剣を倒れるジュヌーンの胸に突き刺した。


「…………え?」

「………………は?」


 困惑はエルミラとジュヌーンの両方に。イクだけがその真意を仮面の下に隠している。

 次の瞬間にはジュヌーンの意識が現実に追い付き……逃れられぬ痛みが襲った。


「な、な、な、なぁ!?」

「……っ! あああああああああああああああああ!!!」


 仮面の下からこだまするイクの絶叫。

 未だ何が起こっているのかわかっていないジュヌーンの体を、イクはその剣で突き続ける。

 胸を突き刺した次は腹を、次はまた腹を。次は胸を。

 何度も……何度も。何度も何度も何度も。


「げぶっ! ご、っ……! い、イグ!? な、にを!?」

「ああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 何度も何度も何度も突き刺す。

 そこには剣技など存在しない。イクは息の続く限り、ジュヌーンの体に剣を刺し続ける。

 刺し傷からじわじわと流れ出る赤色は増え続け、ついにはジュヌーンの服が真っ赤に染まった。

 ジュヌーンの頭の中で何故という疑問だけが浮かぶ。

 イクの仮面の下がどんな表情をしているのか、ジュヌーンには想像することもできない。


「やだ……! わだじは、えいえんを……! やぐぞ、ぐ……ざれて……だれが……助けてくれ……」


 だから、ただ助けを求めて手を伸ばした。

 伸ばす手の先には、何も無い。誰もその手をとる者はいない。

 助けを求める声は誰にも届くわけもなく、誰も聞き入れるわけもなく。

 そうなるべくしてなった人生を歩んできたのだと、わかってすらもいないゆえに。


「かびゅ……」


 イクが再び胸を刺すと、間の抜けた声を立ててジュヌーンの体は小さく震えて動かなくなった。

 その表情には安らぎなどなく、死ぬ事への恐怖を抱えたままジュヌーンは絶命する。

 

「はぁ……! はぁ……! はぁ……! はぁ……!」


 ジュヌーンの体から噴き出した返り血に濡れた手で……イクは動かなくなったジュヌーンから剣を抜く。

 剣を刺し続ける間絶叫し続けていたからか、それとも自分の行いに思う所があったのか息が荒い。

 しかし、仮面の下に後悔だけは無かった。

 イクは立ち上がり、その視線を無惨な死体と化したジュヌーンからエルミラのほうへと向けた。


「あ、あんた……」

「マナリルの……魔法使い……」

「え……な、なに……?」


 エルミラは緊張した様子で生唾を飲み込む。

 次はお前だ、そんな事を言われるかと思ったが……イクの口から出てきたのは予想もしていなかった言葉だった。


これ(・・)は、なんだ?」


 血塗れの指で、イクはもう動かないジュヌーンを指差す。


「これは、なんだ?」


 再度の問い。エルミラにはその問いの意図するところがわからなかった。

 そして何故……震えながらそんな質問をしてくるのかも。


「これは、ダブラマか?」

「え……?」

「これは、ダブラマの貴族か?」


 イクは震える声で問いを繰り返しながら、仮面をとる。

 その素顔は整っているが、澄んだ碧眼からは頬を伝う静かな涙を流していて、震えるその姿はまるで何かを求めているかのようだった。


「私が殺したのは……ダブラマの英雄か?」


 もう一度、問う。

 忠誠を誓った祖国への反逆が後ろめたくて。


「私が殺したのは……妹の仇か?」


 再度、問う。

 妹を殺した仇を取る。何故自分が姉としての決断をとったのかを知りたくて。


「――答えてくれ。私は一体何を殺した?」


 望む答えが何なのかわからない。

 ただそれでも、誰かに答えて欲しかった。

 自分は一体、どこに立っているのかを。


「……そんなの決まってる」


 エルミラの表情はもう穏やかだった。

 震えながら問いを投げかけてくるイクが、壊れかけたガラス細工のようで……助けを求めていることがわかったから。

 ……エルミラはただその問いに答えたかった。


「あんたの敵でしょ。あんたがどうしても許せなかった……あんたの敵よ」

「あ……」


 その答えを聞いた瞬間、イクの表情がくしゃりと歪んだ。

 静かに流れていた涙はボロボロと零れ落ち初めて、血塗れになった剣もまた音を立てて落ちた。

 自身の決断を暗に肯定するエルミラの答えが、彼女にとっての些細な救いに変わる。

 ジュヌーンの側近になる前から、魔法使いとして廃棄されかける前から、魔法使いになる前から、ダブラマに忠誠を誓う前から。


「あ……うぁ……! うああああああああ!!」


 そんな人生の岐路のずっと前。妹であるメルアが生まれた瞬間から自分は姉になったことを思い出して。

 あんな風にベッドの上で、妹を無惨に殺されたことを許せるわけがなかったのだと……自分を肯定できる答えをイクはエルミラから貰った。

 たとえ、エルミラがイクの事情の全てを知らなかったとしても。

 

「っ……! て、手を貸します! マナリルの魔法使い!」

「え? ま、まじで……?」


 イクはローブで涙を拭って……自身が被っていた仮面を捨てると倒れているエルミラに駆け寄る。

 エルミラは驚くもその言葉は本当のようで、イクは倒れているエルミラを起き上がらせて肩を貸す。


「な、なんか知らないけど……悪いわね……?」

「すぐに休める場所へ! 医者を呼びます!」

「いや、それよりも……仲間の所に行ってほしいの……。妨害用魔石を破壊しないと……」

「あの三人ですね……なら連れていきます。警備の兵士達には私から説明しましょう」

「い、いいの? えっと……私はエルミラ・ロードピス……」

「私はイ……」


 イクは開きかけた口を一度つぐんで、


「私の名前はクーリア(・・・・)。どうか、覚えてあげてください」

「へぇ、いい名前ね」


 もう呼ばれることが無いと思っていた本名を名乗る。

 エルミラは予期せぬ助けに感謝して、瓦礫と化したパヌーンの町を支えて貰いながらサンベリーナ達と合流するために歩き始める。


 アポピスの瞳が開くまで後二時間。

 ダルドア領の戦い。勝者――エルミラ・ロードピス。

いつも読んでくださってありがとうございます。

ダルドア領の戦い編終了となります。ここで一区切りとなります。

感想など頂けると泣いて喜びます。これからもどうか応援よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 拳を突き上げて勝利を叫ぶ姿が似合う女、エルミラさんマジリスペクトカッケェェエエエーーッッ!!
[良い点] まさに因果応報。 外道に相応しい最期でした。 魔法使いとしての経験以外の全てがこの妖怪を凌駕した瞬間でしたね。 クーリアには、新しきダブラマと共に歩みつつ幸せになって欲しいものです。
[一言] 怨みを買いすぎたのう、しかも正当性がないと思われてしまっては、その怨みを晴らされてしまうだけさな
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