567.砂塵解放戦線ダブラマ6
「上位魔法なら普通に防げる城門なのですが……流石にオルリック家の血統魔法には耐えられませんね」
「そりゃそうだ。オルリック家なら城攻めの記録とかもありそうだしな」
【雷光の巨人】が破壊した部分から、阿鼻叫喚と化した城壁内に侵入するマリツィアとルトゥーラ。
それに続いてルクス、ベネッタ、ヴァルフトの三人や領民の軍勢が突入する。
普通ならただの領民が城門を守護する兵士達に勝てるわけないのだが、城壁内の兵士達は【雷光の巨人】の一撃を見て完全に戦意を失っており、まともに戦える者が少ない。
すぐに武装を解除して降参する者、一応剣をとるもマリツィア達の姿を見た瞬間逃げる者などがほとんどで次々と兵力差の不利が埋まっていく。
「っ……! この……!」
マリツィア軍が次々と兵士を制圧していく中、黒いローブに仮面を付けた男が瓦礫の中から飛び出してくる。
ローブの下から放たれる投げナイフ。魔法使いが強化した身体能力で投げれば矢よりも早い投擲へと変貌する上に、城壁の中の暗がりが黒い刀身を隠してくれる。
「あー……シクスズ隊の」
「私がやります」
「任せた」
マリツィア一人を残してルトゥーラ達は他の場所へと走る。指揮官を抑えに行くためだ。
マリツィアはスカートの下から短剣を抜くと、飛来してくる投げナイフを事も無げに二本叩き落した。
「これは……シクスズ隊のロロさんですか」
「まだだ……! まだ任務は遂行できる……! 指揮官であるあんたを捕らえればこんな混乱すぐに収まる!!」
薄暗い城壁の通路でマリツィアと対峙する数字名の魔法使いロロ。マリツィアの同じ組織の地属性の魔法使いであり、人造人形の操作を指示していたのも空堀を作ったのもこの男だ。
仮面を被っていてマリツィアからはわからないが、その目は動揺と怒りで血走っており、マリツィアしか見えていないようだった。
「どんな小さな任務も確実に遂行するのが自慢でしたからね。今回の件はご愁傷様と言う他ありません」
「黙れ裏切者……! 気味の悪い死体愛好者がついに正体を現したな……! こんな女が俺の上に位置してたとは反吐が出る……!」
「あなたが私をどう思うかはともかく、私が第四位なのは実力によるものですのでどうしようもありません。数字名の方々では私に敵わないのはわかるでしょう?」
「はっ……! 俺はロロだぞ? 六……つまりは組織の六番手だ。王家直属に王手をかけてる! マナリルで死んだナナや他の数字名連中と違って正門の防衛任務って大役を任されてる魔法使い! 第四位だからと引く他の連中と一緒にしないでもらおうか! それに……」
ロロは仮面の下で勝機を見たかのような笑みを浮かべる。
同じ組織に属していることに加え、マリツィアの名はダブラマ国内でも有名であるために……ロロはマリツィアの戦法も知っている。
マリツィアの背にあるのは二つの棺。城壁になだれ込んできたのは普通の人間。
つまり、今ここにはマリツィアの操る魔法使いの死体が無い。
棺から遺体を出すのにもタイムラグがあるだろう。マリツィアの脅威は今半減しているといっていい。
マリツィアの強みはコレクションと称される魔法使いの死体を使い、多種多様の魔法を使ってくる常に予測できない戦法と一対一の状態にできない厄介さ。
今この状況でその強みは無い。そして相手は四で自分は六。その数字の間にある小さな差が埋まっていると確信するに十分すぎた。
「悪趣味なコレクション無しでは六の俺以下だろうに!!」
「!!」
ロロが声を荒げた瞬間、マリツィアの背後の瓦礫から石と木材で作られた人造人形を飛び出てくる。
激情のまま飛び出したように見せたのは計算の内。格下だと思い込んでいる自分に戦力を裂くはずがないという考えの下、ロロは自分の相手をするであろう敵を討ち取るべく……すでに人造人形を召喚して瓦礫の中に潜めていた。
事実上の二対一。人造人形でマリツィアをやれるとは思っていないが、背後からの不意打ちに何らかの対応をせざるを得ない。
マリツィアが背後を振り向いたその一瞬、ロロは壁を走りその頭上を狙った。魔法名を唱えて攻撃のタイミングを悟らせないように。
第四位の座を空席にすべくロロはその刃を振り下ろす――!
「『黒犬の爪』」
人造人形と剛腕とロロのナイフの切っ先。
その二つが迫ってくる中、魔法を唱えると共にしなやかに黒が舞った。
黒い軌跡を残しながら、マリツィアの身体は縦に回転する。
マリツィアのつま先から伸びる黒い魔力の爪が人造人形の腕を弾き、ロロのナイフを叩き割ったかと思うと、マリツィアは持っていた短剣も同時に振るい……通路に鮮血を咲かせた。
「っつ……ぐっ――!」
ロロは勢いのまま反対側の壁に激突して痛みに悶え、人造人形は停止した。
遅れて、マリツィアのスカートがふわっと空間を撫でながら元に戻る。
ロロは何が起こったのか理解することもなく、血が流れ出る左肩を咄嗟に押さえようとする。
「――『魔弾』」
「あ……!? ぎいいいい!?」
マリツィアは玲瓏な声で静かに魔法を唱え、無造作に左腕を振った。
五つの魔力の弾丸が短剣によって切り裂いたロロの傷口に向かって放たれ、ロロは仮面の下で悶え苦しみながら必死に左肩を押さえる。
容赦なく傷口に魔法を撃たれても、無属性魔法の威力では気絶することもできない。
「……どうやら見当違いの誇りをお持ちのようでおめでたいことです」
見下す冷たい桃色の瞳とロロの目が合う。
ロロはかちかちかち、とどこからか壊れた楽器のような音を耳にした。
それが自分が震えて鳴る歯の音だと恐怖で気付くことすらできない。
……ロロの実力は本来こんなものではない。遺体無しのマリツィアとならもう少し粘ることもできただろう。
だが自分が張った奇襲の策を一つの魔法と身体能力だけで破られた上、マリツィアの鬼胎属性の魔力によってその心は一瞬で恐怖で支配されてしまった。
鬼胎属性を相手に最もやってはいけないタブー。
それは相手に恐怖し、自分の敗北と死をイメージしてしまうこと。
マリツィアはその状況をいとも簡単に演出する。
一つの魔法で人造人形とロロを同時に攻撃したのは格の違いを見せつけ恐怖を植え付けるため、致命傷にもならない傷をわざわざつけたのは血を流させて死をイメージさせるため。傷口を狙って弱い魔法一つを放ち痛みを加速させれば……ロロの脳内には"決して敵わない魔法使い像"が完成する。
「これで、おわかり頂けましたか?」
事も無げに、それを実行できてしまうのがマリツィア・リオネッタ。
ダブラマが誇る才女にして一流の魔法使い。
「六番目の数字を与えられることと、第四位であることの間には天地の差があることを」
王家直属組織ネヴァンの魔法使いが何故五位までに二つ名が与えられ、以降は順位ではなく数字名がつけられるのか。
それは単純な実力の差。
六より下に位置付けられる者は勝負の舞台にすら上がれていない現実ゆえ。
文字通り、魔法使いとしての格の違い。
「これが第四位です。生まれ変わっても、どうかお忘れなきように」
「待――!!」
ロロの言葉が声になりきる前にその首は短剣で貫かれ、マリツィアの右腕が鮮血で染まる。
命乞いすら許さない一撃。
中位の攻撃魔法すら使わない。否、使う必要が無い。マリツィア自身が、そういう状況を作り出したのだ。
二人の間にはそれほどに絶対的な差が存在する。実力以上の差が。
「あ……っゅ……!」
「殺意のある相手に命乞いをするくらいなら……反撃の魔法くらい唱えなさい。だからあなたは三流なんですよ」
同じ人間ではあっても、魔法使いとしての格が違いすぎることを思い知る。
魔法戦にすらならなかった現実をその身に刻み込みながらロロは絶命し――
「"肉体汚染"完了」
――同時にマリツィアの戦力へと。
使い手が支配されたことで城壁を守っていた人造人形の主導権もマリツィアのものへと変わる。
この瞬間、城壁を守っていた人造人形の半数が停止し……今この時を持って、セルダールの正門は完全にマリツィア達の手に落ちた。




