568.砂塵解放戦線ダブラマ7
「指揮官はどこだ!?」
「そ、それが……私達にもわからず……」
「ほーう……このルトゥーラを前に指揮官を庇うとはいい度胸だ……」
「違うんです! 本当に! 本当にわからないんです!!」
ルトゥーラ達は指揮官を探そうとするが、投降した兵士から情報が思うように得られていなかった。
一人の兵士を締め上げたが、隠している様子も無い。
拷問の一つや二つしてやるかとルトゥーラが兵士を座らせた時、別の通路を捜索していたリオネッタ家の執事、爺やことトラヴィスが駆け寄ってくる。
「ルトゥーラ様……他の兵士の証言を聞いてまいりました。どうやら指揮官は逃げ出したようです」
「はあ!? 逃げた!? 撤退命令も出さずにか!?」
「はっ。何人かの兵士が証言しております」
「指揮官が一目散に逃げるのはそりゃ王様やら国のトップがやる分には有効的だが……ただの指揮官がそんなことしたら兵の士気がだだ下がりになって悪手だぞ……。普通に撤退命令出せばいいものを……性根が腐った貴族もいるもんだ……」
アブデラから国を取り返したらまずは貴族の根底から改革しなければと決意するルトゥーラ。
『女王陛下』による安全すぎる国も考え物だな、とため息をつく。
「うおお……エロい姉ちゃんかと思ったら恐い姉ちゃんだった……」
そんなルトゥーラの後ろで、マリツィアがロロの首を貫いた様子をヴァルフトは遠目に眺めていた。
リオネッタ邸にいた時に様子とは別人のようで戦慄する。
話には聞いていたものの、感じのいい褐色美人と思っていた女性が敵の首を躊躇いなく串刺しにしているのだから当然かもしれない。
「ああそうか……ヴァルフトはマリツィア殿の戦いを見るのは初めて……だったね!」
ルクスは投降した兵士を一か所に集めている。ルトゥーラが一緒にいる事に加え、ロロが殺されたのもあって魔法使い達も次々と、命だけはと戦闘の意思を無くしていた。
そんな兵士達には目もくれず……ヴァルフトはマリツィアの背中を見つめながら、真剣な表情を浮かべている。
一回の戦闘を見ただけでわかる力の差。血統魔法抜きでやれば確実に勝てないであろう判断力。
綺麗な花には棘どころではないその強さを目の当たりにして尊敬の念が一気に湧き上がる。
「あれで俺様と二歳しか変わらねえって……まじか……普通じゃねえ強さだ……」
そんなヴァルフトの言葉を聞いて、ルトゥーラが補足する。
「……リオネッタ家は歴史の浅い家系だ。マリツィアの代でようやく百年いくくらいのな」
「おいまじか……」
「そうなんだ……」
「生まれた時は普通だった。俺と初めて会った時も、鼻水垂らしてた時も、かけっこして遊んだ時も……ガキの頃は普通のガキだったよあいつも。そりゃそうだ。大して歴史も古くない家のガキなんてそこらの平民と大して変わんねえ」
ルトゥーラは懐かしむように、語る。
それは幼馴染を勘違いされたくなかったからだろうか。声には熱がこもっていた。
「あいつの名誉のために言わせてくれよな。少なくとも、あいつは生まれた時から運命を決めるような才能を持つ人間じゃなかった。最初から特別な人間だったわけじゃない。普通の生活と努力を一歩一歩積み重ねて、マリツィアは特別になったのさ。力を持つにも必ずそこに至るまでの過程があるもんだ」
それはマリツィアを羨むヴァルフトへの激励だったのだろうか。
それとも、先程ベネッタに信仰属性の何たるかを教えたようにルトゥーラ自身が案外世話焼きなのか。
恐らくは、その両方なのかもしれない。
「うん、そうだね」
ルトゥーラの話を聞いて、ルクスも頷く。
「英雄と呼ばれる人達だって、最初から英雄だったわけじゃない。英雄になる前は普通の人間だったはずだろう?」
「マリツィアさんも強くなるまでの過去があったってことだねー……」
「あの姉ちゃんが弱かった時期が想像つかねえなあ」
「はは……あれを見たらそう言いたくなる気持ちもわかるけどね……棺背負いながら一回転って強化使ってるにしても身体能力が――」
ルクスはそこで言葉を止め、上を見上げる。
「……どうやら、相手の主役の到着みたいだ」
「え?」
ベネッタ達の視線もルクスが見つめる上へと。
半壊した城壁の上には……一人こちらを見つめる影があった。
「――っ!」
「はっ! 随分遅い到着だなぁ!!」
城壁の上に建つのは切れ長の目をした女性。
いつの間に城壁に上がったのか、野性的な鋭い瞳がルクス達を見下す。
「ルトゥーラ殿、マリツィア殿とベネッタを連れて先に。どうやら……ここからが本番のようですから」
「随分派手にやってくれたな――人間共」
表の顔はアブデラ王の側近となった魔法使い。その正体は国を手玉に取る魔法生命その一柱。
ルクス達と対面するのはこれで二度目となる。
天空を戴く魔法生命――グリフォンが敵意と殺意を瞳に湛えて、ルクス達を見つめていた。
「今度こそ、地獄に落ちる用意はできたか? ルクス・オルリック?」
「生憎、死ぬにはまだ若すぎるんでね」
王都から二十キロ離れたゲルトラ渓谷。
ルクス達がグリフォンと遭遇したのと同刻……アルムもまたスピンクスとの約束の場所に到着していた。
「ハハさん、ここからは一人で大丈夫です」
「いえ、私はマリツィア様からお供せよとの命令を承っております」
「ですが、ここは多分危険かと……」
「今のダブラマに安全な場所は無いでしょう」
「それは確かにそうですね……」
アルムとマリツィアの部下である数字名の魔法使いハハを乗せた二頭の馬がゲルトラ渓谷をゆっくりと歩く。
アルムが先頭に立ちきょろきょろと辺りを見回すが、人の姿は見えない。
あるのは雄大な自然だけだ。
剥き出しになっているクリーム色の岩肌と谷の下に流れる川の音、岩の隙間から覗く狭い空。
王都セルダールで何が起こっているかここからはわからない。
わかる事と言えば……先程雷鳴のような轟音が聞こえたくらいだろうか。
指定された場所はこのゲルトラ渓谷のはずだが、スピンクスは姿を現さない。そんな状況を疑問に思ったのか、ここまで着いてきてくれたハハはやはりここから遠ざけたほうがいいと考えてアルムは振り向く。
「ハハさんやっぱり……あれ?」
「っ――!」
振り向くと、ハハは何故か黒塗りのナイフを構えていた。
アルムに振り向かれたことに驚いたのか、構えたまま膠着している。
他の数字名の魔法使いと同じように仮面を被っているため、どんな表情をしているのかはアルムからはわからない。
「……何で武器を抜いてるんです?」
「そ、れは……」
ハハの頬に冷や汗が伝う。
マリツィアの直属の部下であるハハだが……当然、数字名の魔法使いということは他の王家直属の手足ということでもある。
ハハは密かに、アブデラ王側である第二位のジュヌーンからも命令を下されていた。
"敵国マナリルの魔法使いを殺害せよ"
数字名の魔法使いは第五位から第一位の魔法使いの手足。
たとえマリツィア直属であろうともそれは変わらない。
マナリルは敵であり、我らが故郷ダブラマを食い荒らそうとしている。特にアルムという平民は貴族社会にまで悪影響を及ぼす癌である。
そんな文言と共にジュヌーンから下された命令だった。
命令は絶対。そう教育されてきたハハは疑問を持ちつつも命令を遂行しようとここまで着いてきた。
ここならばマリツィア達に察知されず、助けも来ない、邪魔も入らない。
奇襲をかけるにも都合がいい。
だが……仕掛ける前にばれてしまった。
「ハハさん……」
「くっ……!」
万事休すかとハハは意を決してアルムに切りかかろうとするが、
「なるほど、相手の姿が見えないからと警戒しないわけにはいきませんからね……」
「へ……?」
「自分は武器を持たないので、一瞬気付きませんでした。じゃあハハさんは念のため後ろをお願いします。スピンクスの感じからして不意打ちは無いと思うんですけど万が一がありますから」
「は、はい……わかりました……」
予想と全く違う声が返ってきて、ハハは勢いを削がれて呆けてしまう。
背後で武器を構えられて何故疑わない? どういう発想で警戒しているだけとなる?
(この子……鈍すぎる……)
目の前で背中を向け続けるアルムを見て、ハハの体から力が抜けた。
命令を下される時の言葉が再び頭の中で蘇る。
これがダブラマを食い荒らす敵? 貴族社会を脅かす癌?
命令という要素を抜きに、ハハ個人の印象で語るならば……全くそんな気はしなかった。
確かに、マリツィア達と共にアブデラ王に反旗を翻している。
しかしその理由の一端はハハも知っている。アルムを殺害しようとしているのはただ、数字名の魔法使いとしての本分だからに過ぎない。
ハハがどちらの味方という話ではなく……そういう魔法使いになるように、教育されているからに過ぎない。
(本当にこの命令に……従っていいのかな……)
教育によって染みついた命令への絶対服従。
ハハという個人の心情。
アルムの無防備な背中を見ながら、ハハは逡巡する。
「ぁ……?」
しばらく見つめて――ハハの視界がぐらっと揺れた。
「あ……あああああああああああ!!」
「!?」
背後からの悲鳴と落下音に馬が驚き、アルムは馬を落ち着かせながら振り返る。
「ハハさん……?」
「あ……ぎひ……! あ、頭が……! 頭がああ!! ひ……! いやあああああああああ!!」
頭の中からハンマーで殴られているような鈍痛が響く。
それ以上にハハを苦しめるのは頭の中に入ってくる知らない悲鳴。痛み。恐怖。そして知らない情報。
耳を塞いでも聞こえてくる声の嵐にハハは馬から落下した痛みすら忘れて悲鳴を上げる。
耳を塞いでも、目を閉じても映像と声が流れ込み……その情報の波に耐えられず、ハハは口から泡を吹き始めた。
「ハハさん! ど、どうなって……!」
「駄目ですよ……アルム……」
「!!」
ハハがひとしきり悶え、やがてぴくぴくと小さな反応しか見せなくなると……足音と共にゆっくりと声の主が姿を現した。
「一対一と……言ったでしょう……。それに、そのような危険な方を連れては……いけませんね……」
「……スピンクス」
「はい……お待たせしました……」
声の主は白いヴェールを被った女性――スピンクス。
紺色の髪を揺らしながらアルムと対峙すると、ヴェールの奥の瞳が柔らかく笑った。
「お前の能力か?」
「さて……これから戦おうという相手に……はいそうですとお答えするでしょうか……?」
「……それもそうか」
アルムはハハを抱きかかえて道の端へと運ぶ。
ハハの仮面をとり、額に浮かぶ脂汗を拭うと……自分の上着をハハにかけた。
「自分の命を狙う相手に……お優しいですね……」
「狙われていない」
「いえ……その御方は……」
「殺意は無かった。ハハさんは俺を殺そうとしていない」
改めてスピンクスと対峙して、声を遮りながらアルムは断言する。
スピンクスは真っ直ぐ見つめてくるアルムと目を合わせても表情を変えない。
「それに、たとえそうだとして……何か関係があるか?」
「私としたことが……確かにあなたの仰る通りですね……」
場の空気が一変する。
穏やかな朝の空気は、いつの間にか皮膚を刺すような鋭い空気へと。
渓谷に集まる鳥達が一斉に、逃げるように飛び立った。
「さあ始めましょうサルガタナスの子……。アブデラさんと同じく分岐点に立つ者よ……。
我が名はスピンクス。遠き異界、懐かしき故郷――古代王国の神獣なれば」
「カレッラのアルムだ。改めてよろしく」
互いの体内で魔力が集中する。
スピンクスの双眸が黒い魔力光で輝いて。
「【異界伝承】……」
唱えた文言は異界の伝承をこの世界に顕現させる鍵。
迸る黒い魔力が、本当の意味での開戦を知らせていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
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