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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第一部:色の無い魔法使い
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61.侵攻二日目10

 そして地下通路の邂逅へと。

 広間に入ったベネッタの目に入ったのは壁にある無数の篝火。

 そしてその篝火に照らされた広間には名も知らぬダブラマの刺客とその近くには木製の箱があった

 その箱は話にあったダブラマの刺客が商人に扮して運んできたという縦長の荷物と一致する。

 それは人一人が丁度入れるような大きさで棺のようだ。

 あの中に魔法の核があるに違いない。

 ベネッタはそう確信して走り出す。


「くっ……」


 広間に座っていたトゴは向かってくるベネッタの迎撃の為に急いで立ち上がる。

 しかし思ったように体が動かず、普段のような力が無い。

 自分の体がどれだけ疲弊しているかをトゴは実感する。

 だが、計画を目前として魔法の核を破壊されるわけにはいかない。

 これが破壊されればもしかすれば【原初の巨神(ベルグリシ)】が消えてしまうかもしれない。消えずとも再生能力は無くなり、マナリルの魔法使いが【原初の巨神(ベルグリシ)】を対処するのがかなり楽になってしまう。

 そんな事になれば祖国の不利益。

 トラブルの種を前にトゴは何とか体を奮い立たせた。


「今になってここを嗅ぎつけるものがいるとは……!」

「邪魔しないで!」


 走り出したベネッタには特に策があるわけでも無い。

 貴族は魔法の勉強を行うと同時に、その習得を実感する為に教師相手に模擬戦をしたり、近くに出た魔獣を魔法で狩りをするのが当たり前だ。

 そうして教師から魔法の手解きをしてもらい、戦闘の教えを受けて実戦で少しでも動けるように慣らしていく。

 ミスティやルクスも当然行っており、ルクスも家の外で魔法使いと戦うのはアルムが初めてだったが、複数の教師から手解きを受けている為に戸惑いはほとんど無かった。

 ミスティに至っては魔獣が多い地域に住んでいるので、魔獣相手の経験はルクスより遥かに多い。

 だがベネッタは、魔法の勉強や治癒魔導士になる為の訓練はしているが、模擬戦や魔獣狩りの経験は皆無。

 ベラルタ魔法学院に入ってからもそれは変わらず、本人の言う通り魔法儀式(リチュア)もやった事が無く、申し込まれても断る始末だ。

 すなわち、戦闘の経験が一切ない。


「それでも……!」


 それでも引くわけにはいかない。

 エルミラが気付き、自分の魔法が掴み取ったベラルタを守れるチャンス。

 最悪目の前にいるダブラマの刺客を倒す必要はない。


「あれさえ壊せば……!」


 走りながらベネッタは制服の一番上のボタンを外す。

 勿論脱ごうというわけではない。

 ボタンを外すと普段は制服に隠れている首元の十字架が、そして制服の腕の裾を少しめくると手首に巻かれている鎖のついた十字架が外に出てきた。


『抵抗』(レジスト)!」


 ベネッタには当然敵の属性がわからない。

 魔法の属性効果に抵抗する補助魔法をかけながら距離を詰める。


 そして属性がわからないのは相手も一緒。

 トゴは走ってくるベネッタに向けて懐から刀身が黒く塗られた短刀を取り出して投げる。

 長い間体を動かずにここに居続けたせいか、体の調子が全くよくない。

 自分の体とは思えないほど力が入らず、今も立ち上がるだけで体力の消耗を実感した。

 接近戦に持ち込まれれば例え相手が女とはいえ押し負ける可能性が高い。

 トゴは自分の状態を冷静に把握し、距離を保つことに決めた。


「『守護の加護(シールド)』!」

「!!」


 十字架を象った魔力の塊を中心に薄い魔力の壁がベネッタの前に展開される。

 トゴの投げた短刀はベネッタに届かず、その防御魔法に傷をつけることなく弾かれた。


「こいつ……!?」


 向かってくるベネッタの防御魔法が纏う淡い銀の魔力の光。

 トゴは瞬時にベネッタの属性を理解する。

 ダブラマにも当然、治癒魔導士は存在する。そして治癒魔導士になる者が持つ属性の特性も。

 それは自身の傷も他者の傷も即座に癒すことが出来る治癒魔法を持ち、属性を持つだけで呪詛魔法に対する耐性を得ることができる特性で防御魔法の強固さを特徴に持つ属性。


「信仰属性か――!」


 トゴの持つ魔法属性――呪詛魔法を得意とし、決して威力が高いとはいえない闇属性魔法の天敵の一つだった。


「『聖撃(ホーリー)』!」


 ベネッタが指を二本トゴに向けて魔法を唱える。

 その指から放たられるのは銀に輝く魔力。

 信仰属性の攻撃魔法だ。


「くっ……!」


 トゴは咄嗟に横の棺を担いで横に跳ぶ。

 運んできた時には苦に思っていなかった棺の重さがトゴの弱った体にのしかかる。

 それでもまだ動けるようでベネッタの魔法を何とかかわした。

 ベネッタの魔法はトゴがいた壁に当たる。

 石で出来た壁はその魔法で少し破壊されるも、壁の紋様が奇妙に蠢くと修復されていった。


「うわ、きもちわるいー……」


 虫のように蠢く紋様にベネッタの顔が引きつる。

 ただの壁だと思っていたものが生き物であるかのように反応して再生を始める光景が異質さを際立たせていた。

 この場所は自立した魔法であり普通ではないとわかっていても不快感が抑えられない。


「くそっ……!」


 トゴは壁の様子など見る余裕は無く、その表情に焦りを浮かべている。

 たった数手ではあるが状況があまりにも不利だ。

 弱った体に属性の相性、そしてただでさえ弱った体に容赦なく重さを伝えてくるこの棺。

 とはいえこの棺を手放すわけにもいかない。

 ベネッタの目的はトゴを倒すことではなくあくまで魔法の核を破壊する事。

 必ずしもトゴに勝つ必要は無い。

 対してトゴは属性の相性の悪いベネッタから戦いの足手まといになる棺を守り続けなければならない。

 背中に担いだこの棺が破壊されれば最悪ダブラマの計画は頓挫する。

 トゴはそれだけは阻止しなければならない。 


「『闇襲(ダークレイド)』!」


 トゴの周りに無数の小さな黒い玉が展開される。

 トゴの仲間も使う闇属性の下位魔法だ。


「『守護の加護(シールド)』!」


 トゴの展開した魔法が動きを見せる前にベネッタは防御魔法を使う。

 ベネッタは実戦の経験は無いもののそれなりに知識はある。

 トゴの展開する魔法は黒い魔力の光。闇属性のものだとベネッタは気付いた。

 闇属性の攻撃魔法は威力が高くない。

 ベネッタも自分の使う信仰属性の強固さは理解している。

 よほど強力な魔法でも無い限り信仰属性の防御魔法を貫くことはできないという自信があった。


「いけ!」


 言葉と共に小さな黒い玉は針のように形を変えて目標へと飛んでいった。

 しかし、魔法の目標はベネッタではない。


「え――?」


 針へと変わった魔法は全て広間の壁にある篝火へと飛んでいく。

 シャーフの怪奇通路は本来明かりなどあるはずもない迷宮だ。

 この広間に篝火を付けたのは紛れも無いトゴ自身。篝火の位置は把握している。

 全ての篝火は落とせないが、魔法の当たった篝火は床に落ち、徐々に火は消えていった。

 照らされていた広間は壁にあった篝火が落ちて部屋も徐々に暗くなっていく。


「『闇襲(ダークレイド)』!」


 もう一度同じ魔法をトゴは唱える。

 魔法は同じように、最初の魔法で落とせなかった篝火へと突き刺さる。

 二回の魔法を経て、広間を照らしていた明かりは全て床に落ちた。


「『闇視(ダークビジョン)』」


 火が消え切る前にトゴは闇属性の補助魔法を唱える。

 補助魔法の魔力の光が示したのは目。

 トゴの目に暗いはずの広間が鮮明に映り、まだ消え切っていない火が眩しく映る。

 火が消える中、トゴはベネッタから距離をとる。


「明かりを……!」


 まだ火は消えきっていないが、広間はほぼ完全に暗闇と化す。

 トゴが唱えたのは暗闇の中でも光がある時のように見ることができる暗視の補助魔法。

 見えなければ敵であるトゴに魔法を当てる事もできず、棺も破壊しようがない。

 信仰属性には光を放つ魔法はあるが、暗闇の中ならばそのような魔法で広間を探っている内にベネッタを殺せる自信がトゴにはあった。

 弱った体とはいえ暗殺を得意とする集団の一人。

 トゴは明かりを消した事で状況を覆す。


"これならば……!"


 トゴは勝利を確信し、黒塗りの短刀を懐から抜く。

 だが、トゴは忘れている。

 この場に長くいすぎた事で当たり前の事に気付いていない。

 ベネッタと邂逅した際にベネッタは何も持っていなかった(・・・・・・・・・・)

 地下という暗い空間を進むために最も必要なものがその手に無いことにトゴは違和感を抱かなかったのだ。


「【魔握の銀瞳(パレイドリア)】!」


 怪奇通路に響く合唱。

 ニードロス家の血統魔法をベネッタは発動させる。


"終わりだ……!"


 魔法の効果が現れる前にトゴは短刀をベネッタへと投げる。

 放った短刀は一直線にベネッタに向かっていく。

 だが、短刀がベネッタに届く前にベネッタはその身を動かし、かわしていた。


「なに……!?」


 まるで見えているかのように短刀をかわしたベネッタに、トゴは驚愕の声をつい口から零す。

 当然、ベネッタには風切り音で飛来する物を把握する術などない。

 ベネッタはただトゴの動きを見て体を動かしたに過ぎなかった。


「残念、はーずれ」


 得意気なベネッタの表情がトゴの視界に映る。

 ベネッタの翡翠色の瞳は隠れ、魔力ある生き物を掴み取る銀の瞳へと。

 その瞳は明かりの無い空間でも魔力あるトゴを確かな形で捉えていた。

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― 新着の感想 ―
刺客達が全員そんなことある?ってぐらい相性悪い敵もしくは状況になってて笑う
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