553.我が儘2
「まぁ、エルミラが怒るのも無理ないですね……」
「ああ……わかってはいるんだが……」
怒りで出て行ったエルミラをルクスに任せて、アルムとミスティも外へと繰り出していた。
アルムの怪我は治りきっていないが、ただ客室で寝続けると体もなまる。
少しでも体を動かしたほうがいいというマリツィアの助言を受けてのことだった。
アルムは未だ包帯塗れなのもあってゆったりとした服とズボンを、ミスティはタイトなワンピース型のドレスという何ともアンバランスな組み合わせだが本人達は特に気にしていない。ミスティの差している日傘に二人で入っているのもあって自然と距離も近くなっていた。
リオネッタ邸は丘の上に建っており、マリツィアが持つ敷地内であるために町のような喧騒も無い。
カラフルで可愛らしいレーヴンの町を眺めながら、決戦が控えているとは思えないほど穏やかに二人は歩く。
「ミスティも怒ってるか?」
「怒っていると言ったら……どうします?」
「どうする……? いや、どうもしないか……」
自分で聞いておいて、特に考えていなかった自分にアルムは驚く。
聞かれて合理的な説得をしたいわけでもなければ、謝りたいわけでもないことに気付いてしまう。
自分はこんなに勝手な人間だっただろうか?
「いや、これは元々か……」
「どうされました?」
「なんでもない……怒っているなら仕方ないなって思っただけだ」
「ふふ……謝るのかと思いました」
「俺もそう思ったんだが……何故か謝る理由は無いなぁ、と思ってしまった」
エルミラが聞いたら火を吹きそうな言葉にミスティはくすっと笑う。
「確かに……謝られていたら私も少し怒っていたかもしれません」
「そういうものか?」
「ええ、謝るくらいならやめてほしいですもの。罠かもしれない魔法生命の提案に乗るなんてことは」
「ああ、そりゃそうか……」
確かに、自分の行動を改める気も無く、ただ謝罪だけするというのは失礼かもしれない。
それではまるで謝る格好だけすればいいと思っているかのようだ。
本気で心配してくれる友人に対してあまりに都合がよすぎるだろう。
「ということは……ミスティは今怒ってるわけじゃないんだな?」
「ええ、心配はしておりますが……アルムの言う事も間違ってはいませんから。スピンクスさんは確かに私達に危害を加えた事はありませんし、話を聞くとアルム達が地下遺跡から脱出した時もアルム達を襲った魔法生命からアルム達を庇ったようにも見えなくはありませんから」
「そうなんだよな……」
「とはいえ、都合のいい見方だと言えなくもありませんからね?」
「……はい」
にこにこしているはずのミスティについアルムは圧される。
やっぱ怒ってないか? と思うもその笑顔を前に聞くことはできなかった。
「やめてと言って、やめてくれる方だったなら私もそうします」
かと思えば、少し寂し気な瞳でミスティはレーヴンの町のほうに目を向ける。
「けれど……あなたはやめないですからね」
「ああ、そうだな」
「私も一緒に行ければいいのですが……私には私にしか相手できない方がいらっしゃるようなのでそちらはお任せします。スピンクスさんの意図が何にせよ生きて帰ってくることだけは私と約束してくださいますか?」
「それだけは、約束するよミスティ」
「でしたら、私は頑張ってくださいと……アルムのしたい事を応援するしかありません」
アルムもミスティに釣られて、レーヴンの町のほうを見下ろす。
家がある。文化がある。営みがある。
ベラルタに辿り着く前、山の中が全てだったアルムにとって、ここはあまりに遠い異郷の地。
それでも、人がいることは変わらない。
「不安がないわけではありませんよ? アルムの言う通り、アブデラ王とスピンクスさんの目的が違うとして……アルムをターゲットにする理由は結局よくわかりません。もしかしたら呪詛で一番殺しやすいアルムを選んだ、のようなおぞましい理由かもしれませんから。魔法生命の考えることは人間以上によくわかりませんから」
「そうか?」
「アルムは……彼等の考えることがわかるのですか?」
「わかるわけじゃないが……なんだろう、感覚的には人間とあまり変わらないというか……うーん……」
アルムは言葉を絞り出すように少し唸る。
そして、考えながら少し歩いて……ふと空を見上げた。
日傘で少し隠れた空は青い。今日は気持ちがいいくらいの晴天だ。
「結局、あいつらも夢があるんだ」
「夢……ですか?」
「欲望とか理想って言ったほうがいいのかな……こうなりたい自分、こうなるための目的があってそれを一貫して目指してる。神様っていう到達点が理解できないだけで、そうしようとする意思は理解できないか?」
「それは確かにそうかもしれませんが……」
「今まで倒してきた魔法生命とはそのやり方が相容れないだけなんだ。あったかもしれない誰かの明日を壊して目指すその在り方を認めるわけにはいかない。だからそういうことをしない共闘できた魔法生命だっていたし、師匠のような魔法生命だっていた」
「スピンクスはその……共闘できる魔法生命かもと?」
厳しい表情になりながらミスティが問うと、アルムは首を振った。
「いや、流石にそこまで楽観的じゃない。アブデラ王側にいる時点で敵だとは思ってる。けど……あれだけ俺を殺すために周到だったアブデラ王の仲間にしては今回の提案が少しずれてる気がするってのも事実だ」
アルムは今まで出会ってきた魔法生命達の姿を思い出す。
戦った者、共闘した者、許せぬ者、話しただけの者、……助けてくれた者。
人間と一緒だ。様々な魔法生命がいた。
一括りに敵と判断するにしては、アルムはあまりに多くの魔法生命達と関わりすぎた。
魔力を通じて、その意思に触れ続けてきたからこそ。
「もしかしたら……俺は理解したいのかもしれない。あいつらの事をほんの少しでも」
純粋な声色と真っ直ぐな黒い瞳にミスティは呆れたようにため息をつく。
そう思えるのは、師匠という存在がいたアルムだからこそだろう。
皆がいた時には話さなかったその理由を、自分にだけ零してくれたことにいけないと思いつつも嬉しくなってしまう。
もしエルミラに話しでもすれば二人揃って怒られてしまいそうだ。
「まったく……アルムはしょうがないんですから……」
「流石に我が儘か?」
「今更何を……アルムが我が儘さんだなんて皆さん全員わかっていますよ」
「そ、そうなのか?」
「はい。こういう時に折れないことも、無茶することも含めて……それはもうよくわかっていますわ」
いつも読んでくださってありがとうございます。
さりげなくデートする二組。




