549.反撃までのカウントダウン8
読者の皆様あけましておめでとうございます。
今年も「白の平民魔法使い」並びにらむなべをよろしくお願いします。
「焼け」
アブデラ・セルダール・タンティラが即位して初めての命令はこの短い一言だった。
隣国を、マナリルを焼け。
無論、玉座の間に集められた貴族達には戸惑いとざわめきが生まれた。
隣国への攻撃命令。それ自体は珍しいものではないが相手が相手。
魔法大国マナリルとは確かに敵対していた時代もあるが、友好国になってから久しい。
片や魔法技術を、片や魔石技術を提供し合い、互いに牽制し合い、大地を血に濡らさない外交に務めてきた。
魔法使いとしての力量はマナリルの精鋭達のほうが上。まともにぶつかっても勝てないダブラマから仕掛ける理由は全くない。ましてや
当時のダブラマの貴族達の戸惑いは当然。王城に仕える臣下すらも異を唱えかけた。
「焼け、と言った」
だが――ダブラマは強者が正しき国。
二言目を前にして異を唱える口が止まった。
政権争いに勝利したアブデラはまさに強者そのもの。ましてや相手は即位が確実視されていたラティファ・セルダール・パルミュラ。
ラティファは砂漠という神秘と一体化したダブラマの歴史上でも五指に入る魔法使い。
どのようにして勝利したのかは想像もつかないが、玉座に座っている現実こそがその証明。
しかし、ラティファを支持していた貴族達の中にはまだ反対の意を口にしようとしていた。
いや、ラティファ派の貴族でなくとも正常な思考があればこの命令には疑問が残る。
「なるほど、我の命令は聞けぬか」
集まった貴族たちの態度に思うところがあったのか、アブデラは玉座のひじ掛けにひじを置き、ため息交じりに手をゆっくりと合わせた。
いくら王命と言えども、理由も大義も無い侵略を是とすることはできない。
そんな真っ当な反対意見が喉奥まで出かかって……そのまま消えていった。
相手が魔法使いというだけであれば、声は消えなかっただろう。
相手が王というだけであれば、声は口から放たれていただろう。
相手が人間というだけであれば、声は届いただろう。
だが――集まった貴族達は見てしまった。
「では、聞けぬ者は前に出るがよい。我に逆らう意思がある者。我の即位に異を唱える者。ここに出よ」
アブデラ王の背後に、何かがいることを。
黒い。夜よりも、闇よりも深い黒が背後にある。
霧のようであって、闇よりも確かな闇。靄のようであって、大地のような確かな存在。
鬼胎属性の魔力というだけでは片付けられない圧迫感が玉座の間を包んだ。
見られている。
何を?
無論、語るまでも無い。
その闇は見つめている。
蠢く瞳が命を見ている。
人ではない、魔獣ではない、生物ではない。
■が――こちらを見つめている。
「我は、焼け、と言った」
異を唱える者の心にアブデラ王の声が入り込む。
心の臓を掴まれたかのように、冷や汗が全員の背中を濡らして。
「焼くのがマナリルだけでなくなろうとも……我は困らぬが?」
もう異を唱える者などいなくなっていた。
ここで全員が王を殺すべく動けばダブラマの未来は変わったかもしれない。
だが、できない。
貴族という保守すべき立場が、ダブラマの忠臣である自負が。
そして……アブデラ王の背後の闇から感じる恐怖が人間の決断を躊躇わせる。
理解できぬ恐怖と戦うよりも隣国の人間と戦う道を選ばせた。
この命令によってこの場にいる貴族の半数以上が戦死し、ダブラマの魔法使いが衰退するきっかけになるとも知らずに。
百年前……ここからが始まり。
ダブラマという国がゆっくりと、流砂に呑まれるように、奈落に落ちていく。
その目的がたった一つの技術をこの世から消し去るためだと誰もが思わぬまま……マナリルに血と灰に塗れた戦禍が刻まれた。
『あの創始者は――ヴァルトラエルは知りすぎた。魔法という技術が完成した千五百年前での机上の空論、千年前では思考の飛躍、五百年前には書物のほとんどから消え失せ、三百年前には語る者すらいなくなり、百年前には我が契約者によって埃とともに灰となった』
闇は今なお語る。
神は今になって現れた天敵を呪う。
『何故醒めなかった? 人の夢ごときが。
何故残った? 裏切りで死んだ馬鹿な女の血筋が。
何故終わらなかった? 血筋が途絶えた時に。
何故在り続けた? 死体となってまで。
何故適合した? 空想に生きる魔法生命が。
何故忘却しなかった? 悪魔の記憶に流れてまで』
それは何処かで途絶えるはずだった技術。
魔力という幻想が流れる霊脈の現実。
星もまた魔力を運用するのだと、創始者にしか辿り着けなかった真実。
それでいて、誰もが与太話だと捨て置いた机上の空論。
――"星の魔力運用"は数奇な運命によってこの世界に残り続けた。
『何故伝わった? 才無き者に』
それは彼方へと消したはずの痕跡。
かつてヴァルトラエルの基礎魔法論と発表されて白日に晒されるも、長い年月と最後の一手で焼却できたはずの亡霊。
原初の魔法と星の魔力運用。その術を身に着けた死神が今になって存在する事実に神は――アポピスは心を湧き立たせる。
『面白い。天敵がいなければ我が生とは言えぬだろう。天敵も無しに復活とはいかぬだろう』
だからこそ、たった一人を敵とした。
殺せ。
ただの命ではなく、その個たる体を。
奪え。
天敵たる根幹を。
人の身に余るその魔力を。
千五百年待ち続けた復活の時を賭け、我が全ての手駒を使って貴様を封じよう。
『貴様さえいなければ、我が復活を止める存在など……それこそこの世界にはいないのだから』
空を見上げても、この世界に太陽の神はいない。
いるのはアルムという名の死神のみ。
ならば、勝てぬ道理など無い。
日食の時は近い。我が契約は為されよう。
『止めてみよ人間共。神無きこの星で我が真体の復活を止められるものならば。この天体を手中に収めるのは極東の伝承などではなく――混沌と復活を司るこのアポピスだ』
「間違いないんだな? アルム?」
マリツィア邸・客室。
神妙な顔つきでヴァンはアルムへと問う。
雲を掴むようだった敵の目的。
魔法生命復活という知る由も無い方法に推測と疑問の下アルム達は辿り着く。
「はい、敵が俺の使う技術と同じだとすれば……弱点はわかりやすい」
それはアルムが振るう技術と全く同じ技術。
魔法が完成するまで魔法の三工程――すなわち"充填"、"変換"、"放出"を同時に繰り返し続ける異端の方法。
そう、蓋を開けてしまえば単純な話だった。
魔法生命が魔法であるならばその魔法が完成するまで……つまりは復活に至るまで唱え続ければいい。
「断言します。百年もの間"充填"と"変換"を続けていたのだとしたら絶対にこのタイミングがある。元々は頭の中で思い描くものですが、それほど長い期間"充填"と"変換"を続けているのなら、頭の中で収まるはずがない」
魔法の三工程を歩むのならば、必ず存在する。
魔法使いが普段頭の中で思い描き、魔法の三工程によって完成する魔法の設計図。
普段は意識すらしないであろう魔法のカタチが。
「俺の使う方法と同じように魔法生命を復活させようとしているのなら間違いない。
敵は俺の【天星魔砲】のように必ず……魔法式そのものを現実に展開させる。最大のチャンスは"放出"直前までの無防備なタイミング。現実に展開された魔法式に干渉して破壊すれば、アブデラ王の野望はそこで終わらせられる!」
最も近くにいたヒントが手繰り寄せた救国の手段。
間際に辿り着いた答えはアルム達の心の中で上がる反撃の狼煙。
――決戦の日は近い。
いつも読んでくださってありがとうございます。
これが年明け最初の更新となります。今年も皆様に楽しんで読んで頂けるように更新頑張ります!
変わらぬ応援をよろしくお願い致します。




