追憶 -夢見る日-
「マリツィアてめえ! 男前な俺の顔に何しやがる!」
「ルトゥーラさんが悪いんでしょう。私の分のケーキを食べてしまうんですから。後別にあなたは男前ではありません」
「もー……今日はお祝いなのに……何で喧嘩するかなあ」
呆れながらケーキを一口食べる私。
甘くておいしい。流石マリツィアが選んだお店のケーキだ。
ルトゥーラがもっと食べたくなる気持ちもわかるけど……マリツィアのをとったんだから殴られるのは当然だと思う。
二人の喧嘩……もとい、マリツィアが一方的にルトゥーラを殴っている様子を眺めながら、私は疲れも吹っ飛ぶようなその味に舌鼓を打った。
「シャーリー! ちょっとこいつ止めろ!!」
「シャーリー。一緒にルトゥーラさんを殺してください」
「ケーキ食べるのに忙しいからどっちもやーだ」
今日は私達三人が魔法使いになったお祝いだ。
十四歳でついに魔法使いになった私達は近々開かれる豪勢なパーティを開く前に、私達だけの時間で私達だけのお祝いをしている。
マリツィアとルトゥーラがいて私がいて、三人で囲むテーブルの上には色々なケーキが並んでる。
「俺も言いたいことがあるぞ! 食われたくないなら先に言えよ!」
「あなたが一番の選択権を持っているという意味の分からない思い込みを無くせばいいだけの話です。私がお茶を淹れてと爺やに言いにいっている間に……何故あなたはケーキをいの一番に食べていいという思考に至るのですか? 私が選んで私が買ってきたんですよ?」
相変わらずの二人を見ながら、ケーキの上に乗ったイチゴをぱくり。
いつものことだけどマリツィアのほうが優勢だ。それに普通にルトゥーラが悪いからそのまま殴られるべきだと思う。
食べ物の恨みなんだから甘んじて受けるべきだと思う。
あ、パパや使用人のみんなにも買っていってあげようかなあ。
「この悪趣味女!」
「人を悪趣味呼ばわりする前に自身の礼節と向き合いなさい。魔法使いになったのですからいつまでも子供でいてもらっても困ります」
「シャ、シャーリー! お前からも言ってやれ!」
「え? そうだなぁ……マリツィアの言う通りだーとか?」
「俺を援護してくれよ!?」
「いや無理だよ。マリツィアのほうがどう考えても正論だし」
何で自分が援護して貰えると思ったんだろう?
ルトゥーラって勉強はできるのにこういう自分本位なとこがお馬鹿さんなんだよね。
魔法使い的には自分本位のほうが強いくなりやすいのかもしれないけど。
「全く……シャーリーはどうです? お口に合いますか?」
「うん、流石マリツィアだね!」
「うふふ、勿論です。今日の為にリサーチは完璧でしたから」
そう言って、マリツィアは誇らしげにフォークを手に取った。
一瞬ルトゥーラがびくっとしたけど、いくらマリツィアでもフォークでは刺してこないよ……。
マリツィアは光沢のあるチョコレートケーキを一つ選んで、食べ始める。
どうやらもう気が済んだみたい。
なんだかんだルトゥーラがお馬鹿なことしても、私がミスしても……叱ったら普通に許しちゃうのがマリツィアの甘いところなんだよね。
「な、なんですかシャーリー? 私の顔に何かついていますか?」
「ううん、おいしそうに食べるなって思っただけ」
「顔に出ていましたか……それはいけませんね。魔法使いとして表情はコントロールしなくては……」
「私達の前でくらいいいんじゃないかな。それに今日はお祝いでしょ? ちゃんと楽しまなきゃ」
「確かに……それはそうですね。せっかくのお祝いに頬を強張らせているのもおかしな話です」
とかいいつつ、マリツィアは表情が大きく出ないように我慢してる。
それでも少し口角が上がっちゃってるのが可愛い。
みんなリオネッタ家の魔法のせいでマリツィアを恐がっているけど……こういう所もあるんだよ。
魔法は、その、私もちょっと恐いと思うけど。
でもそれはマリツィアが頑張った証でもあるし、凄いとも思ってる。
「そうだそうだ。全く、祝いの席にこんな殴るほど怒らなくったってなあ……」
「ルトゥーラはちょっと反省したほうがいいよ。マリツィアが甘いもの好きって知ってるでしょ?」
「…………うす……」
ルトゥーラは私達の前では気が緩みがちなのがたまにきずだけど、それはそれで仲のいい証拠かもしれない。
私達のいないところではそんなポンコツ見せないっていうことはそういうことなんだと思う。
これも一種のコミュニケーション? なのかな?
これでわざとやってるとかだったらかっこいいのかもしれないけど……多分そんな意図はないのがルトゥーラって感じ。
単純に私達の前では気を張らないでいられるってだけかな。
私達は幼馴染で、同じ秘密を持って魔法使いになった同志だから。
もしかしたら、気楽にお馬鹿をやるのがルトゥーラなりのストレス解消なのかもしれない。
でもマリツィアの好きなケーキ食べたのはちゃんと謝ったほうがいいと思う。私は止めたんだからね?
「成人したというのに本当に子供っぽいというか……失礼なままというか……」
「うっせえなあ……そもそも十四になって魔法使いに任命されて、はい大人ですよ、って言われて大人になれるわけねえんだよ」
「それを本人に自覚させるために成人の歳が決められているのでしょう? 十四になったらそれだけで大人ということではなく、大人になった自覚を持てるようになれという線引きのためにあるのだと私は思います」
「ちくしょう……それっぽい事ばっかり言いやがって……」
「マリツィアそんな事考えてるんだ……流石偉いなあ」
「あくまで私の意見ですからお気になさらず」
「でもちょっとなるほどって思ったかな」
大人になった。魔法使いになった。
けれど、そんな実感はわかない。
だって私達はまだ十四で、昨日までは子供だった。
私達の関係だって変わらないし、周りがただ大人になったって言っているだけなんだ。
いつか……それこそ数年後、私達も大人になったねって言い合える日が来るんだろうか。
その時にまた、今日のように二人と面白おかしく過ごせるのだろうか。
マリツィアとルトゥーラと、私の三人で。この国を救った後で。
そんな普通の日が来るのが今から少し楽しみになった。
「どうしました? シャーリー?」
「なんだ? ぼーっとして」
「……ううん、なんでもないよ。ちょっと将来が楽しみだなって思ったの」
そうだったらどれだけいいだろう。
今日も明日も変わらずに、数年後も変わらずに。
背が伸びて。凛々しくなって。それでも関係だけはそのままで。
何もかも終わらせることができたダブラマでまた、今日のように三人で集まって。
"私達も大人になったね"
そう言い合える日を私は密かに思い描く。
パパが綺麗と言ってくれた自慢の瞳は、そんな明日を夢見て輝いていた。
今日は私が魔法使いになった日で、成人を認められた日。
そして私――シャーリー・ヤムシードの小さな夢ができた日だ。




