564.砂塵解放戦線ダブラマ3
「これしかありません」
一番最初にリオネッタ領を発つエルミラ達が出発する前日、マリツィアは客室に全員を集めて作戦を話した。
否。それは果たして作戦と言えるだろうか。
合理的な判断によって立てられるものを作戦というのならば、これは作戦とは言わないだろう。
そう……願望か。
「"数分だけの時間差攻撃"……確かに相手の動き全員を封じ込めるにはそれしか無いが……」
「タイミングをどう合わせろって話ね……全員の到着時間も違う上に通信用魔石での情報共有もできないんだから。それに、一歩間違えばラティファって魔法使いの相手をしなくちゃいけなくなるんでしょ?」
敵と違い、アルム達は妨害用魔石によって各地に散った後に情報共有ができない。
対して……あちらは通信用魔石が使える上に、『女王陛下』であるラティファという最強のカードが砂漠を伝ってダブラマ全土を行き来することができる。
タイミングを少しでも間違えば、攻撃を始めたどこかのグループがラティファに察知され、そのまま制圧されてしまうのだ。
「開戦は私の攻撃からということですね?」
「その通りですミスティ様。ラティファ様だけはミスティ様以外には止められません。地平線から太陽が姿を現しきった日の出の瞬間、ミスティ様がラティファ様を食い止めてくれると信じ、私達の攻撃を開始します」
「ラティファ様が乗ってくれなかったら?」
「いいご質問でございますルクス様。その上で無責任な回答をして申し訳ありませんが……その想定はしません。
ラティファ様は呪法によって正常な判断力を失っており、ダブラマの敵をただ迎撃する魔法使いになっております。そして相手はカエシウスの真の後継者であらせられるミスティ様……必ず乗ってくると信じます」
「はは……。そうするしかねえっていうことだ……」
そう言い放つマリツィアの隣で、一緒に作戦を立案したはずのヴァンですら苦笑いを浮かべる。
ラティファに対抗できるのはアルムとミスティの二人、呪法を対処できるかもしれないのはエルミラのみ。アルムは万全でなく、エルミラの血統魔法では砂漠となったラティファを捉えられるかが怪しく、そうなった場合呪法を焼けるかどうかの不安要素が残る。
マリツィアの情報とヴァンの助言を総合しても、ラティファの対処法がミスティ以外に存在しないのだ。
「ミスティ様……ちなみに、血統魔法での戦闘時間は……?」
「お昼……正午までもたせてみせます。発動時にこそ膨大な魔力を消費しますが……今は季節そのものが冬なのもあって条件は良好です。私の改変した空間内で節約しながら戦えればなんとか……」
「お願いします……。ラティファ様は砂漠を伝って一時間で王都まで来れてしまいます……。出来るだけ長く足止めを……」
「お任せください」
ミスティがにっこり笑うと、マリツィアは申し訳なさそうに頭を下げる。
ミスティ以外なら、死んでくれ、と言っているに等しい要求。
魔法使いの魔力が本来そこまでもつはずがない。血統魔法を覚醒し、冬という星の神秘を"現実への影響力"とするミスティだからこそ可能な時間稼ぎだった。
季節は冬。大地は砂漠。歴史は共に千年級。条件はほとんど五分五分。後はミスティの魔力配分を信じるしかない。
「そしてエルミラ様はサンベリーナ様とフラフィネ様と共に北部のダルドア領でジュヌーン様の討伐と妨害用魔石の破壊をお願いします。ラティファ様にあてるより、こちらのほうが可能性が高いと判断致しました」
「……私が勝てるわけ? あんたらより上の……九十年近く生きてる魔法使いの怪物に?」
「わかりません。ですが、こと魔法生命相手なら最善の采配と踏んでいます」
「そっか……ふうー……」
エルミラは緊張をほぐすように大きく息を吐く。
肩を抱くルクスや心配そうなベネッタが見つめる中、エルミラはアルムのほうをちらっと見ると、
「任せて」
短くマリツィアに返答した。
その後ろで、サンベリーナとフラフィネも互いを見合わせて頷いた。
だが一人、ルトゥーラだけがばつが悪そうにエルミラから視線を逸らして俯いた。
「本当なら俺が担当するはずだった相手だ……相手はジュヌーンだけじゃねえ。あいつには側近のイクのニサもいるし、衛兵も百人ほど抱えてる。荷が重いのはわかってるが……頼む」
「シャーリーって人が抜けてマリツィアと連携できる人がいないんでしょ? 任せて。あんたよりもうまくやってあげるわ」
「こんの……減らず口を叩きやがる……! 道案内はこっちでつける。頼んだぞ生意気娘」
ルトゥーラの心情を察してか、エルミラは軽口を叩いてルトゥーラを元の調子に戻す。
そんなエルミラの姿にルクスとベネッタもほっとしたような様子を見せた。
「おい、いいこと思いついたぜ! 倒さなきゃいけないのはアブデラってやつなんだろ? 思い切って北部を放置して王都に全員でなだれ込むってのはどうだ?」
ヴァルフトは名案と言わんばかりに口を開く。
マリツィアは苦笑いを浮かべ、言いにくそうにしながらヴァンのほうをちらっと見た。
マリツィアの視線を受け、ヴァンはボサボサの髪をバリバリとかきながらため息をつく。
「お前……アブデラ王を倒せたとして……それ聞いたジュヌーンの魔法生命が霊脈と接続したらどうするんだ? 無限の魔力を持った魔法生命を責任取って倒してくれるのか?」
「あ……そうか……」
「何故だか知らんが、相手の魔法生命は一体も霊脈と接続していない。正確には接続できない理由があるんだろう。その理由は状況からいってアブデラ王に憑いてる魔法生命にあると見て間違いない……アブデラ王を倒してもただ支配者が変わるだけって事態を防ぐためにも同時に仕掛けなきゃならないんだ。わかったかヴァルフト」
「よし! オッケーだ!」
ヴァルフトも納得したところで、マリツィアはわざとらしい咳払いを一つして話を続ける。
「私達は王都を攻めます。エルミラ様の言う通りシャーリーはいなくなりましたが……それ以上に戦力が増えたのは間違いありません。特にヴァルフト様とヴァン様の存在は大きいです」
「は? 俺様? いや、そりゃ俺様だから当然っちゃ当然だが……まじで言ってんのか?」
自分に自信があるのかないのか微妙なヴァルフトだったが、マリツィアは嘘偽りの無い表情で頷く。
今さっきのこともあってマリツィアにそこまで期待されているとは思っていなかったようである。
「シャーリーが担うはずだった空中戦……アブデラ王の側近の魔法生命に対してあてられるこちらの戦力の幅が広がりました。飛行の魔法によって城壁の上から魔法を放つ魔法使い相手を処理することもできます。ヴァン様にはそちらをお願いします。二十年前の戦争経験者……対人に特化したヴァン様が適任かと」
「その点は任せろ。お前らみたいな化け物魔法使いがいない限りはなんとかなる」
「王都の戦力はダブラマの魔法使い不足とラティファ様が守ってくださったこの百年の事情もあり……マナリルより遥かに少ないです。王都を守護する魔法使いは五十。一般兵も城壁の守りに出せるのは二百いれば多いほうでしょう。魔法使い達は王城の守護をする役目もあるのでもっと減るはずです」
城門を守る戦力を聞き、ミスティは衝撃を受けたように口に手を当てる。
「す、少ないですわね……?」
「ラティファ様の存在もあってダブラマでは軍縮の傾向が激しかったのです……。ラティファ様がいらっしゃる限り、王都が攻め込まれることなど有り得ませんからね……それに、アブデラ王が反乱勢力を出さない意図もあったのでしょう」
皮肉にも、それが今のマリツィア達には追い風になる。
魔法使いにとっては一般兵の相手は当然苦にならない。よほどの数や条件がそろわない限り才能ある魔法使いを平民が倒すのは難しいのだ。
さらに……こちらには王家直属のマリツィアとルトゥーラがいる。
「王家直属である私とルトゥーラは一対多数に特化した魔法使い……その程度の数は問題ではありません。それらの戦力を蹴散らしながら真っ先に王城の情報室を目指します。その後、王城でアブデラ王を見つけられればそのまま交戦に移るでしょう」
「当然、向こうはそれを邪魔しようとする……僕とヴァルフトの役目は魔法生命の相手ですね」
「はい、ヴァルフト様の血統魔法のおかげで……ルクス様とあの飛行する魔法生命の戦闘が可能になります。あの魔法生命は私達を発見すれば私達の妨害をするでしょう。それを阻止して頂きたいです」
「あ、あいつか……!」
ヴァルフトはアルム達三人を助けた際に襲撃してきたグリフォンのことを思い出す。
自分の血統魔法より速い飛行速度、高い攻撃力、そして天候を操作する呪法の力。
完全な上位互換となる魔法生命だが……空という相手のステージに立てるのはヴァルフトとヴァンの二人しかいない。
「そしてアルム様は予定通り……スピンクスの討伐を。一人で一体を任せられるのはあなたしかおりません」
「……」
「あ、アルム様?」
マリツィアは無言で俯いているアルムにもう一度聞き直す。
考え事をしているのか、マリツィアと目が合ってもその口から返答はなかった。
そんなアルムの様子に隣のミスティが覗き込む。
「アルム? どうかされましたか?」
「いや……うーん……。そうだな……。少なくとも、そっちにはいかせない」
「……? はい、それで構いません。よろしくお願い致します……」
他とは違い、何故か煮え切らない様子のアルム。
一瞬不安になるが、アルムとスピンクスはすでに呪法を結んでいる。
アルムの胸中は読み取れないが、スピンクス自体が望んでいるのもあって万が一にも間違いはない。
「ベネッタ様は城壁突破までは魔力を温存してください。その後は戦闘を行う私達より先んじて王都の捜索をお願い致します。アブデラ王のことですから潜伏を選んでもおかしくはありません。あなたの血統魔法で捜索できれば王城制圧後、捜索する範囲をかなり限定できるはずです」
「は、はい!」
「味方の救出や治癒魔法は自己判断でお願いします。難しいようですが、その判断ができるのはベネッタ様しかおりません……自分の魔力を把握し、魔力を完全に消費しないようにお願い致します」
「ま、任せてください―!」
全員の意思と役割を確認し、マリツィアはアルム達全員を見渡した。
各地の勝利前提の穴だらけの作戦。そんな事しか提言することしかできない自分を恥じながら、ここから逃げようともしない全員にマリツィアは感謝する。
「こちらの戦力は皆様方と私とルトゥーラの数字名の部下六人、そして領民の志願者合わせて百人足らず。戦力差とタイムリミットを省みても撤退しての仕切り直しは不可能です。作戦開始はミスティ様は日の出と共に、その数分後に王都と北部も攻撃を開始します。皆様方全員が敵の主戦力に勝つことを前提に、日の出以降のタイミングも何もかも各地に散らばった仲間を信用して……アブデラ王の即位記念日当日、砂塵解放戦線の最終作戦を決行します。皆様どうかご武運を」




