571.ダルドア領の戦い2 -悪趣味-
(なるほど……言うだけのことはある……)
サンベリーナ達が去ってから十分ほどの魔法戦……先程までとは違い、エルミラとジュヌーンは一定の距離を保って戦い続けている。
その間に……ジュヌーンの表情は油断や慢心は消え、警戒の色が濃く浮かんでいた。
「ふむ、試すか……『鬼火の劈き』」
発せられる赤い魔力光とは違う紫の炎がジュヌーンの周囲にぽつぽつと浮かび、無数の火はやがて集まって手のような形に。
家屋一つを握りつぶすくらいの大きさになった炎の手はそのままエルミラを捉えるべく勢いよく向かってくる。
「上位魔法……? いや、中位に"充填"を多くかけてる……」
ぶつぶつと言いながらも集中するエルミラ。
"充填"をしながら相手の魔法の"現実への影響力"を見極め、脳内でイメージしながら"変換"する。
エルミラを八つ裂きにする鬼火の手が届く直前、エルミラは右手を振りかぶった。
「『炎竜の息』」
声とともに、振りぬいた拳から勢いよく放たれる火柱。
ジュヌーンの鬼火の手はど真ん中から貫かれ、ただの魔力となって霧散していく。
エルミラが最も得意とする中位の攻撃魔法。
その"現実への影響力"は今や下手な魔法使いが扱う上位の攻撃魔法に匹敵する。
空気を焼くがごとき業火を見て、ジュヌーンの表情は悪意とはまた違うものに変わった。
(『炎竜の息』は威力の高い攻撃魔法だが……私のオリジナルを破るほどの火力を有するとは……。この歳でこれほどの使い手はダブラマどころかマナリルでもそうはいまい……)
その表情はエルミラを敵と認めた魔法使いとしての表情。
久しぶりに出会う本当の意味で戦いになる敵を見て、昔の血が騒ぐ。
その瞳はエルミラを嬲る相手としてはもう見ておらず、油断なく見定めていた。
先程使われた周囲に灰を散らすだけの魔法も含めて、エルミラを脳内で分析する。
(攻撃に防御、補助も高水準……辺りに散っている魔法は効果こそわからぬが恐らく感知魔法の類……。この私に呪詛は使わぬだろうが、呪詛や獣化も使えると踏んだほうがよいな……。
まだ全盛期が訪れていないというのにほぼ理想的な万能の使い手か)
しかし、ジュヌーンが警戒しているのはエルミラの技術ではない。
格上相手の戦いに臨んだとは思えない年齢にそぐわない落ち着き方、敵の魔法の"現実への影響力"を判断できる冷静さ、それでいて敵を戦闘不能にすることを躊躇わない容赦の無さ。
他人を庇うこと以外に魔法使いとしての甘さが一切なく、少女を相手にしているとは思えない緊張感が走ることだった。
「この私を警戒させるとは……二十年前の戦争でオウグス・ラヴァーギュと戦った時を思い出すのう……」
無意識にジュヌーンの口角が上がる。老人の表情ではなく戦闘を楽しむ嗜虐心に満ちた表情だった。
この高揚はいつぶりか。久しく味わっていない才能溢れる魔法使いを踏み潰す快感を思い出す。
「何笑ってんの? 小娘一人片付けられない自分に失望でもした?」
「ほほほ……。むしろ逆じゃよ。貴様のような魔法使いをまた壊せるかと思うとなぁ……女で魔法使いとは何ともお得なことだ。一人で二つの快感を得ることができる」
「はっ! ほんっと最低なやつね!」
繰り返される自分に対する挑発にジュヌーンは疑問を抱く。
最初こそプライドを刺激されて苛立ちを覚えたが……違和感のほうが先行した。
このエルミラという少女が強気な性格なのはわかった。その性格に見合うだけの実力もある。
だが……その性格と挑発を繰り返す割に、何故か後手に回ってくる。
最初の衝突を振り返っても、仕掛けにいったのはジュヌーンのほう。エルミラは見事対応して見せただけだ。
(慎重というよりは消極的……まさか……持久戦に持ち込んでいる……!?)
ジュヌーンはエルミラの目を見る。
ダブラマの第二位を十分以上もこの場に留めておきながら……こちらの動きを見逃さない集中力と必ず倒すという気迫。
互角以上の戦いができていることにも驕らないその精神を、赤い瞳は見せていた。
ジュヌーンは確かに現役の魔法使いではあるが……八十九という年齢もまた事実。
全盛期に比べれば一度に扱える魔力の総量は落ちている上に、なにより体力はとっくの昔にピークを過ぎている。
強化によって身体能力を上げての接近戦が常の魔法使いにとっては致命的な弱点となる。
今までは、そんな戦法を取れる魔法使いはいなかった。いや、できなかった。
ジュヌーンの火属性の破壊力と使い手の身体能力は落ちても強化のキレによってねじ伏せるだけの技術力は、今まで敵に持久戦をとらせなかった。
「なるほど……私の衰えとお嬢さんのその実力であれば確かに可能かもしれぬな」
「は? 何の話?」
「じゃが残念じゃ……私がこの力を手にしていなければ、勝機はあったろうに」
そう、もしかすれば……ジュヌーンだけなら持久戦で倒すことができたかもしれない。
だが、ジュヌーンの中にはもう一つの生命がいる。
怪物一体分の魔力を持つ……魔法生命というイレギュラーが。
「私を何とかしたとして……こやつはどう処理する気なのかね?」
ジュヌーンは下卑た笑いを浮かべながら、とんとん、と自分の胸を軽く叩いた。
「何言ってるか知らないけど……あんたを余裕でぶっ殺してそのこやつとやらもぶっ殺せばいいだけでしょ」
「ほっほっほ……! さてさて、出来るかのう……」
ジュヌーンは余裕を浮かべて、ちらっと、肩越しに背後に目をやった。
「もっとも……先にこやつの力を味わうのは貴様ではないだろうが」
「え……?」
「本当に相性がいいことだ。便利じゃなあ……魔法生命というのは? そう思わんかね?」
ジュヌーンはエルミラに言いながら邪悪に喜ぶ。
心底から嬉しそうなジュヌーンを、エルミラは殺意を込めてジュヌーンを睨むことしかできなかった。
自分の役割はジュヌーンを釘付けにし、そして倒すこと。対峙する互いが互いを縛っている。
「こっちだ!!」
「兵士達も流石に追ってきませんわね」
「というか、普通に妨害用魔石のほうにいるほうが効率いいし」
「元々、追っ手になるのは本隊ではないということですわね」
サンベリーナとフラフィネはイクラムの先導で順調に妨害用魔石の場所へと向かっていた。
追ってきた兵士は平民で構成されていた部隊……強化を使える魔法使いであれば振り切るのは難しくない。
念のために兵士が多くいそうな大通りを避けて、後三十分も走れば妨害用魔石の保管場所に到着する。
「魔力はまだ十分ありますが……念のために血統魔法と強化一回分の魔力は残しておきませんとね」
「言っておくが、俺には魔石を壊せるような魔法無いからな!」
「血統魔法でも駄目だし?」
「攻撃向きじゃないんだよ!」
「自分用に変えてしまえばいいのではなくて?」
「簡単に言うよなぁ! マナリルのエリートさんはよ!!」
実力が違いすぎるゆえの認識の差異に悲しくなり、少し涙目になりながらも先導を続けるイクラム。
血統魔法の変革はその家の歴史が積み重ねた"現実への影響力"を書き換える偉業……並大抵の使い手には試行することすらできない夢のまた夢の世界の話なのである。
「サンベリっち……今のはサンベリっちが悪いし……」
「あ、あらごめんなさい私ったら……受け継いだ血統魔法を使いこなすのも魔法使いの道としてご立派だと思いますわ」
「謝るなぁ! そして慰めるなぁ! もっと哀れになるだろうがぁ!」
ジュヌーンから離れたからか、他愛のない雑談に興じる余裕も出てきた。
かといって油断しているわけではない。相手が普通の兵士だからといって、持っている武器で一撃喰らえばそれなりのダメージにはなってしまう。
不意打ちを警戒し、フラフィネは感知魔法を常に張って警戒し続けている。
「ほらエリートさん! この先行けば……つ……」
三人は路地裏を曲がって、ダルドア邸に向かう大通りへと出る。
この町の中でも一際大きい屋敷が正面に見えているが……それよりも先に飛び込んできた光景がイクラムの声を途絶えさせた。
「どうしたんです……の……」
「っ!!」
先導していたイクラムだけでなく、その光景を見たサンベリーナとフラフィネも一瞬言葉を失った。
大通りに出て目に飛び込んできたのは一際大きいダルドア邸などではなく――。
「ひ、人……! わ、わたしたちいがいの、人……!」
「た、助けて……助けてください……」
三人の目に飛び込んできたのは……大通りの至る所で人形のように姿勢が固まり、表情だけが恐怖で染まっているパヌーンの住民達。
少なく見積もっても百人近くはそのままだ。どう見ても散歩という雰囲気ではない。
その住人達の手には包丁やフォーク、ナイフ、木材、椅子など……本来の用途で使う気がないであろう物が握られていた。否。握らされていた。
そして視線を下げると、その姿勢が固まっている住民達の足元には……握っていた武器で作ったであろう惨状。
まるでペアを組まされたかのように、立ったまま固まっている人間の近くには血に濡れて倒れる人がいた。
「お願いします……た、助けて……! 夫……夫なんです! わ、わたしが、わたしが……刺しちゃ……さしっ……!」
「変なんです……! か、勝手に動くんです……ジュヌーン様を! ジュヌーン様を呼んでくだざい……!」
「ジュヌーン様なら……。ジュヌーン様ならきっと、きっと助けてくださると、思うんです……!」
三人の混乱を招く異様な光景。
だがそれでも……この惨状を作り上げたのが、この町の住民ではなく誰かの悪意によるものだということが容易に想像できる。
そして、その誰かに住民達は信頼を寄せて……涙を浮かべながら必死に助けを呼んでいた。
「こ、こんなのって……ありかよ……」
「なんと……悪趣味な……!」
自分の父にあたる人物が作り上げたであろう光景に絶望するイクラム。
サンベリーナが怒りに震える中、住民達の足がぴくぴくと動く。
同時に怯える声がそこら中から聞こえてくる。これから何が起こるかを知っているゆえに。
足元に転がる同じ町に住む住人を、自らの手で血に濡らした時と同じ出来事がこれから起こるという予感が恐怖を増幅させる。
「来るし!!」
一斉に動き出すパヌーンの住民達。
この地区に来るまで姿が見えなかったパヌーンの町の住人達は勝手に動く体に恐怖を覚えながら……妨害用魔石を壊しにきた敵に向かって襲い掛かるように動かされる。
いつも読んでくださってありがとうございます。
明日は祝日なので更新お休みとなります。




