555.方針
「私のコレクションを放棄しようと思います」
アルム達も散歩を終え、エルミラの怒りも収まって帰ってきた頃……マリツィアは全員の前でそう言い放った。
その声に待ったをかけるのは当然、長年マリツィアを見てきたであろうルトゥーラだった。
「おい待て待て! いくら支配権を奪われたからってそんな事したらお前……!」
「最後まで話を聞いてください。思います、というだけです」
マリツィアはアルムに視線を送る。
「アルム様はスピンクスさんの提案を受け入れるということですが……あちらがその提案の代わりにと出してきた条件は私とルトゥーラが反乱分子だと告げ口しないこと、そして私のコレクションに手を出さない事の二つです。真偽はともかく、あちらの話を私達なりに信頼するためにこの条件を利用しようと思います」
「どういう事ですかー?」
ベネッタと同じくピンと来ない面子が多い中、ミスティははっと気付いたような表情を浮かべてルクスは納得したように頷いた。
「なるほど……別の要求をするんですね?」
「流石ルクス様、鋭いですね。都合がいいからとあちらが用意した提案にただ乗るだけというのも面白くありません……ならば、提案されたメリットがメリットにならない意思を伝え、逆にこちらから条件を付きつけようと思います」
ヴァンは感心したように声を上げる。
「随分強気な手に出るな……流石その歳で第四位にまで上り詰めただけある。主導権を握る意味でも悪くないな」
「このくらいしなければスピンクスさんの真意は測れないかと思いまして……アルム様の言う通り、アブデラ王とスピンクスの目的が本当に違うとすればこちらに有利な条件を追加しても受け入れるでしょう」
「なんでよ?」
まだ若干アルムの選択に不満なエルミラがぶすっとした表情で問う。
怒った手前気まずいのか、アルムと目を合わせようともしていなかった。
「魔法生命が自分の目的のために行動するのは皆様ならご存じだと思います……でしたら、アブデラ王の有利不利はスピンクスさんには関係ないでしょう? 自身の目的のために譲歩するのであれば多少信頼性は増します」
「あー……そりゃそうか。そもそも、自分の目的を果たすために各地で勝手に活動してるようなやつらだもんね」
「これであちらが承諾しないようであれば交渉決裂でいいでしょう。アルム様が罠にかかる可能性を潰せたと考えればプラスにとれなくもありません。私達が反乱分子というのはシャーリーの実家であるヤムシード家を探された時点で薄々気付かれてはいるでしょうから考えないことにします。
もし決裂した時は……私のコレクションルームを燃やしてくださいますかエルミラ様?」
「え……? ん!? え!? わ、私が!?」
マリツィアから予想外のお願いをされて飛び上がるエルミラ。
先程までの不満そうな顔は一体どこに行ったのか、その表情には驚愕しかない。
「え? は、破棄ってそういう……!? だ、だってあんた……あんなにコレクション、っていうか魔法を大事に……あそこだって聖域とか言ってたじゃない……?」
「私個人の拘りとプライドで皆様からの助力の機会を無下にするわけにはいきませんもの。スピンクスさんにコレクションを乗っ取られ、皆様を危険に晒すくらいならエルミラ様に燃やして頂く安全策を取ります。エルミラ様の血統魔法ならスピンクスさんの呪法ごと燃やし尽くすことも可能でしょう」
「あんたがいいならいいけど……」
エルミラはちらっとルトゥーラを見る。
ルトゥーラは納得できないようにマリツィアを睨みつけていた。
わかった、とてきとうに承諾していいことでないのは十分にわかる。
「で、でも、あんたそれで戦えるわけ?」
「勿論、全てを放棄するわけではありません。私と繋がりの強い虎の子の三体だけは残します。その三体は私と繋がりが強いのでスピンクスさんでも容易に乗っ取ることはできないでしょう」
エルミラはもう一度ルトゥーラのほうをちらっと見る。
すると、突然ほっとしたような表情へと変わった。
事情は分からないが、その三体さえいればルトゥーラから見てもマリツィアは大丈夫ということらしい。
「ご安心ください。コレクションを失っても私、エルミラ様より強いので」
「は?」
「うふふ」
「ほら……喧嘩しない喧嘩しない……」
突然視線でバチバチと火花を散らすマリツィアとエルミラをルクスが引きはがす。
勿論、本気で喧嘩を売っているわけでも、買っているわけでもない。
単に、エルミラが遠慮なくマリツィアのコレクションを燃やせるようにというコミュニケーションの一環である。
そんな事は本人同士もわかっているが、訣別のためにはこういった形が大事なこともあるのだ。
「女性はやっぱ怖いな……」
「ええと……アルム……今のはそういうのではなくてですね……マリツィアさんの気遣いといいますか……」
一名わかっていない者もいるようだが、それは長年山で暮らしていた弊害。
アルムが山から出てきて二年以上経つが、察しの良さはまだまだのようである。
「こ、こほん……それでマリツィアさん、代わりに出す条件というのは考えておられるのですか?」
「優先すべきは復活に関しての詳細です。アルム様のおかげで推測できる領域にまではいきましたが、未だ不明瞭な部分は多いのは否めません……特に復活の時間だけは詳細を手に入れるべきです。それと場所ですね。他の国でも行えるのかどうかは皆様にとってもやはり重要でしょう。私達にはできるだけ時間が必要ですから、とりあえずは優先で時間に関して提示しようと思います」
「ああ、そういやなんで待機してんだ? すぐアブデラってやつぶっ殺しにいきゃいいんじゃねえの?」
部屋の隅でつまらなそうに観葉植物を眺めていたヴァルフトが考え無しに疑問を投下する。
背中に感じるいくつかのため息を感じて、ヴァルフトは勢いよく立ち上がって振り返った。
標的は一番大きなため息をついていたエルミラへと向く。
「あ、あんだよ!?」
「いや、あんたガザスの模擬戦の時も思ったけど結構馬鹿よね……」
「喧嘩売ってんのかてめえ!? ならわかりやすく説明してもらおうじゃねえか! できなかったら――」
「あのね……そんなのアルムの回復待ちに決まってんでしょ……。アルムの魔力が多ければ多いほど魔法生命に対して楽になるんだから」
「……」
ヴァルフトは腑に落ちた表情で目をぱちぱちさせると、アルムのほうを見る。
そりゃそうだ、とヴァルフトは手をポンと叩いた。
「はい、あんたの負け」
「ふ、ふぐう……!」
ぐうの音も出せず、ヴァルフトは後ずさる。
アルムは魔法生命に対する唯一明解な対抗手段。
たとえ万全でなくとも、貴重な時間を消費する価値のある戦力なのだ。
「こいつ本当に大丈夫なんだろうな? マリツィア?」
「大丈夫ですよルトゥーラさん。腕は確かなはずですから……そうですわよねヴァルフト様?」
「お、おう! 任せなダブラマの姉ちゃん!」
そんな話をしていると、部屋をノックする音が聞こえてくる。
マリツィアが入室を促すと、一礼して部屋に入ってきたのは爺やと呼ばれる執事だった。
「お話し中失礼致しますマリツィア様。病院から使いの御方がいらしております」
「病院から……?」
マリツィアは記憶を探るが心当たりが無い。
自分の部下であれば領地に来る前に書簡が飛んできているはずだ。
しかも……病院からというのが意味がわからない。少しばかり、警戒の色がマリツィアの目に宿る。
「その使いはなんと?」
「はい。なんでも……マリツィア様との面会を希望している怪我人の二人組が来ていらっしゃるとか。心当たりはございますでしょうか?」
マリツィアは首を傾げる。
一体誰が?
いつも読んでくださってくれてありがとうございます。
ヴァルフトくんは馬鹿じゃないんです。ちょっと経験が浅いだけなんです。




