追憶 -星を見た日-
「そう……意識するのは幻想で、感じるのは現実だ」
「むむむ……」
夜闇を照らす星々のように輝く白い花園。
肌を撫でるそよ風と風に乗って香る穏やかな香り。
周りの森は夜という黒に呑み込まれているのに、この場所だけは白のままだった。
そんな楽園のように美しい花園に入ることもなく、一人の子供と一人の女性は花園の周りにある木々のうちの一本の下で手を握り合っている。
「魔法が使えなくても、魔力の流れを感じ、動かすことに才は関係ない。だからまずは一歩ずつ学ぶといいアルム」
「うん……で、でも師匠……。その……」
「なんだい?」
「その……魔力なんてあるの……? 全然わからない……」
アルムと呼ばれた子供は目を瞑って手を握られたまま、微妙な表情を浮かべている。
何とかわかるようになろうとつい瞑る目と握る手に力がこもる。
師匠と呼ばれた女性はそんなアルムの様子を見ても、静かなままだった。
「無ければ、君のお気に入りの場所が光ることもないし……憧れている魔法使いなどこの世にもいないさ」
「そ、そうじゃなくて……本当に魔力なんて自分の中にあるのかなって……」
「さあ……?」
「さ、さあって……」
「君はこの……魔力で輝く花園を知っていたからね。魔力くらいはありそうだと思っただけさ。無かったらあるようになるまで頑張るしかない」
「頑張るってのは何をすればいいの……?」
「この場所でひたすら今やってることを繰り返す。今みたいに目を瞑って、魔力の流れを感じるように集中し続ける」
師匠がそう伝えると、もどかしさが伝わってくるようにアルムの眉が下がる。
師匠という女性が魔法を教えてくれるというから期待したものの、思ったような教え方ではなかったらしい。
子供ながら、もっとわかりやすい練習を期待していたのかもしれない。
身体を鍛えて、わかりやすく疲労と努力を実感できるような、そんな練習を。
「これはとある国でやっている練習法だよ。魔法使いになっても続ける者も多い」
「そ、そうなの?」
「ああ、教えると言っただろう? 君は才能の無い出来損ないだ。そんな君が魔法使いもやる練習をしているんだ。何か不満かね?」
「ううん! よ、よし……!」
先程とは打って変わって、アルムの表情が真剣なものに変わる。
表情がコロコロ変わる子だな、と師匠は目に見えて集中し始めたアルムを見てくすっと笑った。
「さあ、続きをしてごらん。帰る時間になったら教えてあげるから」
「うん、遅くなりすぎるとシスターが怒るから」
「ああ、また二人で拳骨されてしまうからね。しっかり教えるさ」
握っていた師匠の手から手を離し、アルムは白い花園のほうへと駆けていく。
アルムは花園の中心で座り込むと、再び目を瞑った。
「ねえ、師匠。聞いてもいい?」
「いいとも。私は君の師匠だからね」
アルムの声からは不満も消えて、子供らしく弾んでいた。
何故だが、師匠はそれが嬉しかった。
「最初の魔法使いの人達もこれをしてたのかな?」
「ああ、創始者か……どうだろうね。けれど、間違いなく似たようなことはやっていたはずだよ」
「わかるの?」
「ああ、わかるとも。……よくわかる」
「そっか、じゃあ俺は今最初の魔法使いの人達と同じ練習をしてるんだ」
「そうだよ。だけど……」
「俺はその人達みたいにうまくやれないんでしょ」
「そう、わかっているならいいんだ。君が魔法を手にするのは……遠い未来のことだろう」
いつになるだろうか。
この小さな体に魔力がいくら詰め込まれても、これだけはわからない。
欠陥とされる無属性魔法といえども、才能の無い平民がその行使を可能にするには努力と運が必要だ。
それまでに、生きていられるだろうか。
それまでに、この少年は夢を捨てないだろうか。
こうして一緒にいる時間が、この少年にとって泡沫の記憶にはならないだろうか。
そこまで考えて、私は何を心配しているのだろう、と師匠は首を傾げた。
こんなのはただのきまぐれだ。失敗してもこの子供が死ぬだけで特に困ることもない。
教えるのは"星の魔力運用"……元より無謀とされる技術。
失敗したところで、一人の子供の夢が命と一緒に壊れるだけのことだ。
「遠い未来ってどのくらい?」
「君の背がもっと大きくなったらさ」
「師匠より?」
「ああ、私より大きくなれるといいね」
そう……困らないはずだ。
けれど、この子供はどんな風に大きくなるだろう。見てみたいとも思った。
「師匠、貴族にはその家だけの魔法があるんでしょう?」
「ああ、血統魔法のことだね」
アルムは子供だったが、魔法使いになりたいというだけあって魔法の知識はちゃんとあった。
師匠は目を瞑りながら楽しそうに話をしているアルムの問いに答える。
今までは話せる相手もいなかったからか、基本練習中は質問攻めだ。
「俺が魔法使いになったらその血統魔法ってのも作れるのかなあ?」
その純粋な期待と疑問に、師匠は一瞬声が出なくなった。
目を見開いて、白い花園の中心に座るアルムに視線を向ける。
「あ、あれ? 師匠? 聞いてる?」
「……聞いてるとも」
「やっぱ平民には無理?」
「いいや、できるさ」
「本当!?」
「ああ、本当だとも」
答えながら師匠は夜空を見上げた。
魔法生命である彼女には星が見えなかった。
「きっとできるさ。魔法使い達もね……一つ一つ、賞賛されることも無い普通の今日を重ねてそこに辿り着いたんだ。君が魔法使いになれたのなら、きっとできるさ」
「へへ、なんだか今日の師匠は優しいな」
「そうかい?」
「だって、いつも今の君には無理だって言うもん。出来損ないって言われるし」
「しっかり事実を教えてあげるのが、私の役目だからね」
「わかってるけどさ……でも、その血統魔法ってやつは俺にも作れるんだね!」
無邪気で穢れのない声が白い花園に照らされながら、師匠の元まで届く。
星が見えない暗闇を見つめているはずなのに、師匠は穏やかに笑っていた。
「ああ、できるよアルム。魔法使いは元々そうやって……自分の星を目指して生き続けてきたのだから」
師匠は星の見えない夜空に向けた視線を下げる。
目の前に広がる星のように輝く白い花園。星空が咲いたような場所。
その中心で見ることのできない彼女の星が一つ……小さな輝きを放っていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
一区切り恒例の閑話の更新でございます。是非とも記憶の片隅に残して頂けると嬉しいです。




