552.我が儘
「目的が違うかもしれない……じゃねえわよ!」
「まぁまぁ……」
不満を晴らすかのようにリオネッタ領の町レーヴンを肩を切って歩くエルミラ。
その一歩後ろではルクスがそんなエルミラを宥めるように着いていっている。
からっとした天気の下、町全体が白い家屋にカラフルな窓枠や扉といった可愛らしい町並みと観光日和なのだが……エルミラの表情は晴れやかとは程遠い。
原因は勿論アルムである。
昨夜マリツィアがされた"アルムと戦わせろ"というスピンクスからの提案を、アルムはあっさりと受け入れてしまった。
エルミラは最後まで反対したのだが、アルムは頑として意思を変えず……その怒りをぶつける場所のないエルミラはリオネッタ邸を飛び出すように出てきたのである。
「むかつくぅ……! 人が心配してやってるのにガン無視しやがってぇ……!」
心なしか、奥に怒りの炎が見えるかのように赤い瞳も揺らめいている。
ルクスはとりあえず落ち着かせようと一緒に町を歩くことにした。
「おお……マリツィア様のお客様が怒ってらっしゃる……!」
「お、俺達なんか失礼なことしたか……!?」
「皆さんは関係ないのでお気になさらず……こちらの問題なので……」
穏やかな午前中を過ごすリオネッタ領の住民達も怒りに震えるエルミラには無意識に道を譲るしかない。
そんな怯える通行人にルクスがフォローを入れながら、恐らくエルミラが落ち着くまで続く散歩は続いていく。
「なるほど、貴族様もやはり女性の扱い方は難しいらしい」
「ガールフレンドを怒らせたってわけだ、大変なこった」
「謝るんです! とりあえず謝ってからスタートですよ!」
後ろから誤解に誤解を重ねた声とルクスへの憐みの視線もその間ずっと続く。
何の参考にならないアドバイスも耳にしながら、ルクスは愛想笑いを住民達に返した。
ダブラマはマナリルよりも貴族と平民の距離が近いのか。
いや、それともリオネッタ領だからだろうか。マリツィアが普段どのように住民達と接しているかが窺える。
「何で敵の提案にあっさり乗るのよ! そして何であんな頑固なのよ!!」
「まぁまぁ……アルムにも考えがあってのことだからさ……」
「それがわかった上でむかつくのよ! まったく我が強いというかなんというか……」
「いや、そこは似た者同士だけど……」
「何か言った!?」
「うん……自覚無いんだね……」
ルクスはきょろきょろと辺りを見回す。
「ほらエルミラ。少し落ち着こうよ」
猫のような唸り声をあげかねないエルミラを落ち着かせるため、ルクスは見かけた喫茶店を指差す。
ルクスがエスコートのために手を差し出すと、不満そうにしながらもエルミラは差し出された手を握った。
「お飲み物はミントティーでよろしいですか?」
「ああ……ミントティーは確定なんですね……」
「え……こ、コーヒーでしたか……?」
「あ、いえ、ミントティーで大丈夫です」
店員が戸惑う様子を見て、改めて文化の違いを実感する。
入国時にマリツィアが言っていた通り、ダブラマはお茶といえばミントティーらしい。
「大体あいつはいつもそうなのよ……こっちが心配してるってのに平気で無茶するし!」
エルミラのアルムへの愚痴は止まらない。
ルクスは頷きながらも、
(すごいブーメランだなぁ……)
と心の中で思ってしまう。
当然声には出さない。言うと怒られるから。
案の定、エルミラはヒートアップしていく。
「何で敵の提案をあんな簡単に信じられるのよ……そういうとこで甘いのよね! 私達は魔法使い志望なんだから敵にはしっかり非情にならないと守れるものも守れなくなるじゃない!?」
(うん……トヨヒメさんを傷一つつけずに倒した君が言うんだね……?)
二人分のミントティーが運ばれて、ストローで一口飲んだかと思えばまだ続く。
「その癖、自分がこう! ってなったら一直線だし! 純粋っていえば聞こえはいいけどさ!」
(うん……一直線っていうのは君もそうだよエルミラ……)
ルクスは優しい表情のまま頷き続ける。
エルミラの声量が中々なので、周りの客も何事かとちらちら二人が座る席を見始めていた。
痴話喧嘩か? 別れ話か?
あまりの激しさに勘違いされているのか、遠くのテーブルでは別れるか別れないかを賭け始めているグループまでいる。
「自分は無茶してもいいって思ってんのよどうせ! 程々にしなさいって話よほんと!」
(もしかして……僕はツッコみを試されてるのかな……?)
エルミラの投げる数々の言葉に、流石のルクスも血迷った思考が浮かび上がる。
君が言えたことじゃないよ、と言いたいのを我慢してヒートアップするエルミラを落ち着かせる。
「うん、エルミラの言う通り……普通に考えれば罠だよね」
「でしょ!?」
「でもエルミラ……アルムの言う通りでもあると思うんだ」
「あんたどっちの味方よ?」
「僕は二人ともの味方さ」
「……むかつくから鼻をつまんでやるわ。イケメンからブサイクになりなさい」
「そ、それは勘弁してほしいな。君の前ではかっこつけさせてくれよ」
じとっと見つめるエルミラの視線には不満がこもっている。
ルクスはそんなエルミラを納得させるために続けた。
「アルムの言ってることも間違ってない。スピンクスはネレイアの事を知らせてくれた魔法生命だし、僕達は直接何かされてるわけでもない。ただ向こう側に立っているだけだ」
「それで充分でしょうが!」
「うん、でも……アルムからしたらそれじゃあまだ敵じゃないんだよきっと」
「それで……ルクスは私が納得すると思うわけ?」
「はは、思ってないよ。けど……これは価値観の問題だと思うんだ。勿論、僕だって賛同してるわけじゃないし、一人で行かせる気は全くないけどね。けど、スピンクスの出した条件が本当ならメリットが大きいのも事実だ」
エルミラは納得いってないのか腕を組んでぶすっとした表情のまま。
ルクスはそんなエルミラに近付くようにテーブルに身を乗り出す。
「アルムが君の心配を無下にしてるように思えたんだろ? エルミラはそこが一番むかついたんじゃないのかい?」
「そりゃそうよ……私がせっかく心配してるっていうのに……」
「じゃあ、僕がエルミラにすぐマナリルに戻ってほしいって言ったら……聞いてくれるかい?」
「それは無理」
即答するエルミラ。
思わず、ルクスから笑いが零れる。
「だろう? それと一緒さ」
「一緒じゃない」
「一緒だよ。アルムだって危険なのはわかってるさ。けど、戦うべきだと思っていて一足先に戦う相手を選んだだけさ。勿論、本当にスピンクスを信じてるのもあるかもだけどさ。多分どれもこれも欲しいんだよアルムは。
この国の人を助けたいし、スピンクスも信じてみたいし、自分の意思も通したい。心配は受け取るしありがたく思ってるだろうけど、俺に任せて逃げろと言うほど皆の意思を無視したくない」
「むむ……」
「考えてみてごらんよ。時々忘れそうになるけれど……アルムは平民で魔法使いになりたいって学院に来るくらい自分を通す男だよ?」
「はぁ……。要するに……めちゃくちゃ我が儘ってことね……」
ようやく諦めるしかないと悟ったのか、エルミラの怒りも鎮まっていく。
涼やかなミントティーの冷たさがエルミラに染み渡ったかのよう。
「それこそ今更さ。アルムに限ったことじゃない。あれもこれも守りたいし、救いたいって思ってる……魔法使い志望なんて我が儘な人間の集まりだと思わないかい?」
「あー……それは否めない……」
「……何かこの考え自体アルムに影響されてるような気がする」
「あはは! 確かに!」
ルクスの冷静な自己分析にエルミラが笑顔を見せたかと思うと……ルクスの背後では別れないに賭けていた客が大層嬉しそうな雄たけびをあげたそうな。
いつも読んでくださってありがとうございます。
エルミラブーメラン。よく飛びそう。




