558.舞い込んだ朗報
「人知れず暗躍するあの美女は一体誰ですって? もっちろん! この私! サンベリーナ・ラヴァーフルに決まっていますわぁ!!」
「元気だしサンベリっち……」
病院からの使いに許可を出し、しばらくしてリオネッタ邸に到着したのはサンベリーナ・ラヴァーフルとフラフィネ・クラフタの二人だった。
ぐったりしているフラフィネと、お気に入りの扇の音をリオネッタ邸の玄関ホールに響き渡せるサンベリーナの姿はあまりに対照的だった。
「やっぱり君達か……二人組だから少し頭をよぎったよ」
「わー! サンベリーナさんとフラフィネさんだー!」
「ベネッタさんもご無事でなによりですわ。そこの男は知りませんけど」
「いやいや……ここは別にお互い無事でよかったでいいし……」
出迎えるルクスとベネッタも二人の無事と再会を喜ぶ。
怪我人という話だったが、二人とも大きな怪我も無い。
「お初にお目にかかります。ダブラマ東部リオネッタ領の領主マリツィア・リオネッタです」
ルクスとベネッタの背後から現れ、マリツィアは二人に自己紹介をする。
現れた領主を前に、サンベリーナとフラフィネの背筋も礼節のために伸びた。
「あら私としたことが……騒いでしまって申し訳ありません。初めまして、今回カルセシス陛下の命により参上致しました。ラヴァーフル家次期当主サンベリーナ・ラヴァーフルと申します」
「フラフィネ・クラフタと申します」
頭を軽く下げ、二人は形式ばった挨拶を見せる。
「お二方ともベラルタ魔法学院の精鋭としてお名前は記憶しております。こちらにヴァルフト・ランドレイト様もいらしておりますから事情も把握しておりますので、ご安心ください」
マリツィアに笑いかけられて、サンベリーナとフラフィネは顔を見合わせる。
どうやら二人が想像していた人物像とは違ったらしい。
二人がカルセシスより教えて貰っていたマリツィアの情報は、死体を支配して操るダブラマ屈指の魔法使い。
どんな悪趣味な女かと思えば、屋敷は豪華ではあるが特に変わった内装でもなく……面と向かって話すあまりに柔らかい印象につい言葉が詰まる。
「そ、それは話が早いようで何よりですわ。早急にお耳に入れたい話がありましたが、状況を把握していなかったので人を使って私達の存在を知らさせて頂きました。監視などは?」
「私の居場所だけは把握されているでしょうが……会話などは聞かれていないはずです」
「では私達の存在もキャッチできていないと見ていいでしょうか……」
サンベリーナは扇を軽く開け閉めさせながら思考する。
「二人とも王都に潜伏してましたよねー? どうやってリオネッタ領まで?」
「そのお話をしに来たのです。皆様にとっても……いいお土産話になるはずですわ」
サンベリーナは扇の下でくすっと笑った。
「王都の妨害用魔石を破壊した!?」
「まぁ、うちはサンベリっちのタイミングに合わせただけだし」
「何をご謙遜を。相手の部隊が油断しきっているところに聴覚阻害の呪詛魔法を掛けたフラフィネさんがいたからこそですわ。ですが、ベリナっちとお呼びなさい」
「それは嫌だし」
サンベリーナとフラフィネはアルム達のいる部屋に招かれ、再会の喜びもそこそこにして二人がリオネッタ領に辿り着いた経緯を説明した。
王都で情報収集をしながらの潜伏中、魔法使いの輸送部隊が大きな荷物を秘密裏に輸送した場を見かけて数日前まで追跡していたこと。会話を盗み聞きしているうちに輸送しているものが通信用魔石と記録用魔石を妨害する魔石だったことがわかったこと、そしてその部隊が平民の女性を攫って慰み者にしていたこと、リオネッタ領が近いというタイミングで奇襲をかけたこと。
そのどれもが、マリツィアとルトゥーラは知らない話だった。
「馬鹿な……! 王都には私のコレクションが一体いるはず……そんな動きは――」
そこまで言いかけて、マリツィアは昨夜スピンクスにされたことを思い出す。
王都にいるマリツィアの操る死体の支配権は、すでにスピンクスに奪われているということだろう。
「っ……! なるほど、本当に公平な御方というか……私達にメリットがあるお話を持ってきたのは、王都の見張りをすでに奪っていたからということですか……」
恐らくは、最もスピンクスの事を知っているマリツィアは自身の不甲斐無さに頭を抱える。
スピンクスの信条は人間の敵であり、味方である者。
片方の陣営に有利な情報をもたらすことがあれば、当然もう片方の陣営に有利なことを起こすのだ。
「皆様が動くまで待とうと思ったのですが……少し無視できない事態になりましたので決行いたしました。攫われた娘達は病院にいるのでしばらくこの領地で療養させてあげてくださいな」
「それは勿論、構いません。幸いリオネッタ領は余裕がありますから……」
「てか、よく破壊できたな……」
ルトゥーラが言うと、サンベリーナは誇らしげに口角を上げた。
「サンベリーナ殿は僕と違って当主になる前から魔石事業に参加していて魔石に詳しいんですよ」
「いずれこの男が継ぐオルリック家を超えますわ。以後お見知りおきを」
「…………仲悪いのか?」
「いいえ、いいですよ」
「ええ、悪いですわ」
同時の真逆の答えを返すルクスとサンベリーナ。
結局どっちなんだ、と結論を出す前に話は続く。
「えっと……タイミング的に迷惑だったし?」
不安そうに手をもじもじさせながらマリツィアをちらっと見るフラフィネ。
フラフィネの不安を解消するように、マリツィアはその手を握る。
「いいえ、そんなことはありません。お二人のおかげで……アブデラ王討伐のための戦力をかなり増やすことができます」
「ずっとそこで迷ってたからな……」
壁を背に寄り掛かるヴァンが言うと、マリツィアは頷く。
「はい、ヴァン様とルトゥーラさんと協議を重ねていましたが……王都の妨害用魔石の輸送まで想定してしまうと、どうしても手が足りませんでした。加工された魔石は生半可な魔法使いでは破壊できませんからね。壊すにはかなりの魔力を消費してしまうのもあって部下に任せるわけにはいかなかったのです」
「そういえば……残り一個の場所は想像がつくとか言ってたわね」
「はい。エルミラ様とミスティ様がジュヌーン様のところに一つあることを突き止めてくださいましたから。一つがジュヌーン様のとこにあるのであれば……必然もう一つはアブデラ王が最も信頼する魔法使いの下にあると見て間違いありません」
妨害用魔石は三つあった。
一つ目はアブデラ王のお膝元である王都に。二つ目はアブデラ王の配下である第二位ジュヌーン・ダルドアのダルドア領に。
であれば……必然三つ目がどこにあるかは想像がつく。
守るという一点に関して、何よりも信頼できるダブラマ最強の魔法使いがいる。
「……ラティファ。『女王陛下』が守っている」
ベッドの上のアルムが呟くと、その場にいる全員も同じ答えに辿り着いたのか頷いた。
「間違いありません。通信用魔石さえ回復させられれば、アブデラ王がいくら王都に潜んでいようとも情報を共有してしらみつぶしに叩くことができます。ベネッタ様の血統魔法の御力があればさらに確実でしょう。
魔法生命さえ復活しなければ、いくら魔法生命の力を振るうことができたとしても……魔法生命達と戦ってきた皆様と共に戦えるのであれば勝利は固いと見ています」
「それでは、いよいよ出発の準備を?」
ミスティが尋ねると、マリツィアは首を横に振る。
「いえ。今夜……最後の情報源から情報を引き出します」
最後の情報源。それが一体誰かなどわかりきっている。
昨夜マリツィアに提案を持ちかけてきた魔法生命――"答え"を知る者スピンクス。
足りない情報はあと一つ。壊すべき物の場所はわかった。倒すべき相手は元より明白。
後知るべきは……敵の目的についてだけ。
「予定通り、今夜最後の情報をとりにいきます。魔法生命復活の儀式……その全貌について」




