560.なんでもない自分だからこそ
スピンクスさんから情報を貰った後、とんとん拍子に話は進んだ。
アルムくんとスピンクスさんの間には呪法が結ばれて、一対一の戦いが約束された。
それを聞いたミスティもルクスくんも反対したけど……アルムくんは譲らなかった。
場所はボク達が地下遺跡から逃げてきた時に逃げ込んだゲルトラ渓谷。
王都からは近いような遠いような場所で、往復しているような時間は無くて、アルムくんが勝つのを信じるしかない絶妙な距離だった。
アルムくんについての話が終わった後……ボク達は当日攻め込む場所をマリツィアさんとヴァン先生に指定されて、各自で出立の時を待っている。
「なにやってんのよベネッタ」
窓からぼーっと町のほうを眺めていると、エルミラが来てくれた。
「あ、エルミラ……その格好……」
「私はもうすぐ出発だもの。また砂漠超えしなきゃよ」
やれやれとエルミラは窓から外を見ていたボクの隣に来てくれた。
エルミラはベージュのローブを着込んでいて、今すぐ出発しそうな格好だった。
エルミラ達が行くのは北部ダルドア領。一番距離があるから一足先に出発だ。
……ちょっと、寂しい。
「エルミラはすごいなあ……」
「は? な、なによ急に……」
「だってダルドア領ってことは……ダブラマの第二位を相手にすることだもん……。それくらいマリツィアさん達から認められてるってことでしょー?」
「なにあんた? 自分が後方支援に回されたのが不満なわけ?」
「ち、ちが……そうじゃなくて!」
そう、アルムくんは魔法生命一体を任せられて、ルクスくんはマリツィアさん達と一緒に王都侵攻とアブデラ王討伐、ミスティは『女王陛下』のラティファさんの足止め、エルミラはダルドア領での妨害用魔石の破壊工作。
ボク以外の四人は今回の作戦の大任を任されている。
対してボクは治癒魔法を活かしての王都侵攻の後方支援……王都に突入してからは魔力を温存しながら、皆が怪我した時に備えての衛生兵的役割だ。
「不満とかじゃないけどさー……何かねー……やっぱボクってそうなんだなーって思ってさー」
「何か、あの夜と逆ね」
「あの夜って南部でエルミラが泣きまくってボクの服べちょべちょにした時のことー?」
「う、うっさいわね……その節はご迷惑おかけしましたけども……」
「いいえー。こんな胸でよければいくらでも貸すよー」
「……それ男の前で言うのやめなさいよ?」
「どゆことー?」
エルミラは答えてくれなかった。
というか、目も合わせてくれなかった。
「そ、それで? 何が引っかかってるわけ?」
「引っかかってるってわけじゃないんだけどさー……やっぱボクはおまけなんだなって再認識したっていうかねー……。不満とかじゃないんだけど、みんなと一緒にダブラマに来て……何か特別なことしてる感じがあったんだけどー……」
思い返してみれば、自分に出来ることは何もなくて。
アルムくんがいなかったら、ミスティがいなかったら、ルクスくんがいなかったら、エルミラがいなかったら。
そんな未来は想像するだけで困難な道のりになるのがわかるのに。
「ボクだけやっぱ平凡なんだなって、ちょっと思っただけ」
ボクの仕事は治癒魔法だけ。治癒魔導士なら誰にでも出来ること。
ボクがここにいる意味は、未だによくわからない。
みんなと一緒にいて、何ができたかがわからない。
たとえばそう……ボク以外の治癒魔導士がいたのなら、それで全部解決したんじゃなかろうか。
「はぁああ……」
「なにそのでっかいため息ー……」
「親友があまりに馬鹿だったことに対する嘆きよ」
「うん……馬鹿なんだよねボク……」
頭を叩かれるかな、ほっぺをつねられるかな。
そんな風にエルミラが何かしてくるかを待っていると……予想外にも、エルミラはボクの頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「わかるわよその気持ち。自分は何でこいつらとって思っちゃう時あるわよね」
「まさにそれだー……」
「でも少なくとも……私はあんたがいて安心してるわよ」
「ほんとー?」
「当たり前じゃない。あんたは少なくとも魔法生命に怯むことはないもの。私達を助けてくれるって信頼できる人間がいるのよ? 少しくらい無茶してもあんたがいるんだから何とかなるって思えるわけ」
「それはしないでほしいなー……ただでさえアルムくんがじゃじゃ馬なのにー……」
「あははは! じゃじゃ馬って! 言えてるわね!」
エルミラは笑いながら、ボクの髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。
でも、そんな乱暴さも気兼ねがないようで心地よかった。
じゃじゃ馬というワードがツボだったのかエルミラはひとしきり笑って……笑い終わると、外を見る私の顔をそっと抱き寄せてきた。
「でもねベネッタ。あんたは自分で思ってるよりすごいやつよ」
そして耳元で、そう言ってボクを励ましてくれた。
「そうー?」
「ええ。自分の言葉ならともかく、私の言葉なら信じてくれるでしょ?」
流石はエルミラだー。
ボクのことをよくわかってる。
「……うん」
「よろしい。ほら、落ち込んでないで元気出しなさいな」
「エルミラ、気を付けてね? 北部にボクはいないんだから」
「あったりまえでしょ。このエルミラ様に任せなさいな。あんたも変なこと考えてないで……自分にできることをしっかりやりなさい。そうやって動く自分はきっとあんたにとっての特別になるはずよ」
そんな会話をして数時間後に、エルミラ達を乗せた馬車は出発した。
最後までボクを励ますように笑顔のまま、その日の天気のように明るく出発した。
何の関係も無い国の、何の関係も無い人々のために命を懸けて戦える……ボクの親友の後ろ姿は頼もしかった。
「ベネッタ」
「うえ? ミスティ? どしたのー?」
その日の夜、ミスティが部屋に来てくれた。
……絶対エルミラ昨日のこと喋ったでしょー。
明日はボク達が出発する番なんだから、ミスティはアルムくんの所に行きたいはずなのに。
心の中で勝手にちっちゃくしたチビエルミラを少し怒って、ミスティを部屋に入れる。
「明日出発ですけれど……準備は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよー。基本的にマリツィアさんの使用人さんがやってくれるしー……」
「それでもマリツィアさんは領民への指示で動きにくくなるでしょうからそちらの補佐がいりますわ。使用人任せではいけませんよ?」
「はーい……なんかお母様みたいー」
不意に、左手首に巻いた十字架に目をやってしまった。
治癒魔導士になると決意した時にお母様から貰った十字架。
ミスティの言動が故郷にいるお母様を思い出させる。
元気かな。会いたいな。ダブラマに来る前に会ってきたはずなのに、懐かしくなってくる。
「……エルミラから何か聞いたー?」
「ええ、それはもう」
「そっかー……」
「ベネッタがお馬鹿な悩みを持ってるから何か言ってやれと言われましたわ」
「エルミラひどー……ボクは真剣なのにー」
「本人が苦悩してどれだけ真剣だったとしても……周りの人からすればとても簡単だったりするんですよ」
ミスティは遠い目をして。
「私もそうでした。ずっと恐くて決意できなかった。とても簡単なことだったのに……気付けなかったんです。恐いってずっと言って、本当に……小さな子供みたいに」
優しい表情をして小さな笑みを零していた。
ミスティはいつも優しいけれど、前よりもっと柔らかい。
「どんなに悩もうとも……忘れないでくださいねベネッタ。あなたがどれだけ自分を低く見ていたとしても、あなたを信じて頼っている人が少なくとも、四人はいるということを。私達四人が背中を任せて、明日を迎えたいと思えるのは……誰でもないあなたですよベネッタ。自分以外の誰かでもだなどと、軽々に仰らないでくださいね」
かと思ったら、そんな風に釘を刺されちゃった。
濡れた宝石みたいな青い瞳が、ボクのことをじっと見つめてくる。
……何かミスティってば、アルムくんに似てきてない?
有無を言わせないその視線にちょっと心が軽くなった。
「うん……ありがとね、ミスティ」
「というよりもですね……途中までアルムと一緒に行くんですから……アルムのことよろしくお願いします! こんなこと信頼しているベネッタにしか頼めないんですから!」
「えっと……そこはルクスくんも入れてあげようよミスティ……」
そこからは何てことの無い話をしながら、ミスティと一緒のベッドで寝た。
二人きりって珍しいね。そういえばそうですね。
ミスティすっごいいい匂いする。ベネッタみたいにふくよかになるには。
そんな何でもない話をして、ちょっと夜更かしして眠った。
次の日に、ミスティの見送りでボク達は出発した。
こちらはお任せください。そう言ってボク達が乗る馬車を見送ってくれた。
たった一人で、見知らぬ国を守るために残る……ボクの親友の姿は何よりも心強かった。
そんな二人に信頼されているボクは一体何ができるだろう。
二人に頼って貰った誇らしさだけが、心の中でぷかぷかと浮かんでいた。
「アルムくん、ルクスくん」
「ん?」
「どうしたんだい?」
気合いを入れて、同乗しているもう二人の親友に呼びかける。
ボクもボクなりに頑張ろう。そんな決意を改めて口にするために。
出来ることは少なくても、まずは親友の想い人であるこの二人を死なせないために――ボクにはボクの出来ることをやろう。
「頑張ろうね!」
当たり障りのない決意だけど、まずはそんな何でもない事が平凡なボクらしいと思う。
ボクが出来るのは治す事と守る事。それだけなんだから。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ここで真実開帳編は一区切りとなります。次の本編更新から砂塵解放戦線ダブラマ編となります。
どうか応援のほどよろしくお願い致します。




