575.ダルドア領の戦い6 -無価値かもしれないけど-
「いやあああ! よけて!!」
「い、一体これは!?」
「何で町の皆さんがここに!?」
パヌーンの町ダルドラ家管理地区。
サンベリーナ達を見つけて警告してきた兵士に、サンベリーナ達を追ってきた操られているパヌーンの町の住民達が襲い掛かる。
避難しているはずの住民達が外にいること含めて兵士は困惑しながら防御するも、強化されている住民の身体能力に押される。
いくら兵士達が鍛えているからといって、兵士達は平民。強化されている住民達を押しとどめるのは限界がある。
「うちらだけじゃなくて兵士も襲い始めたし!」
「な、なんでだ!? あっち的には味方だろ!?」
「恐らく、魔法生命側に何かあったのでしょう……コントロールが効かなくなっているのか戦闘に高揚してこちらどころではないのか……」
サンベリーナは大広場の方向をちらっと見る。
先程聞こえてきた大きな爆発音といい、操られている住民達の行動の変化といい……あちらでは間違いなく何かが起こっている。
ここからではエルミラの無事を祈るしかない。何より自分達の役目も終えていないのだから。
「まずいし!」
「お、おいフラフィネ!」
「先行って! サンベリっちに怪我させたらイクラっち殺すし!!」
「そんな無茶苦茶な!」
フラフィネは方向を変えて住民達に襲われている兵士達の下へ。
壁を背にして凌いでいる所に割って入り、二人の兵士を抱えて屋根へと跳んだ。
「あ、ありがとう……」
「ありがとうじゃない! 敵よ!」
「あんたらのためじゃないし! あんたらが殺されて一番傷つくのはあの人達でしょ!」
フラフィネは舌打ちしながら背後を見る。
案の定、こんな横入りで操られた住民達が止まるわけもなく、強化された身体能力を使って屋根に跳んでくる。
「いたい……! いだいよお!」
「足が……! もう足が……! もういやだああああ!」
「っ――!!」
操られている住民達の体も限界が来ていた。
慣れていない強化を受けて動かされているのだ。その負担は尋常ではない。
一般的な魔法使いでさえ、普段から体を鍛えて強化に耐えうる体を維持しているというのに、強化によって身体能力が上がった体を無理矢理動かされている住民達の負担はそれ以上だろう。
そんなことは当然ジュヌーンは承知のはず。
それでもなおこの選択肢をとったジュヌーンをフラフィネは軽蔑した。
「ねえあれ……あ、あなた達がやってるわけじゃないの……?」
「なわけないし! わざわざ自分達を襲わせる馬鹿がどこにいるし!」
「だ、騙されないわよ! そうやって……そう……やって……」
フラフィネの脇に抱えられている二人の兵士もようやく状況を理解したのだろう。
フラフィネを責めようとするが、責める材料があまりにも見つからない。
自分の意思で動いているとは思えない住民達の行動とその住民達から自分達を助けてくれたこの状況……異常なのはどう考えてもこの町の現状だった。
「フラフィネさん! 全く無茶を!」
「サンベリっち! このまま妨害用魔石のとこまで向かうし!」
「ええ当然ですわ!」
「あの建物だ! 警備ががっつりいるぞ!!」
イクラムは前方に建っている巨大な建物を指差す。
近くにはダルドア邸から少し離れた場所にある商会の倉庫が並ぶ一角。
警備を配備しても違和感が無く、そして隠し場所というにはあまりに堂々とした場所。そこがミスティ達が突き止めた妨害用魔石の隠し場所だった。
「仕方ないし!」
「飛び込みますわよ!」
強化で上がった身体能力に任せて、サンベリーナ達は倉庫に飛び込む。
そしてすぐに扉を閉めた。どれだけの時間が稼げるかわからないが、鍵をかける。開きっぱなしよりはましだろう。
「そこまでにしてください」
しかし、案の定……サンベリーナ達が飛び込んだ倉庫には兵士達が配置されていた。
中は小綺麗に整理されていて、よく見れば壁や床も魔石製で簡単には破壊できないようになっている。倉庫というよりは倉庫に偽装した保管場所なのだろう。
町に動員されていたのとは比べ物にならない数の兵士達が並んでおり、武器を構えてこちらに向けている。特に二階のギャラリーのような場所から狙われる弓矢を相手するのは面倒だ。
飛び込んできたサンベリーナ達を確認すると、指揮官らしき人物が前に出てきた。
「ほら、待ち伏せしてたし」
「ほらじゃありませんわ。こんな数相手にしている余裕ありませんわよ」
「まずは私の部下を返して頂きましょう」
「……まぁ、いいし」
このままなりふり構わず攻撃された時、庇うのも面倒なのでフラフィネは脇に抱えた兵士二人を解放する。
二人の兵士はフラフィネに助けられたことから負い目を感じているのか、躊躇うように振り返りながらも兵士達の指揮官のほうへと走っていった。
「この町を混乱に陥れる賊とはいえ、名乗らないのは礼儀に反します。私はホーネット。ジュヌーン様とイク様、そしてニサ様が……不在なため……。この衛兵隊の指揮を任されています」
「それで? 何ですの?」
「いくらあなた方が魔法使いであっても、この数を相手するのは難しいでしょう。特にそちらの金髪の方はすでに怪我もしているご様子……。大人しく投降してください」
待ち構えていたのが予想よりも理性的な指揮官なのもあって、サンベリーナとフラフィネは拍子抜けする。
しかし、あまりにもこの町の現状をわかっていない警告だったために二人は呆れたように顔を見合わせた。
「あんた、外見てないし?」
「は……? どういう意味です?」
「大人しく投降して、殺されろという提案にしか聞こえませんのよ」
「な、なにを馬鹿なことを……。捕虜は丁重に扱わせて頂きます。パヌーンの衛兵隊は全員女性ですし、性別的な問題も……」
「外の方々も、私達を丁重に扱ってくれるとよいのですけどね?」
「どういう……?」
扉の外から、大勢の人間が駆けてくる音が聞こえてくる。否。押し寄せてくる。
扉を殴りつけるような騒音が一斉に始まって、武器を構えていた兵士達は困惑した表情を浮かべ始めた。
「あんたんとこの領主がこの町の住民達を操って手当たり次第襲わせてる。町には怪我人もいるし」
「そんな言葉に騙されるとでも……」
「そこの二人に聞いてみるといいし」
指揮官のホーネットはフラフィネが助けた二人の兵士のほうに視線をやる。
二人の兵士は町の住民達が襲ってきたことが本当だとということをホーネットに説明した。ジュヌーンがやっているかどうかまではその二人にはわからないが、少なくとも押し寄せてくる音が操られた住民達によるものであるということは間違いない。
耳をすませば聞こえてくる。不本意な暴力を嘆き、無理矢理動かされる体の痛みに嘆く人々の声が。
「あなた方の魔法によるものかもしれません。ジュヌーン様がそのような、ことは……」
「どこに自分達を邪魔する相手をわざわざ用意する馬鹿がいるし! それに私達の属性じゃそういうのは無理! サンベリっちは雷でうちは闇! イクラっちは地属性! 精神干渉は専門外だし!」
「その言葉が……真意であるかもわかりません。私達は平民ですから」
「そのあなた達を助けるために私達は行動しているんですのよ!」
「それを信じる馬鹿がどこにいますか!」
平民には魔法の属性の差異などわからない。
細分化されている属性ごとの特性、魔法系統ごとの性質。魔法を使えない平民にそのような知識が入っているわけもない。
更に言えばサンベリーナもフラフィネもダブラマの人間ですらない。助けるためと言われて……どう信じろというのか。この地を治めてきたジュヌーンと比べて信じられないのは当然。
外の操られた住民達がどれだけの攻撃を加えたのか、魔石製の扉にひびが入り始めた。場は硬直したまま暴力だけが近付いてくる。
「っ! フラフィネさん!」
「『不可侵の庭』!」
フラフィネは振り返って、扉に向けて防御魔法を展開する。
その瞬間、鍵は破壊されて操られた住民達が大勢なだれ込んできた。
「いだい……! 助けて……!」
「体が勝手に動くんだ! 嘘じゃねえ! 嘘じゃ!」
「止めてくれ! どめでぐれよお!」
「う、ぐううううう!」
破られた扉の範囲をフラフィネが必死に防御魔法で持ちこたえる。
壁のように張られた黒い空間を操られた住民達は悲痛の表情で叩いていた。
その手は扉を破壊するためにどれほど体を酷使したのか、手の皮がむけており、そこから滲んでいる血が痛々しい。爪が剥がれている者までいる。
「フラフィネさん! 血統魔法で一気に気絶させられませんの!?」
「うちの血統魔法は対人特化……! 使ったら気絶させるどころか殺しちゃうし!」
「っ……! 私の血統魔法も"現実への影響力"が高すぎて……!」
魔法使いの切り札たる血統魔法ではどうにも出来ない状況についサンベリーナも舌打ちをしてしまう。
フラフィネの防御魔法ももって一分弱。操られている住民達がなだれ込んだらサンベリーナもフラフィネも抵抗のために戦闘せざるを得ない。そうなれば、兵士達も二人を攻撃し始めるだろう。
どうすればいい。この最悪の状況を覆す一手をサンベリーナは探す。
「ほ、ホーネット隊長……」
「あ……」
兵士達に指示を求められて、兵士達の指揮官であるホーネットは我に返る。
声を掛けられるまで、暴徒と化した住民達に釘付けになってしまっていた。
助けてと懇願しながら暴力を繰り返すこの町の住民達。止めてくれと泣き叫ぶその表情に今の状況を望んでいる者は誰もいない。
いやそれどころか……敵であるサンベリーナもフラフィネも恐らく望んでいない。
この状況を望んでいるのは――一人しかいない。
「い、いや……!」
それでもと、ホーネットは頭に浮かぶ領主の姿を振り払って自身に命じられた命令を思い出す。
自分達はこの地を治める領主に仕える……兵士なのだから。
たとえ、その領主に影があったとしても――
「命令を……。遂行します。敵勢力の確保を……優先して……」
「おい……いい加減にしろよ……」
「……ぁ」
声を上げたのは、一人の男。
サンベリーナとフラフィネの傍らでただこの場の異常を傍観していたただの道案内役そしてこの町で死んでいたはずの平凡なダブラマ貴族――イクラム・トルテオーンだった。
「何でそうなるんだよ」
「イクラムさん! 危険です!」
「イクラっち!」
イクラムは指揮官であるホーネットのほうにゆっくりと歩いていく。
兵士達の構える武器の矛先がイクラムのほうへ向く。
「なあ……これ見てまだわかんないのかよ……」
ホーネットの命令一つで今すぐ刺し殺せそうな距離。
それでもイクラムは構わずホーネットのほうに歩いていく。
泣きそうな表情のまま。ただ歩いていく。
「町の人達を操って自分達を襲わせる……。そんなマッチポンプ誰が好き好んでするんだよ……。んなわけねえだろ……。本当にわかんねえのかよ……?」
「あ……う……」
「いつまでただ盲目に従ってる気だよ! 何が起きてるか本当にわかんねえのか……?」
イクラムの叫びで兵士達の目は助けを求める住民達のほうへ。
痛みに耐えながら、ただ助けを求めている声がさっきよりも鮮明に兵士達に届き始める。
「あんたら……俺達と一緒じゃねえのかよ……? 俺達貴族は平民を守って……あんたら兵士は平民だけど、この町を守るために……だから兵士になったんじゃねえのかよ……? なのになんで……目の前で助けてって言ってる人達のことを無視するんだよ?」
「そ、それは……」
「こいつらは……あの女は! あの女は無視しなかったぞ……!」
今でも鮮明に、瞳の中に浮かび上がる。
理不尽な処刑。実の父親に命を消費されかけたその瞬間。
イクラムはあの光景を忘れない。目の前に現れた――燃えるような赤い髪と紅玉のような瞳を持つ少女の姿を。
絶望の中ただ一人……無価値な自分を助けに来てくれたその姿を。
助けてという声にならない声を聞いてくれたたった一人の少女の背中を、イクラムはきっと死ぬまで忘れない。
「俺達はあんな主役にはなれないかもしれないけど……けどよ、自分の役目くらいは見失うなよ……!」
"せめて、助けられたことに恥じないことをしろよ"
助けられて父親に処刑された現実が信じられなくて呆然としていた時、ルトゥーラに言われた言葉が頭の中で響く。
それが今だよ。きっと、今だ。
あの女に、エルミラに助けられた。
エルミラは俺なんかのために怒ってくれた。
なら俺の役目はきっと、この場にいないエルミラの代わりに叫ぶことだ。
イクラム・トルテオーンという人間は何の役にも立たなくて、誰の印象にも残らないほど薄くて、父親に言われた通り無価値な人間かもしれないけれど――言葉を伝えるくらいはきっとできるはずだから。
「お前らの役目は俺達敵を殺す事か!? それとも民を助けることか!? どっちだお前ら目覚ませ! ちゃんと声聞け! 何が起こってるか見て考えろ! いつまで……いつまで俺達傍観者でいるつもりなんだあ!! ここは、ここは俺達の国だろうが!!」
ホーネットの目の前までイクラムは歩いて見せる。
昂った感情でボロボロと涙を流しながらの、格好のつかない叫び。
自分の言葉ですらないかもしれないが少なくとも、彼は彼ができることのために動いていた。恩人の思いを、この国に暮らす人の声に変えて。
「半分、エルミラっちの受け売りだし……!」
「……恩人の背中というのはそういうものですわ。それに少なくとも」
イクラムの声を聞いて、指揮官であるホーネットの表情が変わったのをサンベリーナは見逃さなかった。
風向きが変わる気配がする。強く間違った者が作った醜い状況の中、弱くても正しい思いが伝播していく。
強い者が正しく、強い者に従うその理念に今――弱き者の叫びが小さな穴を開けた。
「前に踏み出さんと足掻く姿は、美しいものですわ」
そう。彼女達もまた――この国の為にと兵士となった人々なのだから。
「全ての責任はジュヌーン様より指揮を任されているこのホーネットがとります! 私達が守るべきはパヌーンの町の……ダブラマの人々! 緊急時につき、彼等を救うために現時点をもって敵勢力との共同戦線を張る!!」
ホーネットの命令によって兵士達の表情が変わる。
サンベリーナ達に向けていた矛先を下ろして、フラフィネが押しとどめている操られた住民達のほうに全員の意思が向いた。
動く理由が敵を捕縛する命令から、人々を助けるための意思となって兵士達の士気が上がる。
「気絶したら勝手に動くことはなくなると思うし! さっき町で倒れてる人達は動いてこなかった!!」
「情報提供感謝します! 目視の勢いから身体能力が向上していることが予想されます! 三人一組となって対応! 心苦しいですが、入ってきた人達を気絶させて無力化させます! 総員配置を変更! 敵魔法使いを援護しろ!!」
刃のついた武器を置いて、兵士達は即座に三人一組を組みながら配置を変え始めた。
敵であるはずのフラフィネやサンベリーナを援護するべく脇を固めて、操られた住民達がいつ飛び込んできてもいいような配置で身構える。
そんな中、サンベリーナは立ち尽くすイクラムと指揮官のホーネットのほうに歩み寄った。
「ほらイクラムさんも泣いていないで」
「う、うるぜえ……」
「あなたが作った流れですのよ。胸を張っていたほうがかっこいいですわ」
「元からかっこいいんだよ俺は……!」
イクラムはてきとうな捨て台詞を吐いて、フラフィネのほうへ。
サンベリーナはそれを見送って、ホーネットに話しかける。
「ご協力感謝いたしますわ。私達だけでは魔力が持つかどうか微妙なところでしたから」
「……元々、ジュヌーン様への不信感があったんです……。ここ最近、兵士が行方不明になる事件が多く……側近であるはずのニサ様も消え……それに、イク様も泣いておられたのを見かけていて……」
「なるほど……本性を隠しきれていなかったようですわね」
「……側近の方々とは特に、その……仲良くさせて頂いていましたから……」
ホーネットは悲しそうな表情を浮かべたかと思うと、振り払うかのように自分の頬を叩いた。
「魔石を破壊しにきたのでしょう? 私達は住民達の救出に忙しくなりますので……そちらに人員を割けません。魔法使いの方々と違って、近くの人達を守るので両手がいっぱいです。あちらの奥のあるのでどうぞ」
「あら、よろしいのですか?」
「どうせ、ジュヌーン様とまた顔を合わせるようなことがあれば命令違反で殺されてしまうでしょうし……私達が一番に守るべきは魔石ではなく、この国に住む人ですから」
そう言って、ホーネットも戦線に加わるべく走っていく。
サンベリーナはその背中を見送って、妨害用魔石のほうに走り出す。
「エルミラさん……後は頼みましたわよ……!」
残る気掛かりはジュヌーンと戦っているエルミラの安否。
この場にいる人々の無事の為にも、エルミラの勝利は不可欠である。
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