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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第八部:翡翠色のエフティヒア -救国の聖女-

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576.ダルドア領の戦い7 -埋火-

『どうした! 逃げの一手とは失望させてくれるな女人(にょにん)!!』


 瓦礫の海と化したパヌーンの町の大広場。

 その中心で蜘蛛の怪物と灰のドレスを纏った少女がせめぎ合う。

 いたぶるようにエルミラを狙う八本足は()げば鞭のようで、刺せば槍のよう。

 対して、エルミラは血統魔法を纏いながらその攻撃をかわし続ける。

 まるで互いに、踊っているかのようだった。

 灰のドレスを纏う少女と八本足の怪物のステップは互いを殺すために続く。


「そっちの攻撃が情けないだけでしょ! その図体で女の子一人捕まえられないんだから!」

『久しぶりの食事! 久しぶりの快楽! 戯れずにいては勿体なかろう!』


 土蜘蛛は口から液体をまき散らしながら笑う。

 心底から、エルミラが自身の攻撃をかわす瞬間すら楽しそうに。

 飢えすらも娯楽のスパイスにして、いわば欲望を満たすための下拵(したごしら)え。

 戦闘はいわばただの過程に過ぎない。

 退廃的でありながら原始的な欲求を振り回す。


『この土蜘蛛はそう在るもの!』


 (しょく)す。


『快楽を貪るもの!』


 食す。食す。食す。


『相手を食らい、奪い取る! 性交よりも激情を! 眠りよりも深淵に! 心地のいいその瞬間のために!』


 食す食す食す食す食す。


『他が命はこの土蜘蛛の快楽のためにある! 肉を得て生まれたのも! 血に満ちて生まれたのも! 恐怖に怯える人格を有したのも! その器に収まる魂さえ! この土蜘蛛のためと知れ!!』


 (しょく)す――!


 赤黒い八つの眼にただ一つの欲求を(たた)えて土蜘蛛は吠える。

 人間や動物も行う他者の命を奪う食事という行為の、いわば全能的快楽化その化身。

 性交して食す。眠りながらも宿主に食させる。そしてただ食す。

 単純にして至高の欲求を求め続け、奪った命の怨念すらも自身の力に変えてきた怪物。

 でなければ、一九〇〇を超える死を積み上げることなどできない。

たった一つの欲望にその在り方を捧げ続けていたからこそ、彼は呪いとなりそして伝承の存在へと至った。


「聞いてねえわよ! あんたの理屈なんて!」

『存在意義を教えてやったのだ弱き存在に!』

「はっ! 大きなお世話! あんたなんかに教えてもらわなくて結構よ! あんたの糞爺(やどぬし)も最悪だったけど、あんたはその上を行く最悪ね!」


 エルミラもまたその怪物に一歩も退かない。

 怪物なら嫌というほど出会ってきた。

 その脅威を体に刻んできた。

 怯える必要なんかない。今日までの記憶が前を向き続ける意思を支えている。


『照れ隠すな! 大人しくその操を捧げるがよい! 貴様の肉と血の味の素晴らしさを伝えながら殺してやろう!』

「お生憎様! 捧げる相手ならもう決めてんのよ! あんたなんかが一生敵わない奴にってね!」


 鬼胎属性の魔力が充満するこの空間の中、灰のドレスが美しく舞う。

 澄んだ赤い瞳で、勝利への道筋を見つめながら――!


『この土蜘蛛相手にここまで立ち回れるのは見事――! だが、そのみすぼらしい灰の(よそお)いでどうする!? そんな爆発ではこの土蜘蛛の甲殻は傷つけられても、核の破壊など夢のまた夢だぞ!』


 エルミラは八本の足による攻撃をかわしながら灰を爆発させているが、土蜘蛛の言う通り大したダメージにはなっておらず……多少の傷はついても、有効打にはなり得ない。

 対して、エルミラはただの人間。少しでも気を抜けば土蜘蛛の足に貫かれて終わりだろう。


(けど……)


 エルミラにはそうはならない確信があった。

 それは実力による自信でもなければ、土蜘蛛を侮っているからでもない。

 顕現した魔法生命と相対したからこその確信がエルミラにはある。


『血統魔法と言ったかの!? この土蜘蛛の宿主と比べてあまりにお粗末な切り札! 人間相手なら十分かもしれぬが我ら魔法生命を相手するには力不足! 武士(もののふ)のような精神を持っていながら何と勿体ない……安心するがよい。この土蜘蛛は貴様の命を無駄にはせんぞよ!』

「――!!」


 遊びのように八本の足だけで攻撃していた土蜘蛛の動きが変わる。

 斑模様が浮かぶ腹が少し持ち上がったかと思うと、鬼胎属性の魔力が集中した。


『【虎呼(ここ)死糸牙(ししき)】!』


 腹の先から噴き出すのは鬼胎属性の魔力を纏った糸。

 蜘蛛の姿に相応しく、糸が虎の模様のように描きながら宙を舞う。

 ゆっくりと展開されたその糸の先は描いた模様を示すように、牙のような鋭利さへと変わりエルミラに襲い掛かる。


「呪法――!」


 エルミラはその糸の性質を見抜いていたのか、すぐに迎撃のために灰を撒く。

 爆発で攻撃の軌道をずらすのは先程ジュヌーンの血統魔法相手にもやっていたことだ。

 牙のような形状となり、切っ先がわかりやすいこの攻撃ならば容易に軌道をずらすことができる。


「!!」


 灰のコントロールに集中しかけた思考を咄嗟に変え、エルミラはその場から跳ぶ。

 向かってくる糸に触れた灰はドオオン! と音を立てて爆発するが……その糸の軌道は寸分も変わらない。

 何の障害も無かったかのようにエルミラがいた場所にあった瓦礫に突き刺さる。

 すると糸が触れた瓦礫が持ち上がったかと思うと、意思を持っているかのようにエルミラのほうへと向かってきた。


『力不足と言ったであろう!? 女人(にょにん)!』

「ちっ! 呪法だからコントロールできるってわけね!!」


 エルミラは灰を撒き、飛んでくる瓦礫を爆発で粉々に砕く。

 しかし、糸の脅威はまだ終わっていない。


(刺さるだけじゃなくて触れるだけでも捕まる――!)


 糸という脆弱にも聞こえる認識だから勘違いしてしかけるが、この呪法は糸というよりは獣に近い。

 獲物であるエルミラを捕えようと向かってくる土蜘蛛の意思を持った猛獣だ。しかもその猛獣が鉄の硬度で襲ってくるのだからたちが悪い。


『焦らすのが上手いな女人(にょにん)! いいぞ! 馳走に相応しい足掻きを見せてみよ!』


 五メートルの巨体が悶えるように震え、そして瓦礫を破壊しながらエルミラに迫る。

 糸の呪法だけではなく、巨体による単純な質量の衝撃。

 エルミラに休む暇はない。薙いだ鞭のような足を跳躍してかわす。

 普通ならその巨体に乗って巨体の脅威だけでも無くしたいところだが……魔法生命は普通の生命体ではなく、鬼胎属性の魔力の塊でもある。触れた瞬間に魔力と一緒に恐怖の記録が流し込まれ、精神に甚大なダメージを負う。

 今そんなリスクは負うわけにはいかない。


「まだ……まだ……!」


 瞬きも忘れて、ぶつぶつと小さく呟き続けるエルミラ。

 八本の足の動きと向かってくる糸の動き。

 普通なら諦めるであろう攻撃の嵐だが、エルミラの眼は死んでいない。


『ネズミのようにちょろちょろちょろちょろと! まだ持久戦などと言うつもりか!?

鬼呼(きこ)魂魄結界(こんぱくけっかい)】!』


 牙のように向かってくる糸が消えたかと思うと、今度は空高く腹の先から糸が吐かれる。

 初見の呪法ではあるが、その意図はエルミラにもすぐにわかった。

 吐かれた糸は空で網状に広がり、エルミラと土蜘蛛を囲む檻のように固まっていく。

 糸の檻が完成したその瞬間、エルミラは自身の体が重くなるのを感じた。


「そういう呪法ってことね……!」

『結界を見るのは初めてか女人(にょにん)!? 怪異の張る結界は人間には苦しかろう!?』

「はっ! ずいぶん温い呪法じゃない!? 全然余裕で逃げれるじゃないの!」


 額ににじむ脂汗をやせ我慢して、エルミラは笑い飛ばした。

 飢え死んだ死者に手足を握られているように体は重く、蜘蛛の子に魂を這いまわられているような不快感が全身に走る。

 今すぐ胃の中をぶちまけたいほどの吐き気は呪いというよりも病に(かか)ったかのよう。

 この糸の檻の中にいる間この状態がずっと続く。そう思うだけで楽になったほうが早いのではと錯覚しそうになる。


『余裕か……青ざめた顔色でよく吠えるのう!?』

「あんたが気持ち悪すぎて吐き気がするだけよ! 私って蜘蛛苦手だった気がするしね!」


 血色の消え始めた顔色だけでも、エルミラの不調は明白。

 結界は使い手にとっての正しき領域。世界改変に至らずも近いであろう術。

 呪法によって張られた結界とあらば、人間の生を蝕むことなど造作も無い。


(違う――! まだ……! まだ耐えろ!!)


 それでも、エルミラは耐え続ける。今のうちに吠えていろと怪物を睨み続ける。

 いずれ必ず来る勝機のために。

 灰で隠している埋火(うずめび)は燃え上がるその瞬間を待っている――!

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