565.砂塵解放戦線ダブラマ4
「行け行けぇ! マリツィア様とルトゥーラ様を王城までお届けするのだ!」
「おらあ! いくぞお! マリツィア様のために!!」
「結婚してくれぇ!!」
「城壁までなだれこめえ!!」
駆ける馬車の蹄の音にガタガタとうるさい車輪の音、そして今回の戦線に参加する領民達の怒号。
リオネッタ邸の執事、爺やことトラヴィスの号令でマリツィア率いる領民達の士気が上がる。
加えて、日の出の後、先頭で御者に変わって自ら馬の手綱を引き始めたマリツィアの存在が領民達の慣れぬ戦いに対する恐怖を麻痺させた。
対して、王都セルダールを守る魔法使いや兵士達の心情は混乱の一言に尽きる。
なにせこの国最高峰の魔法使いが正門を奪還しようと領民を率いて突っ込んできているのだ。
「う、狼狽えるな! 恐らくは偽物だ!! 姑息な手を使って……」
「で、ですが『女王陛下』様が敵を入れられるはずが……! あれが本物だとしたら我々では……!」
「武器! 武器! 武器だ! 武器を持て!!」
即位記念の今日は粛々といつも通りに終わるはずだった。
だがいざ朝日が上ってみれば悪夢のような光景が門の外にあることに兵士は勿論指揮を執っている魔法使いすらも平常心を保てない。
迎え撃つために武器を持ち、配置につこうとしているだけよしとすべきか。
「そうだ! 相手が何であれ迎え撃つ他無い! シクスズ部隊! 防衛用人造人形展開!!」
指揮を任されている魔法使いも内心の動揺を抑えきれぬものの自身の役割の為に指示を飛ばす。
城壁を任されている指揮官――名をジャルスール・バジリャーリャ。彼もまたアブデラ王側の魔法使い。話はある程度聞いている。
だが長年争いが全く無かったからか……自分の持ち場に来るはずがないという根拠の無い楽観的思考がその動揺を生んでいた。
「マリツィア様! 前方に!!」
「人造人形です! 防衛用の簡易魔法式の展開! 時間稼ぎに過ぎません! 平民でも相手できます! 蹴散らしなさい!!」
「全員聞いたか! マリツィア様からのご命令だ!! 蹴散らせぇ!!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
「らあああああああああああああ!!」
先陣を切るマリツィアからの命令。
自分達の豊かな暮らしを支えてくれる領主の声に士気は最高潮にまで高まった。
「皆様も魔力消費を抑えながら援護を! まずは城門までが勝負です!!」
「はっ! 無茶言うなぁ! 尊敬されてるマリツィア様はよお!」
「俺は空を抑える! 死ぬなよガキ共!」
「ヴァン先生も気をつけてー!」
「ヴァルフト! 君はまだだ!」
「わぁってるわ! まだ主役が出るには早いよなあ!」
城門前に展開された人造人形に突っ込むマリツィア軍。
ヴァンは城壁を抑えに戦線を一時離脱したが、それでも数は十分だった。
領民百人足らずに対して展開された人造人形は二十といったとこか。
普通なら平民では辛い数だが、領民達は臆さない。
乗ってきた馬車から即座に下り、人造人形の攻撃の囮にして足を狙う。
ルクスやヴァルフトが援護しながら、人造人形を蹴散らしていく。
マリツィアとルトゥーラ、そしてベネッタは魔力の温存し最低限の強化をかけ、ルクスとヴァルフトを壁にして前に進む。
「敵の足並みが揃う前に畳みかけます!!」
「まだ来ないとは思うが弓兵には注意しろ! 盾は角度つけて構えるか人造人形の残骸に隠れてやり過ごせ!!」
「ベネッタ! マリツィア殿が引いてる馬車だけは守らないと駄目だ! マリツィア殿の棺が壊される!」
「う、うん!」
防御魔法を展開して進むが、どんどんと人造人形が展開されていく。
王都、しかも魔石に秀でたダブラマだけあって、地属性魔法使いによる魔石の魔法式を媒介にした遠隔召喚魔法の腕が光る。
ダブラマの正門を任せられているシクスズ隊は王家直属部隊ネヴァンの数字名の一人ロロを筆頭にした地属性の魔法使い四人で構成された人造人形召喚に特化した部隊。
彼等の働きによって正門を守護する兵士や魔法使いの動揺が消えていく。
対して、攻めているマリツィア側には徐々に焦りが見えた。
三度目の人造人形召喚の頃には本人達の"変換"の精度も上がり、平民が相手するには苦しくなってきた。
武装である槍のリーチと盾、そして数を使って押せてはいるものの、慣れない鎧が体力を消耗させ、勢いが落ちていく。
「流石はシクスズ隊だ! 今の内に兵を配置につかせろ! 矢狭間に急げ! 逸るなよ! 配置についてから合図を待て!!」
城壁内では指揮官のジャルスールの怒号が響く。
その声に急かされ、城壁に開けられている矢を射る用の穴に弓兵が配置につき始めた。
動揺さえ無くなれば何の問題も無い。城攻めは守るほうが絶対に有利。
平静になれば兵力差もよくわかる。見える戦力は多くて百五十といったところだろう。
「「『地蛇の足跡』!」」
最初こそあった動揺も成果が出れば自信へ変わり、平静を取り戻させる。
防衛用の人造人形がなだれ込もうとするマリツィア軍を足止めしている間に、次の一手が城壁内から放たれた。
「!?」
三回目の人造人形を破壊し終わると同時に、城壁のほうからボボボ、という音と砂煙が舞う。
マリツィア達が音に気付き城壁のほうを見ると、城壁の周りにはさっきまで無かった二メートルほどの溝ができていた。今の音は地属性魔法による地形変化に違いない。
「っ……! 空堀を作られましたか……!」
マリツィアは普段することのない慣れない舌打ちをする。
地属性魔法の真価は一対一の戦闘ではない。人造人形による兵力の補填、そして地形変化による集団時の防衛戦こそが本領。
町を囲む城壁や王城など、拠点防衛における有用性が防御に秀でた信仰属性すら上回る。
一回目の魔法の行使でこれならば、次に使われればもっと深くなるだろう。そうなれば突破はかなり難しくなる。
「くっ……! 二人の姿で最初は動揺していたみたいでしたが、持ち直していますね!」
「ああ! ちっ! 我が国の魔法使いながらやってくれる! 平和ボケしてても基本はしっかり押さえてやがるぜ!」
「おいどうすんだ!? 俺達は問題ねえけど、平民があの空堀超えるの無理だろ! 弓で狙い撃ちされるぞ!」
「ヴァ、ヴァルフトくん声おっきいー!!」
マリツィアは城壁の上を見て、ヴァンが血統魔法で到着したのを確認する。
次に周囲を見渡して、領民達の顔を見る。
執事のトラヴィスが士気を上げているおかげでまだ動くのに支障はない。
だが、人造人形の召喚を繰り返されれば城壁の奪還を行う体力は尽きるだろう。
こちらの兵力は限られている。城壁の制圧のためにはどうしても個人の強さではなく数が必要だ。被害が大きくなればそれだけ城壁の制圧も時間がかかるし、単純に難しくなる。
「日の出からもうじき三十分……被害が出始めれば麻痺していた恐怖でこちらの兵が動けなくなる……。動揺を誘った勢いのままというのは流石に許してくれませんね」
城壁のほうを見れば矢狭間に揃い始める城壁の兵士達。
今城壁から矢を撃ってきていないのはわざとだ。マリツィア達が人造人形を突破して進軍させ、確実に当たる位置まで引き付ける気だろう。
城壁の中では弓兵が準備を整えている。恐らくはすでに指揮官の号令待ち。もう少し進もうものならその瞬間、矢の雨が降るに違いない。
状況を整理してマリツィアはふう、と息を吐く。
「出来れば温存しておきたかったですが……仕方ありませんね」
「ま、マリツィアさん! 棺出しますかー!?」
「いえベネッタ様……私ではなくこちらです」
そう言って、マリツィアはちらっと横を見た。
「ルトゥーラさん。よろしくお願いします」
「おっと、出番かよお姫様?」
「ふざけていないで、被害が出る前にやってくださいませ」
「任せな。城壁までの赤絨毯を敷いてやる」
マリツィアは少し下がり、代わりにルトゥーラが前に出る。
マリツィアが右腕で合図を送ると、それに合わせて人造人形を破壊し終わった領民達はマリツィア達の周りに固まるように集まっていく。
「さあ散歩の時間だ。守れるもんなら守ってみな?」
地属性魔法は拠点防衛において信仰属性を上回る。
だが……それはあくまで一般論。普通の魔法使いの話。
くすんだ赤い髪を揺らしながら笑うこの男――ルトゥーラ・ペンドノートには、一般論を破壊する圧倒的な才がある。
いつも読んでくださってありがとうございます。
この人ようやく魔法使います。




