548.反撃までのカウントダウン7
「くはははは! 馬鹿だと思ってたがここまで馬鹿だと笑えて来るわ!」
「気持ちはわからなくもないが落ち着けヴァルフト。話はまだ終わってない」
客室のベッドで腹を抱えるヴァルフトの頭を風で叩いてヴァンが話を元に戻す。
肩を落としているように見えるのは未来の自分の苦労を予感してのものか。
なんにせよ、未来を思い描いているのなら勝つ気があるということだ。
「これで隠し事はないんだろ? なら俺達がクリアする問題を改めて整理するぞ。
その一、通信用魔石を妨害して情報共有を遮断してる魔石。
その二、アブデラ王の目的に力を貸す魔法生命達。
その三、アブデラ王のあの御方とやらの復活の方法。
アブデラ王が擁する一般の魔法使い達もいるだろうが、大きな問題はこの三つと考えていいはずだ」
「妨害の魔石については三つある事を私が突き止めております。その内の一つは先程ミスティ様が仰られた通りダルドア領にあるのを発見してくださっており、もう一つは王都セルダールにあることを私のコレクションが確認しております。最後の一つは恐らく……予想はついております」
その一の問題についてをマリツィアが話し終わると、ミスティが手を挙げる。
「その、先程言うタイミングを逃してしまったのですが……ジュヌーン・ダルドアは魔法生命の宿主でした」
「おいおい、何体いるんだこの国……」
「……有り得ない話ではありませんね。ジュヌーン様は基本的に領地に閉じこもっておりますし、裏では女性を食い物にしているという噂も絶えませんでした。第二位という地位ゆえに切り込むことはできませんでしたが……ちなみに魔法生命の宿主だという確証が?」
「それについてはエルミラが」
ミスティは話の続きをパスするようにエルミラに視線を送る。
話を振られると思っていなかったのか、慌てたようにソファから身を乗り出す。
「うん、間違いないわ。実際に対峙した時の感覚があいつらと一緒。鬼胎属性の魔力だったわ。ジュヌーン本人は火属性なんでしょ?」
恐らくは、魔法生命とそれに類する存在との遭遇回数だけならアルムを超えるエルミラ。
鬼胎属性と対峙し続けた経験の豊富さがその言葉に説得力を持たせる。
「ええ、それは間違いなく…………あれ? お待ちくださいエルミラ様……もしかしてジュヌーン様と接触してしまっているのですか?」
「あ、やば……いや待って。違うのよ。ほんと違うの。ちょっと処刑されそうだった貴族を助けようとしてね……?」
言い訳のようにエルミラは早口でマリツィアに弁明する。
本来、ルトゥーラと一緒に行動するミスティとエルミラに与えられた任務は隠密による調査。ジュヌーンに存在がばれているのはマリツィアは初耳である。
「ああ……見知らぬ顔の方が同行していたのはそういう事情でしたか……イクラムさんでしたか? 一応別室で待機させておりますが……」
「そうそう、様子がおかしくて何かされてたみたいだから魔法生命のヒントになるかなって……」
「いえ、そういう事情でしたら……エルミラ様だけでしたらまだ何とかなるでしょう……」
「わ、悪いわね」
流石に予定を狂わせた自覚があるのか申し訳なさそうに謝るエルミラ。
マリツィアは頭の中で何か考えなおしているのかほんの数秒空を見つめて黙っていた。
その数秒の空白の間に、ルクスが口を挟む。
「どちらにせよ、魔法生命は倒す以外の選択肢が無い。何故霊脈に接続していないのかはわからないですが……もし接続されればアブデラ王の目的とは関係なくこの国は危険に晒される」
「だしがにー……スピンクスさんとかには助けてもらっだけどー……それとこれとは別だもんね!」
「何で涙声なんだいベネッタ……」
「聞かないでよ! ルクスくんのバカ!」
指摘されて、ぐしぐしと袖で涙をふくベネッタ。
そんなベネッタをエルミラは静かに抱き寄せ、背中を優しく擦りながらも目だけはルクスを睨んでいた。
わけもわからずエルミラに睨まれて、ルクスはつい姿勢を正す。
マリツィアから差し出された高級なハンカチでベネッタが鼻を噛んでいると、やはり問題は最後の一つの話へと移る。
「目下の問題はやはり敵の目的ですわね……マリツィアさん達の話からすれば国中の平民の命を使うってことしかわかりませんが、それでは対策のしようがありません。隠れながらできてしまうようなら打つ手もありません……」
「マリツィアとルトゥーラは何かヒントになるような出来事とか心当たりないわけ?」
エルミラが問うと、マリツィアは申し訳なさそうな表情で首をゆっくりと横に振る。ルトゥーラもお手上げだ、と両手を挙げた。
「それが……私達は王家直属になってもアブデラ王に信用されていたわけではないので……。そういった話は何も……」
「アルム達が落とされた地下遺跡の存在すら知らなかったからな……。ここ最近もシャーリーの後釜で入った飛べる魔法生命の野郎の目が光ってて動けなかったんだ俺らは。警戒が解けたのはお前らが来てからだよ」
この国の第四位と第三位であるマリツィアとルトゥーラでわからないのであればそこらの貴族に聞いても同じであろう。
聞いてわかったのはアブデラ王が用心深い男であるということだけだった。
「警戒……それも俺は少し気になってた……。何故あいつらはアルムだけを警戒するんだ?」
「そりゃあ、魔法生命を倒してるからでしょ」
「それならミノタウロスを倒してるルクスや魔法生命の力を持ったトヨヒメを倒してるお前だって狙われなきゃおかしいだろ。アルムが警戒対象なのはわかるが……あまりに偏ってる印象があってな」
ヴァンに言われて、エルミラは考え込む。
確かに話を聞く限りアルムに狙いが偏りすぎている印象はある。
同じく魔法生命を倒してるルクスやアブデラ王とほぼ同じケースであろうトヨヒメを倒している自分に対するアブデラ王勢力からの必死さは何故か感じない。
アルム達の身に起きた話といい、本当にアルムだけを狙っているようなのだ。
「それに……さっきも言ったが、敵側が表面上何もしてないのも気になる。国のトップが魔法生命の力を持ってるなら霊脈に自由に接続するなり、どっかから人を調達して喰わせるなりして"現実への影響力"を上げてもいいと思わないか? 大百足やミノタウロスは普通に人を食べて"現実への影響力"を上げてた。それなのにここの民は幸福そうだ。俺が調べた限り失踪事件だってほとんど起きてない」
ヴァンは懐からメモを出して、この国に潜入して調べたことをチェックする。
アルム達が入国する前、魔法生命がいるなら大規模な失踪事件が起きているかもと各地を調べていたが、そんな話は出てきていない。
霊脈もそうだ。霊脈近くに怪物が出るなんて話は一切出てこなかった。
「私も知る限りでは……そんな事件があれば流石に民も不安がるでしょうし……」
「霊脈はアブデラ王についてる魔法生命用に残してるんじゃないかって俺らは予想してたけどな」
マリツィアとルトゥーラも心当たりはないようだった。
今までの魔法生命事件とどこか違う状況。だが考えても答えは出ない。
「なあ、水を差すようでわりいんだけどよ」
話が難航し、口数が少なくなってくると手を挙げたのはヴァルフトだった。
灰色の髪をがしがしとかきながら、ヴァルフトはそのままこの場の全員に疑問をぶつける。
「俺様はお前らほど魔法生命つうのに詳しくねえから聞きてえんだけど……そもそも何で魔法生命ってのは人を喰ったり霊脈につながったりすると"現実への影響力"が上がんだよ?」
それはこの場にそぐう疑問とは思えない、魔法生命の初歩の初歩のような疑問。
何故魔法生命が人間の敵になり得るのか。それは人を喰うことで"現実への影響力"を上げるという性質があるからであり、その結果魔法としても対処しようのない存在に至る可能性があるからである。
過程が災害ならば結果も災害。
だが言われてみれば――
「命があるからって魔法なんだろ? なら"現実への影響力"は後からどうこうできねえはずじゃねえのか?」
この疑問に、答えられる者がいなかった。
そう……魔法生命が異界の存在だったとしても、命があったとしても――魔法であることは間違いないのだ。
ならば、魔法として成立した後に"現実への影響力"が大きく変化することは有り得ない。
"現実への影響力"というものは魔法がこの世界に"放出"された際に決定しているはずなのだから。
魔法生命という存在がまだ理解しきれてないヴァルフトだからこその疑問は全員の口を止めた。
「あ、いや、ちょっと気になっただけだからよ、そういうものならそういうものでいいんだが……」
「そうだね。少しはっとさせられたけど……今は置いて……」
言いかけて、ルクスは喉に小骨が引っかかったような感覚に襲われる。
この初歩的な疑問がアブデラ王の目的に繋がるとは到底思えない。
だが何か……何かを見落としているような――?
「後から"現実への影響力"をどんどん上げていくのってなんか……アルムくんの魔法の使い方みたい…………?」
ベネッタが何気なく零した言葉に、全員の視線が集中した。
そして次にアルム本人へと。アルム自身も目を剥いて、ただベネッタを見ることしかできなかった。
「ま、まさか……アルムを狙ってたのは……!」
「ただアルムが天敵というだけじゃなくて――!」
魔法の三工程を同時に行うアルムの手法。
それは無属性魔法が魔力でも魔法でもない曖昧な状態であり、「完成しない魔法」という前提があるからこそ可能な絶技。
であれば。
無属性魔法以外に完成しない魔法があるとすれば。
そう例えば――魔法生命が神に至った時に初めて完成する魔法のカタチだとすれば。
霊脈や人の命から"充填"し、魔法である自身という存在を"変換"し、この世に生きる命として"放出"を続けられるのだとすれば。
「魔法生命を復活させる手法を……暴かせないため――!?」
そう、アブデラ王は知っていた。否。気付いていた。
アルムとは本当の意味での魔法生命の天敵。
この世界に現れたブラックボックスたる魔法生命のカタチすらも暴く神秘の破壊者。
原初の魔法と星の魔力運用。
二つを振るって彼らに立ちはだかる――死神であることを。
いつも読んでくださってありがとうございます。
これが今年最後の更新となります。ようやくこれ書けたとすっきりした気持ちで新年を迎えられそうです。
日々読んでくださっている方や感想、誤字報告をしてくださる方……そういった皆様のおかげで今年も更新を続けることができました。本当にありがとうございます。
来年は一月三日から更新再開となります。どうぞ読んでやってください。
来年もどうか「白の平民魔法使い」をよろしくお願い致します!よいお年を!!




