554.飛行日和
アルム達五人の中、ただ一人リオネッタ邸に残ったベネッタはリオネッタ邸の執事……通称爺やにサンルームに案内されていた。
日の光でぽかぽかと温かい陽気が気持ちよく、ガラスの向こうに広がる空と庭は清々しい。
サンルームに案内されたベネッタは、爺やの淹れたミントティーとおやつとして出されたゴリーバというナッツ入りクッキーを順調に口へと運んでいた。
そんなベネッタを見かけたマリツィアも一緒の席につき……ゆっくりながらもくもくとクッキーを食べるベネッタの姿を見て、リスみたい、と微笑ましく見守っている。
そんな時間を過ごしている内に、スピンクスとの取引についてを考えて出来ていた眉間の皺はいつの間にか無くなっていた。
「ベネッタ様はお出かけしなくてよろしかったのですか?」
「んえ? あ、えーっと……鈍いボクでも流石にあの二人の邪魔はできないっていうかー……エルミラ達のほうも多分エルミラの機嫌がよくなったらそうなりそうですしー……」
「うふふ、大変ですね。カップルに挟まれるというのは」
「アルムくんとミスティはまだですけどねー……でも二人で出掛ける時は増えたかなぁ……?」
「よいことですわね」
そう言って、マリツィアはカップを口へ運ぶ。
日の光を浴びながらのその様子についベネッタの口も止まった。
華美な装飾のないシンプルなドレスにも関わらず、お茶を飲むその動作一つをとっても優雅さが違う。
しなやかな腕、カップを持つ細い指、流れる桃色の髪にお茶を映す濡れた瞳。
同じテーブルについているはずが、ただおやつを頬張る自分にはないマリツィアの気品にベネッタは目を輝かせていた。
「ベネッタ様? どうされました?」
「い、いえ! なんでもないですよー!」
「そうですか……? 熱い視線を感じたような気がしましたので……」
マリツィアもゴリーバを一つ摘んで、口のほうへと。
カリッ、と鳴ったナッツの音すら自分とは違く聞こえてしまうベネッタなのであった。
目の前の褐色美女に惚れる前に話題を変えようと、ベネッタはぶんぶんと首を振った。
「そ、そういえば……マリツィアさんにはそういうお話はないんですかー?」
「……? そういうとは?」
「ですからー……ほら、その……ご結婚されるお相手とか……」
「私に……ですか?」
マリツィアは手を止めて、意外そうに聞き返す。
そんなにおかしな質問だったかな、とベネッタは首を傾げる。
優雅な美人だったマリツィアがよほど予想外だったのか子供のように目をぱちぱちさせている。
「も、申し訳ございません。まさかそんな事を私に聞く方がいるとは思わず……。そうですね……私に釣り合うお相手がいらっしゃらないとでも言っておきましょうか」
「お、おおー! さ、流石……!」
マリツィアは若くしてダブラマの第四位に上り詰めた女性。
釣り合う相手が見つからないのは当然か、とベネッタは目を見開いて頷いていた。
しかし、そんなベネッタの反応を見てマリツィアは困ったように眉を下げる。
「冗談でございます。ベネッタ様は純粋ですね」
「え? じょ、冗談なんですか……? ど、どこが……?」
「私の好みが年下なので、その歳で才能を開花させている殿方が珍しいのである意味冗談ではないのですが……一番の理由は私の魔法ですよ」
「魔法って……」
「元々リオネッタ家は墓守の家系でございます。それに加えて私が血統魔法を変革させたことによって……周囲の人々からすれば才能はあっても気味が悪いという評価になりましたから。そういったお話が来て、実際にお会いした殿方のほとんどは息がかかっているか怯えているかのどちらかでしたから」
表面上は変わらぬ様子で、しかし少し寂しそうにマリツィアはそう語る。
そう、ベネッタはマリツィアの魔法使いとしての在り方や魔法に対して誇りを持っていることを知っており……その部分に尊敬の念を抱いているが、他もそうだとは限らない。
どれだけ強く、才能に溢れ、美貌を持っていたとしても……死の一端に触れられる力は忌避の対象。
それはダブラマといえど変わらない。遺体の記録を読み取り、肉体を支配するマリツィアはダブラマという国にとっては心強い魔法使いではあるものの、身内にするには恐ろしいという認識なのである。
「そ、そっか……ボク達はもう慣れちゃったというかー……マリツィアさんを知ってるけど、知らない人からするとそうなっちゃうんですね……」
「おかしな話ですよね。同じ国に住む貴族よりも……敵対していた皆様方とのほうが接触する機会が多かったゆえに私を受け入れてくださっているだなんて……」
「た、確かにそうですねー! 変な感じですね!」
「本当なら……こうして、一緒にお茶してくださる方でさえ珍しいのです。私と対等に接してくださったのはルトゥーラさんと……シャーリーくらいでしたから」
寂し気に目を伏せるマリツィア。
塗れた桃色の瞳は寂しさを湛えてはいるものの、涙を流す様子はない。
「どんな……方だったのですか? 立派な人だったっていうのはお父さんのハリルさんに聞いたんですけどー……」
「うふふ、ハリルさんは親馬鹿ですから……そうですね……」
自分の感情が伝播したのか、泣きそうになっているベネッタをマリツィアはじっと見る。
唇をきゅっと締めて身を乗り出すベネッタが、自分よりも泣きそうになっている事に気付いてついマリツィアの口角は上がってしまう。
「ま、マリツィアさん……?」
「そうですね……ほんの少し、ベネッタさんに似ているかもしれません」
「え、えー!?」
「そのように……誰かのことを想いすぎるところなんかが特に似ていらっしゃいます」
「えへへ……な、なんか照れるなー……」
「ああ、でも……体型は似ていらっしゃいませんね。あの子は小さいの気にしていましたから」
「……どこの話してますー?」
「うふふ」
一転して、顔を赤らめながら胸を隠すベネッタ。
泣きそうになったり、照れたり、恥ずかしがったりと貴族にしては珍しいころころと変わる表情にしんみりとなりかけた空気は一瞬で飛び去って行く。
「ああ、ですが……ベネッタ様のほうが慎ましいでしょうか」
「謙虚……?」
「はい、あの子は意外に我が儘だったというか……自分のやりたい事を決めたらやるという傾向がありましたから。子供の頃はおどおどしていたのですが……人間、成長すると変わるものだなと彼女を見て思ったものです」
空を見上げて、ぽつぽつとここにいない親友をマリツィアは思い出す。
「もしかすれば彼女は……そうしなければ欲しいものが手に入らないとわかっていたのかもしれません」
「自分の、欲しいもの……」
「欲しいものは、望むだけでも夢見るだけでも……祈るだけでも手に入りませんから」
「それは……そうですね、みんなを見ているとボクも思います」
「はい。彼女もまたアルム様達のように……前に進んだ者だけが欲しいものに手を伸ばせるのだと、きっと知っていたのでしょう」
釣られて、ベネッタも空を見上げる。
差し込む日差しに青い空。今日は清々しい晴天。
この綺麗な空にマリツィアが何を見ていたかはわからない。
けれど……もし飛べたのなら今日は飛行日和だったのかも、とベネッタはふと思っていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
結婚相手の話になってルトゥーラの名前が欠片もでないのはそういうことです。友人としては大切だけどそういう目でみれないみたいな感じです。言ってしまうとマリツィアのタイプじゃないです。




